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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第55話 宴は、勝利の味と共に

九州奪還作戦は、成功した。


原因個体――

深淵由来のイレギュラー。


それが討伐された瞬間から、

世界の空気は一気に動き出した。


自衛隊。

探索者ギルド。

各国の外交ルート。

企業。


九州の「魔境指定」をどう扱うのか。

ダンジョンの安定化調査。

被害地域の復旧。

戦果の公開範囲。


上の連中は、今ごろ会議室で怒鳴り合っているはずだ。


……まあ。


そっちは、俺の仕事じゃない。


「店長、これ終わりました」


理央が言う。


大量のダンジョン食材が入った箱を、厨房の端に置いた。


俺は包丁を動かしながら答える。


「そこに置いとけ」


「はい」


ここは前線基地の簡易厨房。


だが、俺が使うとなると話は別だ。


西園寺グループが機材を持ち込んで、

ほぼ完全な調理環境が整えられている。


その中央で、俺はひたすら手を動かしていた。


まな板の上には、


深層級の肉。

中層の根菜。

魔力を帯びた茸。


そして。


深淵素材。


黒い殻を持つ甲殻。

光を放つ臓器。

見た目はどう考えても食い物じゃない。


だが。


包丁が入る。


トン。


殻が正確に割れる。


中の身だけを取り出す。


普通なら、ここまでで何時間もかかる。


だが。


俺の手は止まらない。


包丁が動く。


トン、トン、トン、トン。


速度は速い。


それなのに、


精度が落ちない。


理央がそれを見ながら、ぽつりと言った。


「……店長」


「なんだ」


「完全に探索者の動きですよね」


俺は包丁を止めない。


「そうか?」


「そうですよ」


理央が苦笑する。


「一般人がその速度で刻んだら、絶対に指飛ばします」


包丁がさらに速くなる。


トトトトトトトト。


一瞬で野菜が均等なサイズに切り揃う。


俺は肩を回した。


「まあ」


「料理のバフ食ったからな」


あの深淵素材の料理。


六人の探索者だけじゃない。


俺も食った。


あの時は、料理の最終確認だった。


味を見る必要があるからな。


結果。


体の感覚が変わった。


筋肉の動き。

神経の反応。

視界の精度。


全部が少しずつ上がっている。


探索者みたいな派手な強化じゃない。


だが。


料理人としては、とんでもない差だ。


包丁を動かす。


骨を外す。


筋を取る。


火入れ用に下処理。


全部が、今までより速い。


そして。


手をかければかけるほど――


料理はうまくなる。


俺は鍋を火にかける。


深淵素材の出汁を取る。


黒い液体が静かに沸く。


香りが立つ。


普通なら鼻をつまみたくなる匂いだが、


俺にはわかる。


「……いいな」


うまくいっている。


理央がメモを取りながら聞く。


「店長」


「これは誰の料理ですか?」


俺は少し考える。


「全員分」


「え?」


理央が顔を上げる。


「全員……?」


俺は頷く。


「六人とも、今は寝てるだろ」


「はい」


「起きたら腹減ってる」


理央が少し笑う。


「確かに」


俺は鍋をかき混ぜる。


スープの味を少し見る。


……うん。


まだ伸びる。


「だから」


火加減を調整する。


肉を下味に漬ける。


香辛料を挽く。


「今のうちに仕込んどく」


理央が厨房の外を見る。


遠くでヘリが飛んでいる。


兵士が走っている。


会議室ではきっと、偉い連中が頭を抱えている。


九州解放。


世界ニュース。


歴史的戦果。


いろんな言葉が飛び交っているはずだ。


でも。


俺は包丁を持つ。


料理人だからな。


刹那たちは命をかけて戦った。


なら。


その後の仕事は――


「……俺の番だ」


包丁が走る。


トン。


トン。


トン。


深淵の獣を倒した英雄たちが、

まだ泥のように眠っているその間。


俺はただ、


