婚約者より友人が大切。そう言ったのはあなたでしょう?
婚約者の周りにいる嫌な友達(男性)に挑戦しました!
クロード様、また来なかった……。
王都の大劇場の前で、シャロン・エングルフィールドはため息をついた。シャロンの手には劇のチケットが二枚握られている。面白いと評判だから、行列に並んで購入したのに。公演が終わってしまった今、せっかくのチケットはただの紙屑だ。
シャロンはとぼとぼと通っている王立学園の寄宿舎へと向かう。
シャロンはエングルフィールド子爵家の令嬢である。そして彼女の待ち人は、婚約者であるクロード・ウェイクリング伯爵令息。半年前、学園の三年生になった時に婚約した。
学園では、卒業学年である三年までに婚約者を決定するのが慣習。婚約者が決定したら、彼彼女を第一優先にして時間を共有することも、また暗黙の了解である。婚約者は卒業後一生のパートナーになるのだから。
それにも関わらず、クロードはシャロンをぞんざいに扱い続けている。デートにやってこなかったことなど今日に始まったことでない。そのひどさは学園内で噂になるほどだ。
ではその原因はいったい何なのか。それはーー彼の男友達の存在である。
*
次の日、シャロンは学園でクロードのもとを訪ねた。シャロンは魔法科、クロードは騎士科に通っているため、クロードと会う時は遠い教室まで足を運ばなければいけない。
休み時間の教室をのぞけば、机に座って騒いでいる男子生徒の集団がある。物静かなシャロンとは対極の生徒たち。しかし、その中にクロードはいる。
「昨日はどうして来てくださらなかったのですか。お待ちしていましたのに」
シャロンは彼に話しかける。
「こいつらが飲みに行こうって誘ってきてさ。ほら、男の友情は大事にしなきゃだろ」
クロードは悪びれる様子もなく周囲の友人を指さす。
クロードがシャロンとの予定をすっぽかす理由。それは、彼がシャロンより男友達を優先するからだ。どれだけ前から約束を取り付けようが、男友達に誘われれば、シャロンのことなどほっぽり出してそっちに行ってしまう。
「で、ですが、昨日はチケットもとっておりましたし……」
その時、
「えー、婚約者さん厳しくない?」
と、友人の一人が声を張った。
「婚約者さん、もしかして束縛系ってやつ?」
「そんなんじゃ捨てられるぞ」
「ほら、こいつ、そういうの嫌いだから」
途端、友人たちは束になって、にやにや笑いながらシャロンに言葉の集中砲火を浴びせかける。ああ、またいつものが始まった。
この友人たちはクロードの予定を横取りしていくだけでない。シャロンを敵対視して、明確に嫌がらせをしてくる。クロードの前で馬鹿にする。クロードをたしなめようなら、「面倒な婚約者」と嘲笑する。シャロンが嫌がると知ってクロードを花街に連れていく。クロード自身の行いにもそうだが、彼ら友人の言動にこれまでどれだけ傷つけられてきたか。
そもそも、シャロンは以前からクロードの友人たちが好きでない。集団になった途端に増長し、大人しい生徒に暴言を吐いたり、授業を邪魔したり……。彼らの悪評は別の科であるシャロンの耳にまで入ってくる。
それでも、婚約者の友人だから、と何を言われても笑顔で流し続けて半年。シャロンの精神は確実に擦り減っている。
「婚約者なのにまるで関わっていなかったら、変な噂が立つでしょう? 貴族としての体面を守るためにも、こういうことは……」
シャロンは、これはあくまで自分のわがままでないとクロードに説明しようとする。
「あのさあ」
しかし、クロードはシャロンの台詞を遮り、不機嫌さを前面に押し出した目でにらみつける。
「言わせてもらうけど、婚約者のお前といるより友達といた方が楽しいんだよ。というか、ぽっと出の婚約者の分際で友情に勝てると思うとか、調子に乗りすぎじゃないか?」
あれ、どうしてだろう? 予定をすっぽかされたことについて話していたはずが、どうして自分が責められてるんだろう?
