ダウト~偽りの生徒会長~
生徒会室で、生徒会長である橘翼は、役員達ににっこりと笑みを浮かべた。
「お疲れ様でした。今日の部はこれで終了です。皆がいてくれて、とても助かったよ」
「そんな、会長お礼なんていいんですよ」
「そうだよ、お前が一番頑張ってたじゃんか」
「会長の為なら、私まだまだ頑張れますから!」
素直な役員達の言葉に、翼は穏やかに微笑んだ。
「そうかい? 僕一人じゃあ、とてもこの量を裁ききれないからね。本当にありがとう。あぁ、戸締りは僕がするから、君達は先に上がっていいよ」
翼が席を立つと、全員が帰り支度を始める。そして次々に生徒会室を出て行く。
「お疲れ様でしたー」
「会長、また明日っ!」
「お疲れっした」
全員が出て行くと、翼は深くため息を吐く。そして、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「……ったく、優等生も楽じゃねぇぜ」
ガラリと変わった口調を聞くものはいない。
翼は元々こちらの方が素なのだ。だが、ある事情から猫を通り越して、特大の虎を被っている。
もちろん、この正体を知るものは生徒会にも、生徒の中にもいない。
「生徒会なんか入るもんじゃねぇな」
伊達眼鏡をはずし髪をくしゃりとやると、随分と印象が変わる。優等生然としていたものが、今時の高校生に大変身だ。
今度は一日中首を絞めていたネクタイを取る。それから制服の前を二、三個開くと、ようやく息が出来た気がした。
本当は常に着崩したいのだが、生徒の見本となるべき生徒会長が、まさかそんな格好をするわけにはいかない。なので、誰もいない時を見計らってこうして息抜きをしているのだ。
その時、ふいにドアがガチャリと鳴り、止めるまもなく、少女が顔を出す。
「す、すみません。会長、忘れ物──」
彼女はそこまで言うと目を見開く。
大人しそうなこの少女は、確か一年生の坂峰鈴だったはずだ。
翼は舌打ちをして、鈴を無理やり引っ張り込むと、後ろ手に鍵をかける。
「えっ? えっ?」
「見ーたーなー?」
混乱している鈴に、翼はおどろおどろしく近寄る。すると、彼女は半泣きでへたり込んだ。
そしてぱかりと口を開くと、か細い声で助けを求める。
「た、助けてくださいっ! どこですか、かいちょうぅっ!!」
「はっ?」
助けを求められたのはなんと、自分だった。
「あ、あなた誰ですかっ!? 会長はっ? 会長をどこにやったんです!?」
しかも、彼女は翼のことをまったく気付いていないらしい。
「さっきまでここにいたはずですっ! はっ、ま、まさか、あなたが食べたんじゃっ!?」
混乱しているのか、突拍子もないことを言い出す鈴に、翼は噴出すのを堪える。
「く……っ」
「くっ?」
しかし、びくびくしながら首を傾げる少女に、翼の腹筋はとうとう限界に達した。
「あっはっはっはっはっ!!」
「えぇっ!? なんで大爆笑!?」
突っ込みつつも怯えるという器用なことをやってのけた彼女は、どうやら本気でわかっていないらしい。
翼は、害がなさそうな鈴なら自分の秘密を守れそうだと判断して、正体を明かす。
「わからないかな? 僕だよ?」
「え? えぇぇぇーっ!?」
眼鏡をかけながら、にっこり笑ってやると、彼女は大きな目を落ちそうなほど見開いて驚いてくれた。
「か、会長ですか?」
「そうだよ?」
「ほ、ほんとに?」
「あぁ、もちろん」
「ふ、双子とかじゃなくて?」
「く……っ、オレに双子はいないぜ?」
こんなに笑ったのは久しぶりだ。なにしろ、毎日虎を被っていないといけない立場なので、馬鹿笑いもやすやすと出来やしない。
自分の笑いのツボを押しまくってくれる鈴が、翼はすっかり気に入ってしまった。
「……いいな、お前」
「はい……っ?」
不穏な言葉だとでも思ったのか、鈴はべったりと壁に懐く。
「そんな泣きそうな顔するなよ。もっと苛めたくなる」
「ひいぃぃっ!」
「冗談だって。……半分な?」
「わ、わ、私は何も聞いてませんっ! 私は何も見てませんっ!」
あわあわと逃げ惑う鈴は、中々可愛らしい。
翼はにやりと笑うと、鈴に近寄る。そして、へたり込んだ彼女をぎゅっと抱きしめる。
「はわわわわっ!」
「おら、大人しくしろ」
小さな彼女はすっぽりと腕の中に納まるサイズだった。ジャストフィットな鈴は、ふわふわと柔らかい。
──いいもの見つけたな。
怯える彼女は大変愛らしく、日頃の疲れも癒される。
「オレなぁ、中学の時にちょっとばかし問題児でな。高校でこの学校に入る時、条件がつけられたんだよ。それが、真面目な振りして生徒会長に上り詰めることだったわけ。だから、誰も本当のオレを知らない。お前以外は、な。この秘密、守れるよな?」
低い声で耳元に囁いてやると、鈴は壊れた人形のように何度も頷く。
「は、はいぃぃ! 誰にも言いませんし、二度と近づきませんっ。だからもう離してくださいぃ!」
二度と近づかないの一言に、翼はぴくりと眉を上げた。そして、もう一度耳元に囁いてやる。
「オレ、お前が気に入っちゃった。これからよろしくな?」
「いやぁぁぁ!? カムバッーク、純白の生徒会長っ!」
「く……っ、やっぱいいな、お前」
じたばた暴れる鈴を抱きしめて、翼はご機嫌で彼女を愛でたのだった。
エイプリルフールにちなんで書いてみたのですが、いかがでしたか?
翼の素晴らしい生徒会長振りに思わずにやりとなったなら、貴方は副会長に誘われるかもしれません。
自分はならなかったしと思ったそこの貴方!
そんな心優しい貴方には、不憫な鈴がぜひとも友達にと申し出るかもしれません。
では最後に、読んでくれた貴方が、何かを感じてくれたなら嬉しいかぎりです。