114◆遂に行われた領主館襲撃に関する過程と結果
夜を待ち、遂に領主館への襲撃が行われようとしていた。
装備関係や見られた時の対策はバッチリ。
時間は十分にあったので、念入りに確認もしたしね。
昼に馬車ゴーレムで通った道を真っ暗なまま走っているのだが、《暗視》の効果で問題なく移動していた。
亜人部隊のメンバーでミノ太とマツリは夜目が効かなかったはずなのだが、気が付いた時には《暗視》を持っていたので、《浸食共有》によって徐々にスキルの共有化等が起こっているのかもしれない。
恐ろしいほどの移動速度を維持している現状に関しては、亜人が持つ魔法物質による能力の一時的な底上げに加え、追加で《フルブースト》も常時発動ができるだけの下地が出来上がっているという状況であり、それだけの魔素を受け入れる事が出来る状態となっている事を示している。
最初は私の迷宮内に居たゴブリンの中でも、間違いなく最弱と言える貧弱な肉体を誇っていたゴブ助ですら、この全力疾走に問題なくついて来ていた。
随分と逞しくなったものだ。
この調子ならすぐに目的地へ着く予定なのだが、相手に知られたくないのであれば足音を気にする必要がある。
しかし、そもそもミノ太は凶悪に見える意匠を施した、ガッチガチの金属鎧を着ている。
普通ならば歩くだけで騒音で訴えられるレベルなのだが、相手に悟らせずに昏倒させまくる予定の仕事に、そのまま何の対処もしないで来るような馬鹿な事をする訳は無い。
しっかり、無音となるように対策がしてある訳だ。
無音にしている方法は至って簡単で、装備自体に風属性の場を発生させる能力が付与されており、その空間内では音の原因である振動自体を殺しているのだ。
その為、音が鳴っていない事実の確認用と外部からの音を聞く為に耳から上は無音エリアから外しているが、そこから下は身体から十cm程かけて振動を無効化している関係で、密着する位まで寄る事で音を確認する事は出来る。
まぁ、そこまでして音を確認する意味があるとは思えないけどね。
振動消失エリアは、約半径三m。
マツリだけは少し特殊で、蛇体の方にも発生させる魔法具を追加で装備している。
半径三mだと、尻尾の先まで収まりきらなかったからなのだが、……やっぱり蛇って異常に長いな……と、実感する位はみ出していた!
そんな訳で、そういった効果がある装備のお蔭で、相当な速度で走っているのに実に静かな移動となっている。
力を込めて踏みしめた地面だけではなく、その影響で掻き分けられた草や木の枝も、元の位置に戻った段階で余程大きなもの以外はほとんどの振動が消される為にとても静かになってしまう。
結果、星明り程度の暗闇を無音で走る集団は誰かに見つかるはずもなく、領主館の無駄に明るく照らされた入り口まで辿り着いた。
門番は二人。
練度はそこまで高く無さそうだが、士気自体は低く無さそうに見える。
おそらく、領主が色々と恨まれている為に危機感自体はあるのだろう。
または、手を抜くと領主自体に首を切られる可能性が高いからなのかもしれない。
周囲を見渡してみると、若干歪だが大きな四角を基本とした領主館の三階部分に明かりが灯っている部屋が幾つかある。
位置はどれも四角の角にあたる部分で、中には人影が周囲を見渡す様に窓から窓へ移動しているのが見えた。
おそらくだか、周囲の警戒に加えて門番の様子も監視している可能性が高いだろう。
これは、手順を考える必要があるかな。
☆ ☆ ☆
本来の計画では、門番を昏倒させてから中へ入り、順次遭遇した人物を昏倒させていく方向で考えていた。
騒がれなければ問題無い為、闇に乗じるどころか闇魔法で暗闇に同化するかのようなステルス性能を持つオガ吉が索敵に当たれば、正直な所下手な策を講じる必要などないからだ。
しかし、思ったよりも警戒がしっかりしている為、ここは若干だが作戦を変更しておいた方が良いだろう。
まず、今回の作戦で確実にやっておきたい事は、当然領主の確保だ。
他を捕まえるのは、その後でゆっくりやっても問題はないだろう。
そこで、まずは門番や監視役を放置したまま館内を潰す為に侵入する事にした。
やり方はそれほど難しい事をする訳ではなく、館の側面方向にある塀に穴をあけて侵入するだけだ。
ヴァルツァー五爵の所でやったような感じで、塀に重なるように簡易錬金窯を発生させる。
そこから内部に取り込まれた部分を少しだけ削り、圧縮はしないで《アイテム》に放り込む。
