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天統べる者  作者: 月圭
第二章 龍の巡る空
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3,『龍使いの瞳』


 怖いですか、と尋ねたのは、たぶん、そう思われていたら嫌だな、と感じていたからだ。そんな自分に、本当にこの一晩で、世悧に関する認識が随分と変わったものだと思う。つい数時間前までは、彼からどう思われようとどうでもよかったのに。


 ――龍使いを恐れる人々は、一定数いる。龍使いを恨む者たちがいるのと同じように。龍使いの持つ異能への恐れ、未知の存在への忌避、異端への本能的な嫌悪。


 それを、身をもって知っている。……大人から話を聞いただけではなく、自分の耳で聞き、目で見たことがあるのだ。


 冬月たちは、隠れ住んでいる一族でもあるため、ほとんど(・・・・)里を出たことはない。しかし、皆無でもないのだ。


 龍使いの里の子供は、十二歳を過ぎたころから年に数回、大人に連れられて近隣の日帰りできる距離の街へと赴くことになっていた。それは社会経験であり、現実を知るために、龍使いの異能を持つか否かにかかわらず、里の子供すべてが数人ずつに分けて連れていかれる。


 初めて街へと足を踏み入れた時のことを、冬月は鮮明に覚えている。たくさんの人々やおいしそうな食べ物、活気のある店の呼びかけなど、初めて目にするものへの好奇心と興奮で目を輝かせていられたのは、初めのうちだけだった。冬月と阿星と蜜香の三人を引率していたのは師範・東海だったが、落ち着きのない冬月らを一喝した後に連れられて入った食堂で聞こえてきたのは、――偽らざる、人々から龍使いへの本心だったから。


 それがそもそも、何の話から始まった会話だったのかは知らない。ただ、『龍使い』という単語を耳が拾っただけだ。その話をしていた者たちの顔も見ていない。けれど、声だけは飛び込んできたように克明に聞こえた。


「――俺さあ、龍使いなんて、人間とは思えねえわ。あの龍を従えられるなんて、バケモンだろ? 俺は鳥肌が立ったよ。あいつらを称えるやつらもいるけどよ。……俺だって別に感謝しないとかはねえけど、理解できねえ」

「あたしも、あの時、初めて龍使いを間近に見たけどさ。……正直、怖いわ。あの目も、力も……得体のしれないところも。……気持ち悪いって思うのよ」


 助けられたけれど、それでも……普段はそばにいてほしくない、と。


 血の気が引いて、凍り付いた。冬月も、阿星も、蜜香も。東海だけが変わらない態度で、食事を続けているのが異常に感じた。


 冬月たちが当時訪れたのは温泉街・チェラ。くしくも、龍の襲撃を受けた直後だった。いな、思えばその話を聞かせるために、あえてその時期に、東海は自分たちをチェラへ連れて行ったのかもしれない。


 その話をする男女は、声を潜めて笑った。冗談だったんだろう。子供だったあの時でも判る。でも、そこに本心がにじんでいることもわかってしまった。彼らはあの時言ったのだ。


「龍使いなんて、よくわかんねえ生き物は、龍を滅ぼして、そんで共倒れしてくれれば安心なのにな」


 ――と。


 里の子供にとって、龍使いは憧れで、英雄だった。自分たちもそうなるのだと思っていた。でも……人々にとって龍使いとは、脅威たる龍と同じ、畏怖され、忌避される存在でもあるのだということを――大人たちの話は、そういうことだったのだと、実感したのだ。


 凍り付いたまま、食事は喉を通らず、楽しんでいた気持ちは跡形もなくなって、帰り道。怒りに顔を真っ赤にした阿星が、小さく言った。


「守られてるくせに……なんであんなこと言えるんだよ……っ。龍を前にすれば、龍使いにすがるんだろ……」


 それは、冬月も思わなかったわけではない。蜜香も、そうだったんだろう。咎めの言葉は浮かばず、それでも東海も共にいる中、大きく同意を唱えることはできずに、ただ沈黙した。けれど拳骨を落とすかと思われた東海は、振り向いて阿星を、冬月を、蜜香を順番に見て問うたのだ。


