100◆エルナリア邸襲撃に関するその後の後始末3
ヴァルツァー五爵の隠れ家は複数あるらしいのだが、今回使用しているのは二つに絞られた。
隠れ家の中でも規模の大きなものらしく、二か所とも現在多くの人がいるらしい。
どちらか絞り込めない原因としては、相手に偽りの姿を見せる事が出来る魔法具をもつ影武者がいるらしく、双方で目撃情報があるからという訳だ。
本人が信じている為、いくら慎重に捕虜達から情報収集を行っても食い違うらしい。
現在は尋問を中断し、情報の矛盾点やそれに対する新たな質問内容を決めているとの事なのだが、それを無にする連絡がついに来た。
『……ママ、着いた』
だそうだ。
リーナが《フルブースト》状態で走り続ける以上、多少道に迷ってもそろそろ着くとは思っていた。
そうなるとこれ以上情報収集に時間を費やすより、二か所同時に落としてしまった方が早いと思う。
そこで、
「状況の進展をお知らせ致します。ヴァルツァー五爵領に向かっていた仲間が到着致しました。すぐに移動迷宮の配置は可能ですので、今晩中にでも襲撃可能です」
と、尋問結果の報告に来ていた方には退出して貰えるように第一王子へ合図し、出て行った事を確認してから伝えた。
残っているお偉いさん達に迷宮の事を伝えていいのかと言えば、ここにいるのは既に知っている人達なので問題ない人ばかりだ。
詳細としては、レックスの上司。
先生。
地下幽閉施設の管理者、の三人。
レックスの上司はルークとの兼ね合いで当然知っているし、先生には師匠がここに来た時点で教えている。
地下幽閉施設の管理者さんは鋭い人だった為、今回の捕獲を行った場所がエルナリア領だという事で、疑問に思うだけではなく、薄々とではあるが迷宮の事に気が付いていたので第一王子が教えたらしい。
その上で、他言しないように約束して貰っているとの事。
必然的に、今回の隠れ家襲撃に参加するのはここにいるメンバーの関係者となる。
本来ならば、前にヴァルツァー五爵を取り逃した現地にいる部隊も有効に使った方が良いのだが、その上司は現在ここに呼ばれてはいない。
理由は簡単で、以前エルナリア邸での襲撃に対する協力を断っていたからだ。
断られたのはルークが迷宮を使った移動経路の説明をしていない事が最大の理由なのだが、正直その戦力は必要ではないので問題は無い。
むしろ、対魔物問題にに派遣されるレックス達と対人問題に派遣される彼らとは衝突する事も多いらしく、
「あんな奴らは居ない方が清々するぜ。エルのお蔭でこれだけ捕獲用の魔法具が使いたい放題なんだから、俺達だけでも十分だろ」
と言っていた。
本当に仲が悪いようだ。
さて、襲撃が今夜にも行えるとなれば、すぐに実行してしまった方が良いと私は考えているのだが、
「現在の状況を確認すると、通信用の魔法具での連絡は行われていないらしく、ヴァルツァー五爵は往復の期間的に襲撃が失敗したかどうかを判断できる状況ではない。その点を踏まえて、諸君にはどう行動するべきと考えているのかを述べてもらいたい」
と、第一王子が全員を見渡しながら問う。
因みに襲撃に参加するのはレックス達の合計十二小隊七十二名、リリアーナ達宮廷魔道部隊十八名、それに加えて地下幽閉施設関係で、万一の際に脱走者の追跡を行う盗賊系スキルを持つ特殊部隊の参加が十八人予定されていた。
申し訳ないとは思うのだが、地下幽閉施設関係の部隊には外部が見えない箱馬車の荷台のような物に入って貰って迷宮を抜けて貰うことになっている。
信用出来る人達ではあるのだが、魔法や魔法具の効果で色々情報が漏洩する可能性があるこの世界では、知らない方が相手の為になることも多いという理由からだった。
