グリフォン
光から解放されたのは大きな石の城が見渡せ変わった匂いのする薄暗い空の中だった。
慌てて翼を羽ばたかせ安定的に飛ぶことに成功する。
怖かった。バランスがとれずに落ちるかと思った。そして高所恐怖症でなくてよかった。
魔王城のような石の城を見下ろし思う。これだけ大きな城、一体どうやって作り上げたのだろう。人間が作ったものを奪い取ったのだろうか。
鼻につく変わった匂いを嗅ぎながら辺りの様子を見回す。
毒の池。大口をあけ獲物を待つ食虫植物のようなモンスター。地面にこびりついた黒いしぶき。骨をしゃぶり溶かすモンスター。
もしやこの匂いは毒の匂いだろうか。ただの人間はこの魔境に踏みいると汚染され死に至るという。キマイラ筆頭モンスターにとっては変わった匂いですむのか。それどころか進んで毒の池に近寄るモンスターもいる。
初めて見るその景色に不快感を抱き、空高く羽ばたいた。
勇者の居場所は運命が繋がっているから感覚で分かると言っていた。なんだかロマンチックに聞こえるが、まあ絶対殺意確率マシーンとやらのせいである。
あれの呪いは勇者を殺すためにある。一応勇者だけのために作られ、勇者の生死を判別できるのだから居場所だって分かっても不思議ではない。その理屈でいくと勇者も私の居場所が分かるということになるが、私が勇者の居場所を探しても教えてくれる記憶はない。感覚でこっちじゃないかなーと思うくらいだ。勇者は私の存在を知らないし、殺したモンスターが実は中身が同じで自分を探しているなんて思わないだろう。そこに元々いたモンスターだと思うはずだ。勇者が私を探す心配はない。
それに、勇者を殺すつもりはない。むしろ旅に同行したい。あの魔王を倒し世界を救ってほしい。人間に戻れなくても世界が救えるならモンスターになった意味があるというものだ。リンム村だってもう少し裕福になれる。もう私の体は魔王によってなくなってしまった。ただのモンスターに殺されるよりは魔王に殺されたんだぞと少し胸をはれるし、元々いつ死ぬか分からなかった命だ。憎い気持ちはあるが割りきるしかない。私は諦めのいい女である。
キマイラなら役にたつし、仲間にしてもらえるようどうやって交渉しようかなーなんて考えながら空を飛ぶ。
それにしても空を飛べるなんて思いもしなかった。自分の力で飛べるのなら高いところも怖くない。それどころか心地よくて、感動できるくらいの余裕はある。ここが魔境でなければいい景色も見れただろう。モンスター同士争っているところとか人間らしきものの死体とかその血肉を漁ってるところとか見たくない。
ライオンの頭でため息をついたとき、前方から鳥類の鳴き声が聞こえた。可愛らしさの欠片もない、威嚇したような鳴き声。
随分と良くなった目で、その正体を見つけた。
頭と足と翼はワシ。しかし胴体だけはキマイラと同じライオン。
「……グリフォン!?」
キマイラ以上に有名なモンスターだ。キマイラと同じく魔法を使う。ただグリフォンが厄介なのは魔法ではなくその獰猛さ。金銀財宝を守るといわれ数々の人間が倒しに向かったがそれを全て殺し、撤退することも許さず追いかける執念さ。
普通に暮らしているには会うことはないがそれでも語り継がれるモンスターだ。どうしてグリフォンがここにいる?金銀財宝は?ただの伝説なのか?
