11,『だからこれは、時間稼ぎだ』
結論から言うと、冬月たちはおとなしく、オッチェンジェスタ騎士団に拘束されることにした。一緒に来てほしい(捕まってほしい)と、投げやり気味に言った世悧が一番驚いていた。
「えっ? マジで?」
「はい。マジです」
投げやりながらもどこか緊張していたのだろう、世悧は気が抜けたように、素っ頓狂な声を出したのに、冬月は真顔で返す。
「えっ、なんで?」
「えっ、ただ僕らが観念したんだ、とは思ってくれないんですか?」
「そんな殊勝さは何処にも感じられない!」
世悧の渾身の叫びは本音の塊だった。周囲もうんうん、とうなずいて肯定を示している。失礼な奴らだな、と思いつつ、それを見た冬月は阿星と顔を見合わせる。
「あれ、逃げた方がよかった感じっすか? 冬月、今からでも逃げるか」
「んー。それを期待されているなら仕方ないかな……? 追ってきたあなたたちが、森の中で迷子になっても、もう助けてあげないけど」
そして冬月は淡く微笑む。阿星も、ひどく優しく微笑んでいた。それを目の当たりにした世悧たちは……引きつり切った表情を浮かべていた。その表情のまま、みんなしてぶんぶんと首を横に高速で振っている。そして世悧は言った。
「よし分かった。その気があるうちに一緒に来てもらうことにしよう! あの、人を受け入れていない大自然に、こんな真夜中に立ち向かう気は、俺にはない!」
「賛成っす!」
「それがいいっす!」
「それしかないっすわ!」
口々に賛同する騎士たち。満場一致だった。その奥で庵哉は、とても頭が痛そうな顔をしていたし、亥良は胃を押さえて顔色をなくしていたけれど。
――そして一夜明けた現在。
「あ、雪降ってきましたね。これ本格的に降ってきますよ」
「え、そうなの? よくわかるな冬月。地元民すげー」
「オッチェンジェスタはでかいっすもんね。首都はだいぶ南だし、ここらとはずいぶん気候違うっすよね」
「それそれ。こっち来た時、マジ北の果ての冬舐めてたわ」
「チェラの街天国だったよな。温泉街サイコー」
「サイコー!」
冬月と阿星は、なんか、普通に友達みたいに騎士たちに交じって談笑していた。普通に話しかけたら普通に返してきたので、これが成り立っている。オッチェンジェスタ騎士、暢気だなあ、と冬月は思うし、阿星もそう思っていることを冬月は察していた。例によって言わないけれども。
一晩を野営地で過ごした一行は、今現在、ぞろぞろ馬と馬車に乗って移動中である。一応、あれでも、昨日酒盛りをしていた連中であろうとも、己らが流行り病によって緊急事態に陥った首都を救うための任務中、という認識はあるようで、結構な速度で移動をしていた。
昨夜、冬月と阿星は、罪人でもあるまいし手かせをかけるのは違う気がする、しかし二人一緒にしておくのは不穏な予感がする、という、庵哉と世悧による相談の結果、それぞれ分けられて、監視のもと眠りについた。そうなるだろうな、と予測済みだった二人は、実に健やかに眠った。それを見た世悧たちが、何とも言えない顔をしていたが、冬月たちはどこ吹く風である。
そして朝、荷物を積み込み、野営地の後始末をして、全員で出発した現在。冬月と阿星は、騎士の後ろに乗せてもらう形で馬上の人となっている。馬車で、という話もあったが、医師の乗る馬車では、あの時すっころんだ医師見習の青年が、女子のような悲鳴を上げて全力で拒否を示し、庵哉の馬車に乗せるわけにもいかず。結果的にこうなっている。
「あれ? そういう感じでいいのか? そんなに仲良しな感じはアリなのか!?」
談笑する冬月たちの横で、同じように馬を走らせる世悧に、困惑まみれの言葉をかけられた冬月は首をかしげる。
