第56話 日常の味
九州奪還作戦が終わってから、しばらく経った。
あれだけ世界中を巻き込んだ騒ぎだったわりに、日常ってのは案外あっさり戻ってくる。
――少なくとも、俺たちの店に関して言えば。
朝。
深縁市の少し外れにある小さな定食屋。
看板には、いつも通りの文字。
『かくりよ亭』
その暖簾を、俺はいつも通りの手つきで掛ける。
「……よし」
カラカラと引き戸を開けて、店の中へ戻る。
店内は相変わらずだ。
カウンター八席。
テーブル二つ。
厨房から見渡せば、どこに誰が座ってるか全部わかる程度の広さ。
ただ――
唯一、昔と違う点があるとすれば。
「店長、開店の準備できました」
レジの横で帳簿を閉じながら、理央が言う。
エプロン姿のウェイトレス兼事務員。
昔は客もまばらだったこの店も、今では彼女の管理なしには回らない。
「今日の予約、団体三件入っています。出前も四件ですね」
「……朝からか」
「西園寺グループの配送網が本格稼働しましたから」
理央はさらっと言う。
さらっと言うが、普通の定食屋ならまずありえない話だ。
うちの料理は今、全国に運ばれている。
理由は単純。
バフ料理だ。
俺のスキル《かくりよの手》。
ダンジョン食材を料理にすると、食べたやつに効果が出る。
体力回復。
魔力回復。
身体能力強化。
精神安定。
その他いろいろ。
それを西園寺グループが商品化して、物流を整備した。
おにぎり。
弁当。
調味料。
それらが今、日本中の探索者に流れている。
……まあ、その根本にあるのは。
「おはようございます、店主」
厨房の入り口に、もう一人立っている。
黒髪を後ろで束ねた女。
刀を背負っていても違和感のない雰囲気。
むしろ、それが普通に見える女。
鷹宮刹那。
若手最強探索者。
そして今は、かくりよ亭の従業員。
「仕込み、終わりました」
「早ぇな」
「深層から持ってきた食材は処理が早いほうがいいですから」
そう言って刹那は、当たり前の顔で言う。
「今日の分の深層素材、冷蔵庫に入れてあります」
さらっと言ったが、普通じゃない。
深層素材。
ダンジョンの深いところでしか取れない食材。
普通は一流のクランが数日かけて持ち帰るような代物。
それを。
「……またソロで潜ったのか」
「はい」
刹那はあっさり頷く。
「安定して持って帰れるようになりました」
言葉通りだった。
九州奪還作戦のあと。
刹那は明らかに変わった。
元から強かったが――
今は深層でも単独で安定して戦える。
飯バフの影響もある。
九州での経験もある。
いろいろ理由はあるだろうが。
結果として。
かくりよ亭の食材事情は、前よりもさらにおかしくなった。
その証拠が。
厨房の壁に貼ってあるメニューだ。
理央が書いた新しい紙。
そこには。
通常定食
バフ盛り定食
バフどか盛り定食
バフ爆盛り定食
バフ極盛り定食
最後の一行。
極盛り。
深層食材オンリー。
完全に探索者向けの化け物メニュー。
「……増えたな」
俺がぼそっと言うと。
理央が苦笑する。
「刹那さんが持ってくる食材の質が上がりすぎましたから」
「深層だけならまだしも、たまに深淵寄りの個体もありますし」
「……あれはさすがにメニューにしない」
「わかってます」
理央は肩をすくめる。
「ですが深層素材だけでも、探索者からすれば十分すぎる価値ですよ」
実際。
このバフ極盛り定食。
探索者の間では、すでに一種の伝説になりつつある。
深層素材による高濃度バフ。
しかも俺の調整入り。
普通の料理じゃない。
戦闘前提の飯だ。
だからこそ。
店の外には、今日も。
朝から人が並んでいた。
「……もう並んでますね」
理央がカーテン越しに外を見る。
「探索者ギルドの人が多いな」
「第四区画組ですね」
深縁市のすぐ近く。
ダンジョン第四区画。
そこに潜る探索者の多くが、うちを使う。
