37◆老魔術師の最後、そしてルークの気持ち
部屋に一つしかない扉を、まずはゲルボドが中を確認する。
一瞬だけ止まったが、一気に中へ駆け込んだ。
ゲルボドはこういった判断が速くて上手い。
瞬間判断能力に優れているのだろう。
私の《危険感知》が、異常な程の警報を発している。
扉の中から私の知らない詠唱が聞こえるが、明らかに私達より数段上の実力を持つ魔法使いだと思われる。
そう思った瞬間、自分の前に《ウォーターシールド》を張った。
自然魔法:火魔法…………聖眼獲得率4%
……これは酷い。
《聖眼》での獲得は、相手の熟練度から自分の聖眼熟練度を抜いた分で判定される様なのだ。
今回の場合、相手の持つ熟練度から師匠の熟練度を引いた差分で獲得率が判定されている……はず。
それが4%という事は、相当な格上という事になるだろう。
詠唱の終了と共に、室内で大爆発が起こる。
私とルークはギリギリ範囲に入らなかったが、中では相当酷い威力の魔法が効果を表した様だ。
室外への余波だけでも、相当な衝撃だった。
粉塵舞う室内がようやく見え始めていたが、《危険感知》の反応は無い。
戦う音もしないのでどうなっているのかは判らないが、とりあえず次の魔法詠唱は無いようだ。
ようやく見えた室内では、呆気ない程の結末が待っていた。
無傷のゲルボドと胸を剣で突き刺された老魔術師。
相当な実力が有るはずなのに……、相手が悪すぎたようだ。
しかし、まだ一応息はある模様。
瀕死の爺の使用スキル欄に名前が出た。
スキル:迷宮創造…………聖眼獲得率15%
スキル:迷宮の主…………聖眼獲得率20%
……………………エッ!
私の中に、衝撃が走った!!
まさか、ここでこんなスキルが現れるとは!!!
ある意味残念な事に、老魔術師はここで息絶えた。
確率は低い……しかし、これは絶対に欲しい!
さぁ!
レッツチャレンジ!!
結果……《迷宮の主》だけ習得……。
迷宮の無い主って……どうなの……?
正直、ガッカリを通り越して絶望すら感じた。
……イヤッ! マッタ!!
「ルーク! 獲得出来た?!」
そう言えば、私だけが獲得できる訳ではないのだ!
ルークの襟首を両手で掴みながら、上下に揺すりながら勢い良く聞いた。
「《迷宮創造》だけ獲得出来た。《迷宮の主》は無理だったね」
良くやった!!
これだけしか無かった確率で、見事なコンビネーションだ!!!
「よし!! 今日から私達もダンジョンマスターよ!!!」
と、私はルークに言った。
実際に作ってみないと分からないが……おそらく、このスキルは私と相性がいい。
凶悪な迷宮を作り上げて見せる!
フフフ……ハァハッハッハ!!
