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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

邪神どもの街・純白の塔

不毛の荒野・邪神どもの街

前作の過去話です。

前作:邪神どもの街・純白の塔 (仮題)エピソード1 http://ncode.syosetu.com/n8325cp/

 少年が一人、荒野のただ中で泣いていた。泣き叫んでも、応えるのは風のうなりだけだった。やがて少年はつまづき倒れこんだ。涙でぬれた頬を、ぬるりと撫でるものがあった。


『……キミはどうして泣いているのかな?どこにもケガは無いのに?』


 それは身体ぜんぶが何本もの細長い腕――つまり触手でできた、見たこともない生き物だった。少年はきょとんとそいつの姿を見つめる。触手が少年の涙をぬぐい取った。


『情けないんだけど、のどがカラカラなんだよね。水とか持ってない?それよりしょっぱくない方がいいな』


 少年が黙って指差した先には、壊れた荷車があった。輓獣は逃げ去り、車輪は外れ、辺りには乾いた血と肉片が散らばっていた。少年は荷台によじ登ると、大きな木箱の1つにもぐりこみ、革の袋を取り出した。触手は中身の水を次々にすくい上げるように飲んだ。


『いやー生き返るねえ。ところでこの辺に散らばっているのはもしかして……キミのご家族とか?』


 答える代わりに少年はぼろぼろと涙をこぼした。


『あれれ、泣いちゃった……どうしよう……よし、キミにすんごいものを見せてあげるから、目玉かっぴらいてよーく見ておくように!』


 触手がその身体を四方に伸ばし、血痕と肉片に触れると、それらは地面から、あるいは馬車の荷台から、つぎつぎに剥がれて浮かび上がり、虚空へと消えていった。


『どうだ、ここに死せる者たちは今この時をもって忌まわしき現世の定めから解き放たれたのだ!にょろにょろ触手オバケは世を忍ぶ仮の姿、ワタシこそは弔いを司る救いの神であるぞ!えっへん!』


 誇らしげなポーズをとった触手の塊を、少年はぽかんと見つめるだけだった。


「……変なの、にょろにょろなのに、神様なんて」

『やっと口を利いたと思ったら、なんと不敬な!キミはワタシが神様だと知る唯一の人間なんだから、敬いなさい!』

「うやまう?」

『ひとーつ、私のことは神様と呼ぶこと。ふたーつ、死者を見たら、私の手に委ねなさい。みーっつ、他の神を信じたらきつーいお仕置きを覚悟すること。いいね?じゃあ復唱!」

「……神様はにょろにょろだけど神様です。死んだ人は神様のものです。神様だけが神様です」

『大変結構!……そしてもうひとつ良いことに、たった今、神様パワーで人間の気配を察知したよ!人数と隊形からいって塔に向かう商人だ。キミは何も知らない子供のふりをして、彼らに拾ってもらうといい。』


 触手は馴れ馴れしく少年にまとわりつくと、そのまま服の下にもぐりこんだ。1本だけ這い出た触手が話しかける。


『追加ルールだ。キミはワタシのことを誰にも喋っちゃいけないよ。バレたらきつーいきつーいお仕置きだよっ』


 触手は少年にでこぴんをくらわす。少年はしばし呆然としていたが、荒野の果てからやってくる荷車の列を目にすると、それを目指して駆けだした。


 時折輓獣に鞭を入れて急かしながら、不毛の荒野をゆく商人たち。そのなかの1人が、ひょこひょこと近づく小さな人影に気づいた。目を凝らし、それがただの小さな子供だとわかると、その商人は仲間に声をかけた。


「おーい、お前縄持ってるか。あのガキをとっ捕まえて、逃げないように縛るんだ。へへ、今回の旅は良いことばっかりだ。輓獣どもはいつになく調子よく歩くし、これで売り物が1つ増えた」


 ◆


 商人の隊列は、長い影を落として不毛の荒野を進む。行く手には、天を2つに割るかのように、夕日に染まった塔がそびえていた。視線を地上に落とすと、もう1つの影の群れがあった。襲撃者だ。

 黄昏の薄明かりの中、荷を守る者たちと襲う者たちがぶつかり合う。敗れて倒れ伏すのは守る側ばかりだ。襲撃者の数はあまりに多く、そしてただの人間ではなかった。彼らは冷たい死の神のしもべ、屍の兵士たちであった。夜の帳が降りつつあるなか、倒れた者になお爪と牙を突き立て、輓獣を襲い、荷を打ち壊す。そんな彼らの姿を、不意に炎の輝きが照らし出した。

