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音剣奏者  作者: 癒遺言
No.1:ギンユウシジン ~ 出会い旅する二重奏 ~
2/11

1 - 1:「夕凪 陽色」

 舗装(ほそう)されていない行路を一台の荷馬車が通っていた。

 馬はゆっくりと散歩するように行路を歩き、その馬が歩くごとに発生する振動は木で作られた荷台に伝わっている。荷台はその振動に揺り籠のように揺れ、ゆったりと心地よい揺れを床に座っている乗客に送っていた。

 荷台の中には男が二人座っていた。一人は青いベレー帽を深くまで被り、横に大きいリュックを背負っている『行商人(ぎょうしょうにん)』。リュックには様々なものが詰められていて、紐で無理やり口を締めているが大きな花瓶が顔を出している。

 もう一人の男は鎧を身に着けてはいないが、赤い鞘に収められた長剣を背負っているところを見るに、どうやら剣士か傭兵と言ったところだろう。


「あ~と、陽色(ひいろ)つったか? お前さん、なんでこんなところに用があるんでぃ」


 行商人の細められた緑色の目が男 夕凪(ゆうなぎ) 陽色(ひいろ)へ向けられる。その目は、陽色を珍しい物を見るような目であった。

 現在、この荷馬車が向かっている場所はその昔、まだこの大陸の中で国と国との間の貿易が盛んであったとき、『旅人(タビビト)』と呼ばれている冒険者たちの休憩場であった国だ。

 商業を生業としている人間と、勇猛果敢に大陸を足で渡り歩く旅人は常に行動を共にしていた。行商人は物の売り買いを様々な土地ですることが目的だが、行路を進む中、危険は付き物である。旅人は未だ謎のままの土地を探求するすることを目的をしているため、旅人と行商人はお互いの利益が合い、常に旅を共にしていることが多かった。


 しかし今の時代、旅人は少なく、行路を足で歩く()き者も滅多なことでは見ない。


「『魔物(マモノ)』が大陸を闊歩(かっぽ)するようになってからすっかり旅人を見なくなった。オレっちみたいなしがない行商人の旅のお供をするような酔狂な奴、お前さんが初めてだ」


 魔物、それは62年前に突如発生した『大規模な魔物化』によって、新たに生まれた物に名付けられた名称である。

 魔物化とは、動植物や水、有機物、無機物に関係なく全てが変異する現象のことである。もちろん、人間も例外なく含まれ、魔物化する。魔物化自体は62年前に起こった大規模な魔物化以前にも起こっていたが、その時になるまで名前は付けられていなかった。

 名を付けられていないということはそれまで危険視されていなかったということである。滅多なことでは起きず、起きたとしても魔物化した数は少なく、すぐに討伐(とうばつ)されていた。

 しかし現在、62年前に起こった魔物化によって多くの国が亡び、王が魔物化した国は地獄、魔境と呼ばれるようになった。生き残った者はまだ滅びていない国に救いを求め、国はそんな人々に手を差し伸べながら城壁を強固な物へ変え、そして兵を(つの)った。兵に志願する者は多くも少なくもなかったが、それでも募る者たちはいた。それは旅人たち。

 そして、旅人は徐々に、徐々にいなくなっていった。


「まだ、旅人は死滅してはいないだろうオッサン」


 しかし、完全にいなくなったわけではない。

 陽色はニカッと行商人に笑い返した。


「ごく少数……というより、米粒くらいだが、まだ旅人はいる。俺もそうだ。危険はかなり伴うが、まだまだ開拓されてない未知の秘境がある。俺はそれを見てみたいんだ」


 純粋な探究心を持った黒い目が爛々と輝く。いないのではない、見ていないだけ、陽色はそう言った。

 行商人はそれを見て口をぽっかりと開け、驚く。すぐにはっとすると、行商人は自分の膝を叩き、その場で笑い出した。


「はははっ! こりゃ生粋の『旅人』だ! 今の生業(なりわい)を始めてからオレっち、こんな奴を見たのはお前さんで二人目だぁ」

「ん、二人目か」

「おぅよ。お前さんもさっき言ってたろい、「『旅人』は死滅してはいない」ってな。まあ、40年で二人目だがね」


 それは遠い過去のことなのだろう、行商人は空を仰ぐ。荷台はすっぽりと布で覆われているため空を見ることはできないが、彼の目はその向こうに広がっている青空を見ているようだった。

