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音剣奏者  作者: 癒遺言
No.1:ギンユウシジン ~ 出会い旅する二重奏 ~
8/11

2 - 2:「闘技場」

「闘技場か。なんでまたそんなところを目指しているんだ」


 痛みが少しづつ晴れていくと、陽色はその場に立ちエリオミルグに向かい合う。

 身長的にかなり差があるようで、エリオミルグの頭の天辺は陽色の胸ほどの高さ。必然的に陽色が立つと二人は見上げ見下げられる状態になる。

 面と向かい合って入るものの、見下されている感があるのだろうかエリオミルグは不愉快そうに眉を顰める。


「連れがいてな。そいつが闘技場に出場するらしく、その観戦をしようとしている」

「なるほどねぇ。それで道がわからなくて道案内役を頼もうとしたのか」

「その通りだ。しかし、当てが外れ役立たずに聞いてしまった」

「面と向かって初対面の人間に役立たずと言える根性だけは評価してやる」

「ほう、偉そうだな貴様」

「お前にだけは言われたくないな!」


 頭痛がしてきた陽色は側頭部に右手を当て、ため息をついた。

 なぜ自分が罵倒されなければならないのだろうか? わけがわからない。

 しかし、汚名返上ができる。闘技場の場所はこの国に訪れた時に既に知っていたからだ。

 陽色は前方、ちょうどこの国の中心部になっている場所を指差した。


「闘技場ならわかる。アウィージェが商業国として活気付いている一番の理由だからな」

「ほぉう? ただの役立たずではなかったようだ。ふむそうか、前に歩いて行けば良いのだな」

「……ああそうだ」


 どうあっても陽色は役立たずと言いたいのか、エリオミルグはてで口を抑えたまま笑う。

 ピンポイントに知りたい情報だけを持っていた陽色がおかしくてしょうがないのだろう。


「お前な、あのまま行きたい場所を俺が聞いてなければ、お前はもう少し迷っていたのかもしれないんだぞ。笑いものになってたのはお前かもしれない」


 闘技場はアウィージェの目玉。近くの国でアウィージェの闘技場を知らない人間はいないと言われるほど当たり前のことだ。それを知らないとなると余程の田舎者だ。


「ああ、わかっている。貴様のおかげで笑われずに済んだ。ありがとう」

「……素直に感謝は言えるんだな」

「礼もできんものは笑われる。当然のことだ」


 先程から笑われたり罵倒されたりと良い印象を抱けなかったため、始めてエリオミルグに好印象を抱けた瞬間であった。

 しかし、その反面で「非礼を詫びることはしないんだな……」と、心の中で思うのであった。


「さて、目的地もわかったことだ。闘技場に参ろう」

「おう、行って来い」

「ん? 何を言っている。貴様も一緒に行くに決まっているだろう」

「はあ!?」


 なぜそうなった。感情が顔に出るという表現的なものであるが、陽色の顔にはっきりとその言葉が声音と共に出る。

 ただの道案内のはずだ、なのになぜ道を示した自分が彼女についていかなければならない。


「我が道を外れる可能性があるだろう。道を示した貴様は責任をもって行こうとしている場所へ導くものだろう。それとも何か、貴様は一度(かい)を示した者がどうなろうとどうでも良いの一言で片付ける冷血漢だというのか」


