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音剣奏者  作者: 癒遺言
No.1:ギンユウシジン ~ 出会い旅する二重奏 ~
10/11

2 - 4:「処理屋」

「どうだ?」

「どうだって……少なくとも、俺じゃ勝てそうにないな。お前の連れには」


 準決勝の結果を観た感想を素直に話すと、エリルはなぜか微妙な顔つきになる。


「いや、我の見立てでは、貴様でも勝てる可能性はあると読んでいるぞ」

(おだ)てるなよ。あんな広範囲に展開できる魔石かウェリオを持ってられちゃ、俺が勝つのは多分無理だよ」


 リューグナーの戦闘はとにかく陽色の一歩も二歩も前を行っている。陽色にはそう見えた。

 格闘術もそうだが、彼が持っている魔石もしくはウェリオはとにかく強い。一気に何個も炎を発生させられるかはわからなかったが、それでも広範囲に発生させられることはわかった。

 しかも突破されても炎はなおも燃え盛り、爆発していた。

 自分たちが観戦している場所にも花弁が飛んできたが、弱まった爆風が届くだけで済んだ。他の観客席では爆風に巻き込まれて大火傷を起こし、パニックになっていた場所もある。

 今も騒ぎが継続しており、かなりの数が闘技場から離れていってしまっている。それでもなお観戦しようとしている人間は、自分のところには飛んでこないだろうと楽観視している者か、この後の控えている決勝戦を楽しみに待っている者くらいだろう。


「さて、俺は帰らせてもらう」

「お? 何故(なぜ)だ、本番はここからだろう」

「危険だからだよ。あの炎を止められるような力はない、次はお前ごと火傷を負うかもしれない避難したいんだ。それに決勝戦の相手が誰だか知らないが、あのヴェアヴォルフって奴が負けるとは思えない」


 リューグナーは相当な実力を持っている。もちろん彼がこの大陸で一番強い存在であるとは言わない。彼のような力を持っている存在は先程彼と戦った木咲のようにいる。

 だが、リューグナーはまだなにか隠し球を持っていた。木咲はそれを持ってはいなかったため負けた。

 戦闘の最後で木咲がいきなり止まったのは恐らくはそれだろう。それを見破ることは陽色には出来ないが、並大抵の実力ではそれすらも使われずに負ける。


「そうか、それは残念だな。あれの無様に負ける光景を一緒に観られんとは」


 だが、エリルはそんなリューグナーが負けると言う。陽色にはその断言する根拠がわからなかった。


「本当にヒドい事を言うんだな。もしかして決勝戦で戦う相手が化け物みたいに強いのか?」

「いや、別段強いような相手ではない」

「じゃあなんで」

「負けるのだよ、何があってもな。これは絶対だ、陽色」


 微笑んで言ってみせるエリルに、陽色は薄ら寒さを感じた。

 確定事項だというその発言の裏に、一体何があるというのだろうか。


「はあ、わかったよ。もう負けるって話には何も言わない」

「そうか。で、観ないのか」

「観ないよ。観戦中に流れていた音は好きだったが、これ以上は俺の体のほうが保たない」

「……音だと? 音なんて流れていたか」


 小首を傾げ、本当に流れていたのだろうかとエリルは聞いてきた。


「準決勝が始まってからずっと流れてただろ。音楽には疎いから伝わるかわからないが、こうポーンと単純な音から始まって音が重なったり、単調な音がトントントンってなったり。ちょっと不協和音な気もしたがな」

「……本当に、していたか……?」

「ああ、間違いなくずっとしてたよ。まあ、ヴェアヴォルフが炎を使い始めてから聞こえなくなってたのかもしれないが、俺にはずっと聞こえてた。っと、もう決勝戦が始まっちまうな。じゃあなエリル」

「ああ」


 決勝戦の出場者を迎えるアナウンスが流れ始めると陽色は急いでその場から離れていった。そのまま出口へと消えていくのを見送ると、エリルは悩ましげな表情を浮かべて考え込んだ。

