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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

魔術師シリーズ

魔術師の幼馴染

作者:
『アヴェルーー!!』

呼ばれた様な気がして閉じていた瞼を開けた。
「ダグラウス様?」
近くにいた魔術師の一人がアヴェルが目を開けたことに気がついたのか声を掛けてきた。

ーーー夢か。

目を開けると、もう十分なほどに見慣れた天蓋の中だった。
魔力を回復させようと目を閉じていたのだが、知らないうちに寝てしまっていたのだろうか。
彼女がこんなところにいる筈がない。
そう思い、内心で苦笑する。

ここはダヴァン帝国とリュゼ国の国境。
二年前から始まった二国の戦争は今やダヴァン帝国対複数国という構図となり激化の一途を辿っていた。
だが複数国がダヴァンに反旗を翻そうともダヴァンの魔術師の力は大きく、徐々に戦況はダヴァン側に傾きつつあった。

「エルム、戦況は?」
近くにいた一人に声を掛ける。
粘り続けるリュゼはあと一押しではあるものの中々攻め落とすことはできなかった。
「変わらずですね」
数日前からはリュゼは攻撃をするのを一斉に止め膠着状態が続いていた。
その目的が最後の足掻きなのか、他に目的があるのか、ダヴァン側は判断を出来かねている、それが今の現状だ。
「何時までこんな事を続ける気だ」
「さぁ?今更足掻いてもって感じはしますけどね」
独り言に近いボヤきにエルムは律儀答える。

早く、戦争など終わればいいのに。

無意識に胸にある石を触れる。
もうどれぐらい会えていないのだろうか。


エルーーー。


エルと初めて出会ったのは、魔術師の学校だった。
母親が死に一人でどうやって生きて行こうと思っていた時に、ダグラウス侯爵なる人物が来て、突然自分の子供だといい、広い屋敷に連れてかれた。
程なくしてアヴェルに魔力があると分かるとあっと言う間に魔術学校に編入させられてしまった。
目まぐるしく変わる環境の変化についていけず、まだ父親だとも思えなかったダグラウス侯爵の横暴ぶりに反発するように学校の環境にも慣れようとも思えなかった。
アヴェルの噂を知っているのか、編入して数日のうちに遠巻きに眺められる存在となり話しかけてくるものなどはいなかった。
そんな時に出会ったのがエルだった。
校内の庭園を歩いている時に後ろから急に何かがぶつかって来た。
前のめりになりながらも、転ぶことだけはたんとか回避し、一体何事かと根源を睨みつけると、アヴェルの腰のあたりに長い金色のウェーブがかかった髪の少女がくっついていた。
「なっ!!」
突然のことに驚き声がでなかった。
そのことに気付いているのか、いないのか少女はアヴェルの方に顔を上げると満面の笑みでこう言った。
「あなた、きれいな髪ね」
胸につける学年章が同じ色をしていたので同い年なのであろうが、酷く幼く見える少女だった。
「わたしね、エルっていうの。よろしくね」
少し舌ったらずな喋り方は彼女をより一層幼くみせた。
同じ年頃の子供たちと関わったことがなかったアヴェルはどうしたら良いのか戸惑った。
しかし小綺麗なエルの姿は一見して貴族と分かるもので、脳裏にダグラウス侯爵が浮かんだアヴェルはエルに言葉を何も返すことなく歩き出してしまった。
貴族に関わりたくなかったのだ。
無視したのだからもう近寄ってこないだろうと思っていたがそれが見当違いだったことはすぐに分かった。
それからエルはアヴェルを見つけると嬉しそうに駆け寄ってくるようになった。

