3 - 1:「小波の戦休み」
「二泊三日1名、空いてるかい」
「ああ、二泊三日1名ね。じゃあここに名前を記入してくれ」
町を適当に歩いていた陽色は、この日を酒場の二階に設けられた宿屋で過ごすことにした。
差し出された紙に名前を書き、男に渡す。目を細めながらそれを見た男は「30番の部屋だ」と鍵を差し出した。
「食事はどうする」
「自分で調達するよ」
最低限の会話だけで済ませ、部屋に行くことなく一階へと降りていく。
荷物は盗まれることが多いため、最低限の荷物は部屋には置かず、身に着けておくのが宿に泊まるときの常識だ。
酒場の扉を開くと、そこには酒盛りしている老若男女の姿があった。
その殆どの者が口々に今日あった闘技場のことを話している。愚痴を飛ばしている者も居るため、観戦者だけでなく参戦者もいるようだ。
「あれは卑怯だろ、一体どれだけ高額な魔石かウェリオを使えばあんな大きな炎を使えるってんだ」
「ああ、全くだ。あんなの食らったら一瞬で消え失せちまうじゃねーか。クソ、自分のときに使われなくて良かったと思うと同時に、そのことに安堵してる自分がムカつくぜ」
「そういえばお前は戦ったんだったな」
大体はリューグナー・ヴェアヴォルフに対しての愚痴のようで、実際に戦って負けた者もその中にはいるようだ。彼の使った炎に関心を持つと同時に畏怖を覚えている。
陽色の脳裏にも目の前に起こった景観が蘇る。
(確かにすごい炎だったな。防御策がなければあれを突破するのは難しい。範囲も威力も十分にあって、さらにはそれを連発してくる。戦ったとして厄介だな。ったく、どうすれば俺がアイツに勝てると思ったんだかな)
手を合わせたくない。そう思える力を備えているそのリューグナーに、エリルは陽色が勝てると宣った。
空いている席に座ってミルクを一つ注文した陽色は改めて無茶だと感じた。
(しかし、戦いを抜きにして考えてみると……とても綺麗な力だったな)
もう一度頭の中に花火のような炎を思い浮かべる。
昼間に見たあの炎。戦いの中で見たせいでその強さを測ってしまうが、もし空に咲いたならば抱く感情はまた別のものだっただろう。
そう考えてしまうと、陽色は勿体ないなと感じだした。
そんなことを考えていた時だ。その話し声が聞こえたのは。
「なんであそこで勝負をつけに行こうとしたのさカロちゃん。いやまあ、気持ちはわかる。広範囲に展開される力を出されちゃ短期戦に持ち込むしかないってね」
「わかってるならもうちょっと気の利いたこと言ってくれよ、レーベ」
「ムリムリ。わたし、基本的にわたしの勇者以外に優しくする気ないからね」
「自称マコウをレーベが名乗るのは良いが、お前の言う勇者がゼーレなのはさすがに、いや本当に無理あるだろ」
「僕もちょっと遠慮したいんだけど。正直、身の丈に合わない称号だからさ」
「なあぁに言ってるんですか! ゼーレは間違いなくわたしの勇者ですから! わたしの勇者の魂を、このマコウたるわたしが見間違うはずがないです!!」
「ち、ちょっと、声大きいよレーベちゃん」
「愛称で呼ばれるのは好きですが、本心は本名の『レー』って言って欲しいですって、わたしも何回も言ってます……なのにゼーレは……」
「ご、ごめん。レーb…レー」
「……なんか盛り上がってるな。あそこの一角だけだが」
ミルクを飲みながら今日のことを振り返っていた陽色の目の前に、なにやら見たことのありそうな顔を包帯でぐるぐる巻きにした男性と、その仲間と思わしき二人の女性が痴話喧嘩をしていた。
女性二人の内一人はレーベと呼ばれたフードを目深く被り、しょんぼりとしている少女。少女というよりも幼女と言ったほうがよい体躯をしている。
もう一人はゼーレと呼ばれた桃色の髪を馬尾にまとめた緑眼の少女。魔物のなめし革で作られた見た目の鎧を着込んでいるが、傍目に見ても華奢な体であることがわかった。
どうやら、こちらは傭兵と言ってもまだ一ヶ月そこらのようだ。あと、僕っ娘みたいだ。
そして、顔や腕に包帯を巻いているカロと呼ばれた男性。陽色はその男性の名前に聞き覚えがあった。
