第5話 アリスのお薬講座後編
こんにちは。Noziです。また、この小説にお越しいただきありがとうございます。
ちょいと今回は短めですが前回の続きができましたのでまたよろしくお願いします。
~AnotherJUPITER~
現実の木星とはまったく違い、木々に埋め尽くされた星。平原や海も多少はあるが大が付くほど広大な森林がそこかしこに点在している。見渡す限りの緑はなんとなく目にも心地いい。
この惑星には“エゥロ”と呼ばれる、ファンタジー世界でよくあるエルフのように耳が長いのが特徴の種族が生息している。この種族も人気があり、見た目にこの種族を選ぶプレイヤーも少なくない。
「久しぶりね、木星来るの」
僕たちは木星のスターゲート広場がある町『レゾナス』に来ていた。ただ、久しぶりといってもゆっくり見物とは行かない。今は早いとこ目的のアイテムを集めなくては。
今回の目的地であるユーピテル大森林は、『レゾナス』から最も近い大森林のひとつで、敵モンスターのレベルもそんなに高くはなく木星初心者にはもってこいのダンジョンだ。ただしやはり大森林というだけあって気をつけないと迷ってしまうほど木々が生い茂っており、調子に乗って奥へ進み過ぎると下手したら遭難しかねないので油断は禁物だ。
「早速いくか。ユーピテル大森林」
僕は目的地であるユーピテル大森林に向かって駆け出す。
「あ、待ってよ」
そう言ってサチも僕の後ろについてくる。町を抜け、ちょっとした草原を行くとすぐに森の入り口が見えてくる。僕はお構いなしに森林へと入っていく。
「なんか、ユキヤ、焦ってない?」
森に入り少しして、サチが声をかけてきた。
「焦るって、そんな、ことは…」
そうは言ったがやはり僕はあせっているのだろう。冷静な思考ができない。何をどうすればいいんだっけ。
と、突然道の脇の茂みががさがさと音を立てたかと思ったら、ウサギのようなモンスターが飛び出してくる。
「わっ」
いつもなら一太刀で倒せる相手だが僕は驚いて飛びのく。代わりにサチが一閃。魔物ははじけて消えた。
「シホのこと心配なのはわかるけど、少し落ち着いて。目的、しっかり分かてるんでしょうね」
目的。もちろんだ。シホのために薬の材料を…。
今回とっていかなければならないアイテムのうち『青トウガラシ』と『トリカブトリーフ』は大森林序盤の草むらに自生していたはずだ。
「ねぇ、もうずいぶん奥に来ちゃってる。ここまできたら青トウガラシとかないんじゃない?」
僕ははっとして辺りを見回す。周りに生えているの植物アイテムは確かに序盤にあるはずのものではなくなっていた。
「っ…」
周りが見えていなかった。これでは…。早く戻らなくては、と踵を返す。
「ま、待って!落ち着いてってば。ここまできたら先に『マンドラゴラ』を何とかしよう。もう少しおくにいけば居るはずだから」
「あ、ああそうか、そうだな」
サチの言葉に僕はまた森の奥へ歩き出す。
「シホは大丈夫だよ。アリスの応急薬も効いてたし、だから焦らないで。急いては事を仕損じるって言うでしょ」
「うん、ごめん。ありがとう」
思えばずっとサチと二人でこの世界を旅をしてきた。それに比べたらよほど短い間だった三人での冒険が、今は僕の普通になっていたのだ。
さて、いつの間にかだいぶ森の奥まで来ていた。アリスが足りないといっていた素材のひとつ、マンドラゴラはいろいろなゲームやお話に登場するが、このゲームでもご他聞にもれず植物系のモンスターだ。ただそれを目的としたことがなかったため見たことがない。
「サチ、ところでマンドラゴラってどんなやつなんだ。モンスターだってことは知ってるけど」
「え、知らないで探しに来てたの?あはは、ホントにあわててたのね。そうねぇ、頭に赤い花がついてて根っこの部分が人型になってるやつよ。倒すと『マンドラゴラの根』ってアイテムになるの。薬に使えるのはこれね」
赤い花、か。ん、あそこに、
「もしかして、あれ?」
僕は少し大きめのコスモスのような形をした赤い花を見つけ、指差した。
「そうそう、あれ!」
それを聞いた僕は一気にその花に近づいた。
「あ、まって!」
突然地面を割って鞭のようなものが現れ、僕の体を打つ!
