2 - 3:「リューグナー・ヴェアヴォルフ」
大陸に住まう人種の中には魔物化によって特殊な力を身に着け、それと同時に姿形を変えられた者が存在する。
エルフ、ダークエルフ、ヴァンパイア、鬼等など多種に存在している。
それらの種族には共通して普通の人間とは異なる力を持ち、一部の身体が特徴的な変化を遂げている。
例えば、エルフの場合は目が良い。
外見的特徴をまず先に脅威とみなす事が多い人間は、当初長い耳が魔物化した最大の能力だと考えた。しかし、本当はその目の良さは隠すための一種の隠蔽目的の変化であることがわかった。
エルフ種の耳は通常の人間の持つそれと同じくらいで、エルフ種の持つ特徴的な能力は緑眼はであった。
千里眼。エルフ種の力を皆はそう名付けた。
エルフ種の眼の構造は基本的に人間のそれとあまり変わらない。だが、目の組織構成や機能範囲が段違いなのだ。エルフ種は遥か遠方まで見ることができるよう毛様体と水晶体によるピント調整を行い、まるで双眼鏡や望遠鏡のように遠くが見れるようにする。
ピント調整は通常の人間でも可能な基本的な能力だが、先程も言った通り機能範囲がまるで違うのだ。
「今回のお相手様はエルフか……。でもヒョロっちいな、これじゃあ一発でノックダウンしちまいそうだ」
リューグナー・ヴェアヴォルフの対戦相手である男はリューグナーを見ると次の瞬間には評価を下した。
エルフと人間の違いは単純に言えば『エルフの方が目が良い』というだけで、それ以外の肉体的構造や機能に違いはない。つまり、力の差は同じなのだ。
平均能力は視力の良さからエルフが優っているということは確実だが、客観的に見てそれだけと評することもできる。
リューグナーは相手の言葉を意に介さず、コートのポケットに両手を突っ込んだまま目を瞑り、その場に立ち尽くしていた。
自分を無視されたことに対戦相手は舌打ちをし、リューグナーを睨む。
『さあ! リューグナー・ヴェアヴォルフ選手と木咲 夏炉選手の両選手が揃いましたので準決勝を始めましょう! ヴェアヴォルフ選手は一回戦および二、三回戦では魔石およびウェリオの使用は見られてはいないものの、その体技は相手を翻弄し見事内倒しました! 木咲選手はハルバードに装着されている魔石を使用し、対戦相手を打ち倒しております。さあ、この一戦はどうなるのやら』
二人が揃ったことをアナウンサーが放送し、これまでの戦いの一部を伝える。
魔石やウェリオの使用は禁止されてはいないため、存分に使うことができることはすでに周知の事実。そうでなければ観客席のガードとして傭兵を雇い入れることはまずない。
観客の盛り上がりにも繋がるため、全力での戦闘を所望しているのだ。
『それでは、レディ~ ファイト!!』
「先手はもらうぜっ!」
開始のゴングが鳴るとともに木咲は走りだし、ハルバードを片手でクルクルと回しだす。
アナウンサーからの情報通りなら、あのハルバードには魔石が用いられている。しかし、その力は以下なものなのかは不明である。
迫り来る木咲に対し、リューグナーは全く動く素振りを見せない。だが、両手はコートのポケットから出され、その緑眼は見開かれており猛獣の如く圧倒するような眼光を向けている。しかし、その手には黒いグローブが着けられている以外で何も持っていない。
(あれは……オープンフィンガーグローブ。こいつ格闘家か!)