「――確かに、龍の力は強大で、かの脅威を従わせる力が儂らにはある。ああいう言葉に腹が立つのも事実じゃい。……だが、おぬしら。そうやって、すがる人々を見下すのか? 力で人を脅せるんか? ……殺せるんか。一人や二人じゃない……行きつくところは恐怖での支配じゃないか?」


 阿星よ、と師範は呼んだ。


「そういう自分を、弟たちに誇れるのか?」

「……っ、俺は、」


 唇をかんで、傷ついたような顔をした阿星は黙り込む。それに、東海は大きな手でぐしゃぐしゃと頭を撫でた。阿星の次は冬月、蜜香の頭も。


「受け入れろとは言っとらん。あんなもん、ほどほどに聞いて、あとは放っておけ。別に儂らは、人々を守れなんて教えとらんじゃろ。……生き残るために、儂らは戦っとって、それが結果的に人々を助けとるにすぎん」


 にやっと東海師範は笑った。


「ま、こ狡い言い方をするんなら、助けとったほうが、人々からそれだけ感謝されて、いざという時儂らを助けてくれる者たちもおる。……それに、助けられるのにしないのは、なんか嫌な気分にならんか?」

「そう……だけど」


 だからって、まだ飲み下すことはできなかった。阿星だけでなく、冬月も蜜香も複雑な顔をしていた。そんな三人の背中を、ばしっと順番に張り飛ばした東海。


「答えなんて、そのうち自分で見つけられる。儂もよく、助けてもらったくせになんじゃこいつらと思いながら、龍をぶちのめしとったもんじゃ!」


 はははは! と笑った東海の気持ちはその時はよくわからなかったが、何度も街に行き、龍使いたちの話を聞き、阿星や蜜香、ほかの仲間たちと話したり喧嘩したり……そうして折り合いをつけていった。


 ある程度は仕方ない、と人々の気持ちを理解することも出来るようになったし、イラつきはしても、それだけだ。まさに、「こいつらさあ……」と思いつつ、どうでもいいと切り捨てて、やるべきことだけできるようになったのだ。


(でもさ。……それって、特に親交のない他人だから割り切るのが簡単だったんだよね)


 つまり、こうしてなんだかんだ、共闘して打ち解けてしまった世悧に畏怖されたり拒否されるのは、それなりに嫌だなと思うのだ。


 そして問われた世悧はと言えば、冬月の言葉に自分なのかで答えを探しているのか、顎に手を当てて首をかしげている。


「……ん~? 怖いかどうかと言えば、少なくとも、冬月と阿星は怖いとは思わねえよ。龍使いってそうなんだな、って驚きはするけどな。どっちかつうと、自分が持ってない力を見せられると、お前らが遠い存在みたいでちょっと困る……? さみしい……? あれ、なんだろうなこの気持ち……?」

「いや、知らないっすよ。なんで俺らに聞くんすか」


 そして返ってきた答えに、即座に阿星が言い返したが、その顔はわずかにほっとしていたことに冬月は気づいた。自分も同じだったからだ。


(『怖いとは思わない』と、断言はしてくれるんだ)


 やっぱりこの人、変わってるなあ、と冬月は思う。龍使いの異能を発動したままの阿星が、世悧に嘘はないと判断したのなら、それは正しいと信じられるからだ。


 ――龍使いの瞳にも、異能は宿っている。男神・アンデと、女神・ウルニカの瞳は、『真実』と『生命』を見抜くといわれているのだが、龍使いの瞳も、その異能を発動するときに限って、嘘を看破し、他人の生命力を『視る』ことができる。ひとによって個人差はあり、阿星はどちらかと言えば生命力を視る力の方が強いけれど、嘘をつかれれば見抜くことができるのは変わらない。


