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プロローグ(2)

 『ナロウ転生』は前作のリソースを再利用しつつ、新要素を加えた作品だ。

 完全新規だと前のファンを逃すだろうし、そんな開発資金を捻出するのも面倒だろう。


 妥当だがつまらんな。


 調べた結果は、これに尽きた。


 そもそも前作は正統派ファンタジーもの。

 続編も何の捻りもない正統派ファンタジーものなのだから、正哲の趣味に合うはずもない。


 ただドラゴンを日本刀でブチ殺すってのは悪くないかもな。


 正直、アングラコロシアムで人間を斬るのも飽きてきたところだ。

 最近は型をインストールしただけで強くなったと錯覚するバカが増えた。

 もっと生々しい生物を斬りたかった。


 ……長澤ライブラリか。


 武門の名家、長澤の提供する武術ライブラリが用いられているなら、稀に本物が育つことがある。

 そもそも最新のライブラリに触れられるのなら、そう悪くはない気がした。


 石原正哲はもと長澤の門下生だったが、破門された身だった。

 素行不良だったせいだが、最新の技を学び取れるならそう悪くない気もした。

 どうせソフトはアガタに持たせる。タダで新作を遊べるなら、そう悪くないかもしれない。


 正哲は携帯端末を手にして、アガタにメッセージを送った。


>例の新作ゲーム、やってもいい


>本当ですか!?


>ただし飽きたら辞める


>いえそれで十分です!


>だからソフトを送れ


>売上に貢献はしてくれないんですか


>お前が頼む立場だったはずだが


>分かりました。ソフトをご用意させていただきます。用意するからにはちゃんと遊んでくださいよ?


>飽きない限りは楽しませてもらおう


>せめて一ヶ月はお願いしますよ!


