71◆褒め殺し……いや、本当に悶え死ぬかと思ったよ!
昨日はあの後、クーやネイアと一緒に過ごしながら今後の事を少し話した。
現在は領主館の中に置いてある迷宮の扉を少し移動させて庭に専用の小屋を作り、領主からは許可を貰っているので私が許可した人物をそこから街へ出しても問題は無い。
私の構想としては門を二重にして、その中間に転移門を配置する事で出入りが明確に出来て良いかなと考えている。
ジムルは元々住んでいるこの場所に居たいとの事だが、拠点が二つあっても問題は無いだろう。
ロウの方はこのまま行くと本当に領主の家臣扱いで仕事が増えて行きそうなので、こちらこそ拠点が街にもあった方が都合が良さそうに感じている。
その事を考えると、二人をルナに合わせるよりも街で活動して貰った方が良い気がする。
ルナは思ったよりも楽しくやっていそうだし、無理に変化を与える必要はないだろう。
結果として、二人とも田舎どころか人と接しない生活が長いので、今度時間を作って街を案内する事にした。
見た事も無いのでは、確かに決められないだろうしね。
☆ ☆ ☆
今日も早くから目が覚めた。
まだ陽が昇って居ない。
本当に早起きになってしまった物だ。
ただ、正直な所……異変も感じている。
現在、私が寝てから五時間が経過していた。
五時間……それは困るよね?
そう思ってMPを確認する。
MPは完全回復に六時間を要するのは今までの経験で間違いない。
こちらの世界ではそれ程正確な時計が無い為、文献などにはその位と書かれているが実際に計ったので間違いない。
因みに、回復が始まるのは大体三時間後だと思う。
そちらは流石にわざわざ試していないので正確ではないが、二時間では回復して居ないのをルークが確認している。
三時間の待ち時間の後に三時間で回復するのならば、一時間足りない分は最低でも三分の一、下手したら時間で回復量が増えるゲームもあった事を思い出してそれ以下の可能性すら予想できた。
しかし、私のMPは全快。
五時間の《自動MP回復》が有効ならば、現在は確かに三割以上を回復する。
それが原因なのかな?
……何となく違う気がするが答えは出無さそうだし、特に睡眠不足で困る状況にならなければ問題は無いだろう。
今の問題は……私の胸の中で静かに寝息を立てているルナを起こさない様にどう時間を潰すかと言う事だけだ。
☆ ☆ ☆
いつもの様に師匠と魔送石を作成。
ここで私的に郎報!
実はこの作業を何回も何回も行っている訳だが、私の作業と師匠の作業を何段階にも分けて《ショートカット》で使える様に構築を行っていた。
私の方は八段階、師匠の方は色々細かい事をやるので十四段階の工程があった。
これらをオリジナル魔法として構築し、《ショートカット》に入れ替えながら使う予定だ。
要は、十個しか入らない《ショートカット》の中身を、発動した後で行程が進む間に入れ替え、タイミングを合わせてどんどん使って行く事でやる訳だ。
完全に、魔法の使用と言うよりリズムゲームのプレイヤー状態だ。
今はまだオリジナル魔法の構築の終了と私側のタイミングの把握が終わった状態なのだが、これが上手くいけば師匠には別な事が頼めるようになるのでやれる事に幅が出て来る。
……師匠の本来の仕事?
私が全部作れば問題無いんですよ!