打・投・極の格闘術をスムーズに行うために発案されたグローブ。指先の感覚を阻害させないため、指先が空いているオープンフィンガーグローブと呼ばれている。
超接近型の戦闘スタイル。近づけさせなければ圧倒でき、攻撃範囲は自分のほうが有利に進めることは明白だ。しかし、万が一にも接近させてしまえばあっという間に自分が不利に追い込まれてしまう。
だが、木咲はそれに怯むことなく真っ直ぐに走り抜け、リューグナーの目の前まで来ると回していたハルバードを止め、穂先をリューグナーに向け片手で突き出した。
突きが行われる瞬間、リューグナーもまた右手の甲を突き出した。
金属がぶつかり音が一瞬発生し、それが両者の間で響いたことが周りに知れ渡った。
しかし、
「ガッ!?」
ハルバードを持った木咲がリューグナーの後ろの地面に仰向けに倒れ、驚愕を苦悶の声とともに絞り出した。
一瞬の出来事をほとんどの観客は見逃していたが、当の本人である木咲は今の攻撃を見逃しはしなかった。
グローブの甲には金属板でも仕込んでいるのだろう。ハルバードの刺突にリューグナーは手の甲で対抗してきた。裏拳ではなく正拳突きと同じようにただ手の甲を突き出したのだが、当然威力は乗らずそのままぶつかればリューグナーの腕がへし折れるだろう。
しかし手の甲と刺突が衝突する瞬間、リューグナーは僅かばかりか腕を捻って回転させ刺突の衝撃を軽減させながら、ハルバードの刺突を逸らした。
そればかりか左手の甲を使ってハルバードを上に弾き、そのまま前進してきていた木咲を掴みその力を利用し、自らの力を全く使わずに投げ飛ばしたのだ。
信じられない程の速さと技に、木咲は目を瞬かせた。
すぐに立ち上がり、ハルバードを両手で持ち間合いを詰められないようフェイントを加え時間を作り、自分が今の投げで受けたダメージを把握していく。
受けた衝撃はそれほど高くはない。投げられるとわかったとき、咄嗟に取った受け身でなんとかダメージを和らげることができたのだ。齧った程度の受け身ではあったが、ないよりはマシ程度には和らげられたと思いたい。
(こいつ、戦い慣れているな)
一瞬の攻防だが、木咲はリューグナーの実力が相当上であることを知った。
魔物との戦歴はわからないが、人間との戦いは慣れている動きだ。
(おそらく、見た目通りに腕力や脚力はない代わりに技を磨き、相手の力を利用して戦う。なるほど、アナウンサーが言った通りの相手を翻弄するタイプの相手ということか)
近づかれれば厄介であり、近づかせなくてもハルバードの攻撃を利用され、技を仕掛けてくる。
武に富んでいても、どちらが相手を翻弄できるか、相手の隙を生じさせ技を極められるかが重要。
リューグナー・ヴェアヴォルフはそれに長けているのだろう。
(だが、問題はない!)
木咲はハルバードを片手で一回転させると柄を両手で持ち、再びリューグナーへと走りだした。
それと同時にリューグナーも木咲へと走りだし、両者の間隔は瞬く間に狭まった。
「そらっ!」
木咲は振り上げたハルバードを振り下ろし、リューグナーは振り上げを見た瞬間にその場で体を捻り回転、振り下ろしに対して左の裏拳で対処する。
裏拳に対し、木咲は握っているハルバードの柄を回し、斧刃を横に寝かせた。
本来ならばリューグナーの裏拳と衝突するはずだった刃は横に寝かせられ、このままでは裏拳の衝撃で折れてしまいかねない。しかし、それで終わる者ならばこの準決勝まで勝ち進めしない。
「ウゥオラアァァァ!」
体全体を使って大回転し、豪快なフルスイングで持ってリューグナーの体をへ向け木咲はハルバードを振るった。
その攻撃はリューグナーの腹部にめり込み、そのままあらん限りの筋力と地面にふん縛った足の力を使って振り抜く。そのあまりにも豪快な一撃はリューグナーを吹き飛ばし、闘技場の壁へと激突させ粉塵と土埃を舞わせた。
リューグナーへと叩き込んだパワーは身体を分断するか、斬ることは出来ずとも骨は粉砕骨折してもおかしくはないほどだ。
「……チッ、ダメだったか」
だが、木咲は今の一撃が決定打にならなかったことを、彼の姿を見る前に確信した。
その理由は、ハルバードから伝わった感触からの推測だけであるが、今まで戦ってきた中で培った勘から間違いないと断定した。
