3,『龍使いの異能は』
「冬月! なんだ、その『龍気』は! そんなことでは龍を従わせられんぞ!」
龍使いの道場では、ようやっと始まった指導の中、本日もおなじみの東海の叱責が飛ぶ。
龍や龍使いの持つ力を指して『龍気』と呼ぶ。龍気が強ければ強いほど龍を従わせられるのである。道場で最も指導されるのが、この『龍使いたる所以』ともいえる龍気の扱いだ。これを御せねば意味がないとすらいえる。
もちろん、冬月も阿星も幼いころから修練を積んでいる。熊筋師範の下で。――積んでいる、のだが。
「なぜじゃ……。昨日はできとったろう? わし、そろそろ自信喪失しそうじゃぞ? 師匠が可哀そうと思わんか?」
師範・東海をしてそう言わしめる冬月の実力は……一言で言い表しがたかった。
――龍使いたちが持ち得る龍気の大きさや質には、やはり個人差もあるし、扱いに得意不得意というものも存在する。道場の中では年長の部類に入る十七歳の冬月は、龍気の大きさと質には特に申し分はない。むしろ秘めたる龍気の大きさは里でも屈指といえるだろう。……屈指と、言えるのに。
冬月は龍気の扱いにむらっけがあることに定評があった。それはもう、日によってすさまじい落差がある不安定さだった。そんな定評いらない、と冬月はわめいたができないときは全然できない、それが冬月だった。
「わかってますよ? むしろその疑問、僕がわめきたいですよ!?」
東海の叱責に冬月は叫び返すが本日の彼の龍気は全く、悲しいほどに全っったく、出ていなかった。制御できない、とはたぶん違う。里の大人は日々頭を悩ませているが、不思議なことに冬月の龍気は、出る日は出る。制御もできる。しかし出ない日は出ない。がんばっても出ない。ひどいときは一日のうちに午前は使えたのに午後には使えない時があったりする。もはや意味不明である。
「喚いとる暇があるなら集中せんか! 原因不明ならばもはや! 努力あるのみ! ほらもう一回! お前らもじゃ!」
熊筋師範は、脳筋だった。冬月だけでなく衰えぬ眼光で道場生を見渡し、今日も今日とて、東海の指導は厳しい。休憩時間になれば死屍累々の少年たちが床とお友達になるのも、いつもの光景である。
――ちなみに、東海が師範を務める道場で指導を受けるのは少年しかいない。彼らは日々、ちょっとだいぶいろいろすさまじい師範に、時に理不尽なくらいにしごかれながらも鍛錬に励んでいる。その理由は単純明快。冬月や阿星、東海といった『龍使い』の異能は男児にしか顕現しないのだ。ゆえに女性の龍使いは世界に一人も存在しない。
だから今も昔も、『龍使い』を育てる道場は男ばかりの華のない空間なのであるが……その道場内の状況は、近年人口密度が減少の一途をたどっていた。それは子供たちのサボりや欠席などという単純な理由ではなく……昨今里でも深刻に話し合われている問題。『異能者の誕生率が年を追うごとに少なくなっている』からだ。
――そもそもの話、『龍使いの里』はさほど大きな規模などない。何かあれば移住していく流浪の民であり、それを秘密裏にやってのけるのに、人口が多ければ多いほど気付かれる危険性は高くなっていただろう。それがこれまで秘密を守り続けられたのは、その実力の高さもあろうが、『里』というには極小規模な集団であったからだ。絶対人口は『行商』として過ごす者まで合わせても三百五十人ほどだ――千年の昔から。
千年前、大陸が形を変えるほどの大規模な地殻変動が起こり、里人の数は激減した。しかしそれ以後、多少の増減はあれど現在の人口を保っている。
つまり里の総人口は千年前から変わらない。出生率自体が下がっているわけではないのだ。ただただ、異能の発現率が、かつてに比べて年々減少しているからこそ、里の存在意義すら揺るがしかねない問題なのである。
遥か昔、書物に残る記録では里のほとんどの男は異能者であったものだが、近年では半分程度。異能の発現率が下がる……それはすなわち『龍使い』の数が減るということだ。
『龍使い』は世界に散らばり、旅をつづけながら龍を鎮める一族である。二十歳になると修行を終え、旅立つのが習わし。血を残すために適齢になれば……あるいは伴侶を得たら里に帰る。そしてなした子がまた、龍使いの異能を繋いでゆくのだ。
けれどそんな龍使いの数が減る。それはそのまま、天を舞う龍の脅威から、身を守れぬ人々の死が増大することを意味する。
現在、里の中で二十歳以下の異能者は道場に居る二十五人だけ。東海のような熟達した龍使いに至っては十五人。ほか、成人した異能者は世界をめぐっているが、その数は四十人に満たない。――すでに絶対的に、数が、足りなすぎる。
原因の究明はできていない。解決のめども、立たない。むしろ龍と相対する生業であるがゆえにそもそも子をなさずに命を散らすものもいる。だからこそ道場で鍛錬する『龍使いの卵』である少年たちは、大事に大事に、何があっても生き延びる強さを持たせるように、厳しく育てられているともいえる。喉から手が出るほどの世界中が欲するその力を御すために。
……御すために、冬月だって、頑張っているのだけれど。
「ほんと、冬月のむらっけって何なんだろうなー……」
わずかな休憩時間、流れる汗をぬぐい、水分を補給しながら阿星はつぶやいた。それに同じくしごきから生還してきた冬月は応える。
「僕が知りたいけど? わかったらこんなに苦労してないよ」
その瞳は実に遠いところを見ていた。独り言を聞き取られた阿星は、小柄な幼馴染の小さな肩からにじむ疲労感を見て取って、話題を変える。
「あー、まあ、うん。……この後は戦闘訓練だよな! 組もうぜ!」
にかっと笑った阿星である。冬月もせっかくの話題転換にのりつつ、少し首を傾けた。
「……そうだね。今日は武器アリだっけ?」
「ありあり。今日も負けないぜ?」
「――今日こそ勝つよ、僕が」
挑発的に口の端を上げた阿星。同じく笑って冬月は返した。
龍使いは実は体術派が多い。戦闘訓練は旅の道中の護身の意味合いを含んでいることもあるし、だからこそ余計な旅の荷物を増やしたくないという者も多いのだ。
しかし、そんな風潮の中で阿星は珍しく剣技を得意としていた。彼の父親が剣術に長けているため、その影響だと本人は言っている。事実、剣を持たせれば阿星は道場生の中でも頭一つ抜けた実力を持っていた。体術派の冬月は剣術では一歩、いつも阿星に及ばない。だからこそ今日こそは、と意気込んで向かっていく、彼はとことん負けず嫌いである。
――ちなみにそんな二人の会話を聞くともなしに聞いていた周囲の少年たちは今日も始まったかと苦笑する。
「……実際あいつらガチでやったらどっちが強いんだろ?」
「体術の冬月、剣術の阿星……」
「何回やっても体術は冬月が勝つし、剣術は阿星だろ? 問答無用さは冬月だと思うなー。……てかさ、あいつら師範の理不尽なお気に入り登録嘆いてっけど自分らで悪循環してるよな……」
「うん、あいつら師範に気に入られてるのって、鍛錬何倍にされてもついてくからだろ。そんで結果的に強くなるじゃん。ますます師範が喜ぶっていうな。……俺二倍の時点で無理だったんだけど。あいつらそろって体力お化けだよ……」
そしてうんうん、と周囲の少年たちが同意した。それを見た冬月と阿星は不思議そうに首をかしげるのだった。