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裏・代役勇者物語  作者: 幸田 昌利
第一章
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1◆勇者になるはずが要らなくなったそうです

私はまどろみの中にいた。

今いるのは瞼を閉じた状態で光をあてられたような、何も見えないが光を感じる世界。

遠くから声ではない思念のようなものがかすかに届いてくる。


「ようやく本当の勇者の魂が降臨したのですね……」


「はい女神様。本日アルナス王国にて降臨が確認されました」


「本来の降臨予定より半年遅かったが、まだ間に合うはず……」


「現在育成中の擬似勇者の魂はいかがなされますか……?」


「本来の勇者が降臨した以上、擬似勇者は勇者の成長に悪影響を与えかねません。まだ勇者化の最終工程をしていない状況ですから、そのまま転生すればこれまでの処理は霧散するはずです」


「わかりました。では、処理を中断いたします」


「強い精神体を必要とするため、異世界から引き寄せてしまった彼女には申し訳ありませんが、このままこちらの世界で平和に生きられる事を祈りましょう」


女神と呼ばれた女とその部下らしき男の思念の響きはそこで終わる。

そして私は暗く狭い世界へと移され、十ヶ月の後に誕生することになった。




 ☆ ☆ ☆




 私はあまりはっきりしない意識の中で時々考える。

目は見えなった。

身体もほとんど動かない。

私の中にあった暖かい光の様な存在も段々無くなっているのを感じた。

ここは何所なのだろう?

何故ここに居るのだろう?

しかし答えは出ないまま考えられなくなっていく……。


 意識は混濁する。

私が誰だったかの記憶すら朧になる時がある。

そんな時、私のほとんど動かす事が出来ない手の先に触れる感触に意識を覚醒させられる。

思い出す事が出来なくなり始めた記憶が、その触れている相手から流れてくる感覚がわかった。

私はその相手を意識してみる。

小さな光。

その周りに集まる輝きの渦が、段々とその中に染み込んでいく。

渦は私から流れ出た暖かな光の残骸。

その小さな光が集まって少し大きくなり、その中の少しだけが私に流れてくる。

そこでまた意識が遠ざかるのが感じられたが、今度は光を失う感覚は無い。

眠る時間なのだろう。

私はほとんど動かす事が出来ない指を一生懸命小さな光の小さな手に絡める。

恐らく私と一緒に生まれるであろう小さな魂を愛おしく感じながら私は眠りにつく。




 ☆ ☆ ☆




 再び生を受けた私には、前世の記憶があった。

女神の会話や、お腹の中での記憶すらおぼろげながらある。

今の自分の顔や髪の色は見た事は無いが、隣に寝ている双子の弟は日本人とほとんど変わらない肌の色と黒い頭髪や瞳を持っていた。

今まで見た事がある大人達も日本人に近い者達が多く、おそらく私自身も同じ人種なのだろう。

あくまで予想だが、女神の台詞から私の精神体がこの世界の人よりも強いはずなので、同じ様な姿に生まれる事で負荷をかけないとかスムーズに成長できるとか何か意味があっての事だと考えられる。


