豊谷自動車
菊地は大統領執務室のドアをノックしようとして いた。
「海軍司令長官、菊地大将入ります!」
ドアを開けると二人の男達がソファーに座ってい
て、一人が菊地を手招きしてソファーに誘導する
と自己紹介を始めた。
「長官初めましてだね。大統領の井部です。そして
こちらにいらっしゃる人は、ユカラシア国の現国 王リチャード四世国王です」
リチャード四世はガルーナ軍の進行後、東に逃れ ながらもギリギリまで国の政治を取り仕切ったが
最後は腹心達の進めで日本に亡命してきていた。
「早速で悪いが菊地長官、海軍は再度ユカラシアに いつ頃進行出来そうかね?リチャード国王も大変
気に病んでいられてね、是非海軍のトップである
君の口から聞きたいとおっしゃられている」
「ハァ、海軍としましては、ここ六ヶ月で再装備を
整えた後に訓練に入りまして…そうですね早くて も九ヶ月後位になる予定でおります」
菊地の返事を聞いた井部とリチャードは神妙な面 もちだった。場の空気を感じた菊地は次にどんな
言葉が飛んで来るか安易に想像できたし、想像通 りの言葉がリチャードから飛んできた。
「菊地長官、私が言えた事でわ無いのは分かってい ますがもう少し早くなりませんか?資金的援助は 惜しまないつもりでいます!こうしている間にも 国民は、我が国民はガルーナ軍に虐げられている のです」
「ハイ、私も承知しており胸が痛みますが、十分な
戦力を整えません事には、期待される戦果をあげ る事は難しいと判断しております」
「十分な戦力とおっしゃられているが、こう言って
はなんですが、私の耳に入っている話によれば
日本の海軍は戦艦の増強ではなく航空輸送船だか
に力を入れていると聞きましたが本当ですか?
ユカラシア国には軍隊は無く詳しい事は知りませ んが、本当にあれだけの数のガルーナ軍の戦艦を 航空輸送船で倒せるのでしょうか?失礼ですが 先の海戦では日本も相当な数の艦艇が参加された と聞きますが、結果としては一方的な戦ではあり ませんか?いやこんな事を言ってしまい申し訳あ りませんが私は国が心配なのです」
「菊地長官、私もその点は危惧しているのですが
言わば戦艦とは国力を示していると私は思って
おります。負けてしまった戦は仕方のない事と
してもです、次に負けた時は国内の油の問題も
ありますが下手をすればこの日本も危なくなって
しまいます。本当に大丈夫なのですか?」
菊地は予想通りの展開にうんざりしていた。
貴重な時間を取られた事にも少し腹が立って
つい態度に出てしまった。
「話は終わりでしょうか?リチャード国王!
航空輸送船ではなく航空母艦です。この先
嫌でも耳にする事になると思いますから覚えて
おいて下さい。それでは私は忙しいので失礼
致します」
リチャードと井部は呆気にとられていたが菊地は 気にせず足早に大統領官邸を後にした。
車に乗り込んだ菊地は小野と豊谷自動車に向か
った。豊谷自動車は昔から陸軍の車両を開発、生 産を行ってきた会社だった。勿論その中には戦車
も含まれていた。豊谷自動車に着くと、急な話に
も関わらず社長を始め設計、生産に関わる人々が
少し小さめの会議室に所狭しと集まっていた。
ざわついた会議室に菊地達が入っていくと辺りは
静まり返った
「本日は急な話に関わらず時間を作ってもらい、
ありがとうございます。早速本題に入りたいの
ですが豊谷社長、これからの海軍は陸上の兵器も
充実させたいと考えまして特に戦車になりますが 陸軍向けに造っている一式戦車では全く話になり ません。海軍向けに、いや「海兵隊」向けに新型
の戦車を造ってもらいたい。戦車に関しては勉強
不足で現時点では詳しい事は指示出来ませんが
私が希望としている本当の戦車は、主砲は七十六 ミリ、正面装甲は傾斜装甲を採用し八十ミリ、側 面は最低五十ミリ、後方は五十ミリ、出来れば
エンジンはディーゼルエンジンで最低でも 七百 馬力は欲しいと思います。どうでしょうか?