「アヴェル、あのねー」

「アヴェル、今日はねー」

「アヴェル、見て見て!」

無視しても諦めることなく話しかけてくるエルにアヴェルが降参するのに時間はかからなかった。

「エル、ちゃんと前見て歩け」

「エル、その勉強は先週もやってるぞ」

「エル、周りに迷惑をかけるな」

自分の側で無邪気に笑うエルは、いつしか心地よい存在になっていた。
「アヴェル、髪、触ってみてもいい?」
校内の庭園で本を読んでいるといつも通りどこからともなくエルは現れ横に座り込み、唐突にそう言った。
「勝手にしろ」
素直にいいよ、とも嫌だ、とも言えないアヴェルは素っ気なくそう答えた。
するとエルはアヴェルの髪にそっと触った。
「やっぱり、思った通り!」
アヴェルの髪に触りながら嬉しそうに呟くエル。
「何が?」
何が思った通りなのか分からず聞いてみた。
「アヴェルの髪の毛はお日様みたいに温かいわ!」
エルの言葉にアヴェルは自嘲気味に呟く。
「こんなに冷たい色をしているのに?」
「あら!夕陽の光を浴びると綺麗なオレンジ色になるのよ」
そう言って笑うエルを見てアヴェルは急に顔に熱が集まる感じがしてきた。
エルの顔が予想以上に自分の顔の近くにあったせいだろうか。
アヴェルはエルに気付かれないようにエルに背を向けたのだった。


その時をきっかけにアヴェルはエルを意識するようになった。
今まで意識してみたことはなかったが、エルは初めて出会った幼い少女ではなくなってきていた。
波打つようにクセがついた金色の髪、空の色の様なスカイブルーの瞳は大きく、人を惹きつける容貌に変化してきていた。
意識をした途端アヴェルは今まで通りエルと話をすることが出来なくなってしまい、段々と避ける様になってきてしまった。
その頃、父親であるダグラウス侯爵とも和解し関係性が良くなってきたせいか、アヴェルの魔力について評価をされることが多くなってきていた。
気が付けば周りには人が集まり色々と話しかけられるようになった。
その為エルと話す機会は殆どない状態になってしまった。
自分から避けていたくせに、いざ会えないとなるとエルの事が気になって仕方がなかった。
そんな中、時ばかりが過ぎていき、アヴェルとエルが16歳のある日のことだった。

「…から、…だった!エルさん、僕と……」

アヴェルが歩いていると不意に耳に入ってきた言葉が気になった。

ーーエル?

声がする方を見ると、そこにはエルが見知らぬ男と一緒にいた。

何をしているんだ?

気になり、二人に気付かれないように近づいた。
「ダンくん…気持ちは嬉しいけど、私は貴方とお付き合いすることはできません。ごめんなさい…」
漸く声が聞こえるところにいくと、その言葉と共に頭を下げて謝るエルに、エルが告白されているということが分かった。
一気に頭に血が上った気がした。
しかしそんなアヴェルに気付くことなくダンは声を荒げる。
「なんで!?僕のこと嫌い?」
「嫌いではないけど…ごめんなさい」
迷いなく断るエル。
そしてエルは断っているのに、引き下がらない男。
「じゃあさ、とりあえず付き合ってみない?僕は本気なんだよ!」
そう言いながらエルの腕を掴んだダンを見た瞬間、何かがキレる音がした。

「そこにいるのはエル?」

今気付いた風を装い、アヴェルは二人の前に出た。
「ア、アヴェル!!」
エルは驚いたようにダンの手を振り払った。
「もしかして…お取り込み中?」
二人が並んでいるだけでもはらわたが煮えくりかえりそうなのをおくびにも見せず表情を作る。
「ううん。もう話は終わったの。あっちに行こう、アヴェル」
アヴェルの手を引いて歩き出すエルはダンを一度も振り返ることはなかった。
その姿に安堵したアヴェルは、その時初めて自分がエルのことが好きだということを自覚した。

エルの行動が気になるのに、話しかけることができない。

自分ではよく理解できなかった感情が、エルのことが好きだと分かった途端、ストンと胸に落ちてきた。
それからは今まで以上にエルの行動が気になるようになった。
時にはエルに好意を寄せる者の妨害行為をしていたが、当のエルとは話す機会が益々なくなってきていた。
エルが遠巻きにアヴェルを見るようになってからは尚更だった。

