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天統べる者  作者: 月圭
第二章 龍の巡る空
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1,【願い伸ばした手の先に たとえすべてに欺かれようとも】


【願い伸ばした手の先に たとえすべてに欺かれようとも】


 結論から言うと、冬月たちは助かった。龍使いの装備のおかげである。そう、護竜山から落下した時のように、『鱗傘(りんさん)』を使って落下速度を減速させ、無事着地したのだ。


「……結構な高さがあったことが逆によかったよね……」

「マジでそれ……。隊長さんひっつかむの、間に合わねえかと思った……」


 冬月は、泥まみれの雪まみれ血まみれという悲惨な姿で、呆然と上を見上げた。それに同調する阿星も同じくボロボロである。


 ちなみに、ここには冬月と阿星、世悧しかいない。津々易だけは、世悧が崖上の無事な部分に放り投げたようである。本当にお人好しというかなんというか。死に急いでない? 大丈夫? とちょっと心配になる男だ。


 まあ、冬月と阿星も、そこらにごろごろ転がっている白狼の死体に邪魔されて、落下をまぬかれなかったわけなのだが。


(ここ数日ちょっと晴れて、雪が若干融けかけてたんだな……。それで土が柔らかくなってるところで暴れたもんだからこんなことに……)


 はあ、とため息をつくが、状況は変わらない。崖は、高さがあったからこそ『鱗傘』が間に合って助かったが、高さがあるがゆえに登ることは現実的じゃない。さてどうするか……。少し思考に沈んでいれば、ぐっと伸びをした阿星がからっと笑った。


「――まあ、生きてるし、何とかなるだろ!」

「そうだね。悩んだって仕方ないか。白狼も倒したし、まずはここで夜を明かすことを考えようか」

「おう。隊長さんは……まだ目、覚ましてねえな」


 笑い返した冬月にうなずいた阿星は、二人の間に寝かされている世悧を覗きこんだ。落下中か着地の際か、頭を打った様子で、地面に着地した時には意識を飛ばしていた彼は、いまだ目を覚まさない。


「ざっと見たけど、大きなけがはないよ。気を失っているのも軽い脳震盪みたいだ。なんにせよ、頭を打っているなら下手に動かさない方がいいからね。寝かせておこうよ」

「だな。冬月、俺薪集めてくるぜ」

「ありがとう。僕は、ここを少しでも、野営しやすいように整えておくよ」

「頼む」


 実はこのような状況に、冬月たちは慣れていた。なぜか? 訓練と称して、目隠ししたまま樹海の中に連れていかれて、そのまま自力で帰還するまで放置するということを平然と行うのが、彼らの師範である東海だったからだ。ちなみに、自力で帰還するまでの間、不定期に東海師範が襲い掛かってくるという恐怖体験でもあった。死に物狂いで帰還した思い出である。


 そもそも、北部の大自然に囲まれて育ち、木から木へと音もなく飛び移ることなど容易で、どんな状況でも生き延びることができるように仕込まれた彼らは、とても冷静だったのだ。




   ☽☽☽




 焚火がはぜる音の中、世悧が目を覚ましたことに冬月は気づいいた。


「あ、隊長さん。目が覚めたんですね。気分はどうですか? めまいや吐き気は?」

「え? あ、ああ、……いや、大丈夫だが……?」


 冬月の質問に、世悧は激しく瞬きをしながらも律義に答えた。混乱はしているが、脳に異常はなさそうだと、とりあえずの安堵をした。


「え? あれ、生きてる? 俺ら、崖から落ちた……よな?」

「はい、それはもう、見事に落下しました。なんやかんやで生き残って、ここは崖下の森ですね」

「なんやかんやの部分を詳しく知りてえかな」


 脳が回転を始めたらしい世悧からの疑問に、適当に応えれば真顔で詳細を要求された。阿星が苦笑しながら答えている。説明が終わる頃には、世悧はきっちりと正座をしていた。そして、これまた律義に頭を下げる。


「助けてくれてありがとうございます」

「いえいえ」

「そんな、かしこまらなくていいですよ」


 阿星と冬月の言葉に、ようやく膝を崩した世悧。この礼儀正しさ、やはり育ちがいいんだろうな、となんとなく思う。『隊長』としての世悧は、結構、大分、砕けているというか、馴染んでいるというか、あまり貴族的な部分は覗かせなかったのだけれど。そして多分、世悧的にもそっちの態度の方が楽なのだろう。速攻で戻った。


