72◆シェリーの帰郷とミルロード卿への説明
貴族のお嬢さん達から逃げ帰った翌日、いつもの様に……は、起きれなかった。
本日の睡眠時間は四時間半……。
MPは全快だ。
う~む。
まぁ、様子見かな!
取り敢えずは問題が無いし、一応理由も想像がついてはいる。
問題は……ルナを起こさない様に寝具から出るのが困難な状況にある事だけだ。
まだルナが起きる時間にはしばらくあるが……ここは私の能力の見せ所だ!
動かしても問題無い方の手で毛布を《アイテム》から出し、丸める。
《消音移動》……OK、効いてる。
少しづつルナとの間を開けつつ、外気を入れない様に空間を寝具で潰して行く。
少し離れても問題無いのなら……よし、ここで丸めた毛布投入。
私が居た部分にダミーの設置が完了した。
ここまで来ればこっちの物だ!
無駄に《格闘術(異世界)》の体捌きで、一気に寝具からすり抜ける様に《消音移動》で物音を立てずに出た。
ふぅ、久しぶりに緊迫した戦いだった……。
こんなに緊張したのは爺の迷宮以来だろう。
まぁ、そんな事はどうでも良いのでさっさと移動します。
☆ ☆ ☆
急いでやる事はあまり無いので、取り敢えずは《魔獣の牙城》アイコンに触ってMPを供給する。
いつも通り、MPの半分を持って行かれたが特に変化無し。
次にやる事は、実家の迷宮地下に配置した《出現魔物:魔法生物》の階層へ行く事だ。
この設定は、地下三層と四層を設定してある。
何故ここに行くかと言うと、実は結構使っているのでアイアンゴーレム素材が減って来ているからだ。
流石に重機ゴーレムで素材的に結構使用したせいでもあるし、これからもゴーレム作成を領主から頼まれそうなので補給しておきたいのだ。
実際に魔法生物の階層を作ってみて分かったのだが、アイアンゴーレムは魔法生物の中でも強い個体なので周囲の魔物を駆逐する事で生き残りやすく、同じタイプのゴーレムとは戦わない為に残存しやすい。
この為に、しばらく時間を置くとアイアンゴーレムが段々増えて行くのだ。
今の所は様子を見る為に収穫はしていなかったが、そろそろ一度収穫しても良い頃合いだろう。
こうしてやって来た三層だが……意外な奴が居た。
シルバーゴーレムとゴールドゴーレムだ。
他のゴーレムが配下の様に付き従っている。
これは面白い。
自然発生するのか?
アイアンゴーレムから進化するのか?
それとも、ゴーレム達が集めた魔法物質から構築させる事が出来るのかは分からない……が、とにかく時間を置けばこの迷宮でも生まれる事が分かったのだ。
これは嬉しい。
そして四層には更に別なボスが湧いていた。
プラチナゴーレムとミスリルゴーレムだそうだ……。
遂にミスリルとか……ファンタジーな素材が出てきてしまった。
どんな物なのか後で師匠に聞いてみよう。
今回は、仕様を調べておきたいので三層のゴーレムを全て収穫した。
四層はボス以外手つかずで放置してあるので、どの程度でボスが現れるのかを確認して行こう。
同じ時期ならば自然発生か魔法物質の収集である可能性が高く、四層が早ければ進化説が有力になる。
それにしても……本当にぼろ儲けな素材収集が出来るようになっているので、お金に困る事はもうないだろう。
村を出てたった一年でこれとは、予想外にも程がある。
もっとも、思っていたよりも静かに暮らせなくなって来ている事を考えると、この先はお金以外の事で色々面倒な事が舞い込んできそうで怖いっちゃ怖いんだけど……ね。
さて、収穫は順調そのもの。
むしろ予想外に大収穫だったし大満足だ。
時間的にも良い時間だし、そろそろ帰るとしよう。
ルナが起きる前に戻っておかないとね。
☆ ☆ ☆
朝食を食べ、いつも通り師匠の所へ行き魔送石の作成。
師匠の行っている作業のタイミングを覚える段階なので、後何回か師匠に手伝って貰えば自分だけで出来そうな気がする。
今日はこの後シェリー達をこちらに連れて来て、おそらくそのまま一緒にいる事になる。
現在はMPが相当少なくなっているが、この状態でも問題は無いだろう。
予定ではルーク達が今日辺り帰って来るはずなので、ルークの迷宮に魔送石を取り付ける事だけ出来ればそれでいい。
それじゃ、ミルロード邸に戻るとしますか。
☆ ☆ ☆
ミルロード邸には、まだシェリーは居なかった。
ルルだけが……三匹のエグフォルドタイガーに埋もれて幸せそうにしていたので……そっと見なかった事にした。
一応はミルロード卿にも話を通しておこうと部屋へ行くと、
「おお! そんな手段でエルナリア卿に会えるなら、当然私も行くよ!!」
だそうだ。
まぁ、好きにしてください。