卒業の日が差し迫っていたある日、アヴェルは意を決してエルに声をかけた。

「エル」

エルは自分が声をかけられたことに驚いたように周りをキョロキョロ見ていた。
「久しぶりね!アヴェル!」
久しぶりに正面から見るエルは昔から変わらない笑顔でアヴェルの名を呼んだ。
二人きりではいつぶりに話すのだろう、と思えるくらいなのにエルは何も変わらない。
それにアヴェルは安堵しつつも声をかけた本題を話した。
「エルは、これからどうするの?」
それは卒業後の進路についてだった。
「とりあえず実家に帰って、治療院で働くつもりよ」
実家ーー。
エルの実家は確か男爵家で、城がある王都よりも大分北の領地を持っていた筈だ。
「実家ーーは北の大地の…」
「ううん。とりあえずはこの王都の治療院よ。父以外は王都にいることの方が多いから…」
エルのその言葉に安堵した。
「アヴェルはお城で働くのよね?」
エルがアヴェルの進路を知っていることに驚きつつも、気に掛けてもらえていた嬉しさが顔に出てしまわないように顔面に意識を持っていく。
「そう。よく知ってるね」
「……もうアヴェルとも会えなくなっちゃうね」
そう言うエルはどこか悲しそうで、アヴェルと離れてしまうのを寂しがっていることが分かり、今度こそアヴェルは口元の緩みを抑えることができなかった。
「…手紙、書くよ。会いにも行くよ」
口元を抑えながらそういうのが精一杯だった。



それからアヴェルは卒業後、当初の予定通り魔術師として城へ上がるようになった。
アヴェルの才能は瞬く間に広がり、気がつけば数年が経っていた。

「腹が立つ…」

徐にアヴェルが呟いた言葉に同じく魔術師として働くキリは恐怖で慄いた。
「は、腹が立つって、どうしたんだよ?」
感情の起伏が表情にあまりでないアヴェルから突然でた言葉の真意をはかるべく、とりあえず問いかけてみるキリ。
「なんだってこんなに忙しいんだ?最後に休みが取れたのなんていつの話だ」
イライラしているのであろう、机を指でコツコツする音は同じ部屋にいる魔術師達の恐怖の音でしかなかった。
隣国リュゼとの戦争が徐々に近付きつつある現状で城にいる魔術師達は皆忙しい日々が続いていた。
それでも魔術師達は交代で休みが取れていたが、稀代の魔術師とまで呼ばれるようになったアヴェルは休みを取る暇なく働き詰めだった。
「仕方ないよ、もう直ぐ戦争が始まりそうなんだから」
そういってみるもののキリはアヴェルが納得していないことなど一目瞭然だった。
「エルちゃんに会えてないからってそんなにイライラしないでよ」
そう言ってみると目が合っただけで氷漬けにされてしまいそうな冷たい視線で睨まれた。
「気安くエルの名前を呼ぶな」
他の魔術師なら怯えてしまうこの視線も、付き合いがそこそこ長くなってきたキリはあまり気にしなくなっていた。
「ゴメンゴメン、アヴェルがいつも話をするから知らない子だとは思えなくてね」
キリは知っている。
会いにいく時間もないほど働き詰めなアヴェルだが、エルの事を定期的に魔術を使い見ていることを。
何事にも淡泊なアヴェルが執拗なまでに固執するエル。
「早くプロポーズしないと、誰かに取られちゃうよ」
思わず呟くとアヴェル一瞬驚いたような顔をし、少し悔しそうに呟いた。
「次に会った時には必ずと思っていても、その【次】がなかなか訪れん」
その言葉に何も返すことは出来なかった。


