魔王
ガタンと木の箱が開く音で目が覚めた。
「早くないか?」
視界には私を見下ろす大男。
一体なにがあった。私の記憶には勇者に見惚れていた記憶しかない。
「いくら勇者がかっこよかったとはいえ、黙って踏み潰されるとは……しかもまたスライムではないか」
大男はやれやれと首をふる。
踏み潰されたのか私は。確かに勇者は足を踏み出していた。剣すら抜かずに殺されたのか。スライムはただの村娘である私も倒せるモンスターだがあっさりすぎる。それなのにまたスライム。
「いや、勇者どうこうの前に言いたいことは沢山あります。なんでこんな目に?本当の本当に私は、人間ではないんですか?」
「見ての通りスライムだ。次は勇者を殺すつもりで死んでこい」
確かに、手足の感覚はなく胴体だけあるような奇妙な感覚だ。けれど急に殺意確率マシーンの適合者だから殺して棺にいれて生まれ変わらせましたあなたはスライムですなんて言われても状況が飲み込みきれない。考える前に死んでる。計二回は死んだのか?
またプニプニと触ってくる大男。触られている感覚がある。異常に凹んでいる肌?も。しかし私は目も口もないのに辺りが見えるし会話もできている。私が知っているこのスライムが視覚はあるのか分からないが、少なくとも話すことはない。鳴き声だって聞いたことがない。
「どうして私はスライムなのに話せるんですか?」
「お前は話していないぞ。これは私が魔法で意志疎通できるようにしているだけだ。お前の記憶が声をつけているんだろう」
「魔法」
「モンスターとも会話できる。知能があればな。必要があれば他のモンスターと連携するのも手だ。その場合スライムのように話すことができなければ不便だろう」
魔法とは便利なものだ。魔力持ちがそもそも少なく魔法の研究は捗っていないそうだがそんなことも出来てしまうのか。炎出したりとかそういうのだと思っていた。
口がないのに話すことができるのは魔法だからで納得だ。視覚があるのも、そういう生き物なんだろうスライムというものは。
うにょうにょと体を波立たせ大男の指を捕まえる。
「本当にあなたは魔王で、勇者を殺すために私は選ばれたのですか」
私が勇者のもとに送られる前。この大男に何者だと問いかけると魔王だと答えられた。それにしては魔王に見えない。確かに大きいが見た目はただの人間だ。腰巻きまいて黒のローブ纏った露出が多いおじさんでしかない。今の私の姿もちょっとした冗談で、魔法でそう見せているんだと言われた方が納得できる。殺された瞬間はどちらもわからないし。
「そうだな。この俺が作った殺意確率マシーンがお前を選んだ。だからお前は魔王の部下。となると、やることといえば勇者を殺すことだろう」
「私にはあなたが魔王には見えません。ただの大きい露出が多い人間です。なにか魔王だという証拠は?」
「なんだ、スライムになっているというのに信じられんか」
「魔法かなにかで幻覚でも見せてます?」
「一体なんのメリットがある。なら、今度は分かるように、圧倒的に殺してやろう。変身後を見たら納得するだろう」
「えっ殺す?」
「うむ、どうせなら殺意を持っておけ。次はもう少し強いモンスターになれ」
「いや、証拠とは言いましたけど殺されるのは怖いんですが、ちょっと!」
自称魔王は準備運動を始め、なんと黒いローブと腰巻きを取っ払った。
「ぎゃっ!やっぱり変態なんだ!」
見ないように下を向くと、バキバキやらメリメリやら、肉が破裂するような裂けるような音が聞こえる。気持ち悪くてじっとしていると音は小さくなり、次第に無音になった。
変身とやらが終わったのだろうか。なんだか肌がピリピリと痺れるような焼けるような刺激を受けている。
「おい、顔をあげろ。これなら魔王らしいだろう」
濁った声。
唸り声のような声で話していて、先程のような低いながらも心地いい声ではない。恐る恐る顔をあげ、そして固まった。
目の前にいたのは、モンスターなんて可愛らしいものではない。
魔王。
そう言うしかなかった。
なんメートルあるのか分からない大きな体。屈強な、黒い体。
私を見下ろす頭には角があり、口には大きな牙もある。目は赤黒く、その視線に捕らえられた私はただ息をすることもできず、圧倒的な力の差を感じ震え上がるしかない。
「これで分かっただろう。さあ、殺意を抱け。今度はもう少しマシな成果をだしてくれ」
魔王は私を指先でつまみ上げ、少しずつ摘まむ力をいれていく。
ズブズブと鋭い爪がスライムの体に食い込み、核に触れた。心臓を捕まれたような、圧迫感。
「期待しているぞ」
ブチッと核が潰され、私の意識はなくなった。