「婚約者より友達を大切にするのは当たり前だ。悔しかったらお前も友達と遊びに行けばいい。ああ、そうか。つまらないお前には友達なんていないのか」
クロードの言葉に、
「本当のことだからってはっきり言い過ぎな」
「かわいそうな婚約者さんが傷ついちゃうぞ」
「泣かれたらどうするんだよ」
と、友人たちがどっと大笑いする。
自分がこうして馬鹿にされているのに、クロードはまるで心を痛める様子がない。そもそも自分を庇うどころか、友人たちと一緒になって自分を笑っている。
私って何なんだろう。なんでこんなに下に見られているんだろう。馬鹿にされなきゃいけないんだろう。
半年間我慢してきた思いがあふれ出す。シャロンは涙を目にためて、クロードの前から走り去った。
「俺、ああいうすぐ泣く女無理だな」
背後で友人のうちの誰かが、わざとシャロンに聞こえるように笑った。
*
長い廊下をシャロンは駆け抜ける。しかし階段に差し掛かったところで、動転していたせいか足を踏み外してしまう。そのまま踊り場に落下するシャロンだったがーー
「大丈夫か、シャロン嬢!?」
彼女を受け止めた生徒がいた。アロイシアス・キューブリック公爵令息。そのきれいに整った顔が、間近でシャロンに向けられる。この顔を見るのはひどく久しぶりだった。
とにかくお礼を言おう。そう思ったシャロンだったのに、なぜか今、こらえていた涙がこぼれてしまった。
「……事情がありそうだ。場所を変えよう」
アロイシアスが指を鳴らすと、二人は旧校舎の一室に転移していた。
学園の外れにある旧校舎。アロイシアスは勝手にこの場所を整備して、謎の実験やら、コレクションの保管やらに使っている。ここは彼の秘密基地のようなもので、昔、特別だと言われ、招待されたことを思い出す。
アロイシアスとの出会いは、入学して間もない時期にさかのぼる。
アロイシアスはキューブリック公爵家の令息だ。幼い頃から魔法の才を示した彼は、稀代の天才児と評判だった。おまけにキューブリック家特有の美貌も受け継いでいる。家柄よし、才能よし、見た目よしの三拍子そろった彼に、入学当初は誰もが群がっていたものだ。
しかし、アロイシアスは半年後には完全に孤立していた。アロイシアスの魔法にかける情熱は異常で、人間に対してさしたる関心を持っていない。色恋話や噂話を持ち掛けても、返ってくるのは何の感情もないまなざしだけで、その手は呪文を書くことを止めようとしない。自分たちが相手にされていないと気付いた生徒たちは、やがて彼を敬遠するようになった。
同じく一人で勉強ばかりしていたシャロンは、そんな彼を一生関わらない人種だと思っていた。好きで一人でいる彼と、誰にも相手にされないで一人でいる自分はまるで違う。
そして訪れた一年前学期の魔法試験。常人の数十倍の火力を見せたアロイシアスは、当然のように一位と判定された。だが、それに異議を唱えたのは、ほかでもない本人だった。彼はシャロンがトップだと、彼女の構築術式は既存のものを大きく変質させており、その独自性をもっと評価するべきだと長々語っていた。
自分のことを見てくれた。評価してくれた。そのことがシャロンは素直に嬉しかった。
しかし、予想外のことはそれだけにとどまらなかった。以来、シャロンは彼になぜか絡まれるようになったのだ。その大抵は魔術談義か、もしくは魔法関連の何かに付き合ってくれとのこと。いつも一人だったシャロンにとって、それは初めての経験だった。
ちょっと浮世離れしているところはあるけれど、アロイシアスのおかげで、一、二年生の間、シャロンの学園生活は楽しいものだった。危険な呪物を裏街で買い込んできたから、一緒に仕組みを解明しよう、と謎の手のミイラを渡されたのも……うん、いい思い出である。