それから間もなくして、リュゼと戦争を始めると王が宣言した。
魔術師達は一月後の出立が決まった。
残された一月は忙しくも、皆思い思いの人へ会いに行ったりしていた。
いくら魔術師とは言え万能ではない。
敵国も魔術師を出してくるとなると命を失う可能性は高い。
しかしアヴェルは朝から夜遅くまで会議があり、城を出る暇はなかった。
「アヴェル、エルちゃんやダグラウス侯爵には会いにいったの?」
キリが心配して問いかけると、アヴェルは少しだけ目を見開いた。
「侯爵は城で会っている。エルには…会えていない」
「手紙くらい書いてあげなよ」
キリは今でこそ階級は上になってしまい上司という立場になってしまったが、幾つか歳下でもあるアヴェルを心配していた。
「…分かっている」
暫く沈黙し、アヴェルは続けた。
「エルは…待っていてくれるだろうか?」
それは今まで聞いたこともないアヴェルの弱音だった。
「とりあえず、気持ちはしっかりと伝えた方が良いよ!」
アヴェルの背中を勢いよく叩くと、キリはニカリと笑った。
アヴェルがその後、手紙を書いたのかキリは知らない。
しかし翌日には出立するという日、アヴェルは門兵が運んできた大きな箱を食い入るように見つめた。
箱は戦に向かう者たちへの贈り物であったり、近しい者の手紙であったりが詰まっておりここ数日は毎日のように大量に届いていた。
アヴェルにもアヴェルに憧れる者や、戦に勝ってほしい者なのが大量に贈り物をしてきていたがアヴェルは箱を一瞥しただけで興味を示したことはなかった。
「アヴェル?」
今までと様子が違うアヴェルにキリは声をかける。
その声が聞こえているのかいないのか、アヴェルは大きな箱の前に足早に向かい無言で箱を漁りだした。
暫くすると下の方から白い封筒を一つ取り出した。
大きな箱の中で埋もれてしまって気付かれないような小さな小さな封筒だった。
アヴェルがその封筒を丁寧に開けるとそこからオレンジ色をした小振りな水晶と手紙が出てきた。
その水晶を大事そうに握りしめるアヴェルを見て、直感的にエルからの手紙であるとキリは気が付いた。
しかしキリは不思議だった。
何故エルはオレンジ色の水晶を入れたのだろう。
銀色の髪を持つアヴェルはどちらかと言えば冷たい色が似合う。
温かみがあるオレンジ色はアヴェルにはどこか不釣り合いだった。
手紙を大事そうに握りしめその場から離れるアヴェルに魔術師の一人が声をかけた。
「ダグラウス様!残りの贈り物はどうするんですか!?」
「皆で好きに使え」
アヴェルは他のモノには心底興味がなさそうだった。
その姿にキリは苦笑する。
それでも立ち去るアヴェルの背中はここ最近で一番嬉しそうで、ただ見守るだけにしておいた。



戦争が始まるとダヴァンは圧倒的な強さでリュゼを押していた。
戦争も長引くことなくリュゼを制圧できるのでは、と誰もが思い始めた時だった。
近隣諸国がダヴァンを裏切り、リュゼについた。
それにより形勢はリュゼ側に逆転する。
近隣諸国に裏切られた事により、ダヴァン側が体制を何とか整えられた時には大量の兵を失った後だった。
それでも多くの魔術師がいるダヴァンは徐々に勝利へと近づいていっていた。
魔術師とは身体の中にある魔力が決まっている為、一定量以上魔力を使用した場合は休まなければ魔力は回復しなかった。
回復する時間は人それぞれで、戦争が長引くと魔力回復が間に合わず枯渇し命を落とす魔術師も多かった。
アヴェルは身体の魔力の器も大きく、回復するのも早かった為少しの休息で魔力回復をする事ができた。
しかし他の魔術師も同様と言う訳にはいかなかった。
そこでアヴェルは部下たちの魔力を数値化し、回復する時間も明確にした。
それにより魔術師たち全員が一気に魔力を失うということを避け、これが功を奏しリュゼ側を追い詰めていった。
数日前から続く膠着状態に痺れを切らし始めるものも多くなってくる頃合だった。