「だって、隊長さん。ピリピリぎすぎすしたって仕方ないじゃないですか」
「うん、それを、俺たちが言うならまだしも、お前が言うのはなんか間違っていると思うぞ、俺は」
この隊長さんは思ったよりも常識人なんだな、と冬月は思った。そこに、阿星も半笑いしながら言葉をかけてくる。
「いやいや、隊長さん。俺らだって、もっとこう、厳しい監視をつけられればそれなりに警戒したりとか、緊張するんすよ? でもなんか……騎士の皆さん気さくじゃないっすか」
「それを言われるとぐうの音も出ない」
『気さく』、と表現を柔らかくしているが、要は『ほのぼのしている原因の半分はあんたらっすよね?』ということだ。
ちなみに、連行する側もされる側も、ものすごく暢気に見えるが、一応冬月たちには彼らについてきた理由はあるし、隙を見て逃げる気満々である。
なお、ついてきた理由は時間稼ぎと、攪乱のためだ。
(ま、そもそも里はもうすぐ移動する予定だったしね)
確かに、今現在、龍使いの里・ジスタはオッチェンジェスタ国の北、東龍の縄張りである護竜山のふもとにあるが、長くとどまったこの場所を近々去ることは決定していた。それが早まっただけだ。
(『行商』の人たちが僕らのことは報告しているだろうし……もう里の片付けもだいぶ進んでるんだろうな)
たぶん、数日後には跡形もなくなっていることだろう。『行商』の存在を知らない世悧たちは気づいていないようだが、この後、城に連絡を取って態勢を整えて……などとしていれば、どんなに頑張っても、オッチェンジェスタの騎士たちが侵攻するにしろ、間諜を放つにしろ、手遅れである。
なお、どこに里が移動するかは冬月も阿星も知らない。里長ら重役たちの間しか、まだ話はされていなかったためだ。里長・雁十の意志で最終決定され、周知される予定だったが、現在、数名の大人たちが移住先の下見に旅立っている最中であるように、最終決定はされていなかったのだ。
(まあ、雁十さまなら、即断即行するよね)
もちろん、冬月たちが世悧らを撒いて里に戻り、共に移動するという方法もあった。それでも里の移動時間は十分確保できただろう。それほどまでに樹海は深く複雑で、険しい。龍の一族は当たり前のように行き来するが、常人には無理だし、サバイバルの心得があるという程度では歯が立たないのだ。……しかし、そんな風に逃げ出せば、確実に追手がかかる。オッチェンジェスタ騎士によって護竜山のふもとをいたずらに荒らされ、東龍の怒りを買うだろう。
オッチェンジェスタの国民は暢気だが……昨夜の世悧たちの行動に見られたように、龍使いが『そこにいる』と知っていて、何も行動しないことはあり得ない。
(別に博愛主義でも何でもないけど、……被害が少ないに越したことはないからね。人にも、龍にも)
東龍の怒りは、騎士たちだけではなく、麓周辺の集落や街々を巻き込むだろうから。ゆえに冬月と阿星は、無言のうちに意思疎通をし、まさに幼馴染ゆえになせる阿吽の呼吸で、飄々と現状にこぎつけたのだ。
だからこれは、時間稼ぎだ。龍使いの里が移動するための……ではなく、オッチェンジェスタ騎士が冷静になるための。
昨日も阿星とひそひそしたが、護竜山の樹海に軍事侵攻など正気の沙汰ではない。しかし、腐ってもオッチェンジェスタ国は世界屈指の大国。暢気すぎて一見そうは見えなくても、保有戦力は高い。ゆえに、冷静さを欠けば、数にものを言わせて『なんだってできる』と思ってしまいかねなかった。だが、冬月と阿星という、『龍使い』が手中にあると思っている今なら、短慮は起こさないだろう。
