現実
顔を洗ったり歯を磨いたり、身なりを整えてようやく頭が覚醒する。それまではただ挨拶をされるだけでもイラッてする。低血圧ってわけじゃないはずなんだけど。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
いつものように出掛け前の挨拶を交わして家を出る。イヤホンを両耳にさして外の音を遮断する。こうした方がイライラしないし、自分の世界に入り込める。すれ違う人の話し声、車の音、電車の音、全てが煩わしい。聞いているだけでくだらない現実を生きているんだと思い知らされて、嫌になってくる。
親には危ないから外の音も聞こえるようにしろって言われるけど、望むところだ。死ぬ可能性が高くなるのなら、ぼくは迷わずに危ない道を渡る。今日も家から駅までの15分、自分が死ぬ妄想をしているのだから。
「秋人ー、はよ」
駅につけば一番仲のいい友達が改札前で手をあげてくる。いつも、ここで待ち合わせをして学校に行くんだ。
耳にかかる程度の黒髪に、活発そうな笑顔と銀縁眼鏡をかけた黒崎悠真。身長はそこまで高くもなく、低くもない。平均くらいか。成績は優秀。勉強とか結構助けてもらったりしてるけど、大概がこいつのお節介。根がいいやつだから、困ってるやつは放っておけないらしい。
そんな悠真との付き合いは高校に入ってから。同じ文芸部に入って不思議と趣味が合って、付き合いだした。今じゃメールでノベライズゲームみたいに自分達のキャラクターを動かして遊ぶ仲だ。なりきってメールするからぼくらはなりメって呼んでるけど、まあそれはいい。
「はよ」
「なあなあ、昨日のアニメみた?」
「あぁ、あれな。見た見た」
他愛もない話をしながら電車を待つ。悠真と話しているときは大概がアニメとか自分達の創作キャラのことだから、楽しい。妄想も癖になるとそういう会話をしているだけで自分が異次元の住民のような感覚になるから、いよいよ重症ではある。治す気もさらさらないが。
そんなこんなで学校に行って授業を受けて適当にサボって部活に参加して帰る。なんでもない毎日。みんなが平和だって言う毎日で、楽しそうにすごしている日々。ぼくはこんな毎日が退屈で仕方なかった。イレギュラーを何度も望んだ。学校帰りや行き、道を歩いているときに事故らないかと望んでる。別に死にたい訳じゃないのに、こんな退屈な毎日をこれからも続けていくんだと思うと生きていきたくなくなる。つまらない人生なんて、生きている価値がない。
「ただいま…」
「お帰りー」
玄関開けて聞こえてくる母親の声。それを無視して部屋に入る。
家族も友達も学校も、環境には恵まれてることは知ってる。親はぼくの勝手にさせてくれるし、友達と遊ぶのは楽しいし、学校も楽しいとは思う。でも、足りない。ふとした瞬間に我に返ってしまうとすべてが色あせてしまう。なんで、こんな風になってしまったのか。ぼくが欲張りなのか、考え過ぎなのか、贅沢なのか…ぼくひとりが、異質なのか。
いくら考えても答えは出てこない。ぼくが夢見がちのガキだから、理想ばかりを追い求めて妥協をしない。なんでみんなはあんなに楽しそうなんだろうな。不思議で仕方ないよ。