3,『いろんな意味で罪な男(Side阿星)』
帰還騒ぎから約四十日、冬月が最近変だ、と、阿星は思う。なんだか避けられている気がするし、それにこそこそしている気がする。今日もなんだかんだと撒かれてしまった。むしろなんだか日に日に撒く腕が上がっている気がする。恐るべし。
「俺あいつになんかしたかな……」
悩みながら心当たりのある行先を回るのだが、今日も冬月は見つからない。あそこまで阿星に告げたくない用事とはいったい何だろうか。
(……隠し事されるのはなんか面白くないしな……)
ちょっとイラつきながら里を歩いていると、背後から声をかけられた。
「阿星? ――あら、今日は冬月、一緒じゃないのね、珍しい。たいてい一緒にいるのに、あんたたち」
「蜜香」
阿星は振り返って彼女の名を呼んだ。長く伸ばして一つにまとめた栗毛に赤茶の瞳。勝気な顔立ちに、細い手足、小柄な体躯。そんな蜜香はほんの少し頬を上気させ、阿星のそばに冬月がいることを期待していたのだとすぐわかる。いなかったことに少し落胆していることも。ま、彼女の恋心は周知の事実だ。むしろ公然の秘密だ。冬月自身は、蜜香の存在が近すぎて気づいていないようだけど。
そんな蜜香が冬月に会えずに落胆するのはわかる。傷ついたりなんてしない。むしろ、阿星としても落胆の色を隠せない。――どころか思いっ切り肩を落として落ち込んだ。
「ああ~。蜜香ンとこでもなかったか……。ホントどこ行きやがった、あの野郎……」
「……? 冬月になんかあったの?」
蜜香が心配そうに阿星に寄って聞いてきた。……うん、本当に、自分にこんなに気をもませながら、里では一番の美人と評価の高い蜜香にそこまで想われているなんて、冬月はいろんな意味で罪な男だと阿星は思う。気づいてやれよ。っていうか周りの身にもなってみろよ。
「あー。最近、師範のシゴキが終るとすぐどっか行っちまうんだよ、あいつ。俺にも行先言わねーし。生還したあとくらいからだから、最初は騒ぎが嫌で逃げてんだろうぐらいにしか思ってなかったけど……どう思う?」
考えながら蜜香に意見を求め、すぐさま阿星は後悔した。何を想像したものか彼女の表情はみるみる険しくなって、射殺すような視線と声で答える。
「……女ができたとか……?」
「やっ! それはない! と思う! それなら俺に隠す必要ねーし、なんかそういう感じじゃねーし!」
顔を引き攣らせて阿星は即座に全身で否定する。やばい、恋する乙女怖い。阿星は心底思った。――前言撤回。冬月は冬月で苦労しているようだ。
「でもなんか隠してんのは事実なんだよなあ……。つけて行ったのも一回や二回じゃないんだけどさ、あいつ勘が鋭いしもともと俺より足早いからいっつも失敗すんだよなあ……」
阿星はそうぼやく。その発言がストーカー一歩手前であることには、蜜香も含めまったく気づいていなかった。この場に第三者がいれば「いや、つけるなよ」とドン引きしそうだが、幸か不幸かこの場に第三者はいない。
そうして阿星が蜜香と二人でうーん、と悩んでいた、その時。
「……何してんの、二人とも。こんな道の真ん中で」
――邪魔になってるよ? と、可愛らしく小首をかしげて無邪気に割り込んできたのはまさかの本人たる冬月だった。
「わっ! 冬月!? いつからそこに?」
真面目に考えすぎて気付いていなかった阿星が、びくっとして問う。答える冬月は心外そうな顔だ。
「いや、ついさっきからだけど。そんなに驚く?」
「えっと、まあちょっと考え事しててってそうだよ、お前今までどこにいたんだよ!」
阿星が一転、冬月に詰め寄ると、蜜香もまだ女ができた疑惑を捨てきれないのか若干怖い顔で一緒に詰め寄る。とたんに冬月は見逃しそうなほんの瞬きの間、どうしてか虚無顔をした。が、すぐにしれっと返した。
「……いろいろ? 森とか湖とか」
いや嘘だろ。さっきの虚無顔はそうじゃないだろ。阿星は思った。冬月は基本感情豊かだが、言いたくないことは隠し事をしていることすら悟らせないようにできる男である。だがしかし、最近の挙動不審とさっきの虚無顔。冬月が隠せないほどのナニカがあるに違いなかった。
「ぜーったいそんなほのぼの散歩だけじゃない。俺の勘も言ってる。俺にまで隠さなきゃなんないことなのかよ?」
ついほんのちょっと拗ねているような声になって言い募る阿星。蜜香もうんうん頷いて阿星の味方になる。冬月は困ったように眉尻を下げた。
「本当に何もないんだけどなあ……」
「何よ、じゃあ明日はあたしたちがついて行ってもいいのよね!? ほんとに女と会ってるんじゃないでしょうね!?」
蜜香としてはどうしてもそこが気がかりらしい。阿星はそんな直球で聞ける蜜香って度胸あるなあとずれた感想を抱いたが、これにはあっさり冬月は首を振る。
「え? 女? 違うけど……。なんでそんな話になったんだ……」
「「じゃあ何!?」」
声を合わせて阿星と蜜香が詰め寄って、さすがに冬月が戸惑って後じさり始めた。――が、その時。
「おい、阿星と冬月! 里長が呼んでるぞ。なんか急ぎの用だって」
そう言伝を伝えに走ってきた少年が、冬月には天使に見えたらしい。彼の顔はキラキラと輝いていた。ちょうど風が吹いてその美しい瞳があらわになったのもよくなかった。その眩しさ宝石のごとし。思わず阿星は目を細めた。隣で蜜香は悶えていた。その声は女の子としてどうだろうという悶えっぷりだった。なお、言伝を持ってきた少年も当然のように被弾して「目がつぶれる……」と呟いていた。効果が抜群すぎる。
ええい畜生、里長の話が終わったら絶対に聞き出してやる。眉間にしわを寄せてそう思ったが、――しかし。
まさかそれどころではなくなるなど、この時点ではこの場の誰も予想もしなかった。