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DAY1(1)

 『ナロウ転生』はオーソドックスなVRMMORPGだった。


 まずログインした途端、冒険者ギルドのカウンターの目の前に立っていた。

 猫耳獣人の受付嬢は、開口一番、言ってのけた。


「ようこそ冒険者ギルドへ。登録ですね、まずはお名前と職業の欄を埋めてください。それからそこにある魔力計測水晶に触れて、属性と魔力の量を確認して記入してくださいね」


「…………」


 正哲はテンプレを通り越した陳腐な展開に呆気にとられていた。

 とはいえチュートリアルくらいは終えて、名前も知らない少女の弟子とやらに合わなければならない。


 名前欄にクロム、職業に剣士、魔力計測水晶は真紅に輝き、受付嬢を驚かせた。


「この色は火属性ですね。しかもかなり強い魔力をお持ちのようです、こんな魔力量、十年に一人の逸材ですね」


「…………」


 おそらく誰がやっても、属性の色だけが違い、魔力量については同じ反応が帰ってくるような気がした。


「項目は埋めたぞ。これでいいのか」


「……はい問題ありません。ようこそナロウの街へ、あなたの活躍に当ギルドは期待しています」


     ◆


 待ち合わせ場所はキャラクターメイキングを終えて出てすぐのところだった。

 見たことのある少女アバターがこちらに気づいた。


「はじめまして、あなたが……」


 少女は恐らく、正哲の本名を知っているのだろう。

 しかしゲーム内で本名を口にするのはマナー違反だとも知っているようだ。


「クロムだ」


「クロムさんですね。私はスズナです」


「スズナ。今日から俺は最低、一ヶ月。このゲームで遊ぶことになっている。お前の面倒はその間に見るが、話はどこまで聞いている」


「はい、私もそのように伺っています」


「そういえばお前の師匠については、俺はよく知らん。長澤で弟子を取ることができる腕前ってくらいでな。実際のところ、お前から見てあいつはどうだ」


「どう、とは?」


「単純に感想が聞きたい」


「そうですね……目標です」


「そうか。あんな風になりたいか」


「はい」


 正哲はその言葉に少女が外見通りの若さだと気付かされた。

 あまりにわかっていない。

 あの女のことを、この少女スズナは理解していなかった。


「俺のところで一ヶ月、という話についてはどう思っている。正直に言ってみろ」


「それは……私のためになるからと、師匠の言葉ですから」


 師匠の言葉に否応はない、か。

 正哲は面白みのない答えにまた落胆し、ひとまず少女の腕前を見るところから始めることにした。


     ◆


 ナロウの街を出る前にしなければならないのは、初期所持金で武器を買うことだ。

 いや正確にはその前に、自分のスキルを決めなければならない。


 スキルはキャラクターメイキングで設定した職業に応じて選択できる幅が狭まる。

 正哲の剣士は剣スキルツリーの中から自由に選択できるが、格闘など他のスキルツリーからは限定的なスキルのみしか選択できなかった。


 正哲は何も迷うことなく、スキル「刀」を取得し、「居合い」「踏み込み」「上段の構え」「下段の構え」を習得した。

 スキルツリーで取得できるもの、上から順番に選んだのだ。


 『ナロウ転生』の仕様というか、最近のVRゲームの傾向だが、スキルや武器の攻撃力より実際の物理演算の結果を重視するようになってきている。

 これはたとえスキルがカンストしていても、手加減した一撃はそれなりのダメージしか出ないし、逆にスキルに関係なく鋭い一撃ならば相応のダメージが出るというものだ。


 現実で武芸を修める正哲にとっては、スキルは飾り。

 最新の長澤ライブラリの提供する型を知るためだけのものでしかない。


 それはスズナにとっても同じことだった。


 スズナの職業も剣士。

 スキルツリーからは迷わず「長剣」を選択し、続いて「水平突き」「水平薙ぎ」「垂直斬り」「袈裟斬り」を選択する。

