1日目の朝(4)
「おっ、行けたな。こんなずさんな警備で大丈夫なのか?」
「何か対応策でもあるのでしょう。それ故の慢心と言うか何というか」
「そんじゃあ、さっさと上に上がって始めっか!あっ、そうそうトリシュ、俺の仕事場の奴にお前誰的なこと言われたら、見学に来たって事にして貰えるか?」
「はい。それは重々承知してます。貴方程爆弾発言になるような事は言いませんから」
「それ、口滑らせて言うフラグやで?トリシュさんや」
1枚のカードで会社内に入った司とトリシュはこれから行くというか、行く場所での行動のチェックをしていた。まず、裏口からしか入れない人間と一緒に入ってきた時点で、もう見学に来たという返し方は使えないと思うが、それはそれとしてアドリブで何とかしろという意味も含めているのだろう。少なくとも、一般の人なら気づく。司が本当にそういう意味で言ったかどうかまでは、分からないが。
「かなり大きな会社なんですね。昇降機の中に20人あまりは乗れそうです。裏口でこれなら、表はさぞかし大きな昇降機なんでしょうね」
「俺はこっちが表みたいなもんだからそこんとこはよく分かんねえ。まあ、トリシュの言う通りだと思うぜ」
一つ一つまるで子供のような反応を見せるトリシュに逆に司も驚いていた。トリシュがいなければ気づく事がなかったであろう所々に、ダクトがあった。上手く上がれれば充分通路としても使えそうだ。司の場合はカオちゃんを飛ばしたりして使ったりしそうだが。
「(俺はどこかの兵士かよ。そんなダクトの使い方模索するなんてさ。まあ、こんだけ大きいとなると、ダクト内の警備とかもありそうだな。やっぱ、大企業ってブラックな所あんだなぁ)トリシュ。ここの先が俺達の仕事場だ。分かってるよな?」
ええ、と頷くトリシュを確認してから、部屋に入る。扉が開き普通に司は仲間に挨拶を交わす。
「主任遅いじゃないですか。昨日の件なんですけど」
「見学者を表から入れようとしたらさ、俺が表からは入れなかったもんでそれでどうするか、考えてたから遅くなった。そんでキノ、昨日の件ってどっちのだ?バイクの件か?強化装甲の件か?」
「バイクは松長さんに一任してますので、強化装甲のほうですね。一応限界まで薄くすることは出来たんですけど、加速装置とかを取り付けるのがやっぱり難しいです。本来の意味でのパワードスーツなら、量産タイプなら幾らでも作れるんですが・・・・・・」
「目標達成にはまだまだ遠いって事か。すまないな、みんな。全部任せっきりにしてよ」
趣味で残業してるから良いと、結構危ない考えになっている部下達だが、それを止めない上司達もなかなかだ。
「そんにゃ事より横の子はにゃんなりか!師匠!不倫か!不倫にゃりね!?」
「不倫だったら連れて来んわ、ニア。てか、誰とも付き合ってないのに不倫ってどういう事だよ。こいつがその見学者だよ」
「新しい社員として入れる為かな?」
「そんなに毎回毎回見学者を社員として入れてたら、低迷したとき大変だろ。本当にただの見学者だよ」
「うーにゅ・・・・・・信用できにゃいなりよ。見学者しては、師匠の近くに寄りすぎのようにゃ気がするし、そにょ前に1人で来る時点で変にゃりよ!にゃっぱり師匠の不倫相手にゃり」
「(ああっもうこれじゃあ話が終わらねえ。本当の事言うか?)」
「・・・・・・彼は私のマスターで、私はただのボディーガードです」
「のばぁ!?何勝手に言ってんだよ!今この状況で言ったらっぎゃあああああああ!?」
覚悟決めたトリシュが本当の事を言ったことで、司はニアに噛まれ、木下達に引かれるという、可哀想なことになった。司の頭から出血しているが、この状況では誰も助けてくれるわけがない。肝心のトリシュは空気が読めてないのか、目が点になって動けてない。それでボディーガードです、何てよく言えた物だ。非日常には強いが日常には弱いのかもしれない。
「ぎゃあああああああ!HANASE!俺は無実だ!」
「やっぱり、司そういう性格だったんだね・・・・・・君への評価がガタ落ちだよ・・・・・・」
「MATTE!本当に俺は無実なんだってば!カオルもキノも信じてくれよぉ」
司の対応がいつもそうなのか、勘違いパレードである。リア充爆発しろ!とでも言って欲しいのか。見ている方も嫌になる。ああっもう早く仕事しろという部下達の目は一切司には届かない。そりゃ、目に血が入れば、誰だって見えない。
「ちょま!目に血が!痛い痛い!目に血が固まるぅ!」
「謝れ!夜這いに不倫!犯罪をしにゃってこと謝れ!」
「だから、違うって言ってんだろおおおおおおおお!理不尽の極みやで!これ!」
「似非関西弁やめい」
「そげぶ・・・・・・」
鳩尾を殴られた司は力尽きました。全員合掌ちーん。
「死んじゃあいねえよ。鳩尾は辞めて、鳩尾は。殴るなら腹部にしてくれ痛いから。後さ、トリシュは何時になったら助けてくれるんだ?俺を守るんじゃなかった!?」
「・・・・・・」
「(まっ、いきなりこんな状況に遭えば誰だってこうなるか)キノ、強化装甲の薄い方なんだけどさ、脚部にスラスターは付けれないか?」
「だから先程も言ったように、加速装置とかを設ける事は出来ないんですよ」
「それは冷却装置を積もうとしたらだろ?なら、空冷式にすればいい。それなら数秒程度使えるだろ?」
「確かにそれはそうなんですが、汎用性重視の強化装甲にはちょっと積みにくいですよ。特に低緯度とかは数秒間使ったら何時間も使えませんし」
「一応販売が目的だから無理だって事になるね」
「ってなると、何処でも使えるのってやっぱり水冷式か、液冷式になるよな。だが、そうすると服みたいに薄くするのは難しい」
「再現してみて使ってみゃたらいいんにゃない?シミュレーションルームなら再現できるにゃり」
「そうだな、よし!ニア、仮想敵してくれるか?キノ、空冷式システム自体はあるんだろ?付けてくれ。俺が使ってみる。カオル、シミュレーションルームの状況を低緯度にしてくれ」
名指しされた、木下達は言われた作業を素早く行い、司は強化装甲を着た。スーツのような物なので、暑苦しさは思ったより感じられない。それでもスラスターの関係で、脚部だけは圧迫感が少しあるようだ。イメージ的には、大きなブーツを履いたという感じか。毎日ブーツを履いているのなら兎も角、初めて履くとなると、やはりこういう違和感は感じてしまう物なのだろう。興味がないから、知らないけどね。
『司、ニア準備はいいかい?』
頷く2人を確認したカオルはVR(VRと言っても、質量を持っているという聞いたことのないタイプだが)を起動した。いくら内部を低緯度に設定して暑苦しくしても、周りがただの壁だったら意味がない。感覚までその状況に近い状態にすることで、イレギュラーを起こしやすくする。まあつまりは、砂漠地帯とかで実際に数秒間動かせられるかを試すためなわけだ。
『では、スタート!』
司とニアは同時に行動を開始した。
一方トリシュはやっと動けるようになったようで、司がいるシュミュレーションルームが見える所に、他の社員と共に見ていた。少し離れたところなので、共に見ていたとは言い辛いか。
「・・・・・・」
つまらないとでも思っているのか。確かに実戦経験者からすれば、ただの鬼ごっこの延長線のようなものだろうし、完全な部外者だし。