戻れない
ガタンと本日二度目の音を耳にしワイルドな男性の顔を眺めながら起きた。
「……強くなるどころかスライムのまま縮んでるぞ」
大男、いや魔王の顔を見ながらの目覚めは気分がよくない。先程の魔王を思いだし答えられずに固まっていると、人間の手が私をつついた。
「おい、なんとかいわないか」
「す、みません」
固まる口をなんとか動かし謝罪をすると魔王は眉間に皺を寄せる。その顔に体を跳ねさせると魔王はため息をつき私を手のひらに掬い上げた。確かに魔王が言った通り私はスライムのままだが大きさが半分ほどになっている。
「そう怯えるな。恐怖心が勝ってしまっては今のように弱ってしまう。とって食ったりせんから安心しろ」
魔王の指はスライムの体を撫でる。その手つきに敵意はなく私を安心させようとしているのだと分かった。
恐る恐る指にぴとんとくっつくと魔王はぽよんぽよんと私の体を弾いて遊ぶ。……本当に、ただ殺すということはなさそうだ。
安心してぺたんと平らになると魔王は笑った。
「分かったならいい。更に弱ってしまっては勇者に送ったところで成果は期待できんな。死ぬか」
「あの、魔王様。少し状況整理する時間をいただけませんか」
握りつぶそうとする手から慌てて腕まではって逃げてから声をかける。
あれから死にまくっていて、気持ちが全く追い付いていないのだ。印象的なのは目の前の魔王の恐怖だけ。気になることは沢山ある。人間の私はどうなっているのかとか、リンル村は無事なのかとか、人間に戻れるのかとか。
一通り気になることを聞くと魔王は予想していたのかすんなりと答えてくれた。
まず、人間としての私は死んだ。これは殺したと言われていたし分かっていた。どうもその時は頭を握りつぶしたらしく、私のベッドは血だらけだろうから殺されたと判断するだろうとのことだ。魔王は私を勇者の元へ送ったような転移魔法で移動してきたようで、本当にただ血があるだけだそう。暴れたあともないので魔法使いにでも殺害されたと思うだろうと。……文句をいいたいところだが、相手は魔王だ。殺意確率マシーンとやらの適合者になった不運を呪うしかない。
リンル村に訪れたのは私で実験するのが目的だったので何もしていないそうだ。そんなちんけな村興味ないと言われて少し複雑な気分になった。
そして、私は人間に戻れるのか。
この回答に、私は絶望した。
「さあな。呪いが解けるのは勇者が死んだときだ。その時の姿のまま生きていくんじゃないか。それを確認するための実験だ」
ふざけている。モンスターのまま、残りの人生を過ごせというのか。
「どうせ人間に戻ったところでいく宛もないだろう」
なら私は一体なんのために勇者を殺す。殺してもなにも成果がないのに。
「呪いを解くためだ。解かなければ勇者がなんらかの理由で死ぬのをモンスターのまま待つことになる。それならばさっさと呪いを解き自由になりたいだろう」
そんな、そんなもの変わりないではないか。早いか遅いかの違いだ。モンスターの生存競争に人間だったものが勝てるのか。
「勇者を倒すのは強いモンスターだろう。その時はお前も立派になってるさ」
でも。あなたが殺さなければ。
「……勇者を殺せ。魔王の命令だ。さもなくば俺がお前を殺す。呪いに縛られたお前の魂は呪いをかけた俺の元にくる。浄化されずに消えた魂は転生することはなく消える。俺の養分になりたいか」
魔王というものは残虐でどこまでも自分勝手な生き物だ。
それは目の前のこれも変わりなく、実験のため私を殺し、使えなければ即処分。そんな自己中心的でも圧倒的な力に抗うことができない。それが魔王というもの。
やり場のない怒りと悲しみに苦しんでいる私を魔王は握りつぶした。