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天統べる者  作者: 月圭
第一章 華乱す風
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7,『彼らは正しく戦慄した』


 少し、時間をさかのぼる。森の中、樹上。冬月と阿星は無言で眼下を睥睨していた。


「……なあ、冬月」

「なに、阿星」

「あいつらさ、もしかしてなんだけどよ、」

「……うん」

「おんなじところ、ぐるぐるしてるよな」

「そうだね」

「結構、時間たったよな」

「ちょっと日が傾いてきたよね。最初はお昼にもなってなかったけどね」

「あいつらも、明らかに顔色悪いよな」

「真っ青だね」

「……あのさ、」

「うん」

「あいつら、迷ったんじゃね?」

「……迷ったんだろうね」

「「…………」」


 冬月は阿星と目を見合わせた。二人して同じ、虚無顔だった。


「冬月、あれ、ほっとくか? ほっといたら多分死ぬけどな」

「……いや、あれ、貴族だよね。『様』って呼ばれてたし、おっさんの方。というか、名前も見た目も心当たりがあるんだよね」

「そんで兄さんの方はあれ、徽章からして『六花の騎士』……大隊長相当の実力者。で、今回が三小隊出てきてるから、あれが率いてきた代表騎士なんじゃねえかな。やっぱり名前とか心当たりあるしな」

「「……」」

「阿星。これ、あいつらに下手に森で死なれたら、まずいよね」

「まずいな。捜索隊必至だよな。騎士の兄さんだけならともかく、貴族のおっさんは死に物狂いで探されるよな」

「……ここ、里にはまだ近くはないけど、つながる道筋の傍なんだよね」

「……里長に判断仰ぐか……」


 冬月たちはうなずきあった。報告に戻る方と引き続き見張りを続ける方を目線で決め、冬月がいったん龍使いの里へと戻っていく。


 ――冬月たちが見張り任務について、三日目の出来事だった。薬草を求めてきた、という情報も正しく、基本的には森の浅いところで、医師を騎士たちが護衛しつつ採取をするという状況。特に龍使いの里に迫ってくるものはいなかった。一人、どうしてそうなったのか身分の高そうな貴族のおっさんが医師に交じっていたけれど、このまま薬草……鱗鈴草採取に終始するのであれば特に問題もなさそうだ、と思っていた。


 ……思っていたけれども、ここにきて貴族のおっさんがやらかしてくれた。浅いところの鱗鈴草をあらかた採取してしまったからか、それとも無意識だったのか、徐々に森の深くまで潜り込んでしまった、貴族のおっさんと騎士の兄さん。


(あんまり接触はしたくないんだけどな)


 苦り切って、冬月は思う。ここ数日、阿星と見張りをしつつ、任務の間隙を縫ってジェタに、里に近づくなという説得をしているけれど、大概効果がなくて辟易している最中でもある。切実に厄介ごとはやめてほしい。穏便に、何事もなく、帰ってほしい。心の底から。


(ジェタはまだ、見つかってはいないみたいだけど……)


 腐っても龍王である駄龍は、消そうと思えば完璧に気配も龍気も隠蔽可能であるようだった。それができるなら最初からやれよと右ストレートをかましたくらいだ。


(いや、そもそも来んなって話だけどさ)


 いずれにせよ、あの貴族のおっさんと騎士の兄さんはどうにかしなければならないだろう。重いため息が漏れそうなのを押し殺し、冬月は里長のもとへと急いだのだった。




   ☽☽☽




 そして現在。


「……あ?」

「え?」


 がさり、と大きく草むらを揺らし、冬月たちは実に堂々と、騎士の兄さん――世悧と、貴族のおっさん――庵哉の前に姿を現した。森の中、突如響いた音に最大限の警戒をしていた世悧と庵哉は、冬月と阿星という少年二人、しかも明らかに戦意はない様子を見て取って、一瞬呆けたようだった。


「え? え? 何でこんなところに、子供が……?」


 けれどそれもつかの間、いぶかしみと共に警戒がにじむ。構えを解かず、じり、と間合いを測る世悧。観察を怠らない庵哉。


 だが、冬月と阿星は本当に、どこまでも堂々としていた。


「あー、えーっと、警戒しないでよ、お兄さん。僕ら頼まれて、ヒトを探しに来ただけですって」

「は……?」

「そうそ、……もしかして間違いじゃねーと思うけど、セリさん、と、アンザイサマ、であってるっすか」


 呆然とする世悧と庵哉に、阿星が純朴な少年であるかのようにちょっとだけ困ったように眉を下げて、問う。しかしまだ世悧たちは状況に理解が及ばないようだ。


「は……?」


 もう、とばかりに今度は冬月が口を開いた。


「いや、『は?』じゃなくて。僕ら、森の外でがやがやしてる騎士さんたちに協力頼まれて。薬草探しててえらい人がいなくなったから大変だーって。セリさんと、アンザイサマを探してたんです。……で、あんたら……いや、あなたたちのことであってます?」

「頼まれた、だと?」


 ようやく、ここで世悧が「は?」以外の言葉を発したので、安堵の息をこぼして冬月は肯った。


「はい。イラさん、って人に。副隊長さん? だっけ?」


 阿星を仰ぎ見れば、彼も頷く。


「ああ、あの影が薄、……いや、えーっと、儚い感じの男の人。真っ青になってたけどさあ、珍しい騎士の人らがいるなあって思いながら、まあ面倒だから回避しようとしたのに、捕まったんすよ、俺ら。森に詳しいなら手伝えって、半泣きで。あれは断れなかったよな……」