相手は顔や腕に包帯を巻いているため、輪郭や表情がわかりにくく思い出しづらい。
「あ、すまないな騒がしくて」
陽色が男性の顔を遠目で注意深く見ていると、視線に気がついたミイラ姿のような男性が頭を下げた。
「ああいや、別に気にしてない」
「そうか? なら良いんだが。ちょっとこっちをジーっと見てるのが気になっちまってな」
「ちょっとな。アンタをどこかで見た覚えがあって、それで見てたんだ。こっちこそ気を悪くしたなら謝る。ごめん」
「どっかで見たような? ……ああ、もしかして観戦してた人か。どうも、リューグナー・ヴェアヴォルフ選手にボッコボコにやられた男Aさんだ」
「あ、そっか準決勝で戦ってた」
「やーっぱリューグナー・ヴェアヴォルフでわかられちまうか」
火傷を包帯で覆っているため少しわかりにくかったが、その男性は確かに準決勝でリューグナー・ヴェアヴォルフと戦った木咲 夏炉であった。
「はー、闘技場で優勝して名を上げるつもりだったが、ちょっと違う意味で名を広めちまったかな」
「んぃや? 夏炉ちゃんのお友達かな」
「いや、観戦者だ。どうやら、みっともないところを見られちまったらしい」
木咲は自嘲気味に話し、参ったと頭を掻く。
その横に座る少女、というよりどう見ても見た目が幼女なレーベと呼ばれた人物がため息をつく。
「見ちゃった人かー。どうも見苦しい連れの姿を見せてしまって申しわけないです」
「なんでお前が謝るんだ。少しの間一緒に行動してるだけで、まだ本格的な仲間じゃないだろ?」
「少しの縁でも、結構太いものなんだよ夏炉ちゃん。まあ、たった10、20しか生きてない夏炉ちゃんじゃわからないだろうけど」
「お前……けっこう酷いこと言ってるって自覚、少しでも、微塵でもあるか?」
「残念ながら、わたしの勇者であるゼーレ以外に優しくする気はないから」
「僕を特別扱いし過ぎだよ、レー」
アワアワと手を泳がせながら、ゼーレは心配そうな目で木咲を見る。木咲は悩ましげに額に手を当てている。
「……なあ、一つ気になったんだがそっちのゼーレって子、勇者の称号を持ってるのか?」
「いや、正式に王国から貰ったものじゃなく、こっちのレーベが勝手に呼んでるだけだ。字名でもない」
「この子を救ったからか」
「いえ、違うんです。なんというかその……すみません、僕もよくわかっていなくて」
「まあゼーレはレーのことについて記憶が無いですからね」
すまなそうにしょんぼりしているゼーレの横で、レーベが首を横に振る。
記憶に無いということは記憶でも失っているのだろうか。それなら辻褄は合うが……。
「この件についてはあまり聞かないほうが良さそうだな。初対面でもあるし」
「そう言っていただけると、こちらとしてもありがたいです」
「わたしは別に構わないのですが、ゼーレが困るなら仕方のないことですね」
それから話題を変え、というより戻ったと言うべきだろうか。話題は闘技場についてになった。
闘技場での話は、木咲の戦闘を全部見ていたらしいゼーレとレーベが、彼の戦いぶりや相手の対処等など事細かに話していく。
陽色は準決勝のみを観戦していたので話題についていくことができず、その場を後にしようとたが、木咲が「一緒に飯食おうぜ」と誘ってきて、誘いを断れずミルクを飲みながら話を聞くことになった。
(なぜこうなった)
「一回戦での戦闘。相手は木咲さんと同じ長柄武器、槍を1本とナイフを2本持っていました」
「ウェリオではなかったですが、ナイフ2本とも魔石加工がされてましたです。片方は砂や土、埃のような細かいものを吸収して重量を増加させる【吸収】の魔石と、エネルギーを消費して水を形成する【放出】の魔石。これでナイフの重量を調節してきましたです。あと、夏炉ちゃんの武器に入れてある魔石と同系統です」
「そうみたいだったな。もう1本のナイフは【操作】の魔石だったな。正確に相手の魔石を言い当てるのは無理だが、多分そうじゃないかと思ってる」
「いえ、違いますね。あれは【操作】ではなく【選択】の魔石。記録しているので見ますですか?」