 陽色は不意にその一人目が気になり聞こうとしたが、不意に耳に届いた異音によって口を閉ざす。そして数瞬後、馬の(いなな)きと同時に荷台が大きく揺れた。


「な、なんだい!? まさか!!」


 馬が暴れたことによって荷台が跳ねる。それに行商人が慌てだすがすぐにその原因の一つを思いつく。陽色もその可能性に当たりをつけ、背中に差している長剣の柄を掴む。

 今の大陸で、行路を渡り歩く荷馬車を止める存在は大体一つだ。陽色は行商人に目配せし、行商人がそれに頷くとすぐに荷台から降りた。

 数時間ぶりに外へ出ると、陽色は深く深呼吸した。行路が舗装されていないせいか、自然に(あふ)れる()んだ空気が肺へと染み渡る。しかし、空気はすぐに湿っていった。

 汚染されていくのではなく、現実に湿度が上がっていっていくのを肌で感じ取った。陽色の視線がそれを発生させた物体へと向けられる。


「あれは!」


 荷台から顔だけを覗かせた行商人がそれを見て驚く。

 それは粘質のある水と、中心部に存在する5㎝ばかりの三つの球体で構成された魔物。粘質のある水はねばねばとした印象を与えるが濁りはなく、むしろ山に流れる湧き水の様に澄んだ色をしている。

 その粘質の水をよく見ると、水は球体を中心にして流れているようで、粘質であるためか気泡(きほう)が流れに乗って球体の周りを回っている。


「『スライム』か」


 荷馬車の前に壁を作っている魔物、それは『水』が魔物化した存在、スライムと呼ばれる魔物だった。魔物化した物は全てに意思が宿り、自らの考えで行動する動物と化す。

 スライムを見た行商人は顔を青くさせ、陽色に呼びかける。


「お前さん、ここは逃げたほうがいい! 相手が悪い!!」

「あん?」

「スライムの名称を知ってるならお前さんもわかってるだろ!! 剣じゃ勝てない!」


 行商人の言葉を聞き、陽色は相手の言っていることを理解した。

 スライムは『水』が魔物化した存在だ。その水は剣で斬られても文字通り『|歯(刃)が立たない』。すぐに水が斬られた場所を修復し、何事もなく活動を再開する。剣や打撃武器を持っている者にはまさに、分が悪い魔物なのだ。

 しかし、勝てないわけではない。魔物化した水、スライムには弱点となる箇所がある、それは中心部に存在する三つの球体だ。球体はスライムの心臓と呼ばれるもので、それを破壊することでスライムを殺すことが可能なのだ。しかしなぜ三つも球体が存在しているのか、なぜ球体が魔物化したときに生まれたのかは、未だに解明されていない謎である。

 陽色は()め息をつき、行商人の言葉を無視してスライムへと近づいていく。後ろからは行商人の叫び声やら陽色を止める声が聞こえる。


(一応、心配はしてくれてるんだな)


 自分の命を心配してくれているのが嬉しいのか、陽色は少しばかり顔を(ゆる)めた。しかし、その顔は前を向いているため行商人がそれを見ることはないだろう。


 スライムに近づくと陽色は足を止め、鞘から引き抜いた長剣を地面に刺した。スライムはその中心に存在する球体を水の流れに乗るまま回転させていた。それはまるで、何かを急いでいるだった。

