プロローグ010
見たこともないほどの壮大な草原だった。山はあるけど地平線が存在しない、僕が住んでいる世界とは何かが違った。空気とか雲の感じとか。
そこに大きな船が通るというか現れるといった方が正しいか。船とはいっても飛んでいるので飛行戦艦といったほうがいいのか。けど、それは当てはまらないかもしれない。僕が住む所では、まず戦艦という物は数百年も前に消失した物で、現在は護衛艦や空母などしかない。ましてや、それが浮いているんだ。戦艦というクラスに置くことは出来ない。
けれど、なぜいきなりこんなところにいるのだろうか。その寸前の記憶が思い出せない。学校に行って会社でまともに仕事しないで、そのまま家へ帰ったって事しか分からない。
戦艦かは分からないけれど艦ということだけは分かる。その艦は一瞬にして僕の前から姿を消してしまった。光化学迷彩というにはあまりにも環境に同化している上、このレベルになると、逆に危険だって昔聞いたことがある。
艦も見えなくなりただ僕ひとりだけになってしまった。寂しいとかそういう感情は一切無いけれど、一つあるのはここが何処なのか、それだけが気になった。けど、心の中にはここが何処だということが分かったところで元の場所に戻れるか?というのもある。
右を見ても左を見ても、あるのは唯々地平線が続くだけ。しゃがんで足元を見ても、生えている草には虫が一匹もいない。土を掘り返せば当然いるのだろうけど、この状況での作業としては好ましくないと思ったので、ヒッチハイクをしてみた。紙がないので近づいてきたら、手を振って知らせてみよう。
アホーアホーアホー。
軽く二時間経過したけれど、誰も来ない。来たとしても無視される。ここではヒッチハイクはあまり浸透していないのかな?
『ここに横になれば良いよ。俺はソファーで寝るから』
頭に声が聞こえる。それは聞き覚えのない声だ。誰かと話をしているようなので、その続きを聞いていこう。
『司の部屋ですよね?良いのですか?人に部屋を譲って』
『ああ、少女に床で寝ろとか、どうかしてるぜ』
『いきなり上がり込んで、妹さん達にもまともな説明もなされていないのに・・・・・・』
『明日説明すりゃあ良いんだよ!まだ着てない寝間着がそこのタンスにあるから好きなの着てくれて構わないからな。そんじゃあ、お休み』
『はっ、はい』
どこかの家の話みたいだ。僕には関係ない話であるはずなのにこの引っかかる感じは、何なのだろう。
「あれ?マスター?どうしてここに?」
先ほどは頭に声が聞こえるような感じだった。けど今は耳から声が聞こえる。・・・・・・って真後ろにいた!
「どうかしたのですか?何かが違うような気が」
ああ、思い出した。なんでこんな単純なことを思い出せなかったのだろう。頭に響いたあの声の主は僕じゃないか。あまりにも声が低かったから気付かなかった。
トリシュはなぜここに?と聞いたことから、ここについて知っているみたいだ。
「ねえねえ?ここって一体何処なんだい?少なくとも今までに僕が来たことのあるような場所じゃあないみたいだけれど」
「私も初めて来たのでよく分かりません・・・・・・。それにしても、昔の試作品1号の口調と音域ですね。やっぱりあなたが・・・・・・」
「ごめんけど、僕は君の言う人ではないよ。顔と声が似ただけの別人さ」
それならなぜここに?など言わないで欲しかった。僕が帰れないのは全然構わない。頭に声が聞こえただけではあるけれど、少なくとも、僕に意識を持つ人がいるのである一定の時間が経てば外に出られるかもしれないし。けど、トリシュは違う。寝たあとこの場所に来たとなると、目が覚めずにこのままという可能性だってある。あった瞬間眠り姫なんて可哀相だ。
「トリシュ。君にはあっちで僕を助けてあげて欲しいのだけれど、良いかな?」
「ええ、それは当然と思っています。ですが、どうやってここを出るのですか?」
「寝たらここに来ていたんでしょ?なら話は早い。歯を食いしばって」
トリシュはえっ、と驚いたけれど、すぐに何がしたいか分かったみたいだった。
僕は大きく振りかぶり、彼女を殴り飛ばした。何処に何があるか分からない以上、今ここで彼女だけでも出せれれば、後であっちの僕を殴ればいいんだ。けど、最低だ。それだけの理由で人を殴るなんて本当に僕は最低だ。確定情報でもない、例え確定情報でもやっぱり僕は最低だ。
運良く成功したみたいだ。トリシュは跡形もなく消え、残ったのは僕だけになった。ここにいても暇なだけだ。夢みたいな物だろうから、お腹は空かないみたいだし。先ほどみた艦を見つけてみよう。きっと暇つぶしにはなるだろうからね。