そして、その推測は間違ってはおらず、土埃の中からリューグナーはスーツに付いた土と埃をはたき落としながら平然と歩み出てきた。
「テメェ、どんだけタフなんだよ……。俺は名が売れてるわけじゃないが力には結構自身があった。いくら技掛けが上手いからって無傷ってのは……自信なくしちまうぜ」
回転斬りが迫ってきたとき、リューグナーは右手の甲を使って防御し、衝突する瞬間に地面を蹴って跳んだのだ。それによってグローブに仕込んでいる金属板への負荷は弱め、それと同時に自分へのダメージも減らした。
たったの一瞬でそれを判断し決行する。どう考えても並の実力者では到達しない領域だ。
「一つ、答えよう。本来なら他人の独り言に口を開きはしないが、特別サービスだ」
嫌な汗が浮かんできた木咲へ向け、リューグナーが始めて口を開き、人差し指を立てた。
「オレは体力に自信ある方だ。おそらくは……そうだなぁ、トップクラスだ」
立てた人差し指を掲げて見せ、どれほどの高い位置であるかをリューグナーは強調する。
「嫌な情報、ありがとよっ!!」
その挑発的とも言える情報に木咲は苦虫を噛み潰したような顔で笑ってみせ、牙を剥き、ハルバードの穂先を後ろに再び走りだした。
だが、今回はただの走っているだけではなかった。
ヒュンという風切り音が響いたかと思うと、木咲の動きが加速したのだ。
先ほどまでとは似もしない速度はあっという間にリューグナーとの間を狭め、ハルバードの石付きをリューグナーの鳩尾へと叩き込んだ。
今度は間違いなく、完璧に決まった感触だ。
「グ…………グ……ふ」
「どうだよ」
会心の一撃が届いたとわかり、すぐに柄を引きその場から二度後ろにステップして退避する。
木咲の持つハルバードには魔石が埋め込まれている。今の加速はその魔石を用いたものだ。
ハルバードに埋め込まれている魔石は2種。それぞれが違う力を発揮しているが、それには理由がある。
それぞれの魔石の力は柄に埋め込まれた『吸収(気圧)』と、穂先に埋め込まれた『放出(風力)』。それぞれが限定的な吸収能力と放出能力を持った貴重な魔石であり、限定されているからこそ2種以上の対となる魔石が必要となるものだ。
吸収はそのほとんどが特定のものを吸収し、木咲が扱っている『吸収(気圧)』はその場にある気圧を魔石が吸い込むものである。
そして、『放出(風力)』は接続(密着)している魔石を自らの能力開放のための栄養として、その内部の力を自らの力に変換し、それを開放する力だ。
『放出』の魔石はそのほとんどが他の魔石を必要とし、力を貰わねば使えないものだ。通常の『炎』を出す魔石と接続して使った場合、その『炎』を使って能力を開放するため、その炎の魔石は使い物にならなくなってしまうため相性が悪い。『吸収』の力を持つ魔石は近場に吸収するものがあれば際限なく取り込めるため相性が良い。
ちなみに吸収以外の際限なくエネルギーを取り込む魔石でなかった場合、最終的には接続されたその魔石はエネルギーを絞り尽くされ壊れてしまう。
貴重な魔石を使っての風力加速を持つ木咲はリューグナーに笑ってみせた。
だがその時、木咲はあることに気がついた。
リューグナーが小さく、何かを言っていることに。
『富に富む愚者の端くれ。塵に芥に築く結晶の山。全ては巨像に見ゆるだけの虚像』
「な、何言ってやがんだお前……」
まるで何かの呪文を詠唱しているように、戯言のように呟くリューグナーに木咲は恐ろしい物を見ている気分になった。
リューグナーは木咲の言葉には答えず、木咲へ目を向け、
『灰燼と終わりに佇めば、そこには何もなし、荒野に燃ゆる火柱が唯一柱』
「ブレイズ ユア コンタミネーション」
「っ!?」
詠唱を完成させた。
その名前が呟かれた直後、木咲は咄嗟にリューグナーの視界から逃れようとその場から左へと飛び退った。
一泊置いて、木咲がいた場所から花が咲くように炎が発生し爆発した。
いや、それは完璧なまでに、蕾から咲く花の造形だ。美しく、生命の神秘に満ちているように綺麗で、それに含まれる強大な破滅の熱は地獄の業火の如く恐ろしい。
「炎の魔石か!? だが、威力が……!」
逃げるのが一瞬遅かった。
