非現実
いつもの如く悠真とあれこれ小説の話やら自分たちのキャラでの妄想話なんかに花を咲かせながら、部活動の時間を過ごしていた。そうしていればあっという間に下校時間となり、ぼくと悠真は帰路につく。その間も、部活の時間に話していた妄想話の続きを語り合い、分かれ道となってもしばらく話し合っていた。しかし、そろそろ時間も遅くなってきたということで、解散する。
悠真と別れて家までの少し坂道を、音楽を聴きながら歩きだす。車が下の大通りを走っているが、雑音を遮断するために大音量で音楽を聴いているぼくには聞こえない。両耳を塞ぐ音が、外から聞こえている音を遮断しているはずだった。
「…………で……」
「え?」
思わず振り返る。しかし、そこには等間隔に街灯が並んでいるだけで、誰もいない。忙しないほどに行き来している車が目に映る程度だ。そう、車が走っている姿が見える。音は、流れている音楽以外聞こえないはずだ。ぼくはまさかと思いながらイヤホンを外す。途端に、車の走る音や虫の鳴き声、風が木々を揺らす音などが耳に滑り込んでくる。先ほどの声は聞こえない。いつも聴いている音楽に、変な音が混ざっていたことなど今まで一度たりともなかった。焦燥と不安を感じながらも、ぼくはなぜかわくわくしていた。ありえない現象、不可解な出来事、ぼくが望んでいた事象。
「おいで、秋人」
はっきりと聞こえた声。綺麗に澄んだ少し高い少年のような声。驚愕に目を見開きながら、期待と興奮を胸に抱きぼくはゆっくりと振り返った。そこには、先ほどまでいなかったはずの青年が立っていた。
染めたようには見えない綺麗なペリドット色の髪は短く、にこりと細められた優し気なアイオライト色の瞳。端正な顔立ちはまるでアニメの主人公のように綺麗で、美しかった。すらりと長い手足はモデルのようで。白いカッターシャツに紺色のジャケット、薄い色のジーンズに高そうな靴を履いた青年は現実にいるどの俳優よりもかっこよかった。
ぼくは彼の美しさに見惚れてしまって、声を上げるどころか瞬きすらも忘れていた。
「秋人、こっちにおいで」
「……え、ぁ」
彼はもう一度、優しい声で誘ってくる。今まで聞いていた声は、空耳だと思っていた架空の声は、彼のものだった。どうしてこうなったのか、なにがどうなっているのか理解はできていない。それでもこれは、ぼくがずっと望んできたもので。ようやく出会えた『非現実』だった。こんなチャンス、逃がす手はない。ぼくは歪な笑みを浮かべ差し出された手を取るために腕を伸ばす。その手を取ったのは、目の前の青年ではなかった。
「やめておけ」
「え?」
そういって横からぼくの手を掴み、青年の誘いに乗ろうとした行動を中断したのはとても見覚えのある人物だった。