しかしここ半年ほど、アロイシアスとの交流はぴたりとやんでいた。いきなり距離を置かれるようになったのだ。きっと飽きられてしまったんだろう。そう思ったシャロンは、アロイシアスのことを忘れるように努めていた。
「何があった。なぜそなたは泣いている。聞かせてくれ。力になる」
しかし今、シャロンを見つめる彼の瞳には真剣な光が宿っている。頼っても……いいんだろうか。
シャロンはこれまでのことを全て話した。
「……でも、悪いのは私なんです。彼の友達と違って、私は一緒にいて楽しくないから。あはは、私みたいなのは、婚約者どころか、友達にだってなりたくないに決まって……」
無理に笑うシャロンを、
「何を言っている」
と、アロイシアスは黙らせた。
「私がいるだろうが。私はそなたの友人だ」
「え、だってアロイシアス様は……」
シャロンはきょとんとする。もちろん彼のことは尊敬しているし、一緒にいて楽しい。でも、友達と呼ぶには彼はーー
「まさか、そなたを友達と思っていたのは私だけなのか!?」
アロイシアスはショックを受けたように目を見開く。
「い、いえ! アロイシアス様は私の友達です!」
慌ててシャロンが宣言すれば、そうだよな、とアロイシアスは満足気にうなずいた。
本当に……いいんだろうか。自分などが友達で。シャロンはまだ気をもんでいた。
「先方が友達と遊んでこいと言ってきたのだろう? ならば私と遊びに行こう」
「え?」
「婚約者といるより友達といた方が楽しい、とのウェイリング伯爵令息の言葉の真偽、確かめてみようではないか」
そんな成り行きで、シャロンは友人と街に遊びに行くことになった。
*
当日、アロイシアスはシャロンより先に待ち合わせ場所で待っていた。午前中は、魔導書の並ぶ古書店、素材問屋など趣味全開で回る。足が疲れたらカフェに入って休憩する。アロイシアスがチケットを取ってくれていたので、夕方からは劇場に足を運んだ。
楽しかった。もしも自分を嫌うクロードが来てくれたとして、こうしてアロイシアスと過ごす方が楽しかったに決まっている。
「私、いつの間にか視野が狭くなっていたみたいです」
女子寮の前まで送っていくと言うアロイシアスと帰りながら、シャロンは言った。
「私に興味のない婚約者にエネルギーを割いているのが馬鹿らしくなってきました。あの人がいなくたって、私にはこんなに楽しませてくれる友達がいたのに」
婚約者になって半年。いつの間にか、世界の全てがクロードだと思うようになっていた。クロードに認められることが価値の全てで、なんとしてでも彼の気を引かなければいけない、と。
「大切にしない相手に執着する必要はない。そなたの価値に気付けぬ愚か者というだけだ。その点私は運が良かったな。そなたと友達になれて」
アロイシアスはそう言って微笑んだ。
「アロイシアス様は私を買いかぶりですよ」
「そんなことはない。一年ほど前に呪物を一緒にいじっていた時、ふいに魔界の門が開いて、悪魔がはい出してきたが、シャロン嬢は問答無用でそやつら全員を焼き払ったではないか。そんなことができる人間はそなたの他にいない。あれにはしびれたな。やはりそなたと仲良くなってよかったと思った」
思い出話に浸りながら、しかしシャロンは自分の中にある一つのわだかまりに気が付いた。
「……半年間、どうして私を避けていらしたんですか?」
一瞬黙った後、
「それは、シャロン嬢が……婚約したからだ」
と、アロイシアスは長いまつげを伏せる。
「婚約者がいるなら、友人の私は軽々しくそなたの時間を奪えない。それを望めば、婚約者との関係に悪影響がある。そなたの邪魔をしたくはない。友の幸せを応援して身を引くのは当然のことだ」
てっきり飽きられたのだと思っていた。だけど、この人はこんなにも自分のことを考えてくれていて……。