ひたすら料理の下ごしらえを続けていた。



――――――


夕方になった頃だった。


前線基地の空気が、急に騒がしくなった。


理由はすぐわかった。


「……起きたらしい」


氷室が目を覚ました。


それを皮切りに、

澪、久遠寺、天嵐、アレクサンダー。


最後に刹那。


六人全員が意識を取り戻した。


医療班が軽く検査して、結論を出す。


「……信じられない回復力です」


「深刻な後遺症はありません」


「休養を取れば問題なく復帰可能」


その言葉を聞いた瞬間、

前線基地の空気が一気に緩んだ。


そして。


誰かが言った。


「じゃあ――」


「宴会だろ」


その一言で決まった。


九州奪還。


深淵の獣討伐。


全員生還。


これだけ揃えば、祝わない理由はない。


探索者も、兵士も、職員も。


全員参加。


その場で即席の宴会場が作られた。


大型の照明が点き、

テーブルが並べられ、

酒が運ばれる。


そして。


料理担当は――


当然、俺だ。


「店長、食材追加です」


理央が箱を運んでくる。


その中身を見て、俺は少しだけ口の端を上げた。


黒い肉。


重たい筋肉繊維。


普通のモンスターとは明らかに違う。


深淵の獣の肉。


あの死骸は研究用としてギルドが回収した。


だが。


アレクサンダーが言ったらしい。


『HAHA!

 刹那の取り分くらいあるだろ!』


そして。


氷室も乗った。


天嵐も反対しなかった。


結果。


「少量なら調理許可」


という、よくわからない決定が出た。


俺は肉を持ち上げる。


ずっしり重い。


「……まあ」


元が二十メートル級だ。


この程度使っても、誤差だろう。


俺は包丁を入れる。


ザク。


肉が割れる。


断面が黒く光る。


普通の肉じゃない。


魔力が濃すぎる。


だが。


俺にはわかる。


「……うまいな」


理央が苦笑する。


「まだ食べてないのに?」


俺は肩をすくめる。


「料理人の勘だ」


火を入れる。


深淵肉のステーキ。

深淵肉の炭火焼き。

深淵出汁のスープ。

深層野菜のグリル。

魔力茸のソテー。


そして。


いつもの――


かくりよ亭の定食。


ただし、今日は特別仕様だ。


料理がどんどん完成する。


理央が運ぶ。


探索者たちの前に並ぶ。


宴会場がざわめく。


「おい……」


「これ全部……?」


「店主の料理か……!」


アレクサンダーが真っ先に皿を掴む。


「HAHA!」


肉を一口。


噛む。


次の瞬間。


「……Holy」


目を見開く。


「なんだこれ」


氷室も食う。


「……はは」


笑う。


「うめぇ」


澪が涙ぐむ。


「……生きててよかった……」


久遠寺がため息をつく。


「……これ食えるなら、また潜るか」


天嵐は静かに頷く。


「素晴らしい料理だ」


そして。


刹那。


いつもの定食を見て、少し笑う。


「店主」


「なんだ」


「帰ってきた気がします」


俺は腕を組む。


「そりゃよかった」


宴はすぐに盛り上がった。


酒が回る。


笑い声が上がる。


兵士も探索者も関係ない。


全員が同じテーブルで食っている。


その中で。


アレクサンダーが俺の肩を叩いた。


「おい店主!」


「座れ!」


「今日はお前も主役だ!」


周りが一斉に頷く。


「そうだ!」


「立役者だろ!」


「飯がなきゃ勝てなかった!」


俺は少しだけため息をついた。


だが。


断る理由もない。


理央が椅子を引く。


「店長」


「今日は働きすぎです」


俺は席に座る。


酒が置かれる。


氷室がグラスを掲げた。


「じゃあ」


全員を見る。


「改めて」


深淵の獣の死骸が遠くに見える。


「九州奪還」


「深淵討伐」


そして。


「全員生還」


グラスが上がる。


「乾杯!!」


その夜。


九州の空の下で、


人類は確かに勝利を祝っていた。

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