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DAY1(2)

 街に戻り、武器のメンテナンスをして、夜になった。

 正哲は初日ということもあって時間に余裕を作ってきたが、スズナの方はどうか分からない。


「スズナ、今日は何時までログインしていられる」


「はい。……今日と明日は徹夜しても大丈夫です。学校がありませんので。ただ平日は学校がありますので、あまり遅くは無理です」


「なるほどな。じゃあ今日と明日は深夜に差し掛かるくらいまでは遊んでいくか」


「はい」


 正直スズナは、長時間よく知らないオッサンとゲームをすることに辟易していたのだが、師匠の命令であるため逆らうことができないだけだ。

 そうでなくばとっくにログアウトしている。

 とはいえ幸いなのは、正哲の腕前が思っていたより良かったところだろうか。


 スズナが学ぶべきところがあるとは思えないが、長澤を破門されたにしては今まで研鑽を怠った様子がない。


 ……だが、次の正哲の一言でスズナのゲームは最低の時間になることが決まった。


「じゃあプレイヤーを狩るぞ」


「…………え?」


「何を呆けている。街周辺の魔物なぞ相手にならんことは昼間で分かっただろう。かと言って他の一般的なプレイヤーより先に進んで何になる。俺達は別にトッププレイヤーになるためにゲームをしに来たんじゃない」


「そ、それはそうですが……」


「目的はお前の鍛錬だったはずだな」


「……っ」


 正哲はスズナの欠陥に想像がついていた。

 アンダーグラウンドの殺人コロシアムで遊ぶ正哲に、才能ある少女を預ける。

 このことがどのような意味を持つのか?


 ……単純だ。

 つまり人間を傷つけるのに躊躇いを持っているのだろう。


 アバター通りの年相応の倫理観ならば当然だ。

 しかし長澤にとっては邪魔な倫理観。


 人間を切り刻めないようでは、少なくとも躊躇いを持つようでは、長澤としてはやっていけない。

 殺人の技を磨いてはならないが、武芸者として人を斬ることに躊躇ってはならない。


 少なくとも、正哲に期待されている役割とはすなわち、


「PKだよ、スズナ。俺達はプレイヤーを殺す」


「…………」


 己の欠陥を見抜かれていることを悟ったスズナは、無言で頷いた。


     ◆


 暗闇。


 草陰をうごめく影は、正哲とスズナのものだ。


 灯りは必要ない。

 少なくとも相手が人間ならば月明かりで十分だし、大抵の場合、プレイヤーは灯りを持っている。

 彼らの灯りはいい的だった。


 草原で動物を狩るプレイヤーたちに近づく。

 彼らはプレイヤーカーソルが赤く表示される正哲とスズナに気づき、声を上げた。


「PKだ! 気をつけろ!」


「たったふたりだと? 返り討ちにしてやれ!」


 戦士ふたりに魔法使いがふたり、四人パーティだったが、正哲とスズナにとっては素人の集団だ。


「やれ、スズナ」


「はい」


 諦めの混じったか細い声で応じて、スズナは長剣を水平に薙いだ。

 昼間に動物を狩ったときより硬い動きに、正哲は冷たい視線を浴びせる。


「うわっ」


「……嘘だろ」


 それでもスズナの一閃はゲーム開始から間もないこの時期のスキルでは有り得ない威力で、ふたりのプレイヤーの命を刈り取った。

 残ったふたりも、スズナの突きと正哲の居合で難なくHPバーを吹き飛ばした。


 回りのプレイヤーたちは、その恐るべき強さのPKに関わるまいと草原から一目散に逃げていく。


「あーあ。また狩場を移らなければならんな」


「……はい」


「ところで自覚しているようだが、敢えて言うぞ。動きが悪い」


「……はい」


「躊躇うな。奴らはたかがゲームのアバターだぞ。現実で長剣を叩き込むのとは違う。ゲームですら躊躇するというのならば、現実でのお前の剣の鈍さはとびっきりだろうな。お前の師匠が俺に預けたくなるのも分かる」


「…………」


 遂に無言になったスズナを冷ややかに一瞥して、正哲は歩く。


「俺はな、スズナ。人を斬るのが楽しくて仕方ないんだ」


「…………」


「だから長澤を破門になった」


「…………」


「せいせいしたね。今じゃアンダーグラウンドで好きなだけ、人間を相手に殺し合いができる。いい時代だぜ。なんてったって死んでも死なない。殺しても死なない。でも実際に死を体験できるんだ」


「アンダーグラウンド……」


「そうさ。ああ一度くらいは社会勉強に連れて行ってやろうか? 破門になるらしいが、なに、言わなければバレはせんだろう」


「そんな! 長澤ではアンダーグラウンドに関わるのは禁忌です!」


「だが俺にお前のことを頼みに来たヤツは、コロシアムで俺を殺しに来たぜ」


「し、師匠がアンダーグラウンドに!? そんな馬鹿な!!」


 目に見えて狼狽したスズナを眺めながら、正哲は呆れ果てたと言わんばかりに言った。


「……は。お前、やっぱりあいつのことを分かっちゃいねえ」


「な、何を」


「お前の師匠は俺と同じさ。長澤を破門にならずに技を磨いているか、破門になって遊んでいるかの違いだけ。お前の師匠は人を殺すことに何の感慨もないどころか、喜びすら感じる人種だぞ」


