2日目の昼
頭の血がなくなる。遂には暴れる事も立っている事もできなくなり、足元が崩れる。瞼が開いていても白眼になり機能していない。意識はあるが考えることは出来ない。完全に無力化したと判断した骸骨は胸骨の力を抜いて司を地面に落とす。
「——————」
人であったならば、否。皮や肉があればここで骸骨の口元は笑っていただろう。司の衣服を丁寧に外しその下に着ていたこの時期としては暑いであろうパーカに手を付けるがそこで先程投げた鎖が骸骨に噛み付いた。噛み付いたという表現はいささかおかしな気もするが、側から見るとそうとしか見えない様な状態だった。
腕に残ったもう一つの鎖も今噛み付いている鎖に便乗し、司から離れて骸骨に噛み付いた。
ガギギギギィィ!!!!!鎖の力が強く骸骨を縛り上げ耳触りな音が鳴る。これは堪らないと司から離れつつ二つの鎖を掴みとるが、外しには至らない。鎖も離れまいと力を入れているのか、骸骨の骨に少しずつヒビが入り始めた。
「——————ア・・・ウ」
完全に首と体を繋ぐ骨が折れ二つに分かれて、砂に還っていく。この骨も結局のところは上の骸骨達とそれほど変わらなかった、いや彼らと同じだとしても同類と見られたくなかったから別の場所にいたのかもしれない。
鎖達は還っていく骸骨を消えるまで見続けてから司の所に戻り、目を覚まさせる。
頬を鎖で叩いたり、腹部を叩いたりして何とか呼吸を安定させると、何事もなかったかのように両腕に巻きつきただの鎖のようになった。
「ゴフッ!がふぁ・・・はぁはぁ。何が・・・?何がどうなった?」
自分の首を締めていた骸骨が消えたことを理解出来ずに周りを見渡す。増援を呼んだのだろうか?と考えた司は、立ち上がることさえまともに出来ない身体で上に向かう。普通なら逃げるべきだ。だが逃げない。友人を見捨てるなど彼には出来なかった。
壁を伝い反対側の階段を登ると、先程投げ飛ばした。カオルが意識を取り戻さないまま眠るように倒れ込んでいた。一応周りを見渡してからカオルに近づく。
「ぐっ・・・カオル、今助けてやるからな」
カオルを背負いもう一度下に降りる。増援を呼びに行っていると思っている司は、一階の玄関の鎖を今までのように触って外して校舎の外に出る。
「(ニア・・・瞳さんの事は任せる。俺は昨日今日同盟を結んだ人の救助よりも、元からの仲間を守る事に意識を向ける。それに俺には両方を救う力なんてものはない。ましてや俺を守る事さえできやしない。あとでもめる事になるだろうけど、それはそれでしょうがない・・・)」
正門を抜けていくと、外にも何体か骸骨が徘徊していた。一般の人に見られてもいいようにする為なのか、校舎内の骸骨達と違い衣服をまとっている。
とはいえ顔の骨まで隠せる筈もないが、今の時代のメイクは本物のように見せられるほどにも出来る。そういうのもあってちらりと視線は向けるが、奇怪な目で見る人は誰もいなかった。
その逆に司の目立ち具合は中々のものだ。子供を背負うのならまだしも、学生を学生が背負っているのだから骸骨達よりも目立ってしまっても仕方ない。
「(やばいな、これはちと目立ち過ぎだ。徒歩で病院に行くのは無理か・・・バスとかは来そうにないしどうするか・・・?)」
「・・・つ———」
カオルの意識が戻ってきたのか、吐息以外の音が聞こえる。だがまだ降ろせる程の状態じゃない上、先程の怪我もある。ここで降ろして余計な怪我を増やすわけにはいかない。だが、背負っていてもカオルを助ける事になるのか?
今の司はカオルを背負っているだけで精一杯だ。一度でも降ろせばそこでカオルは骸骨に襲われない事を願うだけになる。そうなったら意味がない。何の為にニアを置いてきたのか。
少し遠くだがバスが走っていた。乗り物に乗れば少しは状況が変わるだろうか?方向的にこちらに来ている。タイミング良くバス停に着けば、身を出す時間を減らしながらなおかつ高速で移動する事が出来る。今の司が出来ることはそれだけだ。
「(覚悟を決めろ。行くなら今しかない。3———2———1・・・。)ゴッ!」
正門を疾走して一気にバス停に向かう。この速さなら充分な筈、そう思えるような完璧なスタートだった。事実、骸骨達が追いかけてくる様子はない。あってもかなり遅れてからだ。関係無い。今の司の速さには追いつけない。
「(ハチのような奴等ならともかく普通の奴ならいくらなんでも街中で目立つような人の殺害はしないだろ。したら俺自身学校には行かなくなるし、その前に外に出ない)」
バス停に着いてから数十秒後にバスが来たので、それに乗る。乗客は司の姿や背負っているカオルを一瞬見るが我関せずとばかりにすぐ視線を変える。司としてもその方が都合が良い。
運転手は骸骨達に気付いていないようで骸骨達を待たずにそのまま発車した。
座席にカオルを座らせ司本人は柱に捕まり座席の横に寄りかかりながら後方を見る。骸骨達は司がバスに乗ったことに気付いていないらしく、左右を見渡す。目がないからたとえバスに乗ったという事が分かったとしてもどのバスにいるか分からないのかもしれない。先程の司の考えた、「目立つような事はしない」というのもあるかもしれない。
「(何とか逃げれたか・・・・・・)うっ———」
安心したのか一気に身体が重くなる。何倍にも重力がかかったような感じがする。立つことさえ厳しくなってきたので、近くの座席に座る。
「(どこ行きか見てないが何とかなるだろ。今のうちにキノに連絡をつけとくか)」
個人チャットで木下に状況を伝えて準備をさせておく。こうしておけば即座にカオルに対応出来る筈だ。
「ふう・・・これでやっと休める———がっ!?」
座席ごと司の胸を後ろから貫かれる。何が貫いたんだと首を回して後ろを見ると、御老人だと思っていた乗客が、骸骨だった。
「・・・・・・だ、だから追いかけて来なかったんだ・・・。相手にもう敵は追いかけて来れないと思わせて油断させる為に・・・」
骸骨は刺した物を司から引き抜きまた御老人のように座ってしまった。司は先程の身体の重さもあって動かない。胸の血を見ない限り誰も気づかない。意識が遠のいていく。
カオルは未だ意識が完全には戻っておらず、司に何が起きているかはわからない。司はその後そのまま木下達に見つかるまで血を流して、痛みを受けてその上口にまで力が入らない状態でバスに座ったままだった。