1 - 4:「夜明けのアザルド」
「いやぁ、追いかけられたときは死ぬかと思った」
「無事でよかったよ」
バルヅガイを倒した後、陽色は、すぐに馬を城壁まで走らせたルーベルと合流した。雇い主であるルーベルの安否を確かめていなかったため、無事な状態を確かめることができた陽色はほっと息を吐いた。
二人は荷台の中から縄を取り出すとすぐに気を失っているバルヅガイを簀巻きにする。その合間にルーベルはバルヅガイに追い掛け回されている間のことを話していたが、自分の手の中にある縄とバルヅガイとを見比べ、ふと疑問が湧き陽色へと尋ねた。
「ところで陽色さん。本当に縄は必要なのかい? オレっちにはもういらないと思うんだが」
ルーベルの目には、すでにボロボロになっているバルヅガイの姿があった。両翼の皮膜はほとんど破れ、爪もないと言っても過言でない程に砕けている。本当にこれが必要なのか、ルーベルは疑問に思った。
陽色は「ああ」とだけ返し、バルヅガイを簀巻き状態に縛り上げてからそれに答えた。
「バルヅガイは飛べなくても十分人間を殺せる力を持ってる、縄で縛っても自力で抜け出せるくらいのな。まあ、今起きてもその力は発揮できないだろうが。だが、なにもしないよりかはマシだ」
バルヅガイに猿ぐつわをすると手の平をはたき合わせた。
最大の武器である超音波をこれで完全に防げるわけではないが、簀巻きにしたこと同様、無いよりはマシな対策だ。
陽色は簀巻きにしたバルヅガイをまだ崩れていない民家の中に放り込み、改めて一夜を明かす場所を探そうとしたが、ルーベルが「良い話がある」と指を立てた。
「逃げている最中、寝泊まりできそうな場所を見つけたよ」
「お、本当かルーベルさん」
「ああ、一晩で崩れそうにない家だった」
「じゃあ、そこで決まりだな。案内、よろしく頼むよ」
「おうよ!」
探す手間が省け、二人は荷馬車に乗ってルーベルが探し出した家へと向かう。向かう途中、また魔物が現れる可能性があるので、今度は陽色が外に出て辺りを見回しながら進んでいった。
道中、陽色が夜の空を見上げると、先ほどまでの戦いが嘘のような静けさに包まれていた。陽色の手には先ほどの戦いの余韻が熱として残っており、ぐっ、と力を入れると血が腕に集まると共に熱がさらに生まれる。
その後ろ姿を見ていたルーベルは、先ほどの戦いで新たに生まれた、気になったことをその背中に投げかけた。
「陽色さん、気になったんだが、お前さんの背負ってるその剣、もしかして『ウェリオ』かい?」
バルヅガイとの戦闘の最中、ルーベルはその剣が爆発するところを目撃した。そして、逃げている最中にも爆発音を何度も耳にした。陽色と出会ってからまだほとんど経っていないが、気さくに話せる相手ではある。
「もしくは『魔石』を使った武器……なのかい」
『魔石』という言葉に陽色の肩がぴくりとわずかに揺れた。
魔石とは魔物の一種と考えられている『鉱石』である。魔物化同様、その存在は62年前の大規模な魔物化以前にも確認されていた。しかし、魔石を採掘できる場所はほとんどなく魔石を採掘できる場所は王国が占めていた。そして、魔物化の発生が急激に増した62年前、時を同じくして魔石の採掘場、つまり魔石が急激にその数を増やした。
研究者たちはなぜ大規模な魔物化と同じときに魔石が増えたのか、それを研究したが魔物化同様、その謎を知ることはできなかった。そのため、魔石も魔物の一種と考えられたのである。また、魔物と似通っている箇所は他にも存在する。
魔物にはそれぞれの種に特殊な力を持っている。そして、魔石はそれぞれ別々の力を有する特殊な鉱石である。炎の力を持っていたり、水の力を持っている。そして、これと同じくウェリオという魔物も同じくそれぞれの固体によって有する力が違う。これによって、魔石で作られた武器なのか、それともウェリオを持っているのかは初見では判断できない。言葉を話したならウェリオだと判断できるが……。