「ありがとうございます。私もアロイシアス様が友達でよかった」
彼は自分を見下してなどいなかった。ずっと対等の存在と思ってくれていた。そのことが、シャロンのぼろぼろの心を再び動き出させた。
「私、婚約を解消します。形だけの婚約者より、大切な友人と時間を過ごしたいので。あっちもあっちで友情を大切にすればいい。それで全部解決です」
シャロンの決断に、応援する、とうなずいたアロイシアスは、
「その件について、少し私も手を出してよいか?」
と、人差し指を立てる。
「彼らの素晴らしき友情とやらがいかほどのものなのか、興味が湧いてしまってな」
あ、これは、とアロイシアスの表情を見ながらシャロンは思う。友人だから分かる。これは彼が悪いことを企んでいる時の顔だ。
*
その後、シャロンはエンゲルフィールド家、そしてウェイリング家を交え、婚約を解消する旨を話し合った。例にもれず、クロードは友人と出かけて欠席した。この件からも、クロードのシャロンへの扱いは十二分に読み取れたのだろう。ウェイリング伯爵夫妻の謝罪と共に、二人の婚約は無事解消された。
それからの数か月は、久方ぶりに心の底から晴れ晴れと過ごす。クロードにさいていた時間で勉強して、ゆっくり休んで、そしてアロイシアスと出かけた。
「そうだ、学期末パーティーのことなのだが」
一緒に遊んだ後の帰り道、アロイシアスは話題を切り出した。
「私と一緒に行ってくれないか。今ならなんの後ろめたさもなくそなたを誘える」
「もちろんです」
シャロンは快諾した。
*
パーティー当日、シャロンは会場前のエントランスでアロイシアスを待っていた。しかしその時――
「相変わらず一人でいるんだな、シャロン」
ふいに話しかけられ、顔を上げればそこにクロードがいた。
「何か?」
シャロンは眉に力を込める。
「喜べ。このパーティー、お前と一緒に出席してやる。俺に構ってもらえること、せいぜい感謝しろ」
「は?」
あまりの呆れに声が出てしまう。何を今更言っているんだろう。
「いつものお友達は一緒じゃないんですか。彼らと出ればいいでしょう」
シャロンがそう言った途端、クロードの表情が大きく歪んだ
「もちろん誘ったさ。それなのにあいつら、断りやがって! 近頃はずっとそうだ。飲みに誘っても花街に誘っても、忙しいの一点張り。友情を忘れやがったんだ!」
怒りをあらわにするクロードは、実際かなり弱っているのだろう。毎日友達とバカ騒ぎするしかしてこなかった人間だ。それ以外に自分を満たすすべを知らない。
「気付いたよ。今なら分かる。本当に俺を大切に思っているのは婚約者だったんだな」
薄っぺらい笑顔を作るクロード。しかしーー
「いえ、お断りします。そもそも私はもうあなたの婚約者ではありませんし」
シャロンはきっぱりと言い放った。
「なんだと……!?」
「婚約の解消を伯爵夫妻と決定しました。ご存じなかったことに驚きです」
家からとっくに手紙が行っているはずだが、だらしない彼のことだ。手紙を開けてもないのだろう。
「ど、どうしてだ!? つい最近まで俺に構ってもらいたくて必死だったくせに!」
「婚約者より友人が大切。そう言ったのはあなたでしょう? 私もそう思います。私は、私を大切にしない元婚約者より、一人の人間として尊重にしてくれる友人を大切にする。パーティーは友人と出ますので、あなたからのお誘いはお断りです」
今までのへりくだった態度と違い、凛として自分と対峙するシャロン。クロードは動揺を隠せずにいた。
「お、お前に友人? どうせお前と同じくらいみすぼらしい、つまらない奴なんだろうな……」
「やあ、ウェイリング伯爵令息。私がその友人だよ」
そこに現れたアロイシアスに、クロードはひゅっと息を吞む。
「キューブリック公爵令息!? あなたが、どうして……?」