「ダグラウスはいるか!!」
アヴェルのいる天蓋が勢いよく開けられた。
急な外の光に目をくらます魔術師が多い中、天蓋を開けた人物は気にも留めず中に入ってきた。
「ダグラウス、いるなら返事をせんか!」
アヴェルの前で腰に手をあてて立つのは武装した妙齢の女性。
ダヴァン帝国の第二姫のカーシュラだった。
カーシュラは姫でありながら、魔力を持っており、元々の勝気な性格も相まって周りが止めるのも聞かず前線に出ている変わり者であった。
急なお姫様の来訪に慌てふためく魔術師たちを他所に、アヴェルは表情ひとつ変えることなかった。
「貴女が返事をする前に中に入って来たのでしょうが。こちらも暇ではないのですが、何用でしょうか?」
敬意が全く感じられない物言いにカーシュラはカチンとくる。
「貴様っ!」
「まーまーカーシュラ姫。奴はいつもこんな感じなんで、許してやってくださいよ」
アヴェルとカーシュラの間に入ったのはキリだった。
「むぅ。こういう奴なことは重々承知だったが…そんなだと婚約者に逃げられるぞ!」
いつも眉間にシワを寄せているようなアヴェルは見た目が良くても遠巻きにみられて中々近づく者が少ないことをカーシュラは知っていた。
その為アヴェルに婚約者がいるという事が俄かには信じられなかった。
「本日はどのような御用向きで?」
アヴェルから発せらる不穏な空気を感じキリはサッと話題をそらした。
「そうだ!この数日、リュゼの攻撃が全くといってない。遂に奴らの魔力切れが起きたのではないか?であれば今が攻め時ではないのか!?何故動かんのだ!」
一気に捲したてるカーシュラは今にでもリュゼに攻め入りそうな勢いだった。
「まだ魔力切れと決まった訳ではない。状況は注意深く見極めなければならないんですよ」
アヴェルにはリュゼ側の魔術師たちが魔力切れを起こしたとは考えられなかった。
「魔術師は一度魔力がなくなりかけると回復に最低でも数日以上はかかるのであろう!そうであれば枯渇したと考えるのが妥当ではないか?」
なおも言い続けるカーシュラにアヴェルはもう話すことはないと言わんばかりに目を伏せた。
「〜〜っ!!もう良い!時間の無駄だったな!!」
カーシュラは来た時の勢いと変わらずに天蓋から飛び出していった。
その様子を見ながらキリは肩を竦めた。
「本当に向こうが魔力切れなら良いんだけどね」
魔力を回復するのにはカーシュラが言っていた通り最低でも数日はかかる。
しかし大半の者は数日では魔力の半分以下程度しか回復しないのだ。
こちら側も魔力が不足している魔術師が多い中、予測だけで不用意に動くことはできなかった。
「魔力切れではなく、何かを仕掛けてくる気だろう。恐らくそれが最後の戦いだろう」
「そうだね。何かは分からないけどこちらも準備は整えておかなきゃね」
少しでもこちら側の回復をして、挑めるようにしておきたかった。


状況が動いたのはその日の夕刻だった。
窓もない為、常に薄暗く明かりが灯る天蓋が勢いよく開く。
「報告します!カーシュラ姫が魔法騎士を引き連れリュゼ陣営に向かっています!!」
走ってきたのだろう、息も切れ切れに兵士の一人は大声を上げた。

あの馬鹿姫がー!

アヴェルはその報を聞いた瞬間的にそう思った。
口に出さなかったのは流石だ。
「カーシュラ姫が!?」
アヴェルの代わりに声を上げたのはキリだった。
「しかも魔法騎士だと…」
魔法騎士の本業は騎士であり、その力を魔力で補っている為、魔力量は魔術師たちと比べると少ないものだった。
そしてこの長い戦争で魔法騎士たちの魔力も万全とは決して言えない状況だ。
「アヴェル!!」
「分かっている。私は状況を見るから、魔力が回復した者は出る準備をしておけ」
そう指示を出すと周りは俄かに騒がしくなった。
それを気に止めることなくアヴェルは空に魔法陣を描き、呪文を唱えながら懐にあった水を一滴垂らした。
一滴だけの水は薄く広がり魔法陣全体を覆い、暫くするとカーシュラが映り出された。
この特定の人を映し出す魔法陣はまだアヴェルにしか出来ない為、皆状況を見守ることしかできないのであった。
カーシュラは馬に騎乗し、魔法騎士を引き連れ敵陣へ向かっていた。
身体には攻撃を避ける為の薄い膜が張り巡らせてあるようだった。
一応、防衛の策は対応してあるのかと安堵する。
「よかった、カーシュラ姫も一応考えているんだな」
魔法陣を除き込みながらキリも安堵の声を上げる。
いくら勝気で無鉄砲だとしてもこの国の姫なのだ。
命を落とすようなことはあってはならない。
これであれば直ぐ命を落とすということにはならないであろう。
そう思った矢先、声を上げたのはキリだった。
「おい!敵陣の方にある大砲みたいな、あれはなんだ!?」
そう言われ急いで魔法陣をしっかり見てみると、リュゼの敵陣に大砲のようなものがカーシュラたちが向かって来る先に向けられていた。
その口に巨大な魔力が集約されていっている。
アヴェルはその危険性を直感的に感じた。