 決勝にはリューグナーともう一人、ジェントルマンのような紳士服を着た立派なカイゼル髭を生やした中年男性。

 これからリューグナーが負ける相手だ。ちゃんと、この決勝まで勝ち進んできたようだ。


「……夕凪 陽色。あいつには聞こえていた」


 目の前の戦闘には全く興味がなくなったのか、エリルはそちらには見向きもせず視線を足元に送り、考え始めてしまう。


 熱狂の渦が巻く決勝戦は準決勝よりも続き、最後にはリューグナーの炎を突破した男が勝利を掴んだ。

 エリルの言った通り、リューグナー・ヴェアヴォルフは負けたのだった。


             *


「これで依頼は完了だ」

「ああ、ありがとう。君のおかげで助かったよ、リューグナー・ヴェアヴォルフ」


 夜のアウィージェのとある宿屋の一室で、その依頼はそっと完遂された。

 その部屋の中には男が二人、少女が一人いた。男の内一人はリューグナー、もう一人の男は決勝でリューグナーが戦ったジェントルマン風の中年男性だ。

 ジェントルマンは二度頭を下げ、両手に持った封筒をリューグナーへと手渡し、リューグナーは椅子に座りながら渡された封筒の中身を確認する。


「確かに、指定した通りの金額だ」

「当然だ。優勝賞金の全額そのままだからな」

「欲しかったのは優勝賞金、ではなく、国から出されたウェリオだったか? どのような力を持っているんだ」

「ウェリオではなく魔石だ」


 笑い混じりにそう言うと、ジェントルマンは懐から小振りの石を取り出す。それは蝋燭の光に照らされると、宝玉のように鮮やかな虹彩を表面に浮かび上がらせる。

 魔石と呼ばれる不思議な力を持つ石だ。だがこれはまだ加工されていない、発掘され磨かれただけの原石だ。国からこれが優勝賞品として出されたのだろう。


「これは『氷結』の力を持った魔石だ」


 『氷結』の魔石。その力は触れているものを凍て付かせる。


「国は本来、自分たちで発掘した魔石やウェリオは自分たちで使うのだが、アウィージェの王は国を盛り上げるため、そして強い兵士を見分けるために闘技場を作った」

「それをさらに盛り上げるための一つとして、この魔石を優勝賞品にしたということか」

「ああ」

「だが、お前のようなこの国の老兵士が勝っても良い戦いだったのか、ウェイン・グリッド卿」


 フルネームで問われたアウィージェ国の貴族グリッドはフフと笑った。


「老兵だからこそ、だ。アウィージェは活気付いている。これに乗っかり、昔からこの国を守り続けてきた者が必要だと、この国にも他の国と同じく強者と呼ばれる存在がいるのだと他国に知らせたかった。たとえ偽りの虚像だとしても、この国で生まれ育った私はこれが国の活気に一石を投じるものであると考えたのだ」


 アウィージェの今後を考えての行動なのだろう。自分にそれ程の力はないと考えたグリッド卿はそれでもありったけの知恵を振り絞り、状況の打破を考えた。

 この国で生まれ育ち、老いてもなお国の為を思って立ち上がる。

 リューグナーは熱演するように話すグリッド卿へ拍手を贈った。


「とても素晴らしい考えだ、心から尊敬の念を抱けるほど熱の籠った話だ。だが、一つ疑問があるのだが……なぜ、今そのような存在が必要となっているのかがわからない」


 人差し指で額をトントンと叩き、考えこんでいるという表現(ジェスチャー)を作りながらリューグナーは椅子に座っていないグリッド卿を見上げた。

 闘技場での優勝はすでに何回も果たされている。魔石という優勝賞品が追加されたのは今回が初めてだが、グリッド卿と同じアウィージェで生まれ育った者が優勝者になったという話はあるのだ。

