4,『その犯人は』
この話以降、改稿前から流れが変わります。
冬月たちが里長・雁十が待っている集会所へ行くと、そこには里長をはじめ阿星の父を含めた里の重役数人、そして道場師範の東海までもが集まっていた。
「来たか、阿星に冬月。そこに座りなさい」
言った雁十は柔和な顔つきに銀色の瞳を持つ、老年の男だ。若いころはさぞや女性に好まれる顔をしていたのだろうと思わせる。その顔に見合う温和な人格者で、東海のように怒鳴り散らすことはおよそない。けれど怒らせると師範より怖い存在だった。
――そんな彼は今日、何やら文書を手元に持っている。冬月たちは居心地が悪いながらも雁十の前に進み出て、部屋の真ん中へ座った。雁十の周りに座る重役や東海はやや渋い顔だ。
「ええっと。僕たち、なんか拙いことやりましたっけ……?」
今日は(まだ)やってないはずだけどと思いつつ、雰囲気からなんとなく怒られる気がして遠慮がちに冬月は口を開く。すると雁十が呵々と笑った。
「そう固くなるな。そなたたちに落ち度があったわけではない。……まあ日々、いろいろやらかしているようだと、東海からはきいているが、な?」
からかいを込めた言葉にとっさに冬月たちは目をそらす。阿星の父・星尹が深くため息をついたような気がしたが、聞こえなかったことにしようと二人は思った。いずれにせよ、雁十の言葉通りなら叱られるわけではないということで、つまり結局、この呼び出しは何なんだ、と余計にわからなくなる。しかし、ここで。
「――冗談はさておき。先ほど、『行商』の者らから伝令があってな。少し、そなたたちに動いてもらいたいのだ」
雁十は表情を引き締め、重々しく告げた。
「……俺らに?」
眉を顰め問うた阿星に、雁十たちは頷きを返す。
(……?)
冬月と阿星は目を見合わせる。半人前の自分たちがなぜ、と。とりあえずは続きを待てば、雁十たちも頭が痛いような表情で先を話し始める。
「……森に人がやってきたようだ。それも騎士団。……数はそれなり……三小隊(四十五人)程度と報告にある」
「騎士団!? 三小隊も!? ……オッチェンジェスタの、ですか?」
冬月は思わず頓狂な声を出してしまったが、それも責められないだろう。それほどに、オッチェンジェスタで騎士団が大きく動くのは、珍しい。
――ここオッチェンジェスタという国は、もう長年戦争などとは無縁の平和な国であった。むしろ平和すぎるくらい平和で、国民にものほほんとした空気が蔓延している。そして国民の一部に含まれる騎士団にも、のほほんとした空気は当然みたいに蔓延している。
他人事ながら、お前ら大丈夫かと問いたいが、答えるならば大丈夫ではある。一応東の地域における大国として、それ相応の戦力はあるらしい。空気はのんびりしているけれど。巡回の合間に農民に交じって騎士が畑耕しているという目撃証言多数だけれど。大丈夫なんだよ、多分。きっと。
……ともかく。かつての戦時ならいざ知らず、今のオッチェンジェスタでは、そののんびりした国民性をそのまま表しているかのように、騎士団が動くような事件がそもそもあまりない。一応、要人の警護や犯罪者の取り締まりとその仕事は多岐にわたりはするが、例えば龍の襲撃のような大規模な事件でもなければ、だいたい実働するのは一小隊(十五人)程度だ。それで大体事足りるとか、平和極まれりである。
が、今回、やってきた騎士団は三小隊。三倍である。
「まさか、里の場所が露見した……?」
険しい顔で冬月はこぼす。阿星も眉間に深く皺を刻む。だがこれには雁十が「いいや」と首を横に振った。困惑を深める冬月と阿星に、雁十の隣に座す星尹が、説明するように口を開く。
「……どうも、龍気が濃い場所にしか生えん薬草を求めてきたようだ、と報告を受けている。……あの規模は護竜山からの龍の襲撃を警戒してのことだろう、とも」
疲労の深いため息が、勘弁してくれという彼の心情を表しているようだった。星尹は、阿星が歳をとったらこうなるだろう、と言われるほどに息子と生き写しで、目元の印象だけがやや阿星よりもきつい。ただ表情が少なく、息子のようなさわやかさよりも淡泊さが前に出ている。そんな彼は若いころから重役を担う実力者である。『鉄仮面』、と実の息子・阿星は評すが、……今はそれもやや崩れ気味だ。
なるほど、と冬月は思う。龍気を常に浴びるこの土地の植生は確かに特殊だ。この周辺にしか生息しない植物は多い。だが。
「……でも、それで、なんで俺らが呼ばれたんすか?」
冬月が思ったのと同じことを阿星が問うた。そう、そうなのだ。里人には有能な大人が何人もいる。わざわざ半人前の冬月と阿星にこの話を聞かせる理由がつかめなかった。ここで、雁十と星尹が同時に深くため息をこぼす。
「……騎士団、しかも三小隊もの規模を消すわけにはいかんのはわかるじゃろう。それではここに儂らがいると喧伝しとるようなものじゃからな。……じゃが、あれらの探す薬草は森の中に育つ物らしい。……万が一にも里に近づくことがないよう、見張りは不可欠じゃ」
雁十の言葉にうなずきつつ、星尹が続ける。
「――本来なら『行商』の者か、里の大人から適任者を選ぶが……『行商』の者は顔を合わせてしまったからな。もし森の中で接触が必要になった時に不審に思われてしまうのは否めん。そして里の大人だが……お前たちも気づいているだろう。里に大人が今、少ないのを。けが人や病人、役職上動けない者を除いて、大多数が今、里の移動先の調査に出払っているのだ。……里に残っていたものももちろんいたが、そのほとんどが、つい昨日、護竜山の調査にむかってしまった」
時期を誤った、と臍を噛む星尹に、冬月は首をかしげて尋ねる。
「……調査? 何のためですか?」
「……最近、里の周辺で妙に強い龍気が度々発せられているとわかってな。東龍たちに何か異変があったならば捨て置けないだろう?」
真剣な表情での返答が返ってきた。冬月の隣で阿星も息をのむ。雁十も東海も黙ったままだが険しい顔だ。しかし冬月だけは別の意味で凍り付き、叫びそうになりながらもなんとかまじめな顔をキープしたまま思った。
その犯人は、東龍王ですね。とりあえずあの駄龍シメる。