 ランタンを手に駆けだした2人組の姿を、屍の兵士たちは見逃さなかった。だが彼らの大半――歩行型ウォーカーは歩みが遅い。土気色の体はただの人間並みの体格であり、鋭い爪と牙だけが武器である。一方で猛然と疾走し、目標に追いすがる者もあった。走行型ランナーだ。長くしなやかな手足をもち、速さのみならず膂力も優れている。

 走行型ランナーたちの爪が逃げる2人を捉えようとしたとき、ランタンが燃え上がり猛烈な炎を吐きかけた。炎の神の加護の炎に飲まれた追跡者たちは、苦しみのあまり地面をのたうち回る。追手を退けた2人――炎の信徒の斥候は、無事本隊と合流を果たした。

 炎の信徒の本隊は総勢500。火を噴く杖を携えた術師たちが横列をなし、鎧に身を包み盾を構えた兵士がその左右を固める。後方には槍、剣、斧、鎚といった武器を携えた軽装の兵士が控える。彼らは陣形の中央の指揮官が発した号令に従い、整然と前進を開始した。一方で屍の兵士たちは、頭数は1000ほどであったが明確な陣形をとらず、各々がゆっくりと敵に向かって進んでいった。

 炎の術師のうち、ある者は空に向かって火球を放って屍の兵士を照らし出し、他の者は目標へと狙いを定めて火球を放った。屍の兵士は徐々に数を減らしていったが、その歩みは止まらなかった。彼らは炎の信徒の陣形の中央を目指し、着実に進んでいた。2つの集団の距離が200歩まで詰まったとき、屍の兵士の集団から一斉に走行型ランナーが躍り出て、炎の術師の列へと突撃を開始した。

 炎の信徒の指揮官は、重装兵士の展開が間に合わないことを即座に察すると、術師たちに号令をかけた。彼らは杖を構えなおし、急速に接近する敵に備える。指揮官が次の号令を叫ぶやいなや、術師たちの杖が火を噴いた。噴き出る火炎に向かって走行型ランナーは突っ込んでいき、そして燃え尽きていった。消耗した術師たちと入れ替わりに軽装の兵士が前に出て、焼け残ってもがく者にとどめを刺してゆく。

 その間にも歩行型ウォーカーの群れは前進を止めず、炎の信徒たちの目前まで迫ったが、彼らに勝利の望みはほとんどなかった。赤熱した剣を抜き放った重装の兵士たち、そしてそれぞれの得意の武器を構えた軽装の兵士たちが、彼らを薙ぎ払い、蹴散らしていった。

 炎の信徒は勝利を収めたものの、指揮官は浮かない顔をしていた。襲われた商人たちは全滅し、積み荷も荒らされ持ち去られてしまっていた。彼ら出迎えの兵と商人の隊列との会合のタイミングよりも早く襲撃を仕掛け、兵力の大半を囮に使って全滅を避けた屍の兵士たちが1枚上手であった。彼は多くのことについて考えねばならなかった。現状の輸送体制の是非、火力を中心に据えつつも不意を突かれにくい陣形、そして街に戻った時の言い訳について。


 ◆


 恐ろしい怪物がこちらに向かって手を伸ばす。少年は恐怖のあまり叫び声をあげると、そこは薄暗い民家の居間だった。夢はかき消えて、代わりに記憶がよみがえってくる。荒野、血と肉片、あごひげを生やした商人、きつく縛りつけられた手足、そして再びの襲撃。


神様ワタシのことも、思い出してほしいなあ』

「かみさま?」

『あ、黙って。あいつに気づかれるとまずいよ』


 椅子か何かに毛布をかけただけの寝床に横たわる少年に、部屋の隅にいた人が近付いてきた。


「気がついたかい。食い物と飲み物、いるかい?」


 落ち着いた声。耳にかかった髪。女だ。やせ細った体に、しみだらけの黒っぽい妙な服をまとっている。彼女の差し出した杯と乾パンに、少年は飛びついた。杯の中の液体は妙な臭みがあり、乾パンはのどにつかえたが、構わず口に入れていく。