「……で、お前らは今何してんだ?」


 胡坐をかいた世悧は、冬月と阿星の方を見ながら首をかしげている。今、阿星は脱いでいた服を再び着なおしているところであったのだから、疑問に思うのも当然かもしれない。そんな彼に阿星がからっと笑った。


「手当っすよ、手当て。傷薬くらい持ってるし」


 龍使いの装備にはいろいろある。今回、曲がりなりにも長からの指令を受けての任務だったのだから、『鱗傘』以外にもいろいろと身に着けたうえで行動をしていたのだ。白狼の本隊が襲撃してくる前に荷物を整理する時間もあったし、着替えなどのかさばるもの以外はちゃっかりと持ってくることに成功している。その中に薬も各種取り揃えていたというだけの話だ。


「隊長さんは寝ている間に診て、軽く手当は済ませているので」

「勝手にすみません。でも、頭打ってたたみたいなんで。まあ、冬月は冬月で、腕の切り傷とか、結構派手にやっちまってるんすけど」

「あ、おう。……なんかいろいろ、すまん」


 世悧の視線がちらっと冬月の右腕に行ってから眉を下げたのは、それが世悧をかばった際に白狼につけられたものだと気づかれたからだろう。ただ、特に互いに何か言うでもなく、冬月は手当てに邪魔な衣類や装備などを横に置いていく。母の形見のペンダントもだ。結構いろいろと打ち身やらなんやらが全身にあった。


(いやホント、呪術がなかったらごまかしきれなかったよね)


 焚火の明かりにさらされた冬月の体は、やや細くはあるものの、完全に男性のものである。昔から師範にしごかれて死に目にあって、阿星とお互いに手当てをしあっていた冬月は、自身の本来の性別の自覚はありつつも、この状況に特に羞恥は覚えなかった。


「冬月、それも外しとけ。腕の手当てあるんだからよ」

「あ、悪い」


 言われて、両腕にはめられていた白い腕輪も、チャリンと小さな音を立てて外した。普段は服に隠れて見えないし、ときどき外すこともあるペンダントと違って、ほぼつけっぱなしの腕輪は体の一部のようになっていたので、失念したのだ。


「…………」


 利き腕をやってしまっていることもあり、阿星がさっさか手当てを進めるのに任せている中、手持ち無沙汰だったのか、興味津々に世悧が冬月の荷物を見ている。……いや、まあ、見るくらいはかまわないのだけれど。


「あ、イっつ」

「おー、結構深く切れてんなあ。縫うまでじゃねえけど、治るまであんま無茶すんなよ」

「はいはい。判ってるよ」


 薬が傷口に染みて声を上げれば、阿星が器用に包帯代わりに細く裂いた手ぬぐいをくるくる巻きながら言うことに、ため息交じりの返事をする。と、そこで阿星が少しだけ動きを止め、冬月にじっと目を合わせてきたので、じっと見返す。


「……冬月。あの時はごめん。俺がしゃべりすぎた。お前が止めるのは当然だったよな」

「……いや、僕だってイラついていたのに、全部阿星が悪いみたいな言い方をしてしまった。……ごめん」


 謝りあったのは、白狼が襲ってくるのに気づく直前、殴り合いのけんかに発展した件についてだ。冬月と阿星の付き合いは長い。同い年の幼馴染だ。それこそ喧嘩は些細なものから深刻なものまで数知れない。その度に、こうして仲直りをしてきた。


 ふっと笑いあって、パンっと互いの片手どうしを合わせる。仲直りの印だった。


 しかしそこで、第三者の声がする。


「え? 俺は何を見せられてんの……?」


 困惑に染まった世悧の声。


「え? 僕らの友情でしょう?」

「え? 友情でその距離感なのか?」

「「えっ」」

「えっ」


 冬月と阿星は、かなりの至近距離で、互いの瞳を見つめあっていたが、そのことに何ら疑問を持っていなかった。昔からそうだったし、里でも誰かに指摘されたことはない。なので、世悧の言うことの意味が心底わからなかった。そして世悧は、そんな冬月たちの感覚こそ心底わからなかったようだ。


 ちなみに。龍使いの里で、冬月と阿星のやり取りに誰も何も言わなかったのは、その二人の世界に誰も入っていくことができなかったからだということを、冬月と阿星は知らない。もう一人の幼馴染である蜜香をして「あれは、割って入っちゃいけないのよ」と真剣に言わしめたほどであったが、これも冬月たちのあずかり知らない事だった。













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