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ゲッター、世界を学ぶⅡ

『きりーつ、れーい』


 朝のHRが一段落し、休み時間に入った。すると周りがやれ連れションだのやれおしゃべりだのとバタバタ騒がしくなる。


 まるで蟻のようだ。


 行列を乱されて統率を失い、各々好き勝手に訳も分からない方向に逃げ惑う蟻。それでなくても、延々と前の奴の尻を追いかけてぐるぐるぐるぐる。自分の尾を飲み続ける蛇のように、終わりのないループへ呑まれている。有象無象のループへと呑まれていく。


 まさに蟻。


 全く、鬱陶しい事この上ない。ボクみたいにさながら不動明王の如く、落ち着いてどっしり机に座って過ごすことはできないのか。


「何を借りてきた猫みたいにかしこまってるの?」


 オイこら馬鹿お前借りてきた猫って。


 菩提樹での成道の修行を乗り越え明王と為り果てた(つもりの)我を、あまつさえ猫と称した不届き者は一体誰ぞと目を向けると、見覚えのある女子、というか一緒に住んでるんだけど。とにかく知ってる女子がそこにはいた。


「……なんだ、天音か」


「下の名前で呼ばないでよ、気持ち悪い」


「お前、ボクと苗字同じじゃないか」


 目の前の女子は、しばらく前にひょっこりできたボクと同い年の義妹、天音だった。


 顔も平凡、スポーツも勉強もできない、ゲッターどころかクラスの話題にすらあがらないボクの唯一の誇りだ。


 何でって、こいつが友達いっぱいいてスポーツできて美少女だからってのもあるけど……


 何より義理の妹だぜ?


 もう一度言う。義理の妹だぜ?


「何変な目で見てるのよ」


 こいつはいつもの態度でボクのことを上から見てくる。決まって正面15度くらいわざわざ目線を下げて話しやがるのだ。ボクの方が身長高いはずなのにいつもこう感じるのは一体なんでなんだろう。ボクはMなのか?


 ともかくこのやろうボクの義妹のくせに、朝から甲斐甲斐しくボクの世話を焼けよ。ボクの義妹理想像を崩すなよ。


 今日こそは勘忍袋の緒が切れた。喧嘩だ。ポケ○ンバトルだ。そのヒ○リみたいな色した髪を黒こげのアフロにしてやるぜ! 覚悟しろ!


「何にも。あ、ちなみにうるさいって五月の蠅と書かせるんだぜ。知ってた? 知らんかっただろ? これだからお前は駄「それ常識ね」目ってせめて最後まで言わせろよっ……!」


 初っ鼻からボクの『ちょうはつ』が彼女の『にらみつける』によって凌駕されてしまった。まずい。相手はこれから攻撃しかしない上にボクの防御が一段階下げられちゃったよ。墓穴掘っちゃったよ。ボクはこれからどうすればいいんだ、袋叩きじゃないか。そもそも何と戦ってるんだ。


「お、お前こそ、ボクなんかに何の用だ?」


 ボクが顔色を窺う様にして義妹の顔を覗くと、少し申し訳なさそうな風にそっぽを向いた。呆れられたとかそういうのではないはずだ、きっと。


「別に用とかはないけど。教室の端っこできょどってる兄貴が見えたもんだからさ、ダメだった?」


 何だそのラノベ的ツンデレ全開発揮は。これが兄妹の禁じられた愛のきっかけだったとでも言うのか? 言わないな。


 何度もアニメで聞いたようなセリフだったので多少感動じゃなかった動じはしたが、こういう時の返しは決まっている。演技がかった口調と仕草で、ボクはこう返すのだ。


「ダメじゃないさ。寧ろ嬉しいよ。こうして徒然なるまま、物思いに耽ることにもそろそろ飽きてきた頃だ」


「…………」


 そして訪れる沈黙。いや、当然といえば当然なんだけど。


 ボクが学校でこういう発言をしたらこいつは必ず赤の他人のフリをする。


 え? 何、こいつ誰と話してるの、やだ変態? って顔でボクのことを見てくるのだ。お前と話してんだよ。その目やめろトラウマになる。



 数十秒後、ようやく彼女の中でボクが他人から家族に復帰してきたらしい頃だった。


「ねぇ兄貴」


 さっきとは違う、何かを不思議に思ったような声がボクの耳を通る。


「何だ」


「ケータイなんか出して何してるの?」


 さっきのことはまるで記憶にないようで、今度はボクのスマホに興味を示しやがる。ちょ、やめろ触るな指紋が付く。


 映されているのは、まだ何も書かれていないメモ帳アプリ。


「ん、これはだな……」


 その時頭の上で電球が光った。白熱電球じゃねぇぞ、LEDの何かすごいやつだ。青色の。


 そうだ、こうなればこいつも巻き込んでやろう、と、電球のスイッチを握った悪魔なボクが囁く。


「おいギモウト」


「義理の妹くらいちゃんと言いなさいよ……何? ギリィチャン」


 ギリィって何それかっこいい。


「義妹よ。お前にはある者達を観察して、逐一このアプリにその動向を書いていってほしい」


「……今は亡きお母さん。ついに私の兄が、女の子を付け回すまでに堕ちてしまいました。私はどうすればいいでしょうか?」


「勝手な設定を作るな、おばさんは今も存命だ。それに観察対象は女じゃない。男だ」


「兄貴、安心して? 女に走ろうが男に逃げようが兄貴は絶対にモテないから」


「モテないから男子をストーキングしてるんじゃない! いい加減にしろ!」


「でも兄貴、よく隣のクラスの喜屋武くんのことをそーいう目で」


「見ていない!!」


 なんでちょっとイキイキしてんだよやめろ想像するな腐女子かお前は。ボクが隣のクラスの喜屋武くんを気にしてたのはアレだ、華奢で声が高くてまるで女の子のようだったからだ。いきなり女の子と仲良くなるのはハードル高いからあそこ辺りから友達になりたいなーとか、なんとなく話しかけられないかなーとか期待してただけだ! 違うぞボクはノーマルだ!!