理由は単純。
飯で強くなるから。
それだけだ。
「店主」
刹那が言う。
「開けますか」
「……ああ」
俺は包丁を握り直す。
まな板の上には。
深層オーク肉。
魔力野菜。
ダンジョン米。
全部、癖の強い食材だ。
だが。
それを料理にするのが俺の仕事。
「理央」
「はい」
「暖簾、出せ」
「了解です」
理央が玄関へ向かう。
ガラリ、と戸が開く音。
そして。
「お待たせしました」
理央の声。
「かくりよ亭、開店です」
その瞬間。
外の空気が一気に動いた。
「よっしゃ!」
「極盛りあるか!?」
「今日は爆盛りでいく!」
探索者たちの声が飛び込んでくる。
いつもの朝だ。
戦争みたいな九州の戦場とは、まるで別世界。
俺はフライパンに火を入れる。
ジュッ、と油が弾ける音。
そこに肉を落とす。
香ばしい匂いが、すぐに店内に広がった。
カウンターに座った探索者が言う。
「この匂いだよなあ」
「生き返る」
「九州のニュース見たか?」
「見た見た、刹那さんマジで化け物だったな」
そんな話をしながら。
みんな普通に飯を食いに来る。
九州奪還。
深淵の獣。
世界を揺るがした戦い。
それをやった当人が。
今。
俺の横で。
「店主、味見お願いします」
と、味噌汁を差し出してくる。
俺は一口飲む。
「……いいな」
「ありがとうございます」
刹那が少しだけ笑う。
その顔を見て、カウンターの探索者が固まる。
「え」
「今笑った?」
「刹那さんが?」
「やば」
……まあ。
そんな感じだ。
戦場は終わった。
世界は少しだけ平和になった。
そして。
俺たちの店は、今日も普通に回っている。
ただし。
その普通は、昔とはだいぶ違う。
たとえば。
店の奥。
カウンター裏の座敷。
そこに――
「ヒース、そこはお客さんの足にじゃれる場所じゃありません」
理央が困った声を出している。
「きゅい?」
小さな赤いドラゴン。
ヒース。
今ではすっかり店のマスコットだ。
幼体化バフのおかげで見た目は完全に子犬サイズ。
探索者たちの人気者でもある。
「ヒース、こっち来い」
「きゅ!」
俺が呼ぶと、トコトコ走ってくる。
そして足元に座る。
尻尾をぱたぱた振る。
……ドラゴンなのに。
完全に犬だ。
「店長」
理央が言う。
「今日の昼過ぎですが」
「あ?」
「西園寺グループの方が来店予定です」
「麗華か」
「はい」
西園寺麗華。
財閥のお嬢様。
だがなぜか、うちの常連。
それだけじゃない。
今のかくりよ亭の拡張。
物流。
商品展開。
全部、西園寺グループが関わっている。
要するに。
大スポンサーだ。
「今日は新しい企画の相談があるそうです」
「企画?」
「はい」
理央は少しだけ表情を引き締めた。
「どうやら――」
その時だった。
店の戸が、もう一度開いた。
カラン、と鈴の音。
そして聞こえてくる。
やけに上品な声。
「ごきげんよう、店長さん」
俺はフライパンを振りながら、そっちを見る。
入口には。
腰までの縦ロール。
完璧なドレス姿。
どう見てもこの店に似合わない格好の女。
西園寺麗華が、優雅に立っていた。
そして。
いつもより、少しだけ楽しそうに言う。
「本日は――わたくし、とても面白いお話を持ってきましたの」
その笑顔を見た瞬間。
俺はなんとなく察した。
……ああ。
どうせまた。
ろくでもない規模の話だな。
お読みいただきありがとうございました!
これにて本作は完結となります。
同日に次回作、『魔法少女しか見えない怪物を、天才中学生が科学で観測してしまった』を投稿開始しています。
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次回作もチートな裏方が活躍する現代ファンタジー作品になってます。
それでは改めまして、ここまで読んでくださってありがとうございました!




