9 少年の決意(1)
俺は、ふと目の前でおいしそうに料理を頬張っているヒカリを見る。
艶々した黒髪を手で払いながら、たれ目を嬉しそうに細めながら瑞々しい紅色の唇を開き、色白な手で料理を口に運ぶ。そして、おいしさを体で表現するかのように身震いしそれに呼応して大きな胸が・・・はっ!俺は何を?
思わず見惚れてしまった・・・じゃなくて、そう観察していただけだ、うん。
なんだか出会ってから今まで、ヒカリに振り回されているような気がする、世間知らずといい・・・無自覚な所といい・・・。俺は冷静になるべく自分の料理に手をつけながら、これまでの事を振り返ってみることにした。
ーーーーーーーー
俺はとある事情から、普通の人よりも多くの食事を取らなくてはならず、食費がとにかく掛かった。そのため、冒険者ギルドに出ている依頼をとにかく受け、金を稼いでいた。
そんなある日、とある噂を耳にする。いわく、『エトリーズ』の北にある森で貴重な宝が眠っているというものだった。宝の名前は『ピース』。本来1つの宝玉だったらしいが魔王との戦いによって砕け散り、宝玉の欠片としてあちこちに散らばったとされている。以前行った都市では高値で売られていた。
その噂の真偽は分からなかったが、宝の希少性から既に多くの冒険者がその森に行ったらしい。もっとも、成果は出ていなかったようだが。
俺はなんとなく、本当になんとなくだがその宝に興味を持ち、あわよくばそれを金にして食費に充てようと考えた。その考えにより生命の危機に晒されることとなったのだが、その時の俺はそんなことこれっぽちも考えていなかった。
『エトリーズ』の町を出て北の森に歩いて向かっていると、向こうから冒険者がやってきた。奴も宝を探していたんだろうか?そう思いながら近づいてくる男を見ていると、・・・いきなり弓を取り出し俺に向かって矢を放った。
「うわっ!」
飛んできた矢が俺の横を掠めていった。
こいつ・・・俺を殺す気か?
そう、間違えない。一切の躊躇なく襲ってきたのだ。よく見ると男の目は虚ろでどこを見ているのかは分からない・・・明らかに正気じゃない。
もしかして魔法の効果か?俺は冒険者としてある程度活動していたので魔法に関する知識をある程度持っていた・・・もっとも魔法を使えたためしがないが。
おそらく、奴が受けた魔法は思考を支配するもの・・・洗脳。もっとも見通しの良い辺りを見渡しても他に誰もいなかったため、誰が発動させたか分からなかったが。
とにかく、目の前の奴をなんとかしなくてはならない。操られているなら正気に戻さなくては・・・。
俺は覚悟を決め、奴に向けて駆けた。持っていた武器が剣とナイフしかないため至近距離じゃなければ攻撃できなかったからだ。
奴が次の矢を放った。俺は今度は斜め前に飛び、ぎりぎりのところで避ける。その次の矢も同様に避け、男の懐まで近づけた。
「くらえっ!」
俺は渾身の力を振り絞りみぞおちに剣を叩きこんだ
「ぐはっ!」
その一撃により、男は体を震わせ白目をむいて倒れた。・・・ふう、なんとか助かった。
本当なら、解除の魔法とやらで穏便に済ませられるのが一番だと思うのだが、俺は魔法を使えないので仕方ない。・・・さて、どうするか。
起き上がり再び襲われても困るので、俺はその男を縛り上げ目を覚ますまで様子を見た。
少々不安だったが、数刻後男が気づき無事に正気に戻っているのを確認し拘束を解いた。彼は『ザレン』というらしい。俺と同様に噂を聞きつけて森を訪れたようだ。
「いやぁーすまねえ、助かったぜ!」
「それはいいんだが、なにか覚えていないか?術者が誰かとか。」
それが分からないと、安心して行動できない。場合によっては森に限らず町も危険であるという事にもなりうるからだ。
「あんまり覚えていないなあ。確か森を歩いていた時に気だるい感じがして、ふと気が付いた時にはこの有り様だ。」
「森の中で潜んでいたという事か。」
「どうだろうなあ、そもそも森自体がおどろおどろしいというか・・・。」
「ん・・・どういうことだ?」
そういえば、噂の事を聞いたのもあくまで宝の事だけで森に関しての情報はあまり掴んでいなかった。
「まず、森の中は獣がいなかった。というより生物が生息していなかった。」
「生物が?」
森はその資源から、それなりに生物が生きるのに適した環境なはずだが・・・生息していないとは。
「それから、森の中で実っている実を食べれないということだ。一通り森で育った実を調べてみたら、俺の記憶が正しければ全て毒性のある実だった。」
「全て・・・。」
確かにそんな環境であれば生物など生息できるはずもない。
「そして、とある所まで行くと何か壁があるかのように進めなくなる。」
「結界か?」
「そうだ。何かを守っているのか分からないが強力な物だった。」
それが宝『ピース』なんだろうか。
「あ、思い出した。」
唐突に彼が晴れ晴れとした表情をした。
「何を思い出したんだ。」
「実は、その結界を破ろうとして強力な攻撃魔法をぶつけたんだ。」
「・・・は?」
「そして、結界が少し開けたから中に入った瞬間、気だるい感じがしてそのままこうなったって感じだ、あっはっはっは!!」
「そういうことか・・・。」
つまり、結界を破ったことにより防衛機能が働き、この男が返り討ちにあったということか。・・・でも。
「なんで命を奪うのではなく、操ることを選んだんだろう?」
「おいおい、そんな物騒なこと言うなよ!さっきのことは謝るからさ!」
この男を利用して新たな侵入者を防ごうとしたのだろうか?でも、森までまだ少し距離があるが・・・。
「気になるな・・・。」
「は?」
「いったい何を隠しているのか。」
こんなことがあったのに、理屈も理解できたのに、それでも諦められなかった。
「でも俺はこうなったんだぜ、それでも行くのか?」
そうこの男は侵入したがために操られた。俺も、侵入すれば同様に操られるか最悪の場合死に至る可能性だってある。
「いつか本当の意味で冒険をしなくちゃいけなかったんだ。このくらいこなしていかなくちゃな。」
(あの魔物を倒すまでは・・・。)
俺はこうして男の説得に応じず、森へと進んでいった。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーー
ーー