どう見ても私に威嚇しているグリフォン。あまり怯えずにすんでいるのはキマイラの体だからだろうか。キマイラは同等、もしくはそれ以上の力を持っているのかもしれないが中身は私だ。一度グリフォンと戦ってしまえば殺すか殺されるか。そんなのごめんだ私が死ぬ。
威嚇段階ならまだ間に合うだろうと飛ぶ進路を変えた。
勇者の元に行かないわけにはいかないので戻りはせず真横に進む。
こちらに近づいてくるグリフォン。顔怖すぎだ。追い付かれることはなさそうだが離すことできず鬼ごっこみたいになってる。なんてデスゲームだ怖い。
あれ以上行くと縄張りだから殺すぞの威嚇かと思っていたが実はもう縄張りに入っていたのだろうか。ずっとついてくるグリフォン。あの顔疲れそう。
なら一旦戻ってこっそり目立たない地上からいくべきだろうか。いや、見つからない保証はない。仮に見つかったらグリフォンに地の利がある。
追いつかれることはなさそうだし、いっそまっすぐ勇者の元へ行こう。グリフォンの縄張りを出たらさすがに諦めるだろう。
進路を戻してひたすら勇者の元へ向かう。グリフォンの威嚇がまた聞こえたが無視。少し危なくなったらタイフーンで相手の風向きを乱してみよう。
ハラハラしながらひたすら空を飛び続ける。先程以上にグリフォンはギーギーうるさいのでやはりこちらの方に縄張りがあるんだろう。キマイラほどのモンスターになって早々こんなにビビることになるなんて。もう少し威張れるかと思っていたのに。
「グワアアァ!!」
突然後ろから一際大きな声が聞こえた。
驚き振り返ると、なんとグリフォンはとんでもないスピードでこちらに飛んでくる。
グリフォンは魔法を使うと聞いていたが、キマイラとは違い自分の能力を補助する魔法を使うのか。このグリフォンはスピードと、爪の強化をしている。なぜ分かるのかは分からない。ドラゴンの頭がそう判別したからだ。
咄嗟に構えていたタイフーンを練り出す。
小さい竜巻だが鈍らせるには有効だったようで動きが鈍ったグリフォンの爪をなんとか避ける。
「グウウゥゥ」
「ガアルルゥゥ」「グルルル」
唸り声をあげるライオンとドラゴンの頭に立つようにして体を大きく見せるヤギ。
こちとら四種類の生き物が混じってんだぞ。二種類のグリフォンなどお呼びでないわ。
両者睨み合う。私の方が目が多いし引けよこの野郎。
またタイフーンが出せるよう魔力を練っておく。グリフォンの方もなにやら魔力練っている。また突っ込んでくるのか。
幸い素早さをあげたグリフォンの動きはしっかりと目で追えていた。体も不意打ちでなければなんとか対応できる気がする。するしかない。相手が攻撃してきたら反撃のとき。
しかしグリフォンも警戒して攻撃してこない。猪突猛進のようでしっかりと考えているようだ。やりづらいことこの上ない。初めての戦闘がグリフォンってどうなんだ。
どうすればいいのか分からず苛立ちが募る。
「メエエッ」
翼を羽ばたかせタイフーンを起こす。今度はしっかり魔力も込めたため大きな竜巻だ。
しかしグリフォンは私が動いたと同時に魔法がくると分かったのか、溜めていた魔法でスピードをあげタイフーンを避けた。そしてそのスピードのまま私に突っ込んできたため避けようと体を反らしたが、グリフォンの嘴が私の胴体を刺す。
「メエーッ」
ヤギの頭が悲鳴をあげる。しかし私だってやられっぱなしではない。ライオンの頭は噛みつき損ねたが向かった鋭い爪がグリフォンの胴体を引き裂いた。
グリフォンも悲鳴をあげ私と距離をとる。
抉られた胴体から血がでているのを感じる。焼けるように痛いが、うずくまるほどではなく我慢できる。それにこの状況で動けなくなれば終わりだ。痛みなんて気にしていられない。
歯をくいしばって痛みを耐える。ああもう、このままだと勇者の元へ行く前にまた死んでしまう。せっかくキマイラという強いモンスターなのに。どうにか同じモンスターなのだから和解はできないだろうか。そもそも私は金銀財宝を奪いに来たわけではないのだ。でもいくらグリフォンとはいえモンスター、言葉が通じるかも分からない。
「……はっ、いや通じるじゃないか!」
私が声をあげるとグリフォンはビクッと一歩ひいた。
そうだ、魔王が言っていた。私が話しているように聞こえる声はただの記憶。実際は言語を使っているわけではなく多くの生き物が持っている思考なのだと。そのため言葉が出せないモンスターでも意志疎通ができると。
グリフォンにも通じているようでキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「私です。キマイラです。グリフォン、私はあなたを襲いに来たのではありません」
グリフォンは首をかしげる。
「私は魔王様の部下で、勇者を殺すことを命じられました。そして勇者の所へ向かうため飛んでいただけです。金銀財宝や縄張りを奪いに来たのではないのです」
魔王様の部下?というグリフォンの思考が伝わってきた。よし、グリフォンは会話ができる知能がある。話してはないから会話といえるのかは分からないが。
「そうです。今こうしてあなたと意志疎通できているのは魔王様のおかげです。先程まですっかり忘れてしまっていて戦いになってしまいましたが私が戦うべきはあなたではなく、人間である勇者なのです」
魔王様から直々に命令されたのか?というグリフォンの疑問に勢い良く頷くと、途端にグリフォンの思考が薔薇色になった。
えっなにごと?
「……え、あ、魔王様のファン?大好き?かっこいい?あ、あなた雌なんですか。は?同行する?一緒に殺して誉めてもらうってそんな勝手に」
グリフォンは一気に魔王への愛を語りあげ勢いで私についていく宣言をした。
そんなの困る、私は勇者を殺す気はない。どうしよう、グリフォンを連れたままじゃ仲間にしてくれという説得は難しい。けれど思考が薔薇色になったグリフォンは私の話に聞く耳持たずで、怪我を治療しようということで巣に案内されることになった。
どうしてこうなった。