「頼む」
「【記録】の魔石? そんなものまで発見されたのか」
「誰にも言わないでくれよ。まあ、こんなところで開示してたらそんな言葉は意味ないだろうけど」
準備をしているのだろう。レーベがフードの上から頭を数回小突き、ごそごそとしている。
その様子を見ながら陽色は考える。
新しく発見された魔石等は大抵、国が所有し管理する。そうする理由は新たな力が危険かどうか判断するためだ。
危険とは使用者自身、つまり自分に危険が及ぶものを言う。
この、魔物が歩き、走り、飛ぶ大陸において大きな力であれば自国防衛のために使うが、逆に自らに危険の及ぶような魔石は使えるわけがない。
それを判断するため、発見された魔石はすぐに国に預けられる。
当然、自分たちで魔石を見つけた傭兵はそんなことはせず、自分たちで使う。
その一つの例が、目の前のそれだ。
「へえ、これはすごいな」
「当たり前です。レーベの記録ですから」
テーブルの上、何も置かれていないまっ平らな板全面に戦闘の光景が広がっていた。
テーブルの中心で鍔迫り合いをしている鎧を着た小人が2体。1体の出で立ち、持っている獲物は完璧に木咲のもの。それは陽色が準決勝で見た木咲と全く同じだった。
「ここまで完璧に再現するとは……確かにこれは【記録】の魔石って言うのは納得だ。だとすると、こっちが対戦した相手か」
「ああ、間違いないな。名前は冬忍 蘭で、他国からの参加だって言ってた」
「え、アナウンスでは言ってなかったけど。ということは」
「ああ、直接本人が言ってた。小声でな。できれば早めに負けたいんだと」
「……つまり、本気じゃなかったのか。その相手は」
「多分な。俺的に思いっきり戦いたかったんだがな」
その時のことを思い出したのか、木咲は溜息をつく。
テーブル上では一定の距離を保った二人が、槍とハルバードを何度もぶつかり合わせている。よく見ると、対戦相手の口が何度も開閉されていることがわかる。
その戦闘を見ながら、陽色は疑問を木咲に投げかける。
「なんで早めに負けたかったんだ?」
「参加したのは国からの司令で、本人は別件でやらないといけない仕事があったそうだ。相当めんどくさいって何度も俺に言ってきた。小声で」
ああ、だから口が開閉しているのか。
納得した陽色は木咲に同情する。対戦相手は木咲に負けるまで終始、口を開閉していた。
つまりはそういうことだ。
「散々愚痴って目的達成か」
「ああ、耳障りとかそう言う問題じゃなく、やる気の無さに早々に決着つかせないとこっちが参ってしまうって思ってな。結構早くに一回戦は突破した」
これにはさすがにレーベも同情の念を、
「本気にさせなかった夏炉ちゃんも夏炉ちゃんですな」
なんてことはなかった。ここでも辛口評価である。
「レーベ、一回でいいから優しい言葉を」
「無理です」
「……」
バッサリと斬って捨てるフードを被った少女。この子は本当にゼーレ以外にはこの態度なのだろう。
つい先程会ったばかりだが、陽色は目の前の光景にそう感じた。
ゼーレの方へ向いてみるが彼女にもどうすることもできないようで、苦笑いを浮かべながら静かに横に首を振った。
「ふう、こんなんじゃ何時まで経っても名を広められないな」
「夏炉ちゃんの腕じゃまだ無理ですよ。焦らずゆっくり歩いていきまっしょう」
「うん、レーの言う通りでしゅよ木咲さん」
お酒の入った杯片手にうんうんと頷く二人の少女。木咲は「ま、そうだな」と返し笑顔を浮かべた、と思われる。
包帯のせいで表情はわからないままだが、その声は少し和らいでいることを陽色は感じた。
「名を広めたかったのかアンタ」
状況を見計らい、気になっていたことを木咲に聞く。
お酒を飲んで一息付いていた木咲は陽色の言葉に反応し、「ん、ああ」と答える。
「俺は傭兵だからな。名が広まればそれだけ多くの依頼が来て金も集まりやすくなる。それに、あそこで勝ち残れば勝ち残るほど国からの依頼も来やすくなるからな。お前も武器背負ってるってことは傭兵じゃないのか? お前、名を広めたいって思わないのか」
