5,『面倒な事態が重なりすぎた』
ともかく。そんな駄龍の愚行も関係して、龍使いの里は絶賛人手不足につき、冬月と阿星にお鉢が回ってきたと、そういうことであるらしい。
「そなたたちの実力は確かと聞いている。迂闊な行動は慎み、何かあれば必ず報告をするように肝に銘じよ」
雁十は眼光を鋭くして言う。冬月と阿星はすっと背筋を正して、長からの指令を拝命した。
――龍の力は絶大だ。それを操れる龍の一族はあらゆる意味で『特別』なのだ。その存在を狙い、悪用しようするものは後を絶たない。比類なき脅威……天を舞う龍を操る異能は、使い方を少し誤れば簡単に世界の均衡を崩せてしまうだろう。
だから巧妙に居場所を隠している。だから、時期を見て流れ、移住する。国――権力者とかかわることすら、龍の一族には禁忌に近い。やむを得ずかかわった場合も必ず逃げ延び、逃げられなければ自害すら厭わない。それほどに徹底しなければ、待っているのは滅びだ。龍使いだけでなく、全ての、滅び。
龍使いの里・ジスタは現在オッチェンジェスタの北に位置しているが、居着いたのはおよそ五十年前。潮時ではあるが、今回は面倒な事態が重なりすぎたといえる。
「この冬月、一族として指令を全うします」
「同じくこの阿星、一族として長の命を果たします」
片膝をつき、両手を組んで、額をつける。龍使いの里の戦士として正式な礼を取る二人に、雁十をはじめ里の重役たちはうなずきを返した。しかしここでしたり顔で東海がこぼす。
「うむ。儂が出られれば良かったのだがな、里自体の警備を手薄にするわけにはいかん。儂は少々体も大きく目立つしな!」
心底悔しそうだった。それに対して冬月が口を開いたのは、反射だった。
「いや、師範はすごく大きくて目立ちますよ。少しじゃないです。森にいたら一目瞭然です」
ははは、と笑い含みに快活なまでの声で言ってしまった。すぐ失態を悟った。隣で阿星が馬鹿お前! という顔をしていた。確かに自分でも馬鹿だったとすでに悟っている。
「あ? なんか言ったか?」
東海は盛り上がる筋肉を隆々とさらに膨らませて、聞き返してきた。雁十は困ったように笑っていた。星尹はため息をついていた。隣の親友に至っては顔を背けて離れやがった。後で殴る。
そうして冬月は――しらを切った。
「なんにも言ってません」
「冬月?」
「なんにも言ってません」
「冬月ぃ?」
「なんにも言ってません、ではさっそく任務に行ってまいります、ほら阿星行くぞ!」
「あ、おおお、おう!」
こうして二人、集会所を飛び出したのである。
……願わくば東海がこの失態を忘れ去るまで任務が長引いて、鉄拳回避がなってくれないだろうか。ムリだろうか。ムリかもしれなくても希望は捨てない、それが冬月であった。だって、痛いの、好きじゃない。
☽☽☽
「冬月……お前って時々とんでもなく馬鹿だよな……」
飛び出した先。阿星が哀れみに満ちた視線で冬月に言ってきた。だがしかし正直なところ、普段失言が多いのはどちらかというと阿星である。イラっと来たので冬月は阿星のふくらはぎを鋭く蹴り上げておいた。
「いってぇ! おま、これ、絶対あと残るだろ!」
「そんなことよりさっさと準備しに戻るよ。時間ないんだから」
「そんなことよりってお前……あー、もー、わかったよ! 里の入り口手前で集合な!」
わめく阿星に取り合わず、冬月は自宅へと身を翻す。集合場所にだけは、後ろ手に手を振って了解の意を示しておいた。
とにもかくにも、監視任務を請け負ったからにはしばらくはほとんどの時間を森にこもることになる。装備はそれなりに必要だった。
(……あ。あの性懲りもなく僕に会いに来る駄龍は……)
どうすべきか。いや、龍使いの一団が曲がりなりにも異変を察知して動き出しているのだ。あれでも一応東龍を統べる長。駄龍だし、変質者だが、東龍王。いくら何でも複数の龍使いに真正面からけんかを売りはしないだろう。龍使いの異能は数をそろえて言霊を発することでその威力を増す。いかに龍の王であってもその効力には抗えまい。冬月一人の龍気でも、一度は牽制出来たのだから、そんなことはジェタ自身が一番わかっているだろう。ならば必然、調査団が『異変なし』と判断して里に帰還するまでは、おとなしくしているはずだ。……してろ。
そもそも冬月に付きまとうな、里に近づくなという旨の話を再三しても聞き入れない駄龍に、一から此度のことを説明してやる時間は、冬月にはないのだ。
……………ない、が、あれでも一応東龍『王』……。しかもだいぶ頭がおかしいから沸点も予測しづらい……。もしブチ切れたら、一度は複合龍気の言霊で牽制できても後日一族を率いてくる可能性も……それは、あんまり、よろしくは、ない……。
(……任務の合間に、阿星のすきをつければ、一応説明した方がいいのか……?)
駄龍め。なんでこうも手間をかけさせるんだ、糞が。
あー、くそっ、と冬月は頭をぐしゃぐしゃとしながら、自宅へと急いだ。