後はそれを繰り返し、図体のデカいミノ太が通れるようになった段階で今度は元に戻していく。
パーツを元の位置に戻しても少し削った部分が開いてしまうが、そこには適当に泥で埋めてしまえば完成だ、
朝が来たらバレテしまう程度の簡単な物だが、帰りはここを塀ごと破壊して出ていけば証拠は残らない。
魔物の襲撃に偽装する予定なので、その方が説得力もあるというものであろう。
《浸食共有》によってドール四号を動かし、ササッと済ませて中に入った。
……そう、ここに連れてきているのはドール四号。
今日になって稼働させた新人さんである。
二号の稼働時には慎重に数を増やす方向とか考えていたはずなのだが、何故か既に四号が稼働していた。
勿論、理由はある。
二号と三号は迷宮系スキルの実験に使っている事と、一号の《迷宮創造》スキルが最近結構な伸びを見せているのに、リーナの負担は全く増えていなかったという事にある。
リーナ自身が強化されている兼ね合いで負担が軽減されている可能性と、稼働時以外はリーナに対しての負担に変動がほとんど無いかの二つが取り敢えずは考えられるが、これまでの経過を分析した結果、おそらくは後者である可能性が高い。
まぁ、どちらにしても四号位までなら全然余裕そうだというリーナの感覚を信じ、これからも続くであろう悪辣な領主の襲撃用に用意したという訳だ。
館へ入る方法なのだが、面倒なので同様の手法を使って中に入った。
流石にパズルの様に組みあがった壁面を見られると面倒なので、こちらに関しては粘土でキッチリと隙間を埋めた上で色自体を変化させる。
多少時間はかかるが、最近は色素を変化させるのも慣れて来たのでバレない様にするのは簡単だ。
いや~、ますます《錬金術》が便利になってきて嬉しい限りである。
周囲を索敵していたオガ吉を先頭に、少量の魔素を周囲にバラ撒きながら進む。
これは魔素の流れを感知して、周囲の魔法具や魔物を探知するのに有効な手段である。
魔法物質濃度が多い場所や少ない場所というのは、魔法物質の吸収や蓄積を意味するからだ。
幾つかは魔法具を利用した警報用の品もあったが、基本的に罠は無かった。
まぁ、貴重品や領主を守る以外の部分でトラップを仕掛けまくった場合、夜間だけ効果を発動するとかできたとしても、やっぱりなんだかんだと支障が出るだろしね。
☆ ☆ ☆
結構な時間は掛かったが、遂に当たりを引き当てる事が出来た。
実は居ないとかじゃなくて良かった……。
昼に居たからといって、絶対に夜も居るとは限らないからね。
この糞領主は自分の寝室で裸で寝ていたのだが、隣には若い女性が寝ていた。
脱いだ服が綺麗に椅子に掛けてあるのだが、どう見ても使用人が着る服だった……。
女性の目元には涙の跡がある事からも、まぁ……そういう事なのであろう。
この女性は今回の粛清対象外となるはずなのだが、流石に起きて騒がれるのはマズいので、糞領主と一緒に《スティールMP》で昏倒させておいた。
これまでに昏倒させた奴ら(男共)は、リーナが廃屋に置いてあった移動迷宮を呼び出し、六時間は起きる事が無いのでマスタールームで適当に転がしてある。
女性を放置してあるのは、例の邪気判定で領主の家族以外で引っかかった人はメイド長しか居なかったからだ。
裸の糞領主も適当に放り投げて一緒に転がしておいたのだが、右足が若干おかしな方向へ向いている事は気にしないでおこう。
その後も、次々と寝込みを襲いながら無力化させていく。
うん……どう考えても言い方が悪いな! だが、事実だ!!
昼の段階で邪気判定に引っかからなかった男が一人だけ居るはずなのだが、取り敢えずは気にせず全員捕獲し、最後に残しておいた領主の家族の所へ向かった。
ここでは敢えて姿を隠さずに行動する事にしてあり、振動消失の効果を切ると、ミノ太の金属鎧が恐ろしく大きな金属が触れ合う音を立て始める。
……ホントにウルサイな、これ!!!
その音に驚いた領主の家族や控えていたメイド達が慌てふためく中、家族達を優先して昏倒させ、最後にメイド達を昏倒させてから迷宮に家族達を放り込んだ。
ミッションコンプリート!
もちろん帰る前に侵入した経路は外部から破壊し、魔物の襲撃をアピールしておく。
この破壊跡に加えて、最後に目撃させたメイド達が口を揃えて魔物の恐怖を語ってくれるだろうから……人の手による事件だとは思われないだろう。
こうして、呆気なく襲撃作戦は幕を閉じるのであった。