「あれは断ったら罰当たりそうだったよね、なんか。そういうわけなんで、あなたたちが探しているセリさん、とアンザイサマだと助かるんですけど、違ってました?」


 そうして冬月は世悧たちに視線を戻すと、わずかな哀れみ交じりに世悧は微笑んだ。


「いやめっちゃあってる。それは誰がきいてもうちの副隊長だわ。え? 半泣きだった? まじで? ……亥良(いら)ごめん、迷子になる隊長でごめん……」


 最後は顔を覆って懺悔を始めたが、そんなことをここで言われたって、その副隊長とやらには聞こえない。それよりも、と冬月たちは目を見合わせて、喜びの表情を作った。


「あ、やっぱあってるんすね! よかったっす、もう日も暮れるし、結構焦ってたんすよ!」

「頼まれたからには、無事でいてほしいもんね。えっと、それで、ちょっとここ入り組んでるところなんですけど、そこまで深部じゃないので、今からでも十分帰れますよ! 行きましょう? ……あ、ケガとかはしてないですよね? 歩けます?」

「いや、大丈夫だ。……庵哉様、」


 手を差し伸べる冬月と阿星に、世悧はとりあえずけがはないことを伝えつつ、少し庵哉と相談をしたようだ。まあ、こんな森で都合よく……と疑う心があってよかったと逆に思う。


 だが結論として、彼らはおとなしくついてきてくれることとなった。根拠としては、おそらくは彼らの副隊長の名前と、こんな遭難まっしぐらの状況で何をだまそうというのかということと、さらに冬月たち二人が明らかに少年、といった年回りであったこともあったのだろう。


 今、ここに至った背景はともかく、半泣きの亥良に頼み込まれた、という経緯は嘘など一つもないので(まあそうなるよう話を持って行ったのは冬月たちだが)、特に動揺もなく、表面上はそわそわと困ったような様子を醸し出しつつ結論を待った。結論が出た後は、軽い自己紹介だけして、速やかに森から出るために歩き出したのである。


「……本当に、この森に慣れているんだな」


 ひょいひょいと、迷いなく冬月と阿星に、世悧は感心したようにこぼす。


「そりゃ、ちっせえころから来てるんで。父さんたちから、最近はこうやって俺らだけで任せられるくらいには、何度も来てるっすよ」

「あ、薬草売りなんだったな、二人の親御さんは」

「はい。今はちょっと離れた町にいるんですけど、ほら、今年は久々に鱗疱瘡の流行があったじゃないですか。風邪も多かったし、それで解熱の薬草とかいろいろ結構売れてて、僕らが採取を頼まれたんです。父さんたち、手が離せなくって」


 人使いが荒いんだから、などとほほを膨らませている冬月だが、息をするような嘘である。つまり、そういう設定で冬月たちは世悧たちを回収し、無事何も知らないまま首都へお帰りいただくという役目である。


「でも、済まなかったな。仕事の邪魔をしてしまったのか。俺たちは助かったが……」

「気にしないでくださいよ。副隊長さんに泣いて頼まれたってのも本当ですけど、だんだん暗くなるのに、森に慣れていない人らが捜しに行っても二次災害になりそうで、俺らが行くって言ったのもあるんで」


 ひらひら、と手を振ってこたえる阿星。それに世悧はふっと微笑んで――地雷を踏んだ。


「……本当に、すまない。それにしてもすごいな。冬月君なんて、まだこんな『幼い子供』なのに――」


 バキっと、冬月は避けるために手をかけていた木の枝をへし折った。その背には暗雲が漂っている。「え?」と何もわかっていない世悧は引きつった声を出したが、冬月は地獄の底から出ているかのような声でたった一音。


「あ゛?」

「ひょぇ」


 どこから出たのかというような奇声を世悧は上げた。なぜなら、冬月から発されたのは、思わず世悧が、背後にいた庵哉をかばったほどの殺気だった。そしてかばわれた庵哉は世悧の後ろにいたがために殺気を受けて、硬直していた。まぎれもないとばっちりだった。


 ざわざわ、と風が木々を揺らしていく音すらも不気味な沈黙を破ったのは、耐えきれないというように阿星が噴出した音だった。見れば、彼は肩を震わせて笑っている。世悧たちはそっと、そっと、阿星から視線を冬月に移した。彼らは正しく戦慄した。けれど、ツボに入ったのだろう阿星は一人笑って空気を読まない。


「いや、すみませっ……ブハッ、……っふふ、と、冬月と、俺、同い年なんで……いうほどガキじゃねえっす……あははっ」


 森に響く笑い声、それを切り裂いたのは。


「――阿星」

「あヤベっちょまっ、いやすみませっ……ぐふっ……」


 氷点下を余裕で下回る冬月の声だった。そしてそこでようやく己の愚行に気づいた阿星は、冬月を制止しようとするも、特に効果はなかった。冬月は目にも止まらない速さで彼の鳩尾にこぶしを叩き込んだのである。阿星は倒れた。それを無感動な目で見た後、冬月はおもむろに問う。


「世悧さん。こうなりたいですか?」

「いいえ! 俺の目が節穴でした申し訳ありません冬月さん!」


 まさに即答。イイ子のお返事だった。冬月はにっこり、笑う。


「判ってくれればいいんです。さあ行きましょうか」


 あえて。そう、あえて、冬月は転がる阿星を丁寧に踏みにじって、先へと足を進めた。世悧と庵哉が阿星にむかって無言の合掌をしたことには気づいているが、追及はしなかった。













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