 自分の中で確立しかけている男の娘属性を覆い隠すように一つ息を吸い、大きく溜めてから、


「観察してほしい者はだ……ずばりこの学校にはびこるゲッター共だ!」


 そう口にし――あれ? 何故だろう義妹が目を逸らしているぞ?


「おい。話聞いてんのか?」


「え、えと。うん。聞いてたよ、誰でもいいの?」


「あぁ、ゲッターだったら誰でもいい。そいつがTHEゲッターみたいな行動をしたらこのアプリに書き込んでいけ。ちょっとしたSNSにもなってるから、ボクとお前の書き込みが共有できる。既にお前のケータイにもコレ入れてあるから」


 勝手に人のケータイで何してんのよ! と呟く義妹に自分のスマホの画面を突き出す。


「THEゲッター……」


 何故だか義妹はひたすらにビミョーな顔をしてボクの顔と携帯を二、三度見、こくりと頷いてみせた。


「時に義妹よ」


「……もういいから、名前で呼んで」


「じゃあ天☆ニャンよ」


「何であんたがそのあだ名知ってるのよ!!」


 ウガアアァというような奇声を上げながら義妹がボクに掴みかかってくる。


「わかった、じゃあ百歩譲ってチマネ」


「何にもわかってないじゃない! 名前で!! 天音って呼んで!!!」


 辱めを受けた義妹は、軽く顔を赤くし、ボクの腹を殴りながら叫んだ。え? ちょ、これでもボクお前の義兄だぜ? 冗談に決まってるだろ、ジョークだろ。だから鳩尾を的確に狙うのやめろ。


「わかったグバッ!! わかったから天音ゲフッ!!」


「……で、何」


「ゴフッ……ひょ、ちょっと待って……」


「なにやってるのさ、もう」


 この腐れ義妹め、人の鳩尾になかなか良いのかましといてその台詞とは流石だぜ。鳩尾の恐ろしさを舐めてやがるな。アレ本当に呼吸できなくなるからね。もうこれボク死ぬんじゃねぇの?とまで考えるほど精神的に来るものがあるからね。実際今考えてるからね。あれこれボク今死ぬんじゃねぇの。


「ふぅ……天音、お前アレ作らないのか?」


「アレって何よ」


「彼氏だよ彼氏。俗に言う恋人、ボーイフレンド、人生のパートナー」


「兄貴に言われたくないんだけど……」


 今度は『オウムがえし』だと!? 全くの予想外だ。防御下がってるから攻撃は自重しろこのやろう。


 ちなみに言っておくと今までの流れ通りボクは結構のポケモン通だ。小学校のころちょっとやってただけだが、その時代ポケモンの練磨に執念していた。とりあえずLv100にした伝説ポケモンは最強。


「何でそんなこと聞くの?」


「や。遅刻させてやろうかと思って」


 ボクは近くにあった時計に目を向ける。コイツとは同じクラスだが、先生が来る前に着席しないと遅刻をつけられてしまう。


 仕返しだコノヤロウ!!


「そして今、入口の前には時間に厳しくてめんどくさいと有名で現在進行形でイライラ顔なボクらの担任比嘉先生が!」


「~っこんの、馬鹿! アホボケマヌケ! 家に帰ったら死なすからな!!」


 そう言ってボクの義妹は教室の自分の席に走っていった。


「…………」


 余談だが、沖縄の人はかなり口が悪い。


 別に不良が多いというわけではないのだが、何故か『やめろ』と同じ感覚で『死なす』、『殺す』と連呼してくるのだ。暴言で水が汚くなると聞いたことがあるが、その理屈で言ったらボクらの身体の七割はドス黒くなってることだろう。そのくらい日常で罵声が飛び交っている。


 死ねとか殺すとか、何も知らない本土の人に言ったら激しく引かれるから、ウチナーンチュ(沖縄人)は言葉に気をつけようね。あ、あとウチナーンチュがよく本土の人に言う方言がヤナカーギー。意味は……たいてい『美人という意味だよ』って説明されるけど、ホントはブスって意味。心当たりのある貴女、騙されてるよ。


 そんなわけで、ウチナーンチュは口が悪い。ボクだって、今でこそ何も感じないが、昔はみんなの口の悪さに泣かされていた。


 あれは小学校の頃。朝、珍しく機嫌がよかったボクが、


「おはよう!」


 って元気よく挨拶をしたら前にいた女の子に真顔で、


「アビンナ(喋るな)」


 って返されたのも、今となってはいい思い出だ。無茶苦茶号泣した。


 まぁイジリの範囲内でそういうことを言うのだとわかっているんだけど、それにしてもあの女の子の表情の揺るがなさときたら。筋肉の筋一本も動いてなかったな……


 そんなわけで悲しいことではあるが、こちとらとっくに死ねだの馬鹿だのマヌケだのなんて言葉にはもう慣れてしまってる。


 今更こんなのでボクの心はきじゅつ、傷つかないんだ!


「今、目の前がかすんでよく見えないのは花粉症のせいだ。絶対にそうだ」


『おい、またゲッターが何か言ってるぜ』

『ここ沖縄だけど? スギとかねぇし』

『何か泣いてるぜ。キモい死ね』


「はぁ。あの兄貴に死ね、は言いすぎだったかなぁ……」


「ゲッターポイント001、打たれ弱い。だね」


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