師匠込みじゃないと作れない物から優先させて貰いたいので、これがベストなんです。
☆ ☆ ☆
今日はシェリー達の都合次第では、エルナリアの街へ連れて来るつもりだ。
まずはシェリー達への確認。
次は領主に伝え、ルルやラナの家族にも伝えて貰おう。
結果、今日は駄目だった。
「本当にお父様とお会い出来るのですか!」
シェリーは驚きと共に嬉しさが溢れ出していたが、
「とても嬉しいのですが……今日はお約束がありまして。明日! 明日お願いしても宜しいでしょうか!」
基本的には物静かと言う訳では無いが、大人しい雰囲気を持って居るシェリーにしてはテンションが上がって面白い状態になって居る。
恐らくだが、例の決闘騒ぎで相当参っていた為、反動で気持ちに色々歯止めが効かなくなっているのだろう。
今日の予定と言うのは、友人であるクレイスの誘いで泊まり込みでのお茶会との事。
まぁ、お茶会と言う名目で改めて交友を深めようと言う趣旨っぽい。
決闘騒ぎの原因が、本人に悪い所があった訳では無いとはいえクレイスであった為、お詫びの意味も込めて主催してくれた様だ。
因みに……私も都合が付けば一緒に来て欲しいとの事。
行っても良いんだが……どう考えても私の立ち位置は……お姉様役だ。
まぁ、もうママでもお姉様でもいいや。
好きに扱ってくれ。
中身は元々二十二歳なので問題は無い。
……無い…………はず……。
☆ ☆ ☆
クレイスの住んでいる場所は実家が持っている小さめの屋敷だった。
クレイスの家は元々が商人であり、地方に小さな領地を持っては居るが、当主は頻繁に王都での商売の為に往復しているらしい。
その為に、商人としての名目で存在するこの屋敷は貴族の住むエリアよりは裕福な商売人達が邸宅を持つエリア側にある。
クレイスとメイの希望で二体程エグフォルドタイガーを連れて行く事になったのだが、一郎と次郎にした。
理由は、次郎がシェリーに大抵くっ付いている事が一つ。
どうも役割的にシェリーの護衛役の様だ。
そして、ラナがシェリーに同行し、ルルはミルロード邸に残っているのだが、この兼ね合いで皐月は残した。
皐月はラナがいるとずっと張り付いてしまって、まず役に立たない。
今回はクレイスとメイに対しての披露が目的なのに、裏方であるラナにピッタリでは意味が無い。
こうなると、三郎と四郎はルルの暇がある度に両脇に抱えているので放置。
結果が一郎と言う訳だ。
一郎はリーダーだけあって愛想はあまりないが、その精悍さと威厳のある態度が慣れて来ると好印象に感じるので問題は無いだろう。
屋敷の中に案内されるが、流石に一郎達は驚かれた様だ。
先に一郎達の事は伝えられている筈なのだが、やはり実物の迫力は違うらしい。
当の一郎と次郎は、大人しくシェリーと私の後ろにくっ付いて来るだけで周囲の反応には全く気にした様子はない。
「お嬢様、シェリー様とエル様が到着なさいました」
二階の奥側にある部屋の前で止まり、案内のメイドがノックして中にそう告げるとすぐに返事が返って来る。
「どうぞ。中へご案内して頂戴」
と言うクレイスの声が中から聞こえた。
部屋の中に案内されると、中には既にメイも来ていた。
「お姉さま、突然のお誘いで大変失礼を致しました。そして、来て下さって有難う御座います」
クレイスがそう言い、メイも頭を一緒に下げる。
「いいえ、構わないわ。私も用があったから丁度良かったしね」
貴族のお嬢様達を相手にどう対応しようか少し悩んだが、敢えてお姉様キャラで行く事にした。
公式な場所でもないし問題は無いだろう。
早速部屋に案内され、お茶を出されてからは……客観的な視点から英雄譚の様に語られる自分の戦う様を延々と聞かされた……何の罰ゲーム……?
困った事に、シェリーさえそれに乗ってしまったので止める人物が居ない……。
チラっとラナを見たが……あからさまに眼を逸らされた!
自分達が置かれた窮地を事も無く打ち破った私は、彼女達にとってはまさに救世主だった。
その為、私の居心地の悪さには全く気が付かず、食事の時間まで延々と続いたこの時間は……しばらく忘れる事の出来ない程のダメージを私に与えた事は言うまでもないだろう……。
食事を終え、ようやく一郎と次郎に向かった興味のお陰で私は解放され、明日も早くから仕事があるからと抜け出す事に成功した。
その際に防御用の魔法具を渡してとても恐縮されたが、基本的に持ってる素材だけで作ったから気にしない様に言っておいた。
これでクレイスとメイの件はOK。
シェリーは明日の朝、ミルロード邸に帰ってきたらエルナリアの街に送る事になって居る。
護衛に一郎と次郎はこのまま置いておくので特に危険も無いだろう。
……それでは、この恐怖の場からはさっさと逃げましょう!