>わかったわかった


 一ヶ月か。

 まあよほどひどくない限りは一ヶ月くらいなら遊んでもいいか。


 正哲はそう思い、ゲームが届くのを待った。


     ◆


 待てども暮せどもゲームが届かない。

 よくよく調べると発売日は明後日だった。


「あの野郎、そのくらいは予め言っておけよ」


 正哲はアガタの頼みを聞いたのに、この仕打だ。ひどい話だった。


 ……確認しない俺も悪いが。


 しかしそうすると時間が空いてしまう。

 仕方無いので、予定ではなかったがアングラコロシアムで少し遊んでいこう、そう思いたった。


     ◆


 ……また少女か。


 前回に続いてまた対戦相手は少女だった。

 マッチングはカネを出しているギャラリーが行う。

 自分を含め、参加者の戦績は公開されており、正哲はそこで三百戦ほど戦ってほぼ無敗を誇っている。

 それにわざわざ少女をぶつけるのだから、殺される少女が見たい、という趣向なのだろうが。


 二度も続くと辟易とする。

 もっと強い奴とやりたいのだが……。


 不満が顔に出ていたのだろう、少女は愉快げに言った。


「少女アバターに何か思うところがあるようだが、外見で舐めない方がいいぞ」


「ほう。この俺を前にしてよく言った。楽に死ねると思うな?」


 惨殺決定。


 その時、正哲は自分が負ける可能性など微塵も考えていなかった。


     ◆


「ぐぶ」


 口から溢れる鉄錆の味。

 正哲の心臓に長剣が突き立てられていた。

 綺麗に肋骨を外しての刺突。


 正哲をして見切れない速度での突きは、久々だった。


 だがここはアングラコロシアム。

 心臓を貫かれた程度で死んでは興醒めというもの。

 ここでは斬首を含む頭部の破壊、そして心臓の破壊、その両方を達成せねば死亡判定は出ない。


 もっとも片方が破壊された時点で、ほぼ戦闘続行は不可能だ。

 故に閉ざされていた鉄柵は開かれ、勝者はいつ退場することも許されている。


 片方を破壊された死体を散々に破壊する者もいれば、勝った時点で立ち去る者もいる。

 中で例外があるなら、


「ぶぐ」


 心臓が破壊された程度なら、戦闘を続行する正哲のような者。


 至近での太刀は単純に不利だが、正哲は徒手での格闘も学んでいた。

 突き立てられた長剣を拳が下から叩き壊し、正哲は激痛と呼吸不能で脳に回らない酸素とに喘ぎながら、ただ一矢を報いんと駆ける。


「その意気や良し」


 少女が言った。


 叩き折られた長剣を捨て、少女も素手での応戦、やはり正哲には見えない速度での拳の連打が四発、一呼吸の間に繰り出された。


 喉、


 鼻、


 鳩尾、


 そして顎。


 顎を殴られ脳を揺らされた正哲は、意識を飛ばされた。


     ◆


 医務室で目覚めた正哲は、久方ぶりの死を体験して興奮していた。

 少女の技量は明らかに自分を上回っていた。

 そして、その技の源流には明らかに長澤を感じたのだ。


 長澤はアンダーグラウンドVRワールドには決して足を踏み入れてはならない、という不文律がある。


 表の世界に武術ライブラリを提供するクリーンなイメージを崩すわけにも行かず、また人を殺めるための技を磨くことを恐れているのだ。


 故に先程、戦った少女は元長澤。

 つまり自分と立場は同じ破門された者だということになる。


 興奮は期待に変わった。


 立場が同じならば、彼女はきっとここに来る。


 正哲の確信は、当たった。


「よう。元気そうじゃないか」


 少女は先程まで殺し合った仲だというのに、気さくに医務室を見舞いにやってきた。


 だから正哲は喜びを隠さずに言った。


「来ると思っていたからな。あんな風に一方的にやられるのは久々だったんだ」


「殺されて悦んでいたのか。変態め、マゾなのか」


「まさか。お前も同じだろ、一方的に技量で蹂躙されたら、喜ぶだろうが。次の目標ができたってな。違うか?」


 次にやるときは殺す。


 正哲の宣言を意にも介さず、少女は肩をすくめて言った。


「私はここにはお忍びで一度きりと決めて来ている。お前のように破門されたわけじゃないからな」


「何だと?」


 それは正哲をして意外な発言だった。


 お忍びならばそれを口にしてはならない。

 正哲が長澤にこのことを喋れば、少女は破門されるだろう。

 そして破門を恐れずにこんな場所に来る長澤がいることも。


「ま、実際にはここ数日、あんたが現れるのを待つのにログインしていたが、観覧だけだ。ノーカンだろ。……そんなことはどうでもよくてだな。ひとつ、あんたに頼みがあって来たんだ」


「頼みがある相手をわざわざ殺すわけか。お前、俺のことをよく理解しているな」


「長澤を破門されてこんな場所に入り浸っているんだ。その人間性に想像はつくさ」


 なるほど、とも思ったし、それが想像できるヤツがまっとうな長澤にいることも意外だ。

 意外、意外、意外だらけ。


「あんたの見た目、なんでまた少女アバターなんだ」


「ああ、これな。頼みにも関わるんだが、実はこのアバターを作ったのは私じゃない。私の弟子だ」


「弟子を個人で持つのか、なら敵わんわけだ」


 長澤では最も強い当主を筆頭に化物のような強さの親類縁者が何人もいるが、その中で個人的に手ほどきをすることを許されている者は少ない。

 正哲に今の長澤でその立ち位置にいる人物を洗えば、すぐに少女の正体は知れるだろうに。


 特に自分の正体がバレたところで、なんとも思わないということか。


「まあいい。それで、俺に頼みってのはなんだ」


「私の弟子をお前に預ける。アガタから話が行っているな? 最低一ヶ月は表で遊ぶそうじゃないか。ついでにウチの弟子を鍛えてくれ」


「アガタのあの話には裏があったのか。俺に今更コンシューマーで何をさせたいのかと思ったが……長澤から圧力でもかけたか?」


 武術ライブラリを一手に抑えている長澤はVRゲームメーカーに強い影響力を行使できる。

 前任が優秀だったという理由で抜擢されたアガタのようなプロデューサーでは、その圧力をはねのけることなどできまい。

 はねのける理由もなさそうな話でもある。


「分かった。そこまでするなら、その弟子とやらはこの俺が面倒見るってことで、本当に良いんだな?」


「もちろん、そうだとも。期待しているよ。……石原正哲に一ヶ月、良くも悪くも一皮どころか二皮か三皮くらいは剥けてもらわねばな」


「それじゃ人体模型みたいになっちまうな」


「いいねえ。筋肉むき出しのグロテスクな化物、そのくらいのもんになってもらわなきゃ、私の立つ瀬もない」


 正哲は心底、震えていた。


 この眼の前の化物が買っている才能を、自分に預けるという事実に。


 武者震いならいいが、それとも才能を傷つけることになってしまうことを恐れているなら、よくない。


 ……まったく厄介な頼み事だぜ。


 そこでふと正哲はひとつ、疑問を覚えた。


「そのアバター、弟子が作ったんだよな。弟子はそのアバターを使うのか」


「ああ、年相応だぞ。変なことしたら逮捕される年齢だから、気をつけろよ」


「ガキか……まあいい」


「お、意外と物分りがいいね」


「お前の弟子なら才能はあるんだろう。その上で俺に預けなきゃならん欠陥があるってんなら、想像はつく」


「はあん。そこまで分かってるなら、もう言うことはない。――遊んでこい、石原正哲。ウチの弟子を連れて、きっと足手まといだがあんたにとってはコンシューマーでの丁度いいハンデだろ」


 少女は名も名乗らず、そのまま医務室からログアウトした。


「…………」


 長澤の最新のライブラリに触れられる。

 アガタからのコンシューマーゲームの誘いに、それ以外の楽しみがひとつ、増えた。


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