「俺は傭兵じゃない。残念ながらそういう考えは持ってないね」
「傭兵じゃないのか。まあ、こんな大陸じゃ武器は持ってたほうがいいからな、持っててもおかしくはないか」
納得言ったように頷く木咲。彼の言う通り、いつ魔物が現れるかわからないこの大陸、身を守るために最低限の武器を持っていないと生きてはいけない。
ルーベルのような行商人も時として戦わなければならないことがあり、その手に不釣り合いな武器を持つことはあり得る。それを避けるためには傭兵を雇うしかない。
その雇う傭兵は木咲の話すような有名な傭兵であればあるほど、危険性を抑えられるとされている。
その理由は単純なもので、傭兵が強いからだ。
「そういえば、アンタが持ってる槍、なんで先端に魔石が埋め込まれていたんだ?」
「あー、あれね。まあ疑問に思うよなー。あと、あれは槍じゃなくてハルバードだ」
疑問をぶつけられた木咲は顔を引き攣らせ、できれば言いたくないといった風に視線を明後日の方角に逸らす。
「言いたくないなら言わなくていいぞ。名前の知らない他人なんだからさ」
「まあ、そうなんだが……別に隠すようなことじゃねーし、いっか」
「ふぅ」と息を吐き、木咲は陽色を見る。
「ただの手違いってやつです。ハルバードの先端に魔石を埋め込んでくれーと夏炉ちゃんが頼んだら、なぜか石付きに魔石が埋め込まれていたって話ですよ」
「そりゃまた、なんというか不幸な目に会っちまったな」
「おいレーベ、何勝手に話してくれちゃってるんだ、あ゛?」
「別に隠すことじゃないんですよね? なら勿体ぶらずに話したほうが良いかと思いまして」
「せめて自分で話させてくれ。頼むからさ」
頭痛がしてきたのか、木咲は頭を抱えだす。自由人とはレーベのような者を言うのか、木咲は振り回されてばかりである。
お酒をもう1杯飲み、気を取り直す木咲。アルコール中毒にならなければ良いが……。
「今きのことはともかく、陽色の言葉には同意だ。魔石は特殊な金属。一度埋め込んだら壊れるまで二度と取れねー。同化しちまうからな。出土するときはそんなこと起こってないのに、変な話だ」
魔物化現象と同じく謎の多い金属、魔石。これには幾つかの不明点があり、その1つが『同化現象』というもの。
物に埋め込むと埋め込まれた場所の周囲と一体化し、武器自体が壊れない限りは絶対に取り除くことが出来なくなってしまう。
一体なぜそんなことが起きるのかはわからないが、これのおかげで武器や防具、果ては壁の強度を上げることが出来るようになった。
しかし、出土した時は周りの金属や土と同化していない。そうでない理由が不明で、謎を増やすばかりの代物である。
「この手違いのせいでかなり扱いづらくなっちまってなー。どうしたもんかといっつも思うわけだ、こんなんじゃいつまで経っても『クルード』になれやしない」
「嫌だねえ」と愚痴をこぼしながら木咲はお酒を飲み干す。レーベはそんな木咲の肩に手を置き、「いや、今の実力では瞬殺されますから」と追い打ちをかける。
木咲の表情は上手くいかない現状に嘆いているのではなく、自分の不甲斐なさに向けられた自嘲に近いものだ。あと、単純にレーベにムカついている様子でもある。
「……クルードってなんだ?」
そんな気落ちしている木咲に向け、陽色はミルクを飲みながら聞いた。
「お前クルードを知らないのか。まあ、傭兵じゃなきゃ興味のない話だろうし、別段珍しくもねーか?」
「どうでしょうか。有名な人もいますから知らないのはあまりなさそうと思いますですが」
木咲は一瞬驚いた顔をするが、すぐに自分の言葉が一般的ではないものであることを思い出す。
レーベは首を傾げて悩む。先ほどから何の反応のないゼーレはお酒を飲んで潰れている。
「クルードってのは傭兵稼業の頂点。砕いて説明すると一番稼いでる奴らのことだ。傭兵がランク付けされてるのは知ってるか」
「ああ、ランク付けなら俺も聞いたことある。確か、仕事の内容で難度を決めて、仕事を達成した時の評価でそいつの腕が決まるものだったか?」