戸惑っているクロードに、
「ほら、ちょうどそなたの友人もやってきたところだ」
と、アロイシアスが後方を指さして示す。
振り向いて見れば、いったい何が起こっているんだろう。クロードの友人三人がぞろぞろとやってきたていた。
「なんでお前たちがここに? パーティーは忙しいから行けないとか言って断っただろ?」
クロードは目を丸くする。
「ここで待ち合わせなんだよ。恋人と」
「俺もなんだけど」
「奇遇なことに、俺もだよ」
なるほど。いきなり付き合いが悪くなったという理由はこれか、とシャロンは思う。それぞれが恋人を作った結果、クロードが散々語ってくれた彼らの友情は風化していったのである。
「ふざけるな。友情が一番だと言ってただろ! 女ができた途端、俺のことを二の次にしたのか。今回のことだけじゃないな。今までもずっと、俺より女を大切にして! 俺は婚約者よりお前たちを優先してたのに!」
クロードが激昂するが、
「そんなの噓に決まってるだろ」
「お前にだけ婚約者ができたから、邪魔してやろうと思って言っただけだよ。お前だけ一抜けするのは癪に障るからな」
「友情とか、そんなに熱く語っちゃって痛々しいよ?」
と、友人たちは身もふたもないことを平然と言う。
だが、それにしても妙だ。全員が同じ時期に恋人ができて、同じ場所・同じ時間に待ち合わせなんて。まるで誰かが操ってでもいるようで……。
まさかーー! シャロンははっとしてある人物の顔を見た。
「よし。役者がそろったところで、種明かしといこうか」
ぱちん、と指を鳴らすと、目の前からアロイシアスの姿が消えた。代わりにーー
「エリカです、会いたかったぁ」
「マージだよ、久しぶり」
「ダニエラですわ、待っていましたのよ」
突如現れた美女三人、ではない。アロイシアスが変身した美女三人に、一同はぽかんと口を開ける。
「分身と変身が一気にできるんですか!?」
最初に声を上げたのはシャロンだった。
分身魔法と変身魔法は、一つ一つでも最高難易度とされている。使えるのは魔導士の中でも一握り。それを複合させて使うとは流石天才だ。
「おまけに、これは認識阻害魔法もかかっていますよね! 学園の生徒がいきなり三人増えても誰も疑わないくらい広範囲で。いったいどういう術式構築を……」
魔術好きとしてつい熱く語ってしまったが、そんなことより聞かなければいけないことがある。シャロンはそう気気付く。
「でも、アロイシアス様はいったいどうしてこんなことを?」
「友人が一番大切という彼らの信念、確かめてみたくなってしまってな」
アロイシアスは悪い研究者の顔をして笑った。
「彼らの友情が、本当に互いのことを重んじる美しきものなのか。それとも、ただ牽制して足を引っ張りあう打算的なものなのか。結果は明白だったよ」
もう一度アロイシアスが指を鳴らすと、美女三人の姿は失せ消えた。
「美しい娘の姿で微笑めば、そなたらは全員既にあった友人との予定を無視し、こちらにやってきた。友情は口先だけ。お互いの足を引っ張りあうことを美しい言葉で飾り立てていたと見える。クロード君がそれを真に受け、婚約者を失ったのは実に哀れと言わざるをえないね」
アロイシアスによる衝撃的な種明かしに、その場の全員は呆然と立ち尽くすしかなかった。
そんな中、
「はははは!」
と、クロードが勝ち誇ったように笑い始めた。
「聞いたか、全部こいつらの策略だったんだ。俺たちの友情を引き裂こうとは、シャロン、お前は嫉妬に狂った化け物だな。これではっきりした。やっぱり友情が一番だ。これからみんなで花街に行こう。昔みたいに」
途端、友人たちの顔に生気が戻る。そうだそうだ、俺たち最高の友達だよな……なんて、先程自分たちが言っていたことを忘れたんだろうか。手のひら返しも甚だしい。