 ルークと名付けられた弟はすぐに私の手を握ってくる。

私と違って普通の赤ん坊だと思うのだが、時々こちらを見ながら無邪気に笑いながら手を繋ぐのだ。

こちらの世界で一緒に生きて行くであろう可愛い弟の手の感触を感じながら、私の意識は眠りへと落ちて行った。




 ☆ ☆ ☆




 私の名前はエル。

前世の記憶があり、日本という国で風祭かざまつり 絵里奈えりなと言う名前だった。享年二十二歳。

前世ではある意味選ばれた存在だった。

良く言えば世界を救える可能性のある、選ばれた戦士。

悪く言えば世界を救う為に選ばれた生贄。

私がどちら側の認識かと言えば、選ばれた戦士として勇敢に戦って散ったと自負している。


 前の世界はこの世界より科学的に発展している代わりに魔法等は皆無だった。

この世界には普通に魔法があるようだが、それは世界に魔素が拡散されて存在しているからだそうだ。

今はまだ生まれて三ヶ月である為に自由に動く事も出来ずに居るために、殆ど情報が得られない。

折角生まれ変わったのならこちらの世界でも精一杯生きてやろうと思いつつも何も出来ていないのが現状だ。

まぁ、赤ん坊の身体では仕方が無いのだが。


 そんな有り余る時間で私は前世との比較の為に色々検証を行った。

まず言葉は違う。

しかし何故か私には理解出来た。

自動通訳されている可能性も考えたが違うようだ。

どうやら私の前世の記憶は頭の中に焼き付けられた状態らしく、それと一緒にこの世界の言葉も強制的に頭の中に存在しているらしい。

焼き付けられた状態と表現したのは、何かを思いついて記憶を辿ろうとするとその情報がある場所が何となく解り、そこに意識を向けるとまるで映像を見るかのように客観的に見る事ができる。

言葉で考えるとまるで辞書を引いているように文字で答えが返ってくる。

頭の中にパソコンやスマートフォン辺りが置いてあるような変な感覚と言えるかもしれない。


 次に私の前世での能力を使えるのかを確認した。

これに関してはほぼ全滅だった。

唯一残っていたのが《魔素の泉》と呼ばれていた能力。

魔素とは様々な形へと変化させられる万物の元。

物質に変化させる事も出来るしエネルギーへと変換する事も出来る夢のような存在。

これこそが前世での戦士としての証にして世界の奴隷となる事になった能力。

魔素の無かった前世において、世界の壁を越えてくる侵略者に対抗できた唯一の力こそ、この《魔素の泉》だ。

泉とは、世界の壁を開く扉の事でもある。

これを開くと魔素の無い世界にも魔素は流れてくる。

前世で聞いた話だと世界は魔素に浮いているらしいので、感じとしては海のような物なのだろう。

そして問題はこの《魔素の泉》が存在する場所だ。

必ず人間の肉体の中、その殆んどが未婚の女性の下腹部に発生した。 

この事から女性が子供を産む際に、僅かながら魔素の影響を受けているのではないか?

そして、外敵の襲来によって瞬間的に開けられる世界の壁に反応して女性に存在する僅かな扉が大きく開くのではないか?

そういった説も存在していたが、詳しい証拠はまだ何もなかった。


 肉体の中にしか現れない《魔素の泉》は当然能力を持った人間が直接敵と向き合って戦うしかない。

まだ少女と言ってもいい年齢の女性にはとても過酷な話だったが、日本で六人、世界でも八十人しか居ない所持者に選択ができる状況ではなかった。

私が居た日本はまだマシな方だったと思う。

貴重とも言える男の《魔素の泉》所有者が二人存在し、そのうちの一人には異世界人がサポートについていた。

この異世界人は、世界に魔素が無くて自分の世界に帰れなくなったという理由で手伝っていた。

魔素さえ大量に貰えば帰れるはずなのに、世界が平和になるまで付き合うと言っていたのでお人好しな奴ではあったようだ。


 そこらの細かい話はいずれという事で、結論から言えば私が持っていた能力は、魔素が普通に存在するこの世界においてあまり意味は無さそうだ。

魔法を使う際に多量の魔素を使用する事で威力アップとか出来るのかも知れないが、やってみないとわからないので保留。

そして、もう一つだけこの世界に来て得た能力についてだが…………全く意味は無さそうだ。

なんと! 勇者の居る距離と方角が大体わかると言うものだ!!

……いやいや、正直もう勇者とか関係ないし……。

こんな能力どうしろと言うのかと……。

まぁ、実際の所は私が勇者に改造されている過程で、同じ波長のような物がわかるようになっちゃた名残とかなんだろうけどね。

実際の理由とかはわからないし、わかっても意味が無いので放置の方向で。


結論、この年齢では出来る事は無い!

大人しく、弟の成長を楽しみながら自由に動ける日まで待ちましょう。

この作品は同作者の『代役勇者物語』の別視点作品となります。単独でも読めるように構成する予定ですが、そちらの方も読んで頂けたら幸いです。

http://ncode.syosetu.com/n7539ce/


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