15,『質問にお答えしましょう』
冬月たちは、世悧と無事合流した。今は、幸いにも被害を受けなかった逗留先の宿に戻り、阿星と世悧にあてがわれた部屋で体を休めている。嵐でずぶぬれになった衣服も改められ、暖かい茶が嬉しい。確認したが、母の形見のペンダントも傷つくことなく首にかかっていたので、丁寧に服の下にしまった。
まあ、ここまで余裕をかましているのは冬月たちだけで、避難していた街の人びとは恐る恐る戻ってくるか、どうするか迷っているところだろう。
ちなみに、怒鳴りつけたり、龍気をたたきつけたりといろいろあったが、露空たちもちゃんと避難したようで、まだ戻ってきていない。よって、冬月たちはこの隙に少々話をすることにした。
「よし、とんずらしよう」
「俺もそう思ってたっす」
「僕もそれしかないと思ってました」
一瞬で話がまとまったが、まあはっきり言うと、もうラバトラスト王国に入ったので、露空にいつまでも付き合う必要性を感じないのは、全員一致の意見だったのだ。フードをかぶっていたし、あの喧騒の中で冬月と阿星をはっきり見たものがいたとは思わないが、それでも自分たちは龍使いとしてこの街で動いたのだから、さっさと離れたいというのもある。
龍の襲撃がなければ、一応、傭兵の仕事として正式に、護衛依頼を受けたのだから、王都・ヒリスまでは我慢するつもりがあったが。
ともかくも、一瞬で意見の一致を見た冬月たち三人は、お茶を飲み干し、一斉に出立の準備を始めるのだった。その動きには……先ほどの龍の襲撃の際もそうであるが、露空が『盛った』という毒の影響は、かけらたりとも感じられない。
それについては、少し時間をさかのぼる。
——あの、『選択』を迫られた日。冬月たちがまだ、オッチェンジェスタの北部にいた時だ。露空に対して出した冬月の返答は、『素直に従う』だったのは間違いない。
ただし、正確に言うのならば、『(利用するだけ利用して最後はとんずらするけれど、一応表面上は)素直に従う』である。
あの日、露空の部屋から辞して後、冬月は彼女にあてがわれた部屋へといったん戻った。露空の部下が扉近くで見張っていることはわかっていたので、多少の時間をおいてから、ひらりと窓から飛び出し、向かった先は当然、阿星と世悧がいる部屋の窓だった。
コンコン、と部屋の窓を外からたたいた時、阿星たちはちょうど、逃亡を検討していたらしい。冬月が露空の部屋に行ってから、そこそこの時間がたっていたためだ。無事に顔を見せた彼女に安堵をにじませ、阿星たちは逃亡準備を中断して、冬月のために窓を開けてくれた。
そうして室内に招き入れられた阿星たちの部屋は、当然扉は露空の部下に見張られていたが、室内は一応三人だけ。声を潜めて、密談が始まったのだった。……世悧の剣の装飾について伝えて、対策をしたのもこの密談である。
こうして冬月から、露空の部屋で言われたことを全て伝えると、だんだん二人の表情が険しくなっていったが、何とか怒鳴りだしたり暴れだしたりすることなく、全てを伝えることができた。
「……やっぱ、部下が勝手にやったとか、知らずに混入したとかじゃなくて、あの毒は公爵閣下の指示だったわけっすね」
「だな。冬月に暴露してくれてよかったな、逃亡に全く良心が痛まねえ」
「まあ、あの毒、僕らには何の意味もなかったですけどね」
阿星が低くうなり、世悧がにこりと笑い、冬月がさらりと言う。……そう、この三人に対して、『毒』という手段はほぼほぼ無意味に等しかった。なので、露空からの脅迫は脅迫になっていなかったのだ。
そもそも、一番最初に毒を盛られた時点で、冬月たち三人は即座にそれに気づいていた。その薬効も知っていたし、解毒剤も持っていたし、むしろ毒耐性もあった。気づいた日には三人で話し合い、露空が意図的に毒を盛ったと決めつけるには時期尚早、ということで、とりあえず様子見を決めていたのだが、……やはり、といった真相だ。
ちなみに。冬月と阿星は言うまでもなく、龍使いの修練の一環として毒の知識から解毒剤の調合方法までを広く深く学んでいるし、実践しているし、対毒訓練も終えている。
そして一方の世悧はと言えば……毒に関していろいろ知識や耐性があるのは、彼の家の、狂ったように生物学に傾倒する第一子と、植物学に命をかけている第二子……つまり兄二人の奇行のせいらしい。
彼の兄二人には何も悪気はなかったのだが、その奇行ゆえに子供のころから幾度となく動植物の毒に触れる機会があり、知らないうちに耐性がついていたし、命の危険を感じてある程度自分でも学んだのだ、と聞いた時の冬月と阿星は、世悧の肩を優しくたたいてしまったくらいだった。すごく可哀そうだったし、『結果的に役立ってはいるけれども、兄貴たちには髪の毛一筋たりとも感謝の気持ちなんかねえよ』と吐き捨てた世悧の顔は恐ろしかった。
話がそれた。ともかく、そういうわけで、特に毒は問題なかったがゆえに、その時点で逃亡も出来た。むしろ阿星はそれを推奨した。けれども冬月は言ったのだ。
「は? これだけ迷惑かけられてんだから、とことん利用しなきゃ損でしょ」
一番の被害者たる彼女のお言葉に、ほか二人は従ったがために、露空の思惑通りと見せかけて護衛任務と旅路は続行され、今に至るのである。
「対応が早かったから、俺が見た限り怪我人も大したことなさそうだったぞ。建物のほうは結構ひどいところもあるみたいだったけどなあ」