 しかしこれらは長剣……馬上で扱うロングソードを現実で振り回すスズナにとって、どれもスキル無しで型を再現できる技ばかりだった。


「よしまずは武器だな。混みそうだが……」


 うんざりするような人混みを想像する正哲に、不思議そうな顔でスズナは言った。


「メニューから買うだけですから、混んでいても関係ないのでは?」


 正哲には意外なことに、どうやらNPC店主との会話がないことに驚いた。


「じゃあ定番の値引きとかはないのか」


「ありますよ。スキルに応じて買値が減少するはずですけど」


「なんて味気ない……」


 ……コンシューマーとアングラではここまで違うのか。


 せっかくの対人AIが無駄遣いされていることに、正哲は複雑な気分を味わった。


 とはいえ、小便をカクテルにして飲まれるAIもかわいそうな使われ方だが。


     ◆


 街を出て、順番にスズナに魔物を狩らせる。

 複数が現れれば正哲も戦うが、街の周辺に出没するワイルドドッグはただの野犬だし、ホーンラビットは角が生えただけのウサギだしで、苦戦する要素はまったくない。


 退屈すら感じる手ぬるい相手に、正哲もスズナもとっとと狩場を移ることに同意した。


 街から離れた森に入ると、今度はグレイウルフという普通の狼と、リトルボアという小型のイノシシ、ショートホーンスタッグという若い牡鹿に変わった。


 正哲はどれも一閃で殺したし、スズナも問題なく長剣を振り回している。

 本来、馬上で扱うべき長剣は、森のなかでの取り回しが難しい。


 難なく使いこなしているところを見れば、その技量の高さが伺える。

 あれでアバターの年相応だというのなら、たしかに才能はあるだろう。


「ここでも物足りんな。森の奥へ進もう」


「いいんですか?」


「何がだ」


「明らかにレベルも装備も足りていませんけど……」


「はあ?」


 正哲は驚きに目を見張り、スズナに言った。


「お前はゲームを楽しみに来たのか。ここへは鍛錬の一貫できているはずだと聞いていたが、違ったか?」


「あ、いいえ。その通りです……」


 長澤ならば武器さえ手元にあればそれでいい。

 相手が野生動物だろうが人間だろうが、傷を負うなど恥でしかない。


 少なくとも、技量ともいえるものがない野生動物を相手に傷をつけられるなど、ゲームの中でもあってはならないことだ。


 とはいえ正哲もコンシューマーゲームは久々だ。

 どのような理不尽な魔物が出てくるか、分かったものではない。


 それでも勝つ。

 多少理不尽だろうが、まだ序盤だ。

 何が出てきてもそれなりに対処できるし、無理ならばふたりとも逃げ切れる程度の腕前があることは、既に分かっている。


「よし、ならば行くぞ」


「はい」


 スズナを連れて、正哲は森の奥に入った。


     ◆


 獣道を行く。


 時折出くわすイノシシのサイズが少し大きくなっている。

 牡鹿の角も、少し伸びてきている。

 狼は数が増えた。


 狩りの対象がたったふたりの人間だが、恐ろしく腕前が立つことに気づいている狼たちは、遠巻きにするだけで近づいてこない。

 面倒がなくて万々歳だ、と正哲は思っている。


 さてそのイノシシや牡鹿、そして狼すらもパッタリと姿を消して、いつの間にか森は静謐に包まれていた。


「やけに静かだな」


「もしかしたらボスエリアに入ったのかもしれません」


「好都合だ。小物ばかりの獣で苛ついていたところだ」


 スズナは一歩、正哲からさりげなく離れる。

 正直なところ、スズナは師匠の命令がなければ正哲などと一緒にゲームの中で鍛錬などする気はない。

 というかよく知らないオッサンと何が楽しくて鍛錬とはいえゲームをしなければならないのか。


 はしばしの発言からゲーム慣れしていないのも相まって、スズナは既に正哲のことを嫌いになりかけていた。


 そんな少女の内心など露知らず、または知ったところで気にもとめないだろうが、正哲は巨大な獣が迫り来るのを見つけて声を上げた。


「お、なにか来るぞ」


「……あれは!」


 熊だった。

 それも全長約三メートル。