 陽色はスライムをじっと見て、そのまま何もせずにいた。行商人は陽色が何をしたいのかがわからず、口が渇くまで陽色を呼び続けた、「危険だ」と「逃げろ」と。

 しかし、陽色はそん場から離れることはせず、ただただスライムを見続けた。

 不意に、スライムの球体の回転が遅くなったように陽色は感じた。それと共に、スライムの中で流動する気泡がぽつぽつと表面へと昇り、そして大気へと消えていく。

 それを確認すると陽色は微笑み、そして口を開いた。


「行けよ、急いでんだろ?」


 それが果たしてスライムに伝わったのかはわからない。しかし、スライムはその粘質のある水で引きずるようにその場から動き、そして行路から離れた草むらへと消えて行った。

 その水が完全に草むらへと消えると、陽色はようやく地面から長剣を引き抜き、背中の鞘へと納めた。その光景を見ていた行商人はぽかんとしていたが、正気に戻るや否や荷台から飛び降り、陽色の傍へと走り寄った。


「ど、どういうことだ今のは? お前さん何したんだ!?」

「何もしてないが」

「だ、だが今の……スライムが攻撃してこなかった!」


 陽色は行商人の言葉にまたも溜め息をつく。

 本来であれば、危険視されている魔物はすぐに倒すのが通常である。それは陽色も知っていることであり、素直に頷くことでもある。

 しかし、頷くのは『危険視されていれば』の話だ。


「魔物は確かに危険性はある、だが、なぜ危険なんだオッサン」

「そりゃ攻撃性が高いからだ。すぐに攻撃してくるからだ」

「そうだな。なら、なぜ攻撃してくるんだ」

「そんなことは……わからない」

「だろな」


 なぜ魔物が人間を襲うのか、それはわかるものではない。

 なぜなら、相手との意思の疎通ができないからだ。言葉を交わすことはできない、相手がどんな行動をするのかもわからない。

 魔物がどう人間を捉えているのかはわからない。


「魔物も同じさ。人間のことはわからない、だから怯える」

「ま、まさか……さっきのスライムは!」


 陽色の言葉にはっとなり、行商人はスライムが消えた草むらを見た。そこにスライムがいるのかはもうわからないが、行商人は目を離せずにいた。


「魔物はみんな人間と同じく、いや、動物と同じく意思を持ってる。だったら、もしかしたら俺たち人間と似通った部分もあるんじゃないかな、見えない部分で」

「…………」


 今まで考えたことのなかったことに、行商人は何も言えずにいた。

 魔物化は62年経った今も謎しかない現象だ、研究者も頭を抱え、(ひね)っても一歩も前進できていない。中には諦める者も、自分が理解できないことを信じ切れず自殺した者もいるそうだ。

 そして、謎を解明することができなかったある研究者は、魔物化を『奇跡』と呼んだという。


 だが、そんな研究者を含めた人間の中で、陽色のような考えをする人間はおそらくいないだろう。少なくとも、行商人は風の知らせですら聞いたことがない。


「こりゃたまげたな……」

「スライムを相手するのは確かに面倒だからな、戦闘にならなくて良かった」

「もし、戦闘になってたらどうしたんだ?」

「うまく戦うさ、依頼人兼仮のパートナーであるオッサンを見捨てるわけにはいかないからな」


 もし戦うことになっても逃げる気はない。その言葉に行商人は言葉を無くした。

 元々、陽色は自分を守るために荷台から降り、そして、相性の悪いスライムを相手に戦うつもりだったのだ。それはまるで自身が子供であった頃、魔物化によって混沌の極みにあったときに聞かされた『旅人』と『行商人』の関係のようである。

 今の大陸にはない自由で、心が(おど)るような夢物語。その夢物語の登場人物であるかのような陽色に行商人は口を大きく開いて笑った。


「はっはっは! お前さんは生粋の『旅人』だなぁ」

「だから言ったろ? 旅人は死滅してないってな」

「違えねぇ! 陽色さんみたいな『旅人』はいなくならないでほしいね」


 長剣を地面から引き抜いて鞘に納めると、二人はどちらともなく荷台に乗り、再びゆっくりと進みだす。その頃には馬は落ち着きを取り戻しており、問題なく足を動かしていた。

 先ほどと変わらない心地よい揺れに身を(ゆだ)ねていると行商人が思い出したかのように口を開いた。


「そうだ、陽色さん、そろそろオレっちの名前を呼んでほしい。傭兵(ようへい)みたいに雇っちゃいるがな」

「ああ、そうだな。だったらそっちもさん付けじゃなくていいよ」

「いいや、命を助けてもらってるこっちの身、礼儀を払うのは当然のことだ」

「そうか……わかった」


 現在は特に命の危険が伴う旅だ、後を助けてもらっているのだから礼節は大事なものだと商業人は話す。敬語ではないが、陽色には行商人の身振りの端々に相手に敬意を表していることが感じられた。おそらく、これまでの人生の中で自然と身に着いていったものなのだろう。

