3日後
まっちゃんが考えたものを司は全てまともに出来ずに時間が経ち、結局残ったのは疲労のみだった。
「がふぁ!疲れた・・・・・・」
「お疲れ様です、ツカサ。お冷をお持ちしましょうか?」
「頼むわ。後氷も入れて貰えると嬉しいな」
トリシュが水を取りに行くと、司の顔から疲労が漏れ出す。疲労が身体だけでなく口からため息のように出てしまうが、それは良くないと両頬を叩く。
「(俺のせいなのは分かってる。みんなにも迷惑をかけてることも分かってる。わざわざ仕事の時間削って俺の成長に協力してくれているんだ。それなのに俺は・・・結果も出せずにこのざまだ。やっぱ無理なのかなぁ、ガキが家族を守るなんてさ)」
落ち込んでしまってもしょうがない。まっちゃんのところの社員の方の殆どがそれほど実戦経験を持たない者たちなのだから。それ比べて司は、シミュレーションとはいえ訓練は積んでいる。それでも勝てないのだ。こうなるなという方が酷だ。
トリシュから氷水を貰うとそれを一気に飲み干して、ぷふぁとビールを飲む会社員のような息の吐きつつ、ソファーに座る。
「少しずつ良くなっていますよ。イッチョウイッセキでしたか?すぐには結果は出ませんよ。彼らは基本をしっかりと行っているのに対して、ツカサはデータ集積用のものしかやっていないんです。その上重りもある。目で追えるだけ良い成長だと思いますが」
トリシュも水筒を片手に司の横に座ると司はトリシュの目を見て言葉を返す。
「結果が出てなきゃ意味ないだろ?それに始めてから結構経つ。癖とかも覚えてもいい頃なのに、避ける事さえ出来ていないんじゃあな・・・」
「そうかもしれません。ですが、今日最後の時にニアさんの不意打ちを避けました。いくら相手に慣れていると言っても、それを回避したんです。それは誇って良いかと」
トリシュに褒められた司だったが、運が良かっただけと認めようとしない。それをちょうど帰宅したモモが後ろから抱き付く。
「司兄は頑張ってるもん!それでいいじゃん!周りが強すぎるだけだよ!」
「フォローになってないよ・・・それとお帰り。クルミは?」
「ただいま司兄。荷物置いてから来るって。噂をすればほら。クルミ!司兄が呼んでるよ」
「ただいま」
「おう、お帰り。どうした?声に張りがないが、学校で何かあったのか?」
「ない。ただ嫌いな体育が2時間連続だったから、憂鬱なだけ」
「それならいいんだが、いじめとか嫌なこととかあったら言えよ?何か出来るかってわけじゃないが、誰かに言うだけでも結構心が楽になるもんだから。それじゃ俺はもう寝るか」
「司兄晩御飯いらないの?ちゃんと食べなきゃバテちゃうよ?」
「腹減りすぎて今日は会社で食ってきたからいいよ」
「前は疲れたからいらないとか言ってたけど、本当は食べてないんでしょ?」
「今日は本当に食べたから気にすんなって。んじゃお休み」
2人のお休みという返しを聞きながら、部屋へと向かう。前は司の部屋で寝たトリシュだが、尋ねたところ今日は寝る気はないらしく、それなら俺の部屋の前にいてくれと言い残し部屋へと入る。
部屋に入るとすぐにベッドに横たわりそのまま眠りにつこうとするが、窓からコンコンとノック音がした。トリシュは廊下側にいるはずなので別の誰かのノックの筈だ。
カオちゃんかとも思ったが、今日は訓練中も含めて一切司の呼び出せるものは出していない。勝手に本から出てきたというのも考えらない事ではないが、それならなぜ帰ってきたときに合流しなかったのかということになる。
「んもぉなんだよ・・・今日も疲れて眠りたいのにってのによぅ・・・」
身体に向きを変えて窓を見るとそこには試作品2号が背中をこちらに向けて座っていた。
「あんたは・・・」
「よう、お休みのところすまないな」
「俺が家にいる間は攻撃しないんじゃなかったのか?」
「その通りだ。だが、お前の学校の件もある。念の為にいるだけだ」
「なら話す必要もないだろ?」
「それだったらこちらの道理が通らない」
「そんなどこぞのヤクザじゃあるまいし・・・。元の目的は違うだろ?何があったんだ?わざわざこういうことするのは他には聞かれたくないからだろ?トリシュは廊下にいるから小声なら聞こえない」