木咲の右腕は炎の爆発に少し触れてしまい赤く腫れている。軽く触れただけでもこれだ、直撃を喰らえばこんなものでは済まないことは明白だ。
付けているグローブに魔石があるのか? いや、見たところそんな物体があるようには思えない。するとスーツの内部に組み込んでいると狙いをつけるべきだろう。
木咲は恐ろしいまでの威力を持つ魔石の存在に驚愕し、警戒を強めるとともに汗を浮かばせた。
思っていた以上の強敵が、目の前に現れてしまった。
「一撃で仕留めるはずだったが、予想外にも避けたな」
「嫌な予感が的中しちまったってところだこの野郎!」
罵倒するとともに木咲はハルバードを片手で振り回し、狙いをつけるやいなや穂先を向け走りだす。
つい一瞬前まで自分がいた場所は炎が咲き乱れ、逃げる思考や勝つ算段を考えこませず、自分の逃げ場を塞がれていっている感じがしてならない。
だが、木咲はこれまでも幾つかの死地は乗り切ってきていた。その経験を踏まえていけば活路は見えてくる。相手が予想以上の敵で、計算尽くであるとは思わない。
そう思い込んでしまえば負けるだけだ。
穂先を地面に向け、風力加速の力を得て速度の増したままカーブする。そして、そのまま一直線にリューグナーへと突貫を試みた。
しかし、リューグナーはそれを見越したかの如く、木咲の目の前に炎の花を咲かせた。このまま行けば、身体が丸焦げになってしまうに違いない。
「ここだあアァァァッッ!」
だが、木咲はその炎の花へと自ら穂先を真っ直ぐに構え、地面を蹴って跳び、突っ込んだ。
リューグナーがその光景に顔を固まらせる。その直後、炎が爆風とともに掻き消え、咲きかけの炎の花弁が観客席にまで舞い込む。
「リューグナー・ヴェアヴォルフウゥゥゥゥウウゥッッッッ!!!!」
そして、炎の花へと突っ込んだ木咲は、身体のアチコチに火傷を負いながらも花の中を突貫し、リューグナーの目の前へとやってきた。
炎の花の中で木咲はハルバードに吸収させていた気圧を全て風力へと変換、穂先から放出して暴風を作り出し、吹き飛ばしたのだ。単純ながらも最も成功とも呼べる方法を用いての突貫勝負。
それをやって退けた木咲に、リューグナーは称賛とも言える笑みを木咲へと向けて見せた。
「勝負だ!!」
空中でハルバードを両手で振り回し、まるで踊るように体を捻り回転させ穂先をリューグナーに向けた。
リューグナーは右脚によるハイキックでそれを弾き、足を入れ替えるとともにその場で一回転し、木咲の胴へ向け後ろ回し蹴りを繰り出す。よく見れば、リューグナーの両脚にも金属板のようなものがサポーターのように装着されていた。
だが、木咲はそれに気を取られることはなく、後ろ回し蹴りに対して穂先を弾かれたことで手の中で柄を持ち替え、石付きで後ろ回し蹴りに対向した。
しかし自分は空中、力の差は圧倒的であり地に足が付いているリューグナーが有利。と、観客たちは思っていることだろう。木咲はそう考えて自然と笑みを作った。
それは大いな間違いだ。
魔石の力を使い、穂先から風力を放出し石付きでの振りに無理やり加速を付け、威力を底上げた。
リューグナーの後ろ回し蹴りは打ち負かされ、風の力で吹き飛ぶ。
打ち負かされたが、吹き飛ぶリューグナーの笑みは絶えなかった。その視界内に木咲が映り込む。
「続けていくぞ!」
地面に着地した瞬間を狙われていることには、すでに木咲は気がついていた。
リューグナーの思考を先読みし、穂先を地面に向けていたことで即座に風力加速でその場を離れる。直後に発生する爆風に後押しされるようにリューグナーへと接近、その頃には吹き飛ばされたリューグナーも立ち上がっていた。
そのリューグナーの喉元に向けて石付きを叩き込もうとした直前、木咲の動きがピタリと止まった。
「な、何をした……ヴェアヴォル……フ……」
何がどうなったのか、自分でもわかっていない木咲に薄く笑みを浮かべたリューグナーは鳩尾に左拳を叩き込んだ。
「お返しだ」
その言葉とともに拳を振りぬき、木咲の体が勢い良く吹き飛ぶ。それはまるで、木咲自らが持っている魔石の力を得た風力加速が乗ったパンチのよう。
反対方向の吹き飛んだ木咲は壁に叩きつけられ、そのまま地面に倒れ込んだ。
そして、そのまま起き上がることはなく、準決勝はリューグナー・ヴェアヴォルフの勝利で幕を閉じたのだった。