 さすがに今、そこまで世悧に言う気はないし、そもそも阿星が異能を使用しているのだって、世悧を疑ったからではないのだけど。


「……というか、すみません。話しを僕が逸らしちゃいましたね。重要なのは、隊長さんの腕から抜けないそれが、僕の龍珠の片割れだってことなんですよ」

「あっ。はい。……ごめん。本当にごめん……」


 冬月が話を戻せば、世悧はぴしりと姿勢を正し、再度謝罪を告げてくる。そのうえで、彼は続けた。


「思ったんだが……形を自在に変えられるなら、腕輪じゃないものにすれば外せるんじゃないのか?」

「それは、さっき腕輪を抜こうと試行錯誤していた時に僕らも試してみたんですけど。……龍珠って、『持ち主が身に着けているとき』に使用できるんですよね。それで、隊長さんが嵌めている状態だと、腕輪の上から触ったりしても『身に着けていない』ことになってしまうみたいで……反応しませんでした」


 冬月はため息とともにそう報告する。……そう、先ほど、世悧の手首を切り落とすだのなんだのは、怒りゆえの過激な発言だが、これでも考えられる手段はすべて試したのだ。


 よって、最終的に抜けないのなら切り落とすしかないのでは? とも思う。龍珠は幼いころから自身の龍気で作り上げるもの。『相棒』と言っても過言ではない。あきらめるわけにはいかないのは当然だ。


「……ちなみに、だけどよ、冬月。今、お前には片方龍珠が残ってるだろ? そっちは使えんのか?」


 阿星が冬月の左腕を持ち上げつつそう聞いてきた。


「あれ、見てなかった? まあ一瞬で消したもんね」


 冬月はパチリと瞬きつつもそう返すが、少し考えれば、攻防中は本当にすったもんだでバタバタしていたし、かなりの怒りで殺気だっていたので、一瞬とはいえ龍気を纏ったはずなのに、世悧は気づいてなかったようだ。阿星は龍気にこそ気づいたのだろうが、冬月の状態を注視してはいなかったのだから仕方ないのだろう。


「……あのさ、まあ、片方でも発動はしたよ。したけど……まんま、『半分』って感じ?」

「「半分?」」


 阿星と世悧が同時に首をかしげる。冬月は、やはり見せた方が早いと結論付けて、己の龍珠に龍気を込めた。そして、現れたものを二人に見せる。


「……隊長さん、僕のはいつも、籠手と長靴になるんですよね。でも、片方しかないので籠手しか出ないです」


 出そうと思えば長靴だけ、にも出来る気はする。どちらにせよ半分である。


「形を自在に変えられるってことなら、冬月が願えば二つとも出てきはするんじゃねえのか?」


 世悧の疑問に冬月と阿星は目を見合わせた。そして――一通り、実験をすることにしたのである。




   ☽☽☽




 結論として、長靴と籠手の両方を出す、ということはできなくはなかった。ただ、龍珠が半分であるだけに、込められている龍気も半分。つまり、強度も半分になった。それは剣や弓や槍などの武器に形を変えた場合も同じ。


「……しばらくは、龍に遭遇したとき難儀するかも」


 ぼそりと呟いた冬月に、世悧は平身低頭したのである。


 なお、色々と試す中で、腕輪だけ一度破壊して、外してから形を変える、という案も世悧から出た。しかし実行には至らなかった。


「……あの、龍珠って、龍が落とした鱗からできてるんですよ。龍使いの修業を始める時に渡されて、ずっと龍気を込めて、十年くらいしたらやっと形を変えられるくらいになるんです」


 冬月の言葉に、世悧は目を見開く。そしてその口元が引くりとひきつった。


「うん? おい? つまりそれって、この腕輪の硬度は……龍の鱗並みって話なのか?」

「大正解っすね。俺の龍珠の剣を使えば、腕輪をたたき割れなくはないと思いますけど、同時に隊長さんの手首も叩き割れると思うっす」


 ははは、と乾いた笑いを浮かべて答えた阿星に、世悧は再び真っ青になって「なにとぞご勘弁を」と手首を保護したのだった。


 ――そんな話し合いを経て、数日。結局解決策がでないまま、とにもかくにも森の中にいつまでもいても仕方がないので、少々の仮眠を交代で取った後、近くの街へ向かって出発したのである。


 冬月と阿星は森の中での方向感覚と移動手段、生存手段に優れていたし、幸い世悧が地図も所持していた。結果、三日かけて森を抜けた三人は、四日目の朝に中規模の街へとたどり着くことができたのだった。












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