 面倒くせぇ……。側頭部に当てていた右手を顔の正面に持ってきて陽色は空を仰いだ。

 痛いところを付いて来るというか、このエリオミルグと名乗った少女は相手を神経を逆撫でることに長けた才能を持っている。

 煽り、貶すといった行動は当然というように使う。しかし、先ほどのように良い結果に導いたことには恐らく褒めたり、持て囃したりもするのだろう。

 この少女のことは知らないが、しかしたった数回の会話によってそれがわかる。

 「苦手な相手だ」と、陽色は独り言ちた。


「わかった、送るよ……」

「ほう! 我が観察眼で見た通り中々に好青年だ。ならば善は急げということわざに習い、我が連れが敗退する前に行かねばならないな」


 有限実行。エリオミルグは陽色より一歩前に出るとそのまま真っ直ぐ、陽色が先ほど指差した方へと歩いて行く。その後ろ陽色は素直に着いて行く。


「はいよ。ところで、お前……エリオミルグの」

(ネーム)が長い。エリルと呼べ」

「……わかった、エリル」


 自分の名前なんだろう。それを自分で長いとか言って勝手に短縮……いや、別に構わないが……。

 頭痛が止まないが意識せずに、無言で首肯した。エリオミルグ、いやエリルは陽色より前を歩いているままで、こっちを見向きもしないのだが……。


「エリルのその連れって弱いのか? 今さっき敗退する前に行こうって言ったが」


 エリルははっきりと負ける前に、と言っていた。それはつまり、彼女の連れはそこまで強くはないということだろう。

 この大陸という世界では魔物という強大な生命体が城壁の向こうでそこかしこを闊歩している、そのため単純な強さは必要不可欠に近い。それができない者が多いからこそ、行商人という職に就かざる終えない人間が多いのだ。

 だから、陽色の中で疑問が生まれ彼女に質問したのだ。


「いや強いぞ」


 しかしエリルの口からは即答と呼べるくらいに早く回答が紡がれた。

 陽色の前を歩くエリルはそれはそれは駆け足で、一秒でも早く目的地に辿り着こうとする意思が垣間見える。

 だがその言葉も、その挙動も矛盾しかない。


「奴は強い。単純な力ではない、その信条(しんじょう)も、心情(しんじょう)身上(しんじょう)も高みにある。あれを超える者はそう居ぬだろう」

「似た言葉を繰り返すな。口にしただけじゃどういう言葉になってるか分からない」

「はは、すまないな、ついついあれと同じように口を動かしてしまった。つまり、信じているもの、心に秘めておる感情、財産。それらを他の誰より強く持っていると言いたいのだ」


 信じているもの、心に持っている感情、それと財産。最後だけなんだか引っ掛かってお金持ちってイメージしか湧いてこない。

 しかしその人物は闘技場に出場しても勝てるくらいには強いらしい。

 強くなければ、他の国から来れるはずもないから当然といえば当然だろう。エリルは一緒にこの国に来たと言ったため、その相手が強いということは確定していいだろう。


「ああ、そういえば聞き忘れていた」

「なんだ」


 前を歩いていたエリルはくるりとその場で身を翻し、陽色を見上げた。


「お前の名を聞いていなかった。名はなんという、傭兵よ」

「ああ、名乗ってなかったな」


 出会いが出会いで自分の名前を名乗ることを今の今まで忘れていた。彼女がわかっていたのは陽色が剣を背負っているということくらいで、それで傭兵と思ったのだろう。

 頭を掻き、陽色は改めてエリルの目を見ると名乗った。


「俺は夕凪 陽色。一応言っておくが俺の傭兵じゃない、旅人(タビビト)だ」

「なに……? 今、旅人と名乗ったか?」


 陽色の発言にエリルは目を見開き、聞き直した。


「ああ、俺は旅人だ。傭兵じゃないぜ」


 返ってきた変わらない返事にエリルはパチパチと目を数度瞬かせ、口をポカンと開けた。


「はは、ははは!」


 だが数秒後には口角を上げ、左手で目を覆い笑い出した。

 何が可怪しいのだと陽色は怪訝な目でエリルを見るが、エリルが笑うのは無理はないだろう。なぜなら。


「まさか死に急ぎな輩が居るとはなあ! はは、笑えてくるぞ陽色!」


 旅人と名乗るということは、魔物がうじゃうじゃと湧いている大陸を無茶を承知で渡り歩くということだ。

 その行動は王国で雇われ名声を得ている上級兵士でも取らない、正真正銘、正気の沙汰ではない行動だ。


 誤解のないように話せば、名声を得ているような兵士はそんじょそこらの傭兵よりも遥かに強く、次元が違う強さを持った者、幾百の魔物を打ち倒したような兵士や傭兵がいるという話はあり、実際に名前が広がっている者も存在している。