「ぐぁっ」
僕はよろめいてしりもちをついた。
「しまった!」
サチが叫ぶ。僕の体にさらに鞭が見舞われる。どうやら僕が近づいたことでマンドラゴラの本体であるところの根っこの部分が地中から飛び出し襲ってきたらしい。
僕は何とか体勢を立て直し剣を構え鞭攻撃を防ぐ。よく見ると僕とほぼ変わらない大きさの人型の根っこが、人間で言うところの腕に当たる部分、触手を振り回し攻撃してきているのだった。
「マンドラゴラはそっと近づいて花を燃やしちゃえば倒せるのよ!こうなったら遅いけど。何とかするしかないわ!」
そうか。このモンスターは人食い宝箱のようにトラップもかねたモンスターなのだ。マンドラゴラは休む間なく、びしびしと鞭のような触手を僕に浴びせ続ける。
「くぅっ、これは…」
「今助けるから!火炎鞭!」
サチが手にした剣の先から、炎の鞭が現れマンドラゴラの頭部に咲いている花を打ち付ける。たちまち花は灰となり直後マンドラゴラは動かなくなった。
「ふぅ。対処法さえ知ってれば楽勝なのよ、こいつは。茎の直下、根と茎の間の部分に核のようなものがあってそれを焼き払えば終わり。ま、火力が強すぎたら根まで燃えてパァだけどね」
「…助かったよ、サチ」
僕はサチに礼をいって動かなくなったマンドラゴラを見る。
「これ、もうアイテムなの?」
「あ、ちょっと待ってて」
サチが言った直後、パンっとその人型の根がはじけ、ドロップアイテムが出現した。元のマンドラゴラよりは小さめの根っこ『マンドラゴラの根』無事にゲット。
「じゃ、後は残りの素材採って帰りましょっか」
帰りの道中、サチが話しかけてきた。
「やっぱりシホなしじゃだめね、もう」
「え?」
「や、別に私もシホと一緒に居て楽しいけどさ。なんだろう。二人でも楽しかったんだよ?私。でも今は三人。なんていうのかな、簡単に今って変わっていくものなんだね」
「ん、そうかな」
「だって想像できる?また私と二人だけで冒険するところ」
「今日は二人だけだったよ」
「そうじゃなくってさ、シホがいなくなるってことを、だよ」
「…僕は、二人のときも楽しかったけど、でも今はシホがいる。うん、もう僕には、シホがいないAWOは考えられない、かも」
「ふふ、やっぱり」
「ん?何か、変かな?」
「ややっ別に。早くアリスのとこ行って薬作ってもらわないとね」
僕たちは地球に戻った。
「お早いお帰りやな」
『ワンダーランド』に着くとアリスが出迎えてくれた。採ってきたアイテムを見せる。
「おぉ、これやこれや『マンドラゴラ』。やっぱこれがないとあかんな。これはいろんなもんの素材になんねん」
「で、早速薬を作ってもらいたいんですけど…」
僕が促すと、
「わかてるわかてる、ちょっと待っとき」
アリスは三種の素材を持って店の奥に引っ込んでいった。
「…これで大丈夫、だよな」
誰にともなくいうと、サチが、
「大丈夫、あれでもうでは確かよ。たぶんもうこの世界で作れない薬なんてないんじゃないかしら、アリスには」
「そんなにすごいんだ。かなりの種類あるよねこの世界のアイテムって。作り方もわからないのばっかりだし」
回復アイテムだけでも作り方によるバリエーションを含めれば数十種類あるとかないとか。毒や解毒、強化薬なんかも入れると相当な種類の薬がこの世界にはある。もし全種類コンプリートしているとしたらホントにこの店は至高の薬局といって過言ではないだろう。
サチと話していたらアリスが奥から戻ってきた。
「できたで。うちの最高傑作、『超解毒』。これさえあればどんな毒もたちどころに回復や」
アリスは毒々しい紫色をした液体の入ったビンを持ってきた。よく見ると根っこの切れ端が浮いている。
「あ、ありがとうございます!えっと」
「あぁ金ならええで、代わりにこのマンドラゴラの残りもろてええか」
「え、いいですけど、そんなのでほんとに?」
僕はおずおずと聞いてみる。
「そんなのったらあかんで。これさえあればそれこそ毒から薬まであらかた作れるさかいな。いろんな材料と混ぜ混ぜして。ふひひ」
アリスは怪しげに笑う。やっぱりちょっと変な人だ。僕はちょっと興味が惹かれて聞いてみた。
