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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第7話 最強探索者の初出勤成果

 夕方前、店の仕込みを一段落させたところで、裏口の方から聞き慣れた足音がした。


 重すぎず、軽すぎず。探索帰り特有の、わずかに靴底を引きずるような音。

 包丁を置いて顔を上げると、暖簾の向こうから刹那が姿を現した。


「……おかえり」


 思ったよりも、声が低く出た。


 まず最初に目に入ったのは、その姿だ。

 防刃加工の探索者用ジャケットに多少の汚れはあるものの、破れはない。血の跡も見当たらない。呼吸も落ち着いていて、足取りも安定している。刀は鞘に収められ、肩から下げた大型の採集用バッグも、変に偏っていない。


 ――無傷、だな。


 胸の奥で、張りつめていたものがふっと緩むのを感じた。

 別に心配なんてしていなかった、と言いたいところだが、さすがに嘘になる。


 探索者を辞めて何年も経つが、ダンジョンに向かう背中を見送る感覚だけは、どうしても体が覚えている。まして相手は、うちの食材調達担当で、そして――一度、死にかけた女だ。


「店主。ただいま戻りました」


 刹那はきっちりと頭を下げ、そう言った。

 その声音にも、無理をした様子はない。


「……そうか」


 それだけ返してから、もう一度、頭から足先まで視線を走らせる。

 擦り傷ひとつ、見逃す気はなかった。


「どこも怪我してねぇな?」


「はい。指示どおり、浅層のみです。深追いもしていません」


 即答だった。

 その迷いのなさに、内心でまた少しだけ息を吐く。


「ならいい」


 短く言って、厨房の奥から布巾を取る。

 無意識に、いつもの調理前と同じ動作をしている自分に気づいて、少し苦笑した。


「おかえりなさい、鷹宮さん!」


 カウンターの向こうから、少し遅れて理央の声がした。

 帳簿を閉じ、眼鏡の位置を直しながら、ほっとしたように微笑んでいる。


「おかえり。……無事で何よりです」


「ああ。理央も、お疲れ」


 刹那は軽く会釈してから、俺の方に向き直った。


 改めて見ても、やっぱり妙だ。

 いつもなら肩から下げているはずの採集用バッグが、今日はない。


「……あれ?」


 思わず口に出る。


「バッグは?」


 俺の問いに、刹那は一拍置いてから、親指で店の外を指した。


「食材が思ったより多くなりまして。第四区画の入口で軽トラを借りました。今は、店の前に停めてあります。荷台に全部載せています」


「軽トラ……」


 その単語を反芻して、俺は一度、天井を見上げた。


 浅層限定、指定素材のみ、無駄な戦闘は避けろ。

 確かにそう言った。だが――量までは、制限してなかったな。


「……何をどれだけ取ってきたんだ、お前」


「指定されていたものを中心にです。ホーンボアが一頭。それからスライムの可食部、薬効草数種、骨材に使える小型魔獣の骨を少々。どれも状態は良好です」


 淡々と報告するその口調が、逆に嫌な予感を煽る。


 ホーンボア“一頭”。

 それだけで、普通の探索者ならパーティ案件だ。


 理央が小さく目を見開いた。


「い、一頭……ですか?」


「はい。解体は現地で済ませています。血抜きも問題ありません」


「……そうかよ」


 頭が痛くなってきた。


 だが同時に、料理人としての血が、静かにざわつく。

 質のいい肉。新鮮なダンジョン素材。量も十分。


 ――仕込みが捗るな。


「……まあいい」


 短くそう言って、俺はエプロンの紐を締め直した。


「無傷で帰ってきた。それが一番だ。約束も守ってるみてぇだしな」


「はい」


 刹那は真っ直ぐに頷いた。


「それじゃ、まずは荷台を見せてもらう。理央、少し店、頼めるか」


「わかりました、店長」


 理央の返事を背に、俺は刹那と一緒に店の外へ向かう。


 裏口のドアをくぐった先にある“成果”を思い浮かべながら、

 頭の中では、すでに次の一皿の構想が始まっていた。



 外に出ると、商店街のざわめきに混じって、エンジンの余熱が残る金属の匂いが鼻をついた。


 店の前――確かに、見慣れない軽トラが一台、路肩にきっちりと停められている。

 白いボディに、ダンジョン管理局の簡易貸出用ステッカー。荷台には、しっかりとロープが張られていた。


「……なるほどな」


 思わず、そう呟きながら荷台へ近づく。


 刹那が得意げに一歩前に出て、ロープを外した。


「では、ご確認ください、店主」


 ばさり、と防水シートがめくられる。


 その瞬間、俺は言葉を失った。


 まず目に飛び込んできたのは、大型のクーラーボックスが二つ。業務用の、内側が魔力遮断加工されたやつだ。

 蓋にはチョークで走り書きのメモ。


 ――《ホーンボア(腿)》

 ――《ホーンボア(肩・背)》。


「……本気かよ」


 クーラーボックスの横には、真空処理された肉塊がさらに並んでいる。

 深い赤色をした肉は、繊維がきめ細かく、脂の入り方も均一だ。血抜きは完璧。臭みは一切ない。触れなくても分かる。これは、相当丁寧に処理されている。


 その下には、木箱が三つ。

 一つは半透明の粘液状の塊――スライムの可食部。部位ごとに色が分けられ、加熱用、生食加工用、薬効抽出用と、きっちり仕分けされている。


 もう一つの木箱には、薬効草。

 葉の張り、茎の太さ、切り口の瑞々しさ。どれも採取してから時間が経っていない証拠だ。瘴気を含みすぎないよう、浅層限定で採れるものだけが選別されているのも見て取れる。


 最後の箱には、骨材。

 小型魔獣の骨が、サイズ別に束ねられていた。スープ用、出汁用、粉砕用。用途ごとに分けてあるのが、もう完全に“厨房目線”だ。


「……やりすぎだろ」


 率直な感想が、それだった。


 刹那は、その反応を待っていたと言わんばかりに、胸を張る。


「指定された食材はすべて揃えました。質も、量も、妥協はしていません」


「してねぇのは分かるがな……」


 俺は一つ、真空パックの肉を持ち上げる。

 ずっしりとした重み。だが、余分な水分は抜けていて、肉そのものの重量感だ。


「ホーンボア、これ一頭分だろ」


「はい。肉質を損なわないよう、急所のみを一撃で。暴れられる前に仕留めました」


 さらりと言うな。


「……浅層で出会う分には、運が良すぎる」


「運も実力のうちです」


 即答だった。

 しかも、少しだけ口角が上がっている。


「それに」


 刹那は荷台をぐるりと見渡しながら、続ける。


「この肉で、店主がどんな料理を作るのか……少し、楽しみでして」


 その言葉に、俺は鼻で笑った。


「言うようになったな」


「事実ですから」


 得意げな表情。

 探索者としてではなく、“かくりよ亭の従業員”として成果を持ち帰った顔だ。


 俺はもう一度、荷台いっぱいに積み上げられた食材を見渡す。


 ――十分すぎる。

 いや、数日はこれで回せる。


「……分かった」


 軽く息を吐いて、刹那を見る。


「上出来だ。今日はもうダンジョンのことは忘れろ。あとは俺の仕事だ」


「はい」


 刹那は、満足そうに頷いた。


 俺は軽トラの荷台に手をかけながら、頭の中で包丁の入れ方と火入れの段取りを組み立て始める。


 この食材を、どう“一皿”に落とし込むか。

 その答えを考える時間が、嫌いなはずがなかった。

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