「有り得ません! 師匠を侮辱することは許しません!」


「はっはははは。なら確認してみろよ。あなたは人殺しに快楽を感じますか? ってな」


「…………」


 スズナは、そのような質問を敬愛する師匠に投げかけろ、という正哲に心底殺意を抱いた。


「チ。プレイヤーが見当たらねえな。そんなにPKが怖いかよ。今日は止めにするか。よしスズナ、ログアウト――いや待て」


「……? どうしましたか」


「お前、殺気が漏れているぜ」


「!」


「いいねえ。そうか、何も他のプレイヤーを狩る必要はねえ。いいぞ、怒りに任せてこの俺を切り刻め。許す」


 言うやいなや、正哲は居合をスズナに向けて放った。


 咄嗟に長剣で受ける。

 火花が散った。


「ま、待ってくださいクロムさん!」


「待つ? やーだねえ。ほらほら、さっきの殺意はどこへ行った? 思い出せよ、怒りを。不快感を。俺を斬って、昇華しちまえよ。感情を。倫理を。善意を」


「いや!!」


 だが拒絶の言葉とは裏腹に、スズナの身体に染み込んだ技は正哲の剣戟を正確に受け流し続ける。

 そして、当然のことながら隙を突いて、攻撃に転じるのだ。


 しかしそのような自動的な型どおりの動きでは、正哲は殺せない。


 むしろスズナの方が追い込まれていく。


 いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ、ろおく。


 正哲が舌なめずりをしながら少女を追い込む。

 月明かりのみの暗い草原で、銀円が舞う。


 少女を殺すまで、後何手?


 しぃち、はぁち、きゅぅう、じゅ――


 ガァン!!


 長剣が鋭い突きを放った。

 これまでにない力強い突き。


 一瞬にして正哲の持つ太刀の耐久度がゼロになり、ナマクラ同然となる。

 いや、ナマクラでも相手を斬り殺せるだけの技術があればこその元長澤、石原正哲。


 太刀が木刀に変わったようなものだ。

 斬撃が無理なら殴打で殺すまで。


 いやそれよりも先程の突きはなんだ?

 素晴らしい動きではなかったか。


「いいねえ。そうでなくっちゃ」


「あぁ、あああああッ!!!!」


 今度はスズナが攻める。

 まっすぐに伸びる銀閃は正哲をして見切るのに苦労する速度。


 逆に言えばギリギリ見切れる程度のものだ。


 その程度では、正哲を殺すに至らない。


 一度、二度。


 鋭い突きを躱し、正哲は唐突に左手をスズナの顔面に突き立てた。

 人差し指と薬指が両目を突き、少女の視界を奪う。


「――!?」


「明日は午前十時にログインしろ」


 目を潰した正哲は、勢いのままスズナの鼻に左肘を叩き込み、刀を手放した右手でスズナの頭部に手を添え、首をへし折った。


     ◆


 ボッっとスズナのアバターが四散したのを見届けてから、正哲は街に戻ることにした。


 いやしかし待て。

 レッドカーソルのまま街に入れるのだろうか?


 PKというのは犯罪者と同列のはずだ。

 少なくとも正哲が経験してきたゲームの中ではそのような不遇な扱いだったはずだが……。


 スキルツリーを確認すると、「偽装」というツリーが増えていることに気づく。

 迷わず「偽装」「変装」を取得し、正哲はプレイヤーカーソルがグリーンに偽装されたことに満足した。


「……よし、ゲームの勘は鈍ってないな。あとは刀か……」


 太刀の耐久度がゼロになってしまった以上、街で修理をしなければならない。

 NPCやプレイヤーに偽装が見破られると厄介だが……。


 いっそ新品の刀を購入する手もあるか。

 昼間の魔物狩りではそれなりに稼いだし、夜のPKでは更に現金収入を得た。

 初期で購入できる刀より幾分かマシな得物が購入できれば、PKも捗るだろう。


 得物にこだわりはないが、敢えてナマクラを使い続ける理由もない。

 正哲は街に戻り、刀を新調することにした。


     ◆


 正哲がログアウトすると、携帯端末にはアガタからのメッセージが大量に着信していた。


 内容は概ね「PKしすぎ」とのことだが今更だろう。


>お前のクライアントからは何も聞いていないのか?


>さっき確認しましたよ!

>酷いじゃないですか、これじゃプレイヤーが萎縮しっぱなしですよ!


 とはいえスズナの鍛錬にPKは必須だ。

 ここは合法的にPKを認めさせる方向で話をまとめるしかあるまい。

 正哲はしばらく考えて、メッセージを送った。


>賞金をかけろ。

>俺とスズナ、凶悪かつ強力なPKに対して運営が多額の報酬を出せ。

>そうすればイベントの一貫だとプレイヤーは勘違いする。


>ええ、それは考えましたけど、いいんですか?

>大量のプレイヤーが押し寄せてきますよ?


>なんだ、楽しそうなイベントになるじゃないか

>それで構わない


>分かりました、ではお二人にそれぞれ百万Gの賞金をかけますので、覚悟しといてくださいよ!


 百万とは。

 森の熊のドロップを全て売り払っても千G程度の序盤に手にできる金額ではない。


 だがなるほど、そのくらいの額を出さなければ、正哲とスズナを止めるには不足だろう。


「……まあいい鍛錬になるといいな、スズナの」


 どこか投げやりに言い捨て、正哲は端末を放った。


ストックはここまで。

以後は不定期なのでいつ更新されるか未定です。

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