スライムからの大進歩
また殺されて目が覚めた。一日で一体どれほど殺す気なんだろう。
覗きこんでいた魔王は嬉しそうな声をあげ私を抱き上げた。
「キマイラではないか。こいつは魔法を使えるから強いぞ。これなら勇者共にも張り合えるだろう」
キマイラ。……え、本当に?
上を向いた棺の鏡を見てみると確かにキマイラといわれる容姿だ。
ライオンとヤギとドラゴンの三つの頭に尾はヘビ。しっかりと手足の感覚はある。今度は頭が三つあるので変な感覚だ。それぞれ孤立した思考ではなく纏めて伝達されるため同時に動かすには頭を使う。ピアノのように両手別々の動きをさせているようで頭の処理が追い付かない。ドラゴンの翼をバサバサと動かしヘビの尾を振り回していると魔王は私を抱えたまま不思議そうにする。
「なんだ。スライムからの大進歩じゃないか。なにか不満なのか」
「私の処理能力ではキマイラは扱いきれません。頭は一つがいいです」
それぞれ順に頭を横に振り、頑張って三つ全ての頭を同時に横に振らせる。
意識をしたらできないことはないが、勇者を殺すとなると戦闘になるだろう。そうなると意識なんてしている暇はないはずだ。思考する時間が隙になる。
そういったことを伝えると、ならば慣れればいいと手を離され地面に体を打ち付けた。
魔王とはいえ統べる者なんだからもう少し相手の心境や状況を理解できるようにならなければいけないと思う。私はたったいまキマイラになったばかりで動作の処理が追い付かないと言ったばかりなんだから急に落とされ反応できるわけないだろう。元は弱いただの村娘だぞ。
苛立ちながらも言葉にはせず辺りを見回す。ほとんど棺の中にいたから分からなかったが石でできたとても大きな部屋にいるようだ。ほとんど何もない部屋だが、大きな扉の対極には一段多く積み上げられた石に、大きめの一人用の椅子がある。
魔王はローブを脱ぎ捨てどっかりとその椅子に座り込んだ。
魔王への怒りも忘れ思わず感動する。まさかこんな景色をみられるなんて。勇者も後々はこれを眺めるのかもしれない。頑張って魔王を倒し、人間を救ってほしい。
正直私は勇者を殺すつもりはない。世界を救ってほしいし、殺したところで人間になれぬなら意味がないからだ。勇者の寿命までおとなしく待とうではないか。
広い石の部屋を歩き回ったり飛び回ったりしてなんとなく体の感覚が掴めてきたとき、魔王から魔法の練習もしてみろと声がかかった。
魔法なんて、当然私は使ったことがない。それどころか見たことすらなかった。それだけ魔法を使える者は少ない。使える者は城で研究したりするそうだ。
そんな貴重な魔法を使うなんて。小さい頃は魔法使いに憧れるものだ。残念ながら勇者のパーティーにいた魔法使いのように帽子も杖もないキマイラという姿だが、ほんのちょっぴり嬉しい。本当に少しだけだが。
心踊らせながらどんな魔法が使えるのかと考えると、思い出したように魔法の記憶が頭に浮かぶ。
ブレス。口から火を吐くらしい。全ての頭からでるようで、それぞれの火の塊は小さいが多方向にだせるのがキマイラならではの武器だろう。
タイフーン。翼で小さな竜巻を起こし撹乱を起こす。道具などを使わせないように利用できるだろう。小さなモンスターならこれで吹き飛ぶ。
サンダー。一筋の雷が落ちる。予兆で対象に暗い影がかかるので避けられる可能性があるが、攻撃力は高い。相手がすぐに動けないとき、気づかないほど動揺しているときが有効そうだ。
ロア。吠えることで周囲の行動を鈍らせるようだ。これは便利そう。
四つの魔法が使えることが分かり、記憶通りに腹の方へ力を込めるとじわじわと熱が溜まる。一定まで溜まったところで塊が昇ってきたので吐き出すと、三つの頭から火の塊が飛び出し壁にぶつかった。魔王の方にも向かっていったが私を眺める姿勢から全く動かず弾き飛ばした。なんだあれ、見えない壁でもはっているのか。
初めての魔法に浮かれて地面をゴロゴロ転げ回る。お次はタイフーンだ。勢いよく立ち上がりバサバサと力の限り翼を動かすと私の目の前に小さな竜巻が起き始めた。大きさは魔王四人くらい並んでいても巻き込めそうだ。
魔王には風の一つもいかないようで髪の毛一本動かない。
そしてタイフーンで吹き荒れる真ん中にサンダーが落ちるよう念じる。すると細い一本の影ができ、直後ビシャアンと雷らしい大きな音をたてながら床に黒い焦げをつけた。
うるさかったが威力は高そうだ。こんなもの食らうと死ぬんではないか。人間とは鍛え方次第でこれに耐えられるほど強くなれるのか。あの王子様のような勇者も耐えられるならとんだ見かけ倒しだ。モンスターにとっては悪い方で。
タイフーンは羽ばたかせた回数と込めた魔力により起きる時間が異なる。少しの魔力しか込めなかったのですぐにタイフーンは収まり静かになった。
「ふむ、魔法も問題なく使えるようだな。体はどうだ」
「動かすには問題ありませんがやっぱり頭に意識を持っていかれますね。戦闘なんて夢の夢です」
「だが慣れるまで待つのも面倒だ。今度は自ら勇者の元へ向かって戦ってこい。実戦に勝るものはない」
「え、でも私勇者の居場所分かりませんし無駄死に……」
「安心しろ、お前と勇者は本当に少しだがもう運命が繋がっている。勇者の居場所は感覚で分かるはずだ。行ってこい」
「えっ魔王様!?」
また意見も言えずに私は眩い光に包まれた。