「アリスさんってこのゲームではずっと薬を作ってるんですか?」
「アリス、でええで、兄ちゃん。ま、せやな、インしてる時はだいたいな。素材集めもめんどいから最近はクエスト出して誰かにとって来てもろてるし、だいたいここで調合調合や。めざせ調合リストコンプリートてなもんや」
「まだアリスにも作れてない薬があるのね」
サチが聞く。
「まぁな、伝説の全回復薬『エリクシール』のさらに全体版『賢者の妙薬』ってのがあるらしい。それだけはどうしてもつくれんねん。ま、作れたら引退やけどな」
「ふふ、それじゃあまだ引退してなくて助かったわ」
少し皮肉っぽくサチがいった。
「この娘、リアルでも薬の研究してるのよ」
「え、どういうこと?」
サチの言葉に僕が聞き返す。
「うち、こう見えても研究員やってんねんで、薬学の」
「そ、ホントの天才ってやつ?紙一重よねやっぱ」
「ほめても何も出んで。AWOは現実でうまくいかんときの気晴らしみたいなもんや、せやから、あんましやってる暇ないねんでゲーム。ちょっと今スランプ気味でな、イン率高めになってたんやけど、なんかいいアイデア出そうやし、しばらくこっちは放置やな」
MMOというジャンルのゲーム、プレイスタイルはさまざまだ。冒険者をやるのが基本ではあるが、店を経営してみたりその他を目的としている人たちも居る。ミスミさんにリルハ、さらにこのアリス。みんな違う目的で、しかしゲームを楽しんでいた。なんだかこういうのっていいな、と思うとともに、僕の頭にはシホの顔が浮かんだ。シホはこの世界がリアルでそれだけにプレイヤーよりもある意味人間らしく、この世界に生きている。
…早いとこシホのとこに行って毒を直してやらないと。
「じゃ、アリス、どうもありがとう」
僕たちはアリスに別れを告げ、シホの待つ家へ向かった。
「シホ、帰ったぞ!」
僕とサチは自分たちの家の扉を開け中に向かって声をかけた。返事がない。シホはどうしたのだろう。少し不安になって早足で奥に向かったが、何のことはないシホはすーすーと寝息を立てていた。その姿を見てほっと胸をなでおろす。
「シホ」
僕はシホに顔を近づけ小さく呼びかける。ゆっくりとシホのまぶたが開く。
「あれ、ユキヤ、おかえりです」
「薬、もってきたぞ」
薬を渡し、飲ませる。こくこくと静かに飲み干すと、彼女の体からバッドステータスが消えたのがわかった。
「…まずい、のです」
シホは眉根を寄せ舌を出してみせる。僕はそれを見て、とても不思議な気持ちになった。シホはよくなったんだ。もう毒に苦しむこともない。うれしい、とてもうれしく思うとともに、昔感じたことのある胸が締め付けられるようななんともいえない感情の波が押し寄せてくるのがわかった。
「わっ、ユキヤ、どうしたのですか!?」
僕の顔を見て驚くシホ。どうしたのかとサチを振り向くと、サチはなにやらにやけて僕の頭をぽんぽんと軽くたたいた。
「よしよし、よかったねぇシホが治って、ふふ」
僕はなんとなく目元に手をやると、僕の頬に涙が伝っているのがわかった。
「わっ、えっ、なんで」
泣くつもりなんかなかったのに、これはゲームで、シホはNPCで、現実の世界ではないのに。それはわかっているのに、僕の目からはしばらく涙が止まらなかった。
僕は(もしかしたらサチも)、この時、なんとなくわかったのかもしれなかった。僕が、シホに、何か特別な感情を抱いていることが。ただ、それはまだ、なんと呼べばいいかもよくわからない感情。恋や愛と呼んでしまうには少し惜しい、そこに落ちる一歩手前のようなそんな感情が、僕の中には、確かにいつのまにか芽生えていたようだった。
ここまで御覧頂きありがとうございました。
今回のお話、いかがだったでしょうか。ちょっと文章がまとまりきらなかったかなとは思ったのですが、思いのたけを綴ったので推敲もそこそこにあげてみました。
何か感じていただけるものがあったら幸いです。また、ご意見ご感想等ありましたらよろしくお願いいたします。
さて、まだまだ彼らの冒険は続きますので、今後もお付き合いいただけたらな、と思います。それでは。