と、ルークに聞かせたら、又悪役扱いされそうだから自重しておく。
部屋の中には爺以外に数人の人だった物が四散しているが、生きた人間は居なかった。
ゲルボドが扉をくぐったら押さえ込む為に寄って来た様だが、爆発に巻き込まれてこの姿らしい。
おそらく、単体魔法を使うから抑える様に、とでも指示されて居たのだろう。
この部屋の構造材は今までの迷宮とは全く違う感じになっており、人工的な石材で構築された感じになって居る。
主の部屋、と言う感じなのか、様々なアイテムや本、ベッドやテーブル等と言った物が置いてある。
生活感がある品がそこら中に置かれており、長年住んでいた感じが窺える。
そのエリアの横の方に、外にあった迷宮への扉と同じ物があり、すぐそばに馬車があった。
ほぼ物質化した《アースシールド》で囲まれた馬車は、間違いなくシェリー達が乗って居た物だ。
ルークが急いで駆け寄る。
そして、《アースシールド》に阻まれた。
正直疲れているのでゆっくりと歩いて行き、魔素の供給を止める。
ルークが恨めしそうな眼で見てきたが、
「馬鹿ねぇ、女の子四人が数日間もこの中に閉じ込められていたのよ? この恐怖の状況で中がどんな事になっているか判らないでしょ? まずは私が様子を見るに決まっているじゃない。 はい、そこ退いて」
そう言っておいた。
まだまだそう言う配慮が足りないな、ルーク君。
私は、馬車の中を覗いて確認した。
パッと見た感じでは全員無事だ。
ラナとルルは少し参って居るのか、うずくまる様にシェリーの横にくっ付いており、シェリーは気丈な態度で胸を張りながら二人の首の辺りに手を回す様に抱き、祈る様に眼を閉じている。
ミラは、自分が旅立つ時から持って居たらしいナイフを研いでいる。
「みんな終わったわ! 怖かっただろうけど、よく頑張ったね!」
優しく、それでいて力強く言う事を心掛けて、皆に声を掛けた。
「エルおねぇちゃん!」
「お姉様!」
私の存在に気が付いたシェリーとミラはすぐに声を上げ、ラナとルルは呆然とした感じでこちらを見た。
まずはミラが私に抱きつき、その後にシェリー、そして涙で顔を濡らしながらルル、最後にラナが私に抱きつき、全員が団子状態になっている。
暫くするとようやく落ち着いてきたので、皆の頭を撫でてから外へ出た。
因みに、師匠の所での修業時代に練習がてら作った消臭剤&僅かに匂いがする程度の香水を全員にふりかけておいた。
トイレはあっても風呂は無いので、この数日間は入って居ない。
救出組の方も汗臭いので、正直な所そこまで気にする必要は無いのだが、一応気を利かせておいた。
私の次にミラが出てきて、ゲルボドに抱きつく。
その後はメイドコンビが出て、最後に出るシェリーの手伝いをする。
外に出たシェリーに対し、メイドコンビが無事を喜び合いながら涙を浮かべて再度喜びを分かち合った。
そこにゆっくりと近寄った私は、やさしく抱きしめながら頭をゆっくりと撫でて、
「もう大丈夫よ」
それだけを言った。
その言葉を聞いたシェリーは一瞬茫然とした表情を見せ、ゆっくりと顔を歪ませながら大粒の涙を浮かべていく。
貴族の娘として、この危機に対しても気丈に振る舞っていた様だが、所詮はまだ十二歳の娘なのだ。
一気に気が緩んだようで、私の胸で泣き続けた。
暫くして、ようやく気持ちが落ち着いたのだろう。
シェリーは私から離れてルークへ近寄り、赤く染まった表情を見せない為に下を向くようにしながら頭をルークの胸に軽くつける。
そして、本当に触れるかどうか程度ではあるが、腰辺りに腕を回して軽く抱き着くような体勢を取った。
「ただいま戻りました……。本当に有難う御座いました……」
小さな声で、シェリーが言う。
「無事で良かった……」
ルークも絞り出すように、ただそれだけを言った。
その瞳は、喜びと共に苦悩を抱えているとも取れる雰囲気を醸し出す。
そして、シェリーから目を逸らした。
一瞬抱きしめ返そうとした手も力無く垂れ下がり、ある種の絶望を湛えた表情を見せる。
遂に自分の気持ちと、立場の違いに気が付いてしまった……かな?
シェリーがゆっくりと離れる。
その顔には、少し寂しげな表情を残しては居たものの、すぐに優しげな笑顔に戻ってから私達の方へ戻って来た。
打ちひしがれている感じのルークに、私は《通話》で話しかけた。
『ヒューヒュー、お熱いね!!』
『僕と彼女ではどうにもならない。それは姉さんも分かっているよね……』
やはり予想通りに、そこで悩んでいたか。
まぁ、そうだろうなぁ。
『バッカね~。そこを男の甲斐性でどうにかするのがあんたの役目でしょ?』
『貧しい農村出身の僕に、甲斐性なんてある訳がないじゃない……』
確かに、普通ではそんな甲斐性なんてある訳が無い。
しかし、私達にはそれを成し遂げられる力があると感じている。
この《簒奪の聖眼》さえ有れば、大丈夫なはずだ!