眩しい光が突如として襲ってきた。
自身へ保護魔法をかけていたが、それを超えてくる熱波に保護魔法が役に立たないことを直感的に悟った。
ダグラウスたちの言う通りだった。
迫り来る光に目を瞑りながらカーシュラはそう思った。
敵国の奴らは魔力不足になっていた訳ではなかったのだ。
痺れを切らして攻めてくるダヴァンの兵士たちを一気に仕留める為に力を蓄えていたのだ。

これで私も終わりかーー。

二十年という短い人生だったが後悔はなかった。
後悔があるとすれば、ダグラウスの言うことを聞いておけばよかったというところだろうか。
そう思わずにはいられなかったのは後ろにいる魔法騎士たちの存在があったからだった。
彼らにも家族や恋人がいたであろうにカーシュラの我儘で命を落としてしまうというのが堪らなく申し訳なかった。

カーシュラは来るべき衝撃を待ったが、その最期の時は一向に訪れる気配はなかった。
不思議に思い少しずつ目を開けてみて、その場に広がる光景に驚く。

「ダグラウス!!」

カーシュラの目の前にはアヴェルが立ち、大きな魔法壁を作り上げ、リュゼの攻撃を防いでいた。
魔法壁にぶつかる巨大な魔法の塊は次第に弱くなり遂には霧散した。

「ダグラウス!!」

その場に崩れ落ちるアヴェルに急いで駆け寄る。
「!!!」
カーシュラはアヴェルの両腕が酷く焼け焦げている事に声を出すことができなかった。
よく見れば一番酷いのは両腕であって正面から見れば至る所が火傷のように爛れていた。
「くそっ!移動してからの魔法壁発動、までに、時間が、かかってしま、った」
アヴェルは治癒魔法を自身にかけようとしているようだったが魔力が足りないのか発動していないようだった。
「喋るなっ!!今、治癒魔法をかけてやる!」
カーシュラはアヴェルを抱き起こすと掌にありったけの魔力を貯め、治癒魔法をアヴェルにかけるが破壊された細胞が多すぎて治癒が間に合わなかった。
「はっ、情けないな」
息も切れ切れにアヴェルは自嘲気味に呟く。
「これ以上喋るな!!誰かっっ治癒魔法を!!!」
そう叫ぶがこの場で動けるものは誰もいなかった。
「キリっ!いないのか!!ダグラウスを助けてくれ!!誰かっ!」
魔術師の名前を呼ぶが誰も現れない。
魔術師たちが詰めていた天蓋からはだいぶ距離がある。
一瞬で移動して、更にその場であそこまで大きな魔法壁を張り巡らせることができる人外的なことはアヴェルだからできたことなのであろう。
「はぁ、はぁ。気を抜くな、次がくる」
そう動かない腕を少しだけ上げる先には魔力が大砲の中に力が貯まっていっているようだった。
「ダグラウスっ!もうっ喋ってはダメだっ!」
カーシュラの声は悲鳴に近かった。
指がガタガタ震え力が入らない。
「帰るんだろ!待ってる者がいるのであろう!しっかりしろ!!」
そう叫ぶといつも無表情のアヴェルが少しだけ笑った気がした。
「あいつ、泣く、かな…」
そう言いながら動かない腕を何故か胸へ持っていった。
「大事な人を泣かせるんじゃない!生きて帰れ!!」
命の灯火が消えそうなのが明らかなアヴェルにカーシュラは何もすることが出来ず、ただ必死に叫ぶことしかできなかった。
「貴女、だけでも、無事に、帰ってくれ。第二波が来る、前に」
「イヤだ!!貴様を置いていくことなど出来ん!私だけ生き残るなど婚約者殿に顔向けができないではないか!!」
アヴェルは意識が朦朧としているのか、カーシュラと視線が合うことなくどこか遠くを見つめていた。
「エル、帰れなくて、ごめん…」