 『軍国』ヴァッツィンの誓騎士(せいきし)、『帝国』シュリーツェルの剛王と呼ばれている傭兵、『海艇国(かいていこく)木之国(コノクニ)風巫女(かぜみこ)

 このアウィージェには名が広がるほどの功績を持った存在はいないが、それでも数えられるほどに確かに存在しているのだ。魔物と幾百と渡り歩いた人間が。

 だが、そんな者たちでも、好き好んで外を出歩くようなものはいない。

 理由は単純、死ぬ可能性があるからだ。


「笑うな」

「すまないな、だがお前もわかっているだろう。この大陸という世界で旅人を名乗る者はまずいない、ということをな」

「ああ、知ってるさ。だが、名乗ってはいけないわけでもないだろ」

「確かにそうだ」


 実際に陽色も自らが名乗らない限りは『旅人』という単語を見聞きすることはまずない。

 それも、洒落ではなく本当の意味での旅人を名乗る人間は、自分を除いてルーゼルが話していた40年前に会ったらしい人物くらいだ。だが、その人物ももうこの世にいない可能性がある。


「いつ死ぬかわからない世の中だ。好きなことを好きにやって死ねる。たとえ行商人やっても、そんな人生ができれば一番だろ?」

「だが、それをできるのは困難だ。理不尽に生きさせられるのがこの世でもある。それでも貴様はそのように生きたいと願うのか?」

「どんな奴でも曲げたくないもんがあるだろ。俺が夕凪 陽色である存在証明みたいなもの、それがこの生き方だ。エリル、お前やお前の連れにもそんなものがないか?」

「……ふ、無回答(ノーコメント)とさせてもらおう。この回答は人に言えるものではないからな」


 エリルは薄く笑うと回答することなく、また前を向いて歩き出す。

 薄く笑ったその表情は、陽色への不満ではなく逆に満足いったとように見えるものであった。


「さて、闘技場に着いたように思えるが、ここで良いのか?」

「え? あ……ああ、ここで大丈夫だ」


 エリルが前に振り返った直後に口を開いた。陽色は彼女の言葉に驚き前を向いて確認すると、目の前にはドーム状の建造物があった。

 いつの間に……? 陽色はエリルがこちらを向いて話し始めた時、てっきり立ち止まって話していると思っていた。そうしなければ前方不注意でエリルが通行客とぶつかってしまうからだ。

 アウィージェという国は住民が多く、通行客もかなりの数で昼間にはぎゅうぎゅう詰めになることもあるらしい。そんな国で前を見て歩かなかったら? 次の光景が想像がつく。

 しかし、そんなことなく無事に着いてしまっている。まさか、そこまでの道のりはないだけなのだろうか。


「どうした陽色よ。まさか……闘技場ではないとは、言わないよな?」


 陽色の返答を不審に思ったのか、エリルは目を吊り上げ語調を強めて陽色を見上げた。


「いや大丈夫だ。ここは間違いなく闘技場だ、安心しろ」


 不審に思うエリルに自信満々に言う。

 陽色は以前にアウィージェに訪れたことはないため、闘技場を見たことはない。

 しかし、情報に聞いていた外観と一致しているものが目の前に在った。間違いない、ここが闘技場だ。



 硬化という混ぜ合わせた物質の硬度を増幅させる力を持つ魔石を粉状にし、建築に使う合金に混ぜ合わせることで魔石の攻撃でも滅多には破壊できない硬さを持った壁。外を見るためのガラスには衝撃の吸収する魔石を使い、簡単には割れないようにされている。

 観客席は選手が戦う戦場を囲むよう20mの高い位置に作られており、アウィージェに雇われた遠距離攻撃できる魔石を持った傭兵が守っている。

 闘技場には屋根はなく、空を飛ぶことができる選手は自由に空を飛び回って戦闘が行え、棄権となる領域がありそれは8人の審判が裁定する。

 それ以外ではほとんどが何でもありだ。


「観客は危険を冒してでも戦いを観戦したいのだろうか。陽色、貴様はどう思う」

「ほとんどの住人は外壁より向こう側には出られないだろうし、日頃の鬱憤とかを晴らしたいんだろうな。だから多少の傷なら大丈夫だと思ってるんだろう」


 エリルの言うとおり闘技場で観客が傷を負う可能性がある。大抵の攻撃なら魔石を持った傭兵が凌いでくれるだろうが、それでも防げない場合がある。そうなった場合、その責任は自己負担である。