 だというのに、グリッド卿は今更のような理念を掲げリューグナーへ依頼を頼んだ。


 リューグナーの言いたいことが分かっているのだろう、グリッド卿は僅かに目を伏せた。


「ああ、君からすれば不可解な行動だと思われるだろうな。わかってくれとは言わない、ただ」

「どんな理由であれ、依頼があれば完遂する。『完遂』、それがオレの仕事においての座右の銘(モットー)だ。今回、依頼の理由としては物足りないものだったが、生憎と選り好みはしない主義でな。そこのところ、勘違いしないでもらおう」


 椅子にどっかりと背中を預け、睨むようにグリッド卿を再度見上げると、リューグナーはさらに目を細めた。


「ちなみに言っておくが、オレは無駄な話は嫌いで嘘はもっと嫌いだ。お前の依頼はすでに終了したが、俺は仕事を完璧に終わらせたと納得がしたい。つまり、Win-Winな関係で終わらせたいということだ。言いたい意味はわかるな、グリッド卿」

「ああ、私を優勝へと導いてくれた君を納得させる話はある」


             *


「では、これで失礼させてもらおう。今回はありがとうリューグナー・ヴェアヴォルフ、いや、処理屋(トランスアクト)


 リューグナーの納得の行く話をしたグリッド卿は一礼すると部屋を出て行った。

 あとに残ったのは部屋を借りたリューグナーと、


「まさか、国の一大事になっていたとはな。これは驚きだなヴェアヴォルフ」

「そうだな」


 陽色と一緒に観戦してたエリルは愉快そうにかっかと笑い、横目でリューグナーを見る。リューグナーは相槌を打ちながらケースを開き、中身を確認、整える。


「どうした、仕事が舞い降りてくるというのに随分とテンションが低いではないか」

「いやいやそうでもない。これでも人一倍緊張する体質だ、これから来ると言われた話に十分に対処できるよう、こうやって荷物の確認および補充を行っている」

「はっ、何を言っているんだ貴様は、そんなことはいつも通りだろう?」

「確かにいつも通りの行動だ。だが、習慣とも言えるこの行動の中に入念を組み込めば、いつもとは違った行動とも言って良いだろう」

「ふむ、確かにそうだな」


 まるで演劇のやり取りのように二人は話を続ける。揚げ足取りを行っているようにも見えるが、これが二人のいつもの掛け合いだ。

 お互いにお互いを(からか)い、暇を持て余しながら無駄な時間を過ごす。

 しかし、これが意外と無駄ではない。


「それでどうするリューグナー。貴様はこれから先をどう見る」

「何もしない、だ。オレには関係がないことだが、依頼が来ない限りは通常運転だ」

「魔物との『戦争』が起きるのにか」

「ああ、変わらない」


 アウィージェが持つエルフ種の千里眼の力を最大限に発揮するよう魔石を用いて作られた望遠レンズによって、5日ほど前からとある場所に魔物が急増していることに気がついた。

 そのことに気がついたのは、この地域には見られていなかった個体が望遠レンズに映ったことからだ。

 魔物は習性は、元の姿である以前の動物の頃の習性とあまり変わらない。強靭な力や爪を持っても、以前の頃と変わらない動きを行うのだ。

 鳥であれば四季の変わり目に飛び立ち、魚は産卵期が訪れると自らが生まれた場所へと帰る。あまり変わらないのだ。

 変わったのは食べるものや、行動範囲くらいなものだろう。凶暴性は増えてはいるが、今現在分かっている情報からはあまり変わったと見られるところは少ない。

 原始的な行動は変わっていないのだ。


 当然、群れを成すということも、変わっていない。


「アウィージェの望遠レンズが捉えた、ベルフォール・ガイスという個体。超音波を使いバルヅガイを統率する異質なコウモリの魔物」


 本来、鳥と同じくコウモリには群れのリーダーという存在はいない。

 群れを形成している中で指示や意思の疎通といったコミュニケーションはない。ただの本能。元から存在している能力によるものだ。

 仲間の方へと集まり、ぶつからないように同じ速さで飛ぼうとする本能的行動力。

 これがコウモリや鳥などが群れを形成するにおける絶対的行動原理。

 しかし、ベルフォール・ガイスという同じコウモリの魔物は違う。


統率者(リーダー)のように超音波を群れに放ち、命令を下す。催眠でも掛けられているのが、それとも絶対的支配力(カリスマ)を持っているのかバルヅガイはそれに従う」

「他国では群れを形成したバルヅガイと一体のベルフォール・ガイスによって、壊滅寸前まで追い詰められたという話もあるな」


 ベルフォール・ガイスという個体は人を襲い血を吸う、この点で言えばバルヅガイも同じだ。しかし、ベルフォール・ガイスはバルヅガイを超える頻度で吸血による栄養摂取を行うのだ。