少ししてシェリーが帰宅したのだが、どうやらすぐにでもエルナリアに行きたい様なので、移動迷宮を庭に呼んでマスタールーム経由でエルナリアの領主館へ誘導した。
全員物珍しさにキョロキョロしながら移動していたが、扉から出ると見慣れた屋敷の中だったので更に驚いていた様だ。
「凄いです! お姉様!」
「確かにこれは……凄いな。迷宮を持つ事自体が創造系魔法における最終目的の一つなのに……君の様な成年になったばかりの娘が複数持っているとは……」
シェリーは純粋に驚き、ミルロード卿はそう言いながらも笑っていた。
まぁ、ミルロード卿には私達が普通では無い事を詳しくは伝えてはいない。
しかし、やっている事の不自然さから色々理解はしており、今回の事も面白がっている雰囲気だ。
「手に入れたのは運が良かっただけですが、手に入れられる手段を私が持っていたのは事実ですね。シェリー達が迷宮に囚われたという経緯があるので手放しで喜べる状況ではありませんでしたが……ね」
「ふむ。そうなると……ルーク君は大変だな。こんなとんでもない能力を持ったお姉さんがいるとなると……劣等感を感じているのでは?」
そう言ったミルロード卿の表情や眼差しには、若干の笑みは残っているが真剣な物を感じた。
シェリーにも関わる事なので心配する気持ちは分かるが……普段の軽いイメージが素なのか演技なのかが今一つ掴み切れない人だ。
「そこは絶対とは言えませんが……問題は無いでしょう。私の持つ能力の全てではありませんが、基本的にはルークも持っていますし。迷宮も一つしかありませんが持っていますよ」
流石にその答えは予想していなかったらしく、
「君やゲルボド君が妙な能力を持っている事は知っていたが……まさかルーク君もそうだとは見抜けなかったな」
との事。
「今はまだ私とゲルボドから比べると経験が足りませんし、私はちょっと特殊な事情でMPが異常に高いんですよ。その関係で圧倒的に魔法関係で引き離してしまっている事も影が薄くなっている原因でしょうね。ただ、現在はその差を埋める方法を考えていますので、二年もあれば十分に私やゲルボドと並ぶ強さを得ていると思います」
ミルロード卿は信用できる人物だと、ここまでの付き合いで私は確信している。
それ故、機会があれば色々話しても良いとは考えていた。
今回の話しの流れはそういう意味では丁度良かったので、勇者に関する事以外はぶちまけてしまっても構わないという感じで話している。
因みに、私とルークの差を埋める手段として考えている点は二点。
MPに関しては例の魔石から《スティールMP》で吸収する方法と、帰還魔法具や魔送石の応用から直接MPを送れないかを検討中だ。
魔送石が一人で作れるようになったら、師匠に手伝って貰いながら少しづつ着手していく予定。
もう一つは、私とルークの絶対的な違いである魔素の供給だ。
現在亜人で試しているのだが、実は仲間達に使用するのが最終目的である。
生命活動の為に魔法物質を消費するタイプでは意味が無い為に亜人で試しているのだが、現在の所は順調だ。
もう少し様子を見て、魔送石の数も揃ってきたら人体で実験してみる。
そう……実験だ。
人体実験とか、こちらの世界に来て色々と感覚が麻痺した物だ……。
既に、この為の人材は確保してある。
ぶっちゃけると、ロウやクーを攫っていた盗賊団だ。
こいつ等は現在、実家の迷宮一層に隔離してある。
条件を満たしてから開ける必要のある扉で閉ざされ、中から出るのは不可能な状態だ。
本来ならば条件を満たさなくては開かない場所に閉じ込められ、私以外に入る人が居ない迷宮なので扉が開く事は無く……出る事が出来ない牢獄と化している。
こいつらが死なない様に、一層で出現する魔物はレベル5の魔獣系にしてある。
中には武器やコンロ等の魔法具といった必要な物は置いてあるので、問題無く生きてはいけるだろう……心が折れなければ。
《迷宮の主》の機能には迷宮内の侵入者を大雑把に把握する事が出来る物がある。
これによって階層とそこに居る侵入者の数を把握できるのだが、今の所……死者は出ていない様だ。
因みに、クーの近くに居た奴はボコボコにし過ぎて死にそうだったから治療してある。
死者が出ると他の奴らの生きていく気力が落ちるので、そのための対策でしかない訳だけどね。
☆ ☆ ☆
話をしながらエルナリア領主の部屋の前に来た時に、ルークから《通話》で連絡があった。
ようやく王都へ戻って来たらしい。
もうちょっと向こうに居れば会えた様だが、まぁたいした手間では無いので問題は無い。
シェリーやミルロード卿にルークを迎えに行く事を伝え、先に領主の所に行って貰った。
さて、それではルーク達のお迎えに行くとしますか。