『じゃあ、諦めるの?』
『それ以外にどうしろって言うんだ! 彼女をこのまま連れて逃げろとでも言うの? すぐに捕まって彼女に迷惑がかかるだけじゃないか!!』
ルークも、そこはしっかり理解している様だ。
『たしかにそんなのは甲斐性とは言えないわね。答えは簡単よ、あんたが爵位を貰えばいいのよ』
『どうやったら爵位なんて貰えるって言うんだよ……』
一瞬、何を言っているんだ……? と言うのが表情に浮かんでから返事が返って来た。
『そんなの決まっているわ。【竜殺し】になるのよ』
それを聞いたルークの表情は、ハッとした後に考え込む様に変化した。
世界には、それなりの数の竜の眷属がいる。
しかし、【竜殺し】の称号を得られるのは、この中でも真のドラゴン種の上位竜以上を倒したパーティーリーダーにのみ与えられる。
これは竜を殺せる程の実力者を、王国で確保したいと言う所から発生した物らしい。
魔王の復活にそこまで影響される事が無いこの国でも、強い魔物がそれなりに存在はするし、魔族が活動する事もある。
自衛の為に、最低限の実力者が必要なのはどこの国でも同じなのだ。
魔王は南の彼方にある、魔王の住処と呼ばれる漆黒の穴から必ず出て来るとされているが、魔王は人間の絶望を糧にするとの伝承もある為、先兵クラスの魔族はこの国でも現れる事が有るらしい。
まぁ、件数自体は相当少ないらしいが。
肝心のドラゴン種だが、幼竜→下位竜→上位竜と脱皮するごとに進化。
上位竜がそのまま歳を経ると老竜となり、進化すると魔竜種へ変化する。
魔竜種は様々な属性魔法を使いこなし、使用する属性に合わせて色々な姿へと変わっていく。
各属性に特化する個体や、複数属性を持ち魔導竜と呼ばれる魔法特化型になる者もいる。
先程倒したソードドラゴンは風系の能力を使用してきたが、詠唱を使用しないで魔法物質の変換を行う特殊能力に分類される能力だ。
ドラゴン種も各種属性のブレスを吐くが、これはソードドラゴンと同じ様な特殊能力に分類される。
しかし魔竜種が使うのは、詠唱を使用する本当の魔法だ。
詠唱には魔法物質をより凝縮させ、効果自体も増幅させる効果がある。
魔竜種の使うそれは、威力や範囲が人間の使う魔法を凌駕するらしい。
それ故、魔竜種には絶対に手を出すなとの言い伝えが多数残っている。
ルークは考え込んでいる様なので、私の考えを伝える。
『シェリーはこれから最低三年間学校に入っているから、その間は結婚の話は無いわ。そして三年あれば私達なら、十分上位竜程度なら狩れる実力を得られると思う』
王都には、様々なスキルを持った強い人が居る。
そこで十分なスキルを得られれば、私達の成長速度を生かして三年でどうにでも出来るはずだ。
『ゲルボドはそもそも能力がおかしいし、出来ればもう少し協力者を増やして戦力を増強したいけど、このままでも三年あればどうにでもなると私は思うわ』
ゲルボドとは、話がついている。
ルークが貴族の仲間入りする事は、情報の入手や普通手に入らない魔法具を手に入れやすくなる。
自分の世界に帰る手段を探すのに、これは有効な手の一つだ。
私も世界の海を渡る方法を探しているから一緒に探そう、そう言ったら喜んで協力してくれる事になった。
ルークは考える素振りを見せていたが、その瞳に明確な決意が見て取れるようになった。
【竜殺し】になる、そう決意したようだ。