王子の問いに関しては、予測される敵戦力は一ヶ所につき多くて二十人程らしいので、満場一致で即襲撃という結果になった。
普通は襲撃する際に籠城する側の三倍以上欲しい所なのだが、今回はまともな籠城などさせないので問題は無い。
既に二か所とも隠れ家の構造を詳細な地図付きで把握しており、最初に逃げられた時に使用された転移の魔法具は在庫がない事も判明している。
流石にそんな便利な魔法具は、裏ルートでもそうそう手に入らないとの事。
おそらく腹心の部下二名しか知らされていないであろう隠し通路から逃げ出せる様にしてある可能性が高いとの情報もあるが、脱走者の追跡を得意としている部隊も同行するので逃げ切る事は不可能だろう。
私個人の根拠としては、《フルブースト》状態の私が《スティールMP》乱舞で押し込みさえすれば無力化は容易。
逃げ出す暇もなく潰しきって差し上げる予定なのだ。
万一魔法が効かない相手がいたとしても、一人や二人ならば結局は数の暴力で押し切れる。
隠れ家自体に魔法無効化の魔法具なんかが仕掛けられていたとしても、私は自前の魔素を使う事が出来る為に魔法物質を事前に消失させておく方式ならば効かず、発動した魔法の魔法物質を吸収して威力を削ぎ落とす方式も私の魔素は濃密すぎて削ぎ落としきれないらしい。
慢心はマズイと思うのだが、正直な所で今回に関しては事前情報的にもやれると感じる。
使い捨て用《アースシールド》の魔石を配布する為に相当数用意したし、エルナリア邸に設置してあった大型の捕獲用ネットも取り外してあるので持っていく予定だ。
この蜘蛛網の大型ネットは昔作った個人で使用する物から比べてとても大きいのだが、持ち運びが大変なだけで使用自体は一人で可能となっている。
魔法の力で十m四方の網が前方を覆う様に射出されるからだ。
隠れ家から出てきた者は容赦なくこれで捕獲し、出てこない奴は豊富なMPにものを言わせて魔法で殲滅。
エルナリア邸の襲撃者の強さを考えるに、負ける要素が無い。
……ここまで大きく言うと負けフラグが立ちそうだが……でも大丈夫! 最悪移動迷宮を呼んで逃げるから!!
……マズイ、これって更に負けフラグかも?
まぁ冗談はさておき、襲撃の為の予定を詰めていくとしましょうかね。
☆ ☆ ☆
現在、夜の十一時となっている。
作戦は着々と進み、一ヵ所目に私以外はレックス&ロイド部隊で三十六人、宮廷魔道部隊二小隊十二名&幽閉施設の一小隊六名に加え、四郎を除いたエグフォルドタイガー部隊が潜伏していた。
潜伏と言っても、実際には私の移動迷宮を呼んで、全員中に入りながら迷宮を上空へ移動させているだけなのだが。
二か所目にはリーナとゲルボド&ミラ、ミルファ&リスト部隊で三十六人、宮廷魔道部隊一小隊六人&幽閉施設の二小隊十二人が移動迷宮内で待機しており、例の攻城兵器ゴーレムもそちらへ配備中だ。
因みにその二か所の距離は結構離れていたのだが、一ヶ所目に私達を置いてから三時間ほど爆走したリーナが無事配置に着いていた。
現在は双方襲撃に備えて準備や仮眠をとっており、後一時間ほどで同時に攻める予定になっている。
念の為にこちらは一郎が、向こうはカオススライム形態になったリーナがそれとなく近くまで寄って確認した所、既に毎日が暇な事で緩みきった番兵が欠伸をしながら座っていたらしい。
エルナリア邸では情報収集の為に全員を捕獲したのだが、今回はその時のような準備万端で迎えた防衛ではない。
こちらが攻める以上は十分に危険を排除する為、確実に戦闘不能にさせる方針となっている。
元日本人としては、あまり人間のグロシーンを見たくはないのだが……覚悟だけはしておこう。
それでは、そろそろ最終確認を始めましょうかね。