「奴らろくに飲み食いさせなかったんだな。死んでしかるべき連中だねえ。お前もツイてないねえ……」

「……みんな死んだの?」

「ああ。あたしらが殺した。こう見えてもあたしらは強いんだ。あれに見覚えはないかい?」


 彼女が指さした先を見て、少年は驚きと恐怖で転げ落ちそうになった。恐ろしい襲撃者が、壁にもたれかかってじっとしていた。その体には、大きく裂けた傷が走っていた。


「はは、そんなに驚くなって。こいつはただの『肉よろい』だよ。見てなよ……」


 彼女は裂け目に手足を突っ込み、続いて体、頭をのめりこませてゆく。驚くほど素早く、彼女は『肉よろい』と一体になった。少年は触手がもぞもぞ動くのを感じた。神様でも驚くことがあるらしい。


「こいつをまとえば力は強くなるし、あたしらの神様にも見咎められないのさ」


 彼女は自分の一族と神について語った。彼女の神は冷たい死の神と呼ばれる恐ろしい神で、熱を発するものすべてを嫌い、人々を次々に呪い殺しては屍の兵士につくり変え、多くの町や村を滅ぼしていった。ところがある時、屍の兵士を屍の鎧につくり変えて、身にまとう者たちが現れた。彼らは火も使わず日光も避ける暮らしを続けながらも、屍の兵士を使役して他の勢力と渡り合ってきたのだ。


「……それであたしらは、今は塔の街のはずれの棄てられた集落に住んでるのさ。煮炊きもできない暮らしだが、それなりに楽しいよ。弱くていじめられることもないしな」


 彼女はいったん言葉を切った。少年を見つめているようだが、『肉よろい』の下の表情はうかがえない。


「……なあ、お前、あたしと暮さないか。身につける物は用意してやるし、ヤバくなったら守ってやる。お前も独りじゃ淋しいだろう、なあ?」


 少年は答えない。焦った女は少年に手を伸ばす。少年がおびえる。その時、どこからともなく声が響いた。


『この子に触れるな!』


 少年の袖口から一本の触手が伸び、女の腕をひっぱたいた。見た目よりも大きな衝撃に、彼女はたじろいで一歩下がる。隠れ潜んでいた触手の塊がにょろりと姿を現し、女に立ちはだかった。


『ワタシは弔いの神、屍の腕で我が信徒を害せると思ったか!』

「なんだこの化け物……あたしの腕に何をした?」


 彼女の左腕は、『肉よろい』のみならず中身まですっぱりと断ち切られていた。血が滴るが、その量はとても少ない。


『ほう、これは……異教徒の女、自分の体がほとんど死んでるのに、自覚は無いのかい?おおかたそんなものをまとっているから、体が徐々に侵されたんだろう』

「死んでる?……そうか、なるほど、道理で調子がおかしいわけだ、ははは」


 彼女は笑いだした。笑い声をあげながら、泣いていた。息を整えなおすと、ぞっとするような声色で言った。


「お前たちにはいろいろ喋りすぎた。刺し違えてでも、殺してやる!」


 彼女は触手の塊に飛びかかったが、触手が彼女の腕に、両足に巻きつくと、あっけなく手足を失って床に転がった。


「くそ、こんなに歯が立たないなんて、笑えてきちまう」

『屍の体で弔いの神に敵うはずもないと言っただろう。何か言い残すことはあるかい?』

「……あたしには子供がいたんだ。こんな暮らしじゃ育てられないから手放したけど、結局それが正解だったんだね。坊や、悪かったね。お前のような活きの良いのが、こんなもんに詰め込まれて腐っていくのは嫌だよな。……あたしも淋しくてなあ」


 触手が巻きつくと、彼女の体は跡形もなく消えてしまった。


「これで、良かったの?」

『この世には、ああいう風に苦しんで生き、苦しんで死ぬ人々がたくさんいる。神様ワタシにできる救済は、この世界と彼らの関係を断ち切ることだけだよ』


 少年の問いに、触手の神はそう答えた。


 主のいなくなった家の戸を開くと、真昼の日差しが差し込んできた。暗くなる前に、他の町を目指さなければならない。少年には、日なたの空気がひどく暑く感じられた。

視点・文体の一貫性とかあまり考えずに好きなことを好きなように書きました。疲。

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