また、力の発動方法は魔石とウェリオ、それぞれ異なっている。魔石はある行動をとることで自動的に発動する『強制力』がある。ウェリオは、ウェリオが自ら発動するため、ウェリオの使い手は予め発動するための『サイン』を決めておく必要がある。このため、魔石の方が自分の好きなときに発動できるのと、王国が管理しているため入手しづらくはあるがウェリオよりも入手しやすいため、好まれ易いかもしれない。しかし、ウェリオは自身の判断で力を発動することが可能だ。これにより、もし使い手の手から離れたとしても力を発動して使い手のサポートを、ピンチをすくうことができる。ただし、ウェリオは自分の力でその場を動くことはできないが……。
また、話さなければ魔石を使用した武器とは見た目が全く変わらないため、最後の最後までその正体を隠すことができる。これにより、優位性は魔石使用の武器よりもウェリオの方が僅かばかりか高い。
陽色はふっと笑い、ルーベルに顔を向けると人差し指を立てた。
「残念だが内緒だ。こいつは俺の奥の手だからな」
「ん~、まあ確かにオレっちに話す理由がないな。だが、一緒に行動している身としては力だけでも教えてもらいたいもんだぜ」
その言葉に陽色はむっ、とうなり声を上げた。
確かに、強い力を見せればルーベルの道中は幾分かは安全だろう。だが、その実力なら今先ほどのバルヅガイとの戦いで見せている。
それで信用は得られているだろうが、ルーベルはさらに力を示せと陽色に言った。もし、ここで力を示さなければこのアザルドに置き捨てられる可能性がある。
ルーベルは冗談交じりに言った言葉なのだが、陽色は真剣にそれを考えだした。それに気づいたルーベルは両手を振って誤解を解こうとした。
「いやいや! 陽色さん今のはちょっとした茶目っ気で言ったことだよ、真剣に考え込まなくて決行だ!」
「そうだったのか? だが、ルーベルさんの言葉ももっともだ。俺の実力を少しでも知っとくと安心するだろう」
「まあな。だがそれはさっきの戦いで十分承知した」
「強いってのは十分わかった」。ルーベルはそう言うと何度も頷いた。しかし陽色は顔を顰めたまま。そして、口を開くと自分が持っている力、背中に背負っているものについて話し始めた。
「俺の持ってるこいつの力は『爆破』だ」
「『爆破』……?」
「ああ、ただ接触したものとの間で『爆破』するだけの力だが、強弱をつけることができる。大爆発を起こして地面を割ったり、鍔迫りの最中に小さな爆発を起こして強制的に引き離したりな」
「ほうぇ……便利な力だなぁ……。だがよ、それってお前さんにも爆破したときの負荷が掛かるんじゃないのかい? ほら、衝撃とか爆風とか」
「ああ、確かにあるぜ。爆風は細心の注意で当たらない角度で起こせば問題ない、衝撃はもう慣れたな。最初はもう腕ごと真後ろに吹っ飛びそうになったが、今はもう耐えれたり逆に利用して跳躍するのに活かしてる」
「……ちょっと普通の人間にはできそうにない芸当なんだが」
「ルーベルさん、一応言っておくが俺は魔物じゃないぜ」
「まあ、わかってるが」、そう言うルーベルを見る陽色自身も、自分で言っていて普通ではあまりできそうにないかなと感じているようで、明後日の方向を見て苦笑いを浮かべている。
二人の談笑が途切れると、見計らったかのように目的地へと着く。それまでの間、魔物も襲ってこなかったためルーベルは安心して荷台から降りる。陽色はまだ安心はできないと周囲を見回すが、視界には何も写らなかった。
ルーベルが無事目的地の前に立つのを見ると、陽色も地面に足を着けてルーベルと共に目の前の民家を見る。
二人が目の前にいる民家は苔や蔓がびっしりと張り付いてはいるものの、その下の壁はまだ皹がそれほど入っていない、強襲を受けない限りは壊れそうにないものだった。
陽色が壁を手の甲で叩くと、こつこつと音を立てる。陽色はその音に満足いくものを感じたのかうっすらと笑みを浮かべてルーベルに向き直った。
「ああ、ここなら一晩は持ってくれるだろうな。よく見つけられたなルーベルさん」