手際よく準備を進めながら世悧が言った。それに、冬月たち二人は、ほっと息を吐く。
「まあ、巽の一族……もとい、南東龍ですからね。いつも里で相手にしていた東龍よりは強くないですから」
早々に自分にあてがわれた部屋から荷物を持ってきた(宿についてすぐ露空に呼ばれたので、荷物がまとまったままだった)冬月がそう返すと、世悧は眉根を寄せて聞き返した。
「……『巽の一族』?」
意味がよくわからないといったその様子に、冬月はあれ、と片眉を上げる。
「里の外ではこういう言い方しないんですっけ?」
阿星も軽く目を瞠ってそう世悧に問えば、「聞いたことねえよ」と返される。頷くと、冬月が考えながら口を開く。
「ええーと、……別にこれは秘密でも何でもないんですけど……後で説明しますね。今は先にここから逃げましょう」
そうして、それに否やはなかった世悧も頷いたので、さっさとまとめた荷物をもって、三人はいざ、宿から遠ざかろう……と、した時だった。
「夏秋君! ……あ、世羅君と星流君も!」
その声とともに、三人を取り囲むように露空の部下が並び立つ。
チッと、激しい舌打ちが、三人の口から洩れた。街の外まで避難していたはずなのに、帰りが早すぎるところを見ると、呪術で移動したのだろう。自国だからか、ますます権力乱用野郎である。
しかし露空はそんなこちらの反応はこれっぽっちもお構いなしのようだ。
「戻っていたんだね夏秋君! ああ、やはり君は美しいが今は聞きたいことがたくさんあるのだ!」
そんな叫びを聞きながら、冬月たちは考える。ここで、全員のして立ち去るのも、できなくはない。しかし露空の護衛や呪術師を全員相手取っていては、戻ってきた街の人々に注目されてしまうだろう。よって、三人はうなずきあった。
「……公爵閣下、質問にお答えしましょう」
咳払いをしてから冬月が切り出した。それに、「ここで話すのか?」とでもいいたげではあったが、移動する気の特にない冬月たちを見て、問いを口にする。
「そうだな……いくら愛しいそなたのやったこととはいえ、あれは少々手荒ではないか?」
宿でどなりつけたりしたことを言いたいのだろう。冬月はうっすら笑った。
「緊急事態でしたので」
目がわずかたりとも笑っていないけれども。
「それだけですか? 早くご質問ください。答えますよ? 答えられる範囲なら」
凍てつく微笑とどす黒い威圧をそのままに、冬月は露空に迫る。
「う、うむ。君たちが、龍を追い払ったのか?」
「そうですね」
とりつくろうことなく認める。
「……今、逃げようとしていたな?」
「はい。依頼放棄で、報酬はいりませんよ」
これも認める。なお、今回の場合、本来であれば、依頼を雇い主側が取りやめる『依頼放棄』ではなく、傭兵側の過失である『依頼未達成』となり、一応傭兵組合の規定で罰金などが発生するが、今回は龍の襲撃から守ったということでチャラにしてもらおう……という意味で『依頼放棄』と冬月は言った。
「いいのか? 君たちには……」
「僕らの素性をご存じなら、お察しいただけますよね。僕らは最初から毒に気づいていたし、耐性もあるんですよ」
脅しをかけにくる露空に対して、冬月はそれはそれはきれいに笑った。
「ここまで、逃亡の『脚』になって下さって、ありがとうございました」
横で阿星と世悧が引きつった顔をしていたが、知らんな。冬月は、驚愕に満ちた露空の顔を目の当たりにして、非常に溜飲が下がっていた。ざまあみやがれ、変人野郎! と心の中で思っている。
「なっ……。だ、が、私の地位のことを、君は知っているね? この国でも、追われることになるよ? 君が逃げるのならば私が何をするか……わかるだろう?」
つまり、ラバトラスト王国と黄玉上層部、どちらにも冬月たちのことを報告する、と言いたのだろう。まあ、それをされるのは面倒ではある。だが——面倒なだけだ。
冬月は、阿星と世悧と視線を交わし、フッと嗤う。
「そうですね。どうぞ? 閣下こそ、それをすれば何が起こるかお判りなのでは?」
「……」
押し黙る露空は、やはりわかっているのだろう。腐っても一国の公爵だ。
冬月たちが一刻も早くオッチェンジェスタを出たかったのは、不利な条件が重なっていたからだ。直接顔を合わせて行動を共にした騎士たちがいるし、その中には軍大臣・庵哉がいた。同行者である世悧の情報も筒抜け過ぎる。そしてなにより、オッチェンジェスタは、東で最大の強国だ。国民性はのんびりしていて、攻撃的でもないが……ラバトラスト王国との国力の差は、歴然としている。
では、ここでラバトラスト王国が、冬月たちの捕縛に動くとどうなるだろうか。……当然、オッチェンジェスタ国との関係は微妙なものになる。そして、各国と関係良好とは言えない黄玉も黙ってはいないはずだ。
一方で、冬月たちは全員それなりに戦闘力があり、逃げ延びる手段を学んでいて、外見を変えるすべも持っている。国同士、組織同士が牽制する中、呪術で写し取った顔が出回っているわけでもない状況で、捕まる気などなかった。
結果として、大国オッチェンジェスタ、国をまたぐ国際組織・黄玉と相対すれば、最も苦境に立たされるのはラバトラスト王国である。そのきっかけを齎した公爵・露空の立場がどうなるかは、考えるまでもない。
その上で、冬月は問う。
「……じゃあ、選択肢を上げましょう。ここで黙って僕らを見逃しますか? それとも、結局逃げられることを承知で、戦いますか?」