おおざっぱに希望を言いましたが」
設計士の土井は菊地が言ったことをメモしながら
到底無理な注文だと思っていた。一式戦車と比べ
ても、性能が違いすぎる。土井は社長の豊谷の顔
を伺うと少し喜んでいる様に見えた。土井とは逆 に豊谷は前向きだった。
「菊地長官、その新型戦車に豊谷自動車の全てを
ぶつけさせて頂きます。正直な所、私も一式戦車
については物足りないと言うか、性能的に不十分
であると認識しておりました。私はガルーナ帝国
には何度か行ったことがあるのですが、あの国の
技術力には本当に驚かされます。工業力では余り
差を感じませんでしたが技術力はガルーナ帝国が
進んでおります。私も技術者の端くれとしてこの
戦車に持てる知識を振り絞り、必ずや期待に応え る戦車を造ってみせます」
菊地は豊谷の言葉を聞いて安心したが、半年で 造ってくれと言ったら豊谷はひきつっていた。
主砲に関しては海軍の高射砲で六十五口径の
七十六ミリ砲を改良して使用する事としてエンジ ンに関しては最悪ガソリンでも仕方なしとなった
が一番の問題はトランスミッションだった。
このトランスミッションに関しては初期生産型
では故障が連発したがそれ以降の生産型では信頼 性が増し、以降の戦車開発に大いに貢献する事に
なる。それと菊地は豊谷にもう一つ注文をして
いった。それは兵員装甲車だった。菊地はラフな
スケッチを書いて豊谷に見せ、装甲は重機関銃を
防げる程度で歩兵が一個分隊、八人が乗車出来る ようにと注文を出し、菊地と小野は豊谷自動車を
出た。横須賀に帰る車中で小野は菊地に頼まれて
いた案件の続きを始めた。
「それと長官に頼まれていましたテストパイロット
の件ですが、陸軍で一番腕がいいと噂される人物
がリング島の飛行隊におりまして、織田と言うそ うです」
「あぁ知っている、逢ったよたまたまな。ついでに
頼んでおいたよテストパイロットの件」
菊地が織田にテストパイロットを頼んだのは実は 別の目的があっての事だったが、陸軍で一番とは
余計なオマケが付いて菊地は少し喜んでいた。
「それとパイロットの件ですが、広く募集する手配
と、長官に言われていました各地方の陸軍、海軍 学校に手を回し必要人数は確保出来ると思われま す。しかし長官!陸戦隊を今から三個師団増やす
と言われましても、この国は徴兵をしておりませ
んので時間的にもかなり無理があるかと思います
ので、現状の三個師団か、もしくは陸軍を出動さ
せた方が賢明だと思われます」
「陸戦隊じゃない、海兵隊だ海兵隊!陸軍は動か
ないぞきっと。まぁ大統領には日を改めて言って はみるけどな。ユカラシアにどれだけのガルーナ 軍が入っているのか、正確な数字を高橋少佐に探 らせよう」
「ハッ!わかりました。ひさびさに寄って行きます
か?開発部に」
「そうだな!寄って行こう」
料亭 こまち
「どうやら長官がしばらく不在だったのは、ユカラ シアでガルーナ人を連れ出す為の作戦をしていた
からのようです。機密扱いで詳しい事まではわか りませんが」
「全くちょろちょろ、こそこそしをって菊地の奴め
そのガルーナ人とは一体何なんだ?自ら行かねば
ならないような大物なのかね?」
「わかりません、小野が情報統制しておりまして
詳しい事は何一つ……」
「小野か!あいつも黙って運転手をしておればいい
ものを、せっかく作戦部から追い出してやったの
に舞い戻ってきをって、お前ももっとしっかりす
れよ」
「ハッ!」
「それでどうだ?例の作戦の根回しは順調か?失敗
は許されないからな!」
「ハッ!万事抜かりなく進めております」
「そうか、分かった、まぁ飲め」
「ハッ!頂きます」