「そこまでは思ってないが、利用させてもらう。一応審判は全ての試作品にお前が自宅にいる間は攻撃するなと命令を出してはいるが、まあ実際のところは守ってる奴は俺とゼロスリーぐらいだ。他は守っているわけではない。ただ来ていないだけでな」
睡魔で寝てしまわないように重い身体を起こして窓に腰を掛ける。
「それって守ってるって言えるんじゃないのかよ?」
「前々から俺とゼロスリーで1日交代でこの家を見ていたからな。そのおかげで眠いがな」
「他にする事ないのか?2人とも暇人なのか?ニートなのか?」
「・・・・・・」
「図星か?笑っちまうぜ」
「・・・・・・辞めるか」
「冗談だよ。あんたたちには感謝してるよ。ここ数日トリシュを見ていると、あいつ結構抜けてるところあるんだよ。あんたらのおかげで俺は少なくとも家の中では日常を送ることが出来てる」
「仕事だからな」
あくまで目的よりも仕事を優先するのは難しい。特に目の前にいる相手が目的のものなのならなおさらだ。それでも、2人はルールを守っている。
「そして話は変わるがゼロワン。俺たちでは介入出来ないところに敵がいることを忘れるな。安全と思っているところこそ本当の敵の可能性がある。視野に入れて行動しろ。俺からは以上だ」
安全の中に危険があるということか。つまりは家の中でも用心しろということだろう。結局のところ、この約束なんてものは、それを守っても別の方法で対処できるからなんとか効いているだけであって、切羽詰まる状況になってしまったらもう終わりだ。
家に恐怖を感じてしまいつつも、冷静に考えていると、少し空気が変わった気がした。ゼロツーは気づいていないようで、窓の前で立ったまま動かない。
「ゼロツー!左方11時方向に警戒しろ!速く!」
「こちらも確認した!部屋の奥へ行け!」
言われた通りに司は窓から限界まで離れられるところまで下がる。トリシュも司の声で変化に気づき部屋に入ってくる。
「ツカサ、どうしました?」
「トリシュ、襲撃だ。敵はまだ分からないが、妹たちのこと頼みたい!いいな?今回はしっかりカオちゃんたちを呼び出すから防御に徹することが出来れば、大丈夫だ——————ぐっ!」
「マスター!!!!!」
窓ガラスに小さな穴を開けながら、矢が司の右手のひらに刺さる。角度的に飛んで来ても司に当たる位置ではなかったが、それでも当たった。部屋に血が飛び散る。右手が熱と痛みを持つが、この位置で当たった以上この場所にいるのは危険だ。
近づいてきたトリシュを盾にするように、廊下に逃げる。それをも予測しているのか矢が飛んでくる。今度はトリシュが弾いたので刺さることはなかったが、それでも軌道がおかしい。
「先に誘導機能でも付けてるのか?これじゃ家にいる方が危険だが・・・・・・ゼロツーそっちはどうだ!?」
「すまんが今取り込み中だ!援護は出来ない!」
「弓を使う奴以外にもゼロツーとタイマンが出来るような奴が襲って来てるわけか。とりあえずこの場所から逃げてまっちゃんのところに逃げた方がいいか?」
「襲撃者たちの目的はそれかと。今は出た方が危険です。私が盾になりますので、ツカサは一度下の廊下に。階段からではなくそのまま飛び降りて下さい」
結構な高さだが、命を落とすよりは全然というほど軽い。言われた通りに下へと飛び降りる。
その間も矢は司を追うように飛んでくるが、全てトリシュが弾いていく。
「司兄!その腕・・・・・・」
「ば、ばかこっちに来るな!」
玄関の僅かな隙間から矢がにょきにょききのこのように出てくると、一直線に飛んでくる。だが、司を貫くにはモモごと貫くしかない。もちろんこの状態からでもクイっと曲がって司に刺さるのであればそんなことは起きないが、狭いところで曲がるのはそれはそれで危険だ。多分、まっすぐ飛んでくる。
モモを無事な左腕で巻き込んで押し飛ばす。これで矢の前には司しかない。妹を助けることでいっぱいいっぱいだった司では避けきれない。それでもなんとかしようと身体を動かしたが、予想通り司の身体を貫いた。
「司兄ぃ!!!!!」
モモの悲鳴とともに、司の周りは赤く染まった。