 今まで手加減していたかのような小サイズの動物たちとはまるで異なる、現実的なサイズ感だ。


 強さとはすなわち、骨格と筋肉に集約される。

 骨が大きく太ければそれに応じただけの筋肉がつく。

 筋肉が多ければそれだけ強い力が発揮できる。


 獣の場合は更に皮膚がこれに加わる。

 脂身がプラスチックのように硬化していることもあるし、単純に表皮が分厚いだけで鎧を常時身につけているようなものでもある。


 フルサイズの熊とは、人が二、三人で剣を片手に相手にできる獲物ではないのだ。


 だが長澤は違う。


 ゲーム向けの武術ライブラリを提供しているだけあって、巨大な武器で、あるいは小さかろうとも弱い部分を狙い撃つような戦い方を鍛え上げてきた。


 対魔物という現実味のない武術の極みである。


 だから正哲は、当然のようにスズナに言った。


「ひとりで行けるな?」


 そしてスズナも、当然のように正哲に言った。


「はい」


 戦いが始まる。

 熊と人との、戦いが。


     ◆


 長剣のアドバンテージはまず刀身と柄を含めて全長が長いことにある。

 槍の代わりに馬上で使われる武器なのだから当然なのだが、それを地上で、徒歩で扱うとなると技術が必要になる。


 スズナは柄の両端を握り、刀身をクルリと一回転させてみせた。


 まだ新しい得物に慣れたとは言い難い。

 しかし使えなくもないし、熊を両断するには十分だと、これまでの戦いでの手応えが教えてくれる。


 熊が立ち上がった。

 その圧倒的な存在感。


 巨体というアドバンテージを活かして、熊が爪を振るいかぶって襲いかかる。


 しかしそれを見越したかのように、長剣の切っ先が熊の鼻面を貫いた。


「グオォオオオっ!!?」


「――ふッ」


 長剣を引き戻し、今度は槍を突くようにして熊の肩を狙う。

 浅く切り裂き、赤いドットが散る。


 スズナは素早く長剣を引き戻し、今度は逆の肩を狙う。

 しかし熊とて相手が素早い突きを繰り出してくるならば、それを潰す方法くらい、心得ているのだ。


 突進。


 熊は四足になると、その圧巻の重量を少女に叩きつけるべく走り出した。


 しかしVRゲームの武術ライブラリを提供する長澤は、本来人間対人間の武術の枠を出て、独自の進化を遂げていた。

 対魔物に対する武術。

 長剣という馬上で扱うべき武器を徒歩で扱うのも、そのためだ。


 故に、熊の突進などは長澤の武芸の想定内。


 切っ先を熊の右眼に据えて、長剣を固定する。

 柄は大地に打ち付け、熊は自ら串刺しになりに突進をやめない。


 突進する熊の右眼窩に長剣の切っ先が侵入する。

 突き刺さった瞬間、スズナは横に転がるようにして突進に巻き込まれないように退避した。


 さしもの熊も右眼から侵入した剣に脳を破壊されれば、死を免れない。


 ボン! と炸裂するような音とともに熊の全身が爆ぜた。


 やり遂げた、という達成感よりも、正哲に無様なところを見せずに済んだことを、スズナは安堵する。

 これから一ヶ月もの間、一緒に過ごす相手から舐められるのは、御免だった。


「お見事。さすがは長澤。あの女の弟子だけはある」


 スズナの目論見通り、まずは正哲に腕前を認めさせることに成功したようだ。


 ガランガラン、と長剣が地に転がる。

 耐久度はほぼゼロ。

 このゲームでは武器の耐久度がゼロになったら切れ味が著しく落ちる。

 逆に言えば、破壊されたりなどはしない分、親切な設計であるともいえるが。


「一度、街に戻りましょう。これでは切れません」


「そうか。まあそうしとくか」


 実のところスズナの目論見以上に、正哲はスズナの実力に戦慄していた。


 見た目通りの年齢で、先程の技を当たり前のようにこなす。

 その上で欠陥があり、それを克服させろというのだ。

 正哲にとっては、まったく酷い難題だった。


 そんな互いの心情を知る由もない。


 スズナも正哲も、まだ通じ合うものは何もなかった。


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