そして攪乱だが……そのまま、『情報の攪乱』である。飄々とした態度でけむに巻いたり、気勢を削いだり、話を逸らしたり、適当に情報を与えてみたり。そして最終的に、首都につく前に逃げる予定だった。別に阿星とは何にも相談していないが、どうせ同じことを考えている。だてに十七年一緒に過ごしていないのだ。
(……下手に抵抗しなかった理由は、もう一つあるけど)
ちらり、と冬月は世悧を見る。逃げるだけなら、あの包囲の中でも可能だった。だが、何事にも万が一はある。正面切っての戦闘になる可能性も、なくはなかった。
(ほかの騎士たちなら制圧できても……隊長さんは、今の僕らじゃ難しいよね)
この三小隊を代表する騎士である、隊長・世悧。彼の騎士服に輝く、『六花』の徽章をつけられるのは、一大隊九百人を率いる資格のあるものだけだ。そしてさらに、彼は交差する二本の剣に、翼を組み合わせたデザインのバッジをつけていた。これは第一騎士団の生え抜き――選ばれた精鋭しか所属できない、王族直下の護衛部隊『牙鱗』所属の証。
(『牙鱗』が出てくるなんて……今回の鱗疱瘡、首都じゃ相当の騒ぎなんだろうな)
思いつつ、樹海にて、迷子の世悧たちを保護する名分を得たのち、サクサク森を進んでいた最中に、阿星と交わした会話を思い出す。
「……なあ冬月。あの兄さんさあ、結構な実力者だよなあ」
「そりゃそうでしょ。見なかった? 『牙鱗』だよ、あの人。ここが僕らにとって慣れ親しんだ樹海じゃなきゃ、監視にも気づかれただろうね」
「まあ、今迷子だけどな」
「うん、迷子だけどね」
「……あの貴族のおっさんも、かなり強いよな」
「だね。でも騎士の兄さんほどじゃないけど。……戦ったら、おっさんはいなせても騎士の兄さんは僕らじゃキツイかなあ……」
「あー。あー……。認めたくねえけど、そうかもなあ」
「東海師範なら筋肉にものを言わせてひとひねりだろうけどね」
「冬月、東海師範と、騎士の兄さんを比べんなよ。可哀そうだろ。騎士の兄さんは人間だぞ?」
「師範も人間なんだよ、阿星……」
最終的になんか阿呆みたいな会話をしていたが、二人の意見は一致して、世悧を格上と判断していた。
冬月たちは龍の一族の一員として、普通の人間よりやたらと頑丈な肉体を持っているし、戦闘訓練も積んでいる。だが、里からほとんど出たことのない彼らは、自分たちの中にあるほとんどは、与えられた『知識』でしかないことも、承知していた。まだ見ぬ世の中には、ごまんと『強者』がいるのだと……井の中の蛙の自惚れは捨てさせられていたのだ。
毎年ふらりと里に帰ってくる龍使いたちから、聞く話には、帰らぬ人となった者たちのこともあった。隠すことなく知らされた。叩き込まれたといってもいい。
二十歳を迎えれば旅立つことになる龍使いたちにとって、驕りや無知は死に直結する。ゆえに、東海師範をはじめとした里の大人たちは、徹底して冬月たちに、ありとあらゆることを教え込んだのだ。
そして、里の大人以外で初めて目にする明確な強者が世悧だった。暢気で、気さくで、かなりお人好しで、一見そうは見えなくとも。
だから、冬月と阿星は、戦闘を避け、自分たちにできる最善策を選び、今に至るのだ。
……まあ、ぶっちゃけあの時、どれだけ余裕をかましていようとも、頭から水をかぶった状態で真冬の屋外に居続けるのは、普通に寒くて辛かった、とかいう普通過ぎる理由もあるけど。あと、実は今、初めての長旅に好奇心で一杯とか、ストーカー駄龍から逃れられて万々歳とか、ほかにもいろいろあるけども。……内緒である。
(うん、せっかくの機会だからちょっと楽しんでるとか、内緒内緒)
そう考えた時だ。冬月はどこからか、強い視線を感じた気がして、振り向いた。けれど、馬で疾駆するたくさんの騎士たちがいるばかりで、誰とも目は合わない。気のせいかと思って、冬月は前を向き直したのだった。