『アヴェルの馬鹿ー!!』


カーシュラはどこからか女性の声が聞こえた気がし、顔を上げた。
するとオレンジ色の光がアヴェルの身体を包んでいた。
それは温かい光だった。
呆然とそれを見つめるカーシュラ。
何が起きたのだろうか…。
カーシュラの混乱を他所に、光に包まれたアヴェルの傷がたちまち治っていった。


『アヴェル!無事に帰って来なかったらしょうちしないからっ!』
『早く会いたいよ、アヴェル』
『どうかアヴェルが無事でありますようにーーー』
アヴェルは光に包まれながらエルの声を聞いた。
久しく聞いていない、愛おしい人の声。
その声は怒っていたり、悲しそうだったり、声を聞くだけでアヴェルの胸を締め付けた。
『ひとりにしないでよ』
その声で目を覚ます。
目を開けて自身を見ると、焼け爛れた身体が全て治っており、先程ほぼ使い尽くした魔力が全身に漲っていた。

「そうだな、おっちょこちょいエルは一人には出来ない」

手を挙げて、魔力を放出する。
アヴェルの記憶はそこで途切れている。




目を開けると天蓋ではないどこかの屋敷の天井のようだった。
「アヴェル!気が付いたのか?」
その声は聞き覚えのある声だった。
「キリ?」
「誰か、医師を呼べっ!」
「キリ、戦争はどうなった?」
身体を起こしながら医者よりも一番気になる事をキリに聞いた。
あの最後の一撃魔法を放ってからの記憶がない。
「アヴェルの一撃で壊滅状態になり、完全降伏だよ!」
キリは嬉しそうに報告をした。
それを聞き、アヴェルは安堵した。

キリの話だとアヴェルは1ヶ月眠っていたらしい。
最後の一撃の後、直ぐに追いついてきたキリたちによりアヴェルは回収された。
魔術師たちはアヴェルを守るように前線に立ったがその必要がないくらい一瞬でリュゼを壊滅状態に陥らせていた。
回収されたアヴェルは身体に異常がなかった為、魔力不足により回復の為に寝ているのだろうという医師の判断の元、国境近くの屋敷まで運ばれて眠り続けていたという。
「そうか…」
立ち上がろうとすると足下がフラついた。
「おぉっと!まだ無理するなよ。1ヶ月も眠り続けていたんだぞ」
キリに支えられながらアヴェルは立ち上がった。
「帰らなければ…」
「まだ無理するな。王様が凱旋パレードなんて大層なものを予定してるらしく、その日程が決まるまで出立することもできない。それまでしっかり休んでおけ」
「しかしーー」
なおも引き下がらないアヴェルに、キリはアヴェルをベッドに突き飛ばした。
「1ヶ月飯食ってないんだ、そんなガリガリで愛しのエルちゃんに会いに行ったら彼女悲しむぞ」
その一言は絶大だったようで、アヴェルは一瞬驚いた顔をしたが直ぐに不機嫌な顔になり、食べる物を持ってこいと騒ぎ始めた。


凱旋パレードの日程決めに時間がかかった為かアヴェルは前と変わらない体型に戻っていた。
魔力も1ヶ月も寝ていた為か満タンだ。
その為アヴェルたちは凱旋パレードが始まる少し前には城に戻って戦後の処理を始めていた。
凱旋パレードは戦地から戻って迎えられるから意味があるのではないかという者もいたがアヴェルたちは魔法で移動することができるので、凱旋する時に城下の門外に行けば良いのだろうと当たり前のようにいうアヴェルに何も言い返すことはできなかった。