「そなたらをわざわざ集めたのは、何も研究結果報告のためだけではない。実はもう一つ、別に報告があってな」
アロイシアスは懐から魔道具を取り出す。映像保存の道具のようで、水晶玉に映像が浮かび上がってくる。
そこには花街の飲食店で暴れるクロードたちの姿が映っていた。スープに虫が入っていたと噓をつき、テーブルを蹴り飛ばす。詫び代と称して、たくさんの女性に接待させる。店主が止めようものなら、こちらはお貴族様だぞ、と怒鳴って土下座させる。あまりの下劣さにシャロンは吐き気がしてきた。
「酒に酔ったそなたらの中の一人が武勇伝の記録として得意げに見せてきたので、複製させてもらったよ。悲しいかな。思考停止で群れていると、無意識の圧力や責任の分散により、一人では行わない悪事にまで手を染めてしまう。友情……と呼ぶべきかは疑念の余地があるが、の悪い一面だ」
アロイシアスはため息と共に映像を切った。
「報告というのは、これをそなたらの実家、学園、そなたらが入団を希望していた王立騎士団に送っておいた、ということだ。流石にこのような犯罪行為を見過ごすことはできないからな」
途端、クロードたちの顔から血の気が失せていく。既に映像が送られてしまったのならもう取り返しはつかない。この後できることといえばーー
「お、俺は関係ない!」
「そうだ。撮ったのはこいつで!」
「でも、計画したのこいつだ!」
「俺は内心良くないと思ってた!」
醜い罪の擦り付け合いである。
「真に友ならば、窮地に陥った時こそ支えあうものだ。他人に押し付けるのでなくてな」
アロイシアスの言葉を、彼らはもはや聞いてはいなかった。言い争いはやがて殴り合いに発展し、駆け付けた兵士たちに取り押さえられる。そしてどこかへと仲良く連行されていったのだった。
*
「どうしてここまでしてくれたんですか?」
パーティー会場の中で、シャロンはアロイシアスに尋ねる。
「大切な友人を愚弄され、怒らない者がいると思うか?」
アロイシアスは答える。そうか。私のことで、本気で怒って、そして行動してくれたんだ……。
「ありがとうございます。アロイシアス様は最高の友人です。一生、誰よりも大切にします」
それは胸からあふれ出した本心だった。
「これから作る婚約者よりも?」
「それは……」
シャロンは押し黙る。
婚約者より友人を大切にする。そんなことを言っても、道徳的な立場からすれば、やはり伴侶となる婚約者を尊重すべきなのだ。だとして、この先アロイシアス以上に自分を思ってくれる人が現れるとは思えない。そうなれば、アロイシアスに対して不義理になってしまう。いったい何が正解なんだろう。
シャロンの葛藤を見透かしたのだろう。
「シャロン嬢、この二律背反を解決するたった一つの優れた方法を伝授しようか?」
アロイシアスは人差し指を立てた。
「簡単なことだ。友人を婚約者にしてしまえばいい」
「なる、ほ……ど……?」
友人と婚約者は別の存在。しかし考えてみれば、それを一人で掛け持っていけないという道理はない。これは盲点だった。
と、そこまで考えたところで、シャロンは目の前に立つ友人と目が合った。
いや、まさか。そういうわけじゃない。きっと一般論ということなのだ。勘違いするな。誰か別の友達にあたれと、きっとそういうことーー
「そういうわけで、私の婚約者になってくれないか、シャロン嬢」
アロイシアスは真剣な瞳をして手を差し出してきた。
「で、でもアロイシアス様は……」
「そなたの最高の友人だ。そしてこれからは最高の友人で、そして婚約者だ」
誰もが一度は頭を悩ませる永遠の命題、友人と婚約者どちらを大切にするか。幸運なことに、自分は一つの正解に辿り着けるかもしれない。
シャロンはその手を取った。
最後まで読んでくださりありがとうございました!