陽色の知識に、木咲とレーベは頷く。
「大まかに言えばそうだ。傭兵の仕事の大半は魔物の討伐なんだが、それ以外にも農作業の手伝いや事件の解決の協力をーなんてこともある」
「意外と泥臭い仕事もしてるんだな」
「ええまあ、最初の頃はそんな泥臭い仕事ばっかですよ。夏炉ちゃんと出会うきっかけになったのもその泥臭い依頼です。あの頃は滅多に魔物の討伐依頼なんてなかったですねー。最近はランクが上がって討伐依頼も多くなってきましたけど」
「あー、だから名を上げようと……」
「そ。アザルドの闘技場で優勝すれば自分の強さを示すことができた。まー、負けてはいるがそれでも成績は残せたと思うことにしてる」
「前向きなのは良いことです。そのうち運が向いてくるんじゃないですか?」
「そうだと良いがな。ヴェアヴォルフが派手にやったからか、話題はアイツを倒した奴が持ってっちまった」
包帯だらけの顔が歪む。おそらく木咲は笑っているのだろうが、火傷と包帯で顔の半分も見えなくなっているせいで相も変わらず凶悪な人相になっている。
それを真正面から見た陽色はそのあまりに酷い表情に目を細める。遠目であったが闘技場で見た木咲は正に好青年と言うに相応しい顔の形をしていた。
きっと、火傷や包帯で覆っていない普段の笑顔はとても良いものだっただろう。しかし、今の彼は……。
「アンタ、しばらくは療養した方がいいぞ。そんなんじゃ悪い意味で顔を覚えられる」
「む、それは本当か?」
「ああ、本当だ。今のお前を子供が見たら確実に漏らすな」
「うわ、そいつは嫌だな。それじゃ、話し終わったら忠告通りに休むとするか。なるべく早めに復帰したいしな」
「しばらく夏炉ちゃんは休業しますです?」
「顔も仕事を任せられる要素になるし、そのほうが良いだろう」
仕方がないと木咲は言う。
顔で仕事を依頼する。陽色にはその感性がわからないが、実際にそういう理由で仕事を任せる人もいるようで。ゼーレも木咲の言葉に頷く。
「まあ職務の話は置いておいてと、話は戻る、俺が目指してるクルードってのは高評価、最大の信頼を得ている傭兵のことでな。一応、このクルードの連中らにもランク付けはされてはいる」
「一応ってことは、実際のところはランクは有って無いようなものなのか?」
「ああ、はっきり言って化物だらけで誰が勝つか負けるかわからないレベルらしい。と言っても、クルード同士が戦ったことは一度もないみたいだ」
「けど一位や二位は存在しているのか」
「……しているんだが、一位だけは例外だ」
それまで話していた木咲が目を細め、真剣な表情を作り出す。この時だけは凶悪な人相はなく、木咲の真面目な表に現れる。
「一位だけは例外?」
「そうだ。二位以下のクルードは全員口を揃えて『一位、レジェード・レイヴェルドナーに勝つことは不可能だ』って言うんだ」
「レジェード・レイヴェルドナー。それが一位の名前か。不可能だとは言うが、クルード同士が戦ったことはないんじゃなかったのか」
「それは本当のことらしいですが、あくまで伝聞です。本当は戦ってたっていうことは十分にありますかと」
「ああ、だが二位以下が言ったっていう勝つことは不可能って言葉は実際の話だ」
「わたしが聞きましたから、本当です」
「クルード。傭兵の頂点ってことは魔石やウェリオ持ちだろ? それで化物って言われる奴らが一位には勝てないって……」
「ちなみに魔物討伐の桁数は一位が5桁超えで、二位以下は4桁とのことだ。実際の討伐数は数え切れていないのだが、実際に数えられている数字でもこれだ」
「5桁? 4桁? どれだけの激戦地を回ったらそんな桁超えするんだよ。、『帝国』シュリーツェルの剛王でも3桁じゃなかったか」
「その激戦地に駆り出されていくのがクルードの連中だ。その中でも一位は特別視されていて、あちこちに行ってるんだそうだ」
「話題に出ている剛王も少し前に4桁になってます。しかし、クルードの中での討伐数では最下位だったかと」
嘘だろ? 言葉には出さない陽色であったが、その言葉は表情に現れ陽色の顔を見た木咲は首を横に振る。