 相手はそれを崩す気がないことがわかり、陽色もそれを了承(りょうしょう)した。


「それじゃ、改めてよろしく」

「おう! こっちこそよろしく頼む」


 ゆっくりと行路を進み、二人は次の目的地である国へと向かった。



             *



「陽色さん……本当にここでいいのかい?」

「ああ、ここでいい。ありがとうルーベルさん」


 夜の闇に(おお)われ、辺りが真っ暗な中、目的地へとたどり着いた二人。陽色は『行商人』 ルーベル・アーケストに頭を下げてお礼する。

 ルーベルも会釈(えしゃく)するように頭を下げると、なぜ陽色がここを目的地にしたのかがわからないといった顔を浮かべる。


 二人の目の前には大きな城壁が(そび)え立っている。その壁の向こうにはさらに大きな塔 望遠台と狙撃台の役割を持つ防御塔が建っている。聞いた話によると、それは魔物から民を守るために建設されたらしいものらしい。しかし、それが機能することはない。

 貧民から国王へと出世した珍しい国は、魔物から民を、魔物によって国や村を追われた難民を護るため、全てをつぎ込んで作った城壁と防御塔によって亡んだ。目の前にあるのは護るべきものを亡くし、それでもなお国を護ろうとしている悲しき遺産だ。


 遠い、遠い昔、この国はそれはそれは裕福だった。

 行商人に旅人、貧民の心を理解している国王、王を慕う民たち、どの国も憧れるような国だった。各国が真似(まね)たいと、素晴らしい王国。

 しかし、国は滅んだ。悲運だったと、どの国も目を閉じた、手を合わせて冥福(めいふく)を祈った。誰もその国を「ざまあみろ」と影で(わら)うこともなかった。

 悲惨だった。国王は民を護るために全てを費やしたというのに、その全てを護ることができなかったのだから。

 貧民国『アザルド』。国としての領地は小さくはあったが、どの国よりも民を愛し、活気に満ち溢れ恵まれていた国だ。

 陽色は真っ暗な外を見て自分がなぜここに来たのかを話した。


「もう夜だからな、夜行性の魔物から護れる気がない」

「なるほど、囲まれる可能性もあるからこの国で一息つこうというわけだ」

「ああ、夜目はあまり利かないから不意打ちを食らったらおしまいだ。なら、昼に行動するべきだ」


 ルーベルは陽色の提案に頷き、城壁へ向けて馬を歩かせた。星の明るさはあるがスズメの涙程度だ、草むらに(ひそ)められたら見つけ出すのは困難、危険を冒してまで夜の行路を進む気はない。