「オレっちたち『行商人』は逃げるしかないからな。こういうときにこそ役に立たなきゃならんのだよ」
ルーベルは卑下ではない良い笑みを浮かべ鼻をかいた。
外に繋ぐしかない馬を近くでロープで繋ぐと、二人は荷台から荷物を民家の中へと移していく。もし眠っている間に馬が殺され、荷台を荒らされても大丈夫なようにだ。もしそうなってしまったら徒歩で次の国まで行かなければならないが、荷物はここに置いていけるものばかりだ。最悪、往復して取りに戻るがなくなるよりかはマシである。売るための品がなければ行商人は生きられないのだ。
最後の積荷を民家へと移すと、二人は荷物の中から皮袋を取り出した。大人一人がすっぽりと入るものだ。
当然ながら民家の中にはベッドはなく、床で眠ることになる。二人はそれを承知でここに来たため不満はなかった。むしろ、安全に眠ることができ感謝するぐらいだ。
馬は近くに繋いであるが少し離れた場所であるため、念入りに探さなければ見つからないだろう。
「無事に一晩経つといいな、ルーベルさん」
「なに、そうなった時は陽色さんが剣を取ってくれるんだろ?」
「そりゃな。今の俺はルーベルさんの仮パートナーだ。パートナーであるルーベルさんを助けない理由はない」
「それはありがたい」
かっかと快活に笑うルーベル。ここまで誠実な男を見たことがないのか、本当に楽しそうである。
ルーベルはしばらく笑っていたが、声音が少しずつ下がっていき、そして緊張したかのような声で陽色に尋ねた。
「なあ、陽色さん。お前さん……」
尋ねながら首を陽色のほうへと向けると、そこにはすでに小さな寝息を立てている陽色がいた。その早い熟睡にルーベルは口を開いたまま、時間が止まったかのように静止した。しかし、すぐに正気に戻ると今日の出来事を振り返り、そして息を吐く。
「今日一日でお前さんから色んな衝撃を教えられたよ。無闇に剣を振り回さず、害はないとわかれば魔物でも逃がし、脅威となり襲い掛かった魔物は剣を振る。もし、あのバルヅガイがそのまま何もせずにいたら、多分お前さんは剣を納めたんだろうねぇ」
空の見えない天井を見ながらルーベルは今日見たことを話す。
自分が何十年と生きて知らなかったことを、十何年しか生きていない男に教えられたこの日のことを、ルーベルは目から鱗とばかりに胸の中で反芻する。
「明日は、とりあえずは馬が無事かを確認して、無事なら荷台の中で……正式なパートナーにならないかを…………聞いてみよう……」
心地の良いままうつらうつらと波に揺られ、ルーベルは夢の中へと船を漕いで行った。その夢が何かであるかは、誰にもわからない。
「……どうすっかな」
目を瞑ったまま、陽色は先ほどのルーベルの言葉の答えを探していた。
*
朝日が昇り始める頃、民家から外へと出た陽色は屋根へと上り朝日を目にしていた。
「何事もなくてよかった」
背伸びした後、眼下でバケツに首を突っ込んでいる馬を見る。干し草と一緒に麦類や豆類を入れたバケツをむしゃむしゃと、よほどお腹を空かしたのだろうか夢中で食べている。
ルーベルは陽色と一緒に起きて馬が無事を確認すると、朝食を作るために飯盒を用意し始めていた。
陽色は足や手を伸ばして一通り準備運動を終えると、屋根から屋根へと飛び移って朝の運動を始める。国の中で泊まると毎朝こうして運動をしているのだ。国外で朝を迎えた場合は近辺を歩いて魔物がいるかを確認している。
ふと、昨日倒したバルヅガイが気になり、陽色は簀巻きにしたバルヅガイを放り込んだ民家へと屋根を飛び伝って目指す。その時、陽色はそれを見た。
「なんだよこれ……」
それは、もう少しで目指している場所へと辿り着く街道の真ん中。それは、一目見ても元の形がなんであったかがわかる。しかし、なぜそうのなったのかは誰にもわからない。
「なんでバルヅガイが焦げ死んでんだ……?」
屋根に上った陽色の目の前には皮膜が大きく破れ、爪がほとんど砕けた、昨日陽色が倒したバルヅガイの焼死体があった。