魔物の力は強大である。これは大陸共通の話だ。しかし、それは何も倒せないというわけではない。それはもちろん陽色もわかっていることだが、こうも規格外な存在がいることは生まれて初めてのことだ。
大陸は広い。それを身に沁みる話だった。
「1つの王国代表に選ばれるだけの剛王でも最下位って、本当に化物だらけみたいだな」
「鬼種の剛王は年齢で行けば老人。その分知識も豊富らしいがそれでもだ。本当に道が険しすぎる」
「これでクルードの説明は終わりですが、どうでした?」
話が終わり、頭の中で情報を整理するが頭の中に浮かんだ感想としては、
「魔物化で化物が増えたってことがわかった」
それくらいだ。その感想に木咲は笑う。
「違いないな」
「そんな化物の中に夏炉ちゃんは無謀にも入りたいって言うんですよ」
「夢だからな」
「夏炉ちゃんは化物になりたいのですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……魔物が減ればそれだけ脅威も減る。そうすればみんな幸せだろ?」
「そうですかねー。夏炉ちゃんは脳が筋肉でできてますからもうちょっと考えたほうが良いと思います」
「なっ」
辛辣な言葉に木咲は絶句する。そして額を抑えて嘆くように言葉を絞り出す。
目に見えてショックを受けていることがわかるが、それ以上に何やら後悔しているようだ。
「……はあ、なんでこんな奴と会っちまったんだかねー」
「傭兵初心者のゼーレと夏炉ちゃんが、一緒に依頼を受けたのが始まりだったですね」
「そうそう、あの頃はまだ駆け出しでって、さっきも話したな」
「仲間になってから長いのか?」
「いや、そうでもない。一月くらいだったかな」
魔物と戦うのは数人掛かりで。傭兵という魔物専門の職種でも、一人で相手にするのは厳しい。
そのため、仲間を組むのが通常だ。
「木咲さんは戦うセンスがあるほうなんですが、ちょっと運がないようで、不運なんですよ。僕みたいにセンスのない傭兵と組む感じになってますから」
「ゼーレ。お前は力がない代わりに人望があるだろうが。あんまり自分を卑下するのはお前の悪い癖だ。あと、お前は賢い。戦うと言っても戦場が違う」
「そうそう、夏炉ちゃんもいいこと言いますです。ゼーレは自信を持つことが第一優先ですよ」
「そ、そうかな?」
「そうだ」
「ですです」
仲間を組む中で一番重要な項目は連携が取れるかどうか。
良い仲間とは、力が強い者達のことではなく、いかに助言、苦言を言い合える者達のことを言う。
そういう意味では、彼らは……。
「あの者等は、良い仲間に成れそうだな」
「ああ、そうだな」
遠目で彼らの言い合いを見ながらエリルの言葉に返事を返し、陽色はミルクを飲む。
そちらの方を見なくても陽色はわかっていた。今、エリルはとても不機嫌。というか、面白くなさそうな顔をしているに違いない。
「なんだ、気付いていたのか。驚く顔を見たかったのだが」
「いや、これでも内心かなり驚いてる。ただエリル、お前にそれを見せたくないって思っただけだ」
「ふーん、へえー、ほーう。殊勝な心掛けだな」
フフフとエリルは笑う。しかし、その笑いはどこか不気味だ。
「それで、何か用か?」
「ああ、貴様に用だ。貴様、ここに来る前に魔物と鉢合わせていないか?」
「……あるけど、何でそんなことを聞きたがるんだ」
「いいから質問に答えていろ。いつ、どこでだ」
少し頭にくる言い方だと感じたが、今ここで事を荒げたくなかった陽色はエリルの質問に素直に答える。
陽色から返ってきた言葉にエリルは顔を顰め、口を手で覆う。
「……おいエリル。一体なんだっていうんだ」
「少し、いや……非常に不味いことが起きようとしていてな。それを確かめるために質問しに来たのだ」
「不味いこと?」
「ああ」
頷き、エリルは笑みを消し真剣な表情で陽色に向き直った。
陽色はその顔に息を呑み、返ってくる言葉を待つ。
「魔物の大群が、こちらに向かってきている。原因は陽色、貴様だろう」