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天統べる者  作者: 月圭
序章 龍の一族
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6,『雲よりも高い場所』


 冬月は穴の前に着いたかと思うと、奥に向かって放り出された。あまりに巨大な巣穴、奥はまだまだ深く、見えない。入り口だけで村どころかそれなりの大きさの街ひとつが丸々入りそうな広さがあった。


 しかし、そんなことに注意を払っている余裕は、今の彼にはない。


「っは……、あ……っ」


 投げ出された衝撃で体中が痛かった。凍える体で取った受け身はやや半端で、ところどころ岩肌でかすり傷が走る。しかしそれ以上に、目の前に広がる光景に戦慄した。


 龍、龍、龍…………。どこを見ても、そこは龍に埋め尽くされていた。纏う鱗色は青系統だが、大きさも形も様々な龍が、一斉に冬月を睨む。金縛りにあったように動けず、声が出なかった。唸るような声が絶えず響き、鼻息が熱い。熱気、そして金臭さが漂う。


 これまでにも龍と戦ったことならある。里が襲われたら半人前などと言ってられないのだし、龍気が安定して使えずとも、龍の一族なりの戦い方があるのだから。今回の襲撃のように、不意を突かれて捉えられてしまったのでないなら、冬月でも戦えないことはない。しかし、この数は――圧倒的すぎる。


 特に、冬月の前方、広い空間の奥、ひときわ高い場所。美しい薄青の玉座に鎮座する、最も巨大で、最も威圧的な龍気を発している龍。どこかで見たような不可思議に深い藍色をしたその龍は。


(――東龍王)


 目を見開いて、本能的な恐怖に固まる四肢を無理矢理動かして後ずさる。


「……このなり……男か?」


 地鳴りのような声が響いた。冬月は目を瞬く。一瞬だけ周りに視線をめぐらすが、もちろん人などいるわけがない。


(空耳のわけもないし……)


 咆哮ではなく、普通の言葉として聞こえたが、今のは……。


(龍も高い力を持てば人語を解すっていうのは、伝承じゃなかったのか……)


 恐怖も極限まで来ると麻痺したものか、そんな間抜けなことを考える。しかし恐怖の麻痺はすこし冬月に正常な思考を取り戻させた。


(『男』、ならやはり喰わない、ということか……?)


 深く、呼吸を繰り返す。あきらめるのは、簡単だ。龍使いなんていつでも死と隣り合わせ。多分、自分は普通の人と比べて、簡単に自分の命を捨てられる。……でも。


 何故だろう? この龍王(・・・・)に、ここで抵抗も出来ず食い殺されるのだけは(・・・)ごめんだと思った。だから――足搔く。


 視線は東龍王から外さず、周囲を探る。混乱するな、取り乱すな、動揺は抑え込め。東海師範に叩き込まれてきた教えを反芻する。すうっと頬を汗が伝うが、急速に冷静さを取り戻した冬月は、おそらくいろいろ極限にあって逆に落ち着いた、という精神状態である。


 そして、冬月は。


「ったりまえだろうが! 僕は男だっ!」


 叫んだ。


 一瞬、すべての龍の動きが止まった。気のせいでなければ目を見開いて冬月を凝視している。どうやら獲物に口答えされたのは初めてらしい。まあ、うん。そうだろうな。


「……威勢のいい餓鬼だな」


 シンとした空気を切り裂いて東龍王が言うが、感心したように聞こえるのは気のせいか。


「私は本来おなごしか食さないのだが……。このぐらいの子供ならまだそう食べ応えも悪くあるまい。その威勢に免じて、私が直々に喰らってやろう」


 東龍王は尊大なことを吼えるような笑い含みで言う。何とか身を起こしていた冬月だが、その威圧にまた膝が砕けそうになる。しかしぎりぎりのところで踏ん張って、さらに言い返した。


「いいや、遠慮する!」


 寧ろ、なぜ光栄に思えとばかりに尊大に喰われねばならないのか。嫌すぎる。しかし長に対し口答えをする冬月に、周囲の龍たちがいらだち始めたことも彼は感じ取っていた。……とうの東龍王はどうにも興味深そうに冬月を見ているように思うが……それはむしろ好都合だろう。視線を素早く走らせ、入り口との距離を再確認する。


「ふははははは! 『遠慮』。『遠慮』か、人間! 私を前にしてそれだけ言えるとは、肝の座った餓鬼だな!」

「自ら望んで食らわれたいと思う被虐趣味なんて僕にはないんだよ。当然だろう?」


 東龍王が笑うから、まだ周囲の龍は、動かない。いち、にい、さん、と冬月は東龍王に言い返しながらも心の内で数える。ゆっくり、ゆっくり。投げ込まれたとはいえ、位置はそれほど入り口から遠くはない。東龍王の巨躯に距離感がイカれそうだが、広間の奥、玉座に悠然と寝そべるかの青き王とは、それほど近くはない。視線は外さず、後ずさる。


「ほう、逃げる気があるのか。ここからか? ――翼もない人間ごときが?」


 当然そんな冬月の挙動に気づいている東龍王は愉快気に問う。――ここは護竜山、頂上付近、切り立った崖に近い造形は駆け降りることも出来ない絶壁であるうえに、標高は三千メートルを軽く超える。――雲よりも高い場所だ。


「そうさ、『人間ごとき』だけど、」


 冬月はとうとう、穴の淵へとたどり着く。小石ががらりと崩れ、どこまでもどこまでも、落ちてゆく。笑う東龍王、その上機嫌もあり、また逃げられるはずもないという余裕が透けて見える周囲の龍たちも、まだ動かない。その目は冬月を鋭くねめつけてはいるが、それだけだ。


 じゅういち、じゅうに、じゅうさん。心の中のカウント。背後の何もない空間は夜に塗りつぶされた黒。体感と星の位置から時間を再確認。冬月は、そうして……切れるような苛烈さで、嗤った。


「……舐めるなよ」


 カウント、じゅうご。次の冬月の行動は、龍の誰も予測していなかった。


 ――彼は何のためらいもなくそこから飛び降りた(・・・・・)












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