 バルヅガイとベルフォール・ガイスの骨格や魔物化による変異した部位が告示しており、このことから元々の姿は同じ種類のコウモリであると推測されている。今ではバルヅガイの完全な上位固体として図鑑に載っているが、上位固体と見なされたのはそれだけではない。

 ベルフォール・ガイスはバルヅガイが摂取した血液を、自分の栄養として取り込むことができるのだ。

 他のコウモリ種の魔物からはこれができない。だから、おそらくは同じ個体であったのであろうと考えられた。


「しかし、貴様は依頼が来るかどうかもわからないのに身支度だけはするのか」

「万全ではない状態で来られるという、後々面倒な自体に陥れば時間の無駄だ。だから今準備をする」

「結果、無駄に終わったらどうする」


 先の分からないことに労力を注ぐのは無意味ではないのか。そう問うてきているエリルの眼差しにリューグナーは愚問だというような眼差しを向けた。


「無駄にはならない、決してな。そのためにオレは力を借り、あの場でド派手な演出をしたんだ」

「で、あるならば?」

「明日にはわかる」


 自信満々な語気にエリルは満足したという表情を作り、その場で一冊の本を取り出した。


「それは楽しみだ」

「ところで、闘技場に来た時お前は一人じゃなかったが、一緒にいた男は知り合いか」

「ん? いや、道案内人を任せた初対面の男だ。お前を弱いと言っていたぞ」


 嘘八百であるのだが、リューグナーは片眉を僅かに上げ、「ほう」と呟いた。


「その男、中々に見込みがあるな」

「だろう。音を聞けるだけのことはある」

「音? なんだそれは」


 初めて聞く言葉だ。リューグナーはエリルが初めて口にしたその言葉に思わず素で聞き返した。

 その珍しい光景にエリルは自然と笑った。


「ふふ、なんであろうなぁ」

「……まあいい、そろそろ次の仕事だ。次もお前の力を借りる可能性が高く、今回はとても重要だ。いつもより多めに支払ってやる」

「ほう、それは中々に楽しめそうだな」


 最近は退屈で仕方がなかった。体を伸ばし、パラパラという(めく)る音が鳴る。

 今度は、あまり退屈のない仕事であることを願おう。


「行くぞ、魔導書(グリモワール)


 本名(フルネーム)を呼ばれ、徐々の人から一冊の分厚い本へと姿変え、浮遊し、リューグナーへと近づく。


「ああ、我の準備は良いぞ、我が相手方よ」


 処理屋(トランスアクト)。それはリューグナー・ヴェアヴォルフが開いている本来ない裏方の職業。ただ一人、リューグナー・ヴェアヴォルフのみが使っている職業。

 その仕事の内容は、『なんでも』だ。どんな依頼でも受け、どんな依頼内容でもリューグナーがその依頼に見合うと判断した額を用意すれば承諾する。いわゆるよろずの店である。

 どんな汚い行いも、リューグナー・ヴェアヴォルフが肩代わりして遂行する。

 どんなチンケな話でも、額さえ用意できればリューグナー・ヴェアヴォルフは体を動かす。

 どんな下衆でも、どんな王でも、頭を下げ地べたに這いつくばり依頼を話せばリューグナーは腰を上げる。


 困っているのならば金を用意しオレの下に来い。オレが労働するに見合う事ならば喜んで毒の皿も完食してやろうではないか。


「今回の依頼内容は、とある老人の始末だ」

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