 陽色とエリルの二人は闘技場の受付へと向かい、観戦希望だと告げると受付員から一枚の書類を受け取った。

 それは観戦に伴う傷は自己負担であるという承諾書だった。魔石を持った傭兵が防いでくれるが、万が一に発生した事故に関しては闘技場主催者側は一切責任は負わないと明言、それを受け入れるかどうかというものだ。

 二人はそれを最初から最後まで読み、おかしなところはないとわかるとサインし、受付員に手渡し観客席へと向かった。


「刺激がほしい、と言ったところか。毎日があまり変わらない、つまらない毎日を送れば人も腐るというものだな。陽色は特にそんな人間だな」

「俺は無理だな、毎日同じことだけしてる人生ってのは――――と、凄い人の多さだな」


 観客席へと出ると、二人の目の前には大群とも言える数の人の群れが形成されていた。

 実際には観客が席に座っているだけなのだが、座席が均等の位置に配置されそこに座っているため、まるでよく教育された兵士が並んでいるかのよう。

 壮観という言葉が相応しい舞台であった。


「これは……観客の熱気も凄まじいものを感じるぞ」


 エリルの言うとおり、観客がひしめき合っている会場内は熱気に満ち溢れ、それだけで湿度と温度を上げていっている。

 陽色は肌にじわりと汗が浮かぶのを感じ、横を見ればエリルも同じように肌を湿らせていた。

 周りを見渡せば席は殆ど埋め尽くされており、自分たちは席があるのかどうか疑問に思う。


「俺達の席ってあるのか……? あ、でも確か……」


 いや、違う。陽色はここでとあることを思い出した。エリルもそれに気がついているようで、舌を出して唇を湿らせた。


「先ほどには座席の位置までは書かれていなかった。つまり、立って観戦するか座席に座って観戦するかの二択」

「だが、早い者勝ちってことか」

「やむを得ん、一番前に向かって座席がなければ立って観戦するとするか。でなければ連れの情けない勇姿を観ることができん」

「せめてカッコいい勇姿を観ようと思おうぜ」

「無理だな」


 断言するエリルに陽色は彼女の連れに同情を禁じ得なかった。

 ここまで言われるということは、何か問題でもあるのだろうか? 例えば、連戦ができないくらい体力がないというような。

 と、そういえば……。


「なあ、お前の連れってなんて名前なんだ」


 彼の連れの名前を聞いていなかった。ずっと『あれ』と呼ばれていたりしているが、正式な名前はまだ聞いていない。

 前へ前へと進みながら、陽色はエリルに聞いてみた。


「ああ、そういえば言っていなかったなぁ」


 エリルも忘れていたらしく、今聞かれて思い出したとばかりに手を打つ。

 おい、一応友達か仲間の類だろう。さすがに名前を教えるのを忘れるのはいかがなものか。まあ、忘れていたのは彼女だけではないのだが……。

 「ふう」と最前列まで辿り着くと、不思議なことにほとんどの席が開いていた。座っている者ももちろんいるのだが、貴族といった高貴な職の人間でない者も座っている様子でなにか奇妙だ。

 なぜ最前列だけがほとんど空席なのだろうか?


「おお、ちょうど良く連れが出ているではないか! なんとか間に合ったようで良かったぞ」


 しかし疑問に思っている陽色とは逆に、エリルは何も気にせずに最前列の席に座り指を差した。

 仕方なく陽色も隣の席に座ると、彼女が指差す人物に注目した。


「紹介しよう、我が連れのエルフことリューグナー・ヴェアヴォルフだ!」


 闘技場の上に緑眼長耳の黒スーツを着た長身痩躯な、枯れ木のようにほっそりとした体型の『エルフ』の男性が立っていた。

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