凱旋パレードが翌日に控えた昼下がり。
「ダグラウス!いるかっ!」
魔術師が詰めている部屋の扉が勢いよく開けられた。
驚く魔術師たちを他所にアヴェルは溜息をついた。
「また貴女ですか」
その言葉にカーシュラは眉をひそめる。
「また、とは何だ!今日は報告があって来てやったぞ」
「報告ですか?」
カーシュラの笑みに嫌な予感しかしない。
「明日、歩兵部隊が城下の門外に到着予定だ」
「知っています。だから明日凱旋パレードが行われるのでしょう」
アヴェルとしてはくだらないイベントの為に、未だに自由が利かないことに苛立ちを覚えている。
「貴様も馬に騎乗するのだぞ!」
「知っています。特に問題はありません」
表情を一切変えないアヴェル。
その姿を面白くなさそうに見つめるカーシュラ。
ここ最近見かける毎日の日課に周りの魔術師たちは通常業務に戻っていった。
「エル=マーシャル嬢が街の男にプロポーズされたらしいぞ」

ガタタッ!バタン!

「何っ?」
立ち上がる拍子に椅子に足を引っ掛けたらしく、椅子が勢いよく倒れた。
「エルめっ!何迂闊なことを!!」
そのまま歩き始め部屋から出て行こうとするアヴェル。
「今度、エル嬢を私にも紹介してくれ」
後ろ姿に声をかけると、睨まれながらも「今度」という声が聞こえてきた。
その声に笑いながら手を振ると今度こそ歩いて行ってしまった。


「よかったのですか?」
「何がだ?」
いつの間にか隣にいたキリにカーシュラはしらばっくれる。
「アヴェルのこと、好きだったでしょう?」
よく観察しているなとカーシュラは目を見張る。
「好きでも、人のものを奪おうとは思わん。あの窮地はエル嬢だから救えたんだ。私には無理だった。それが結果さ」
カーシュラは気が付けばダグラウスに惹かれていた。
それでも姫の我儘としてアヴェルを望まなかったのは、アヴェルという人間からエルを取ってしまうとアヴェルではなくなってしまうことに気が付いていたからであった。
「それでもーーやはりツライな」
「カーシュラ姫はいい女ですね」
「今頃気が付いたのか?私は何時でもいい女だぞ」
そう言いながら顔を見合わせながら笑った。



その後、アヴェルがそのままエルの元へ向かおうとするのを凱旋パレードが終わるまで待ってくれと城の者総出で止められ不機嫌なまま凱旋パレード当日を迎えた。
そしてタイミング悪く凱旋パレード中にエルが男と一緒にいる姿を見かけた時は魔術師たちは一瞬で死を覚悟できるほどの強烈ブリザードを浴びた気がした。
まだパレード中にも関わらず皆、引け越し気味に早く追いかけて下さいと涙ながらに訴えた。
アヴェルの姿は馬上から一瞬で消えた時は、皆が安堵したという。
城に戻って来た時には、今までに見たことが無いほどご機嫌なアヴェルの姿に魔術師たちは別の恐怖を覚えたとか。


「アヴェル、戦争で怪我とかしなかった?」
不安げに聞いてくるエルにアヴェルは優しく微笑みながら胸から水晶を取り出した。
その水晶は紛れもなくエルがアヴェルに送った水晶だった。
しかし半分くらいに欠けてしまい元の原型はとどめていなかった。
「これのお陰で助かったよ」
水晶がアヴェルを守ってくれたと知りエルの目から涙が溢れた。
「アヴェルが、無事で良かったよぅ」
そう泣きつくエルの頭を撫でてやる。


「二人で幸せになろうな」
「もちろん!」

これはダヴァン帝国随一と呼ばれた魔術師と、その幼馴染の物語。
その物語は長くダヴァン帝国で語り継がれることとなる。

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