 下手をすればそれで死んでしまう可能性だってあるのだ。



 城壁を抜け、民家や農家を抜け、二人は王城へと向かっていた。

 民家で休むことも検討したが、頑丈な作りをしているであろう王城なら安心感が違うと考えた末の判断であった。

 二人は荷台から身を乗り出して周りを確認すると、床に座って一息つく。


「……今のところ、魔物もいなさそうだな」

「それが一番だ。オレっちはクソの役にも立たないからなぁ」


 ルーベルの言葉に陽色は苦笑いする。確かにそうかもしれないが、それを肯定するのはさすがにルーベルに申し訳ない。しかし、ルーベルは自分の非力さを理解していた。


「はっきりと頷いてくれぃ。オレっちは行商人でお前さんは旅人、力の差は歴然どころか月とスッポンだ。だから、行商人、というよりもオレっちは旅人の力を借りるんだ」


 行商人に力がないわけではないが、単純な力の差ではまず喧嘩(けんか)でそこらの大人にも勝てない。

 行商人の多くは非力さを知恵で補い、売り買いで生きていく。魔物がいるこの大陸、行商人よりも傭兵(ようへい)の方がお金を稼ぐことができる。

 傭兵は旅人の少なくなったこの大陸において、自らの力でなんとか魔物と太刀打ちが可能な者の一つである。傭兵は兵法の知識に長け、学び、培った力をお金を貰うことで貸すのだ。国に雇われた者の中にはその力を見込まれ、兵士にならないかと勧められる者もいる。兵士になれば定期的に、そして傭兵であった頃よりもさらに恵まれたお金が貰える。

 しかし、行商人にそれはない。力がなく、収入も傭兵以下。売り買いのための品も目を真っ赤にするほどに見開かないと探し出せないほど。危険な大陸を歩くには数人の傭兵の手を借りなければならない。

 いつ死んでもおかしくはない、けれど行商人をやめる人間はいない。農家をする人間は力仕事に長けた傭兵がしている。そして、それは国に収められ、そして市場に出される。傭兵をする者には農業をすることを国が義務付けているのだ。それはどの国でも同じである。

 行商人は自分の生計を立てるために残された最後の仕事なのだ。

 しかし、ルーベルは行商人を誇っているように感じる。


「なあ、ルーベルさんはその……行商人であることを苦痛に感じたことってないのか?」

「そりゃあるさ。食ってくにはこれしか方法なし、品物を手に入れるのも一苦労、さらにはいつ死ぬのかもわからない。実際に何十回も死にかけた。だが、オレっちはやめる気はないね」

「それはやっぱり、やめると飢え死にするからか」


 行商人をやめた者にはほぼ必ずと言っていい程、その後飢え死にする。何もできない、その一言で済んでしまうのだ。

 行商人であっても死ぬ可能性が、行商人でなければ確実の死。弱肉とはこれのことであると思えるほどだ。

 ルーベルはそれに首を振った。


「オレっちはただ、行商人でありたいだけさ」

「それは――――!」


 ルーベルがなぜ行商人であり続けたいのか、それを問おうとしたとき、二人の耳に届いた音があった。

 それを耳にした瞬間、陽色は荷台から体半分を外に出し空を見上げた。

 見上げた空は闇に覆われ、星の光がその闇を彩っている。赤い星、微かに緑色に見える光はまるで豪奢(ごうしゃ)な宝石箱を飾るルビーやエメラルドのようだ。

 その光を覆う大きな影が空に浮かんでいた。


「おいおい…………勘弁してくれよ……!」


 赤く純血しているかのようなぎらぎらとした大きな目、頭二個分と妙に大きく肥大した耳、足まで届く鋭く長い二本の牙。乱杭歯のように翼の周りを飾る無数の爪。

 荷台から体半分を乗り出し、それを目撃した陽色の頬を冷たい汗が伝った。


「『バルヅガイ』!!」


 その形は本来、蝙蝠(こうもり)と呼ばれる夜行性の動物だったはずだ。しかし、魔物化によって4mほどに巨大化したそれは、ただの獲物を探しその血を(むさぼ)るだけの化け物(クリーチャー)と化している。

 陽色は声を大にしてルーベルへ伝えた。


「ルーベルさん、『バルヅガイ』だ! 馬を止めろ!!」


 馬はいまだに走った状態だ、止めなければ足である馬どころかルーベルすらも守れない。ただでさえ相手は空中を動き回るのだ、先のスライムよりも相性が悪い。

 ルーベルは頷き、すぐに馬を止めようと荷台から外に出て馬に(またが)ろうとした。

 しかし、バルヅガイはその行動を待っていたのか、ルーベルが外に出た瞬間に大きく翼を羽ばたかせ、急降下してきた。


「危ねぇルーベルさん!」


 ルーベルに狙いを定めた。それを理解した瞬間、陽色は長剣を鞘ごと背中から抜き『バルヅガイ』よりも早くルーベルへと近づき、迎撃を試みた。

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