第53話 死闘
怪物の瞳が――
こちらを見た。
ぞわり、と背筋が凍る。
あれは視線じゃない。
捕食の確認だ。
刹那が、静かに言う。
「来ます」
次の瞬間。
――空間が弾けた。
怪物が消えた。
いや。
速すぎて見えない。
「右!!」
久遠寺の念話が炸裂する。
同時。
刹那の刀が振られる。
――キンッ!!
火花。
衝撃波。
空気が爆ぜる。
刹那が吹き飛んだ。
「っ……!!」
地面を滑る。
だが倒れない。
「速い……!」
氷室が魔法陣を展開する。
「凍れ」
――氷獄結界。
半径三十メートル。
瞬時に氷結。
怪物の脚が凍りつく。
「今だ!!」
澪の矢が放たれる。
――轟。
音速突破。
魔力強化された矢が怪物の頭部を直撃。
爆発。
煙。
アレクサンダーが笑う。
「HAHA!終わりか?」
煙が晴れる。
怪物は――
無傷だった。
そして。
ゆっくりと、首を傾げる。
「……ッ」
その瞬間。
背の翼が開いた。
「退け!!」
趙天嵐が叫ぶ。
――重力が変わった。
地面が沈む。
刹那の足がめり込む。
「重力操作……!」
久遠寺の声が歪む。
怪物が腕を振る。
――轟。
氷室が吹き飛ぶ。
岩壁に叩きつけられた。
「氷室さん!!」
澪が叫ぶ。
しかし怪物は止まらない。
次の瞬間。
刹那の視界から、
アレクサンダーが消えた。
怪物の腕に――
握られていた。
「HAHA……」
アレクサンダーの肋骨が軋む。
「……いい握力だ」
怪物が圧力を強める。
骨が鳴る。
その瞬間。
「――斬る」
刹那が消えた。
神速。
飯バフで極限まで強化された脚力。
一瞬で怪物の腕へ。
刀が振られる。
――ズン。
腕が落ちた。
アレクサンダーが落下。
地面に着地。
だがその時。
怪物の腕が――
再生した。
誰も言葉を発せない。
久遠寺が呟く。
「……おいおい」
怪物が笑う。
そして。
体が膨張した。
骨格が変形。
装甲が割れる。
翼が増える。
四枚。
六枚。
――八枚。
体長二十メートル。
姿が変わる。
「……形態変化」
氷室が血を吐きながら立ち上がる。
「最悪のパターンだ」
怪物の口が裂ける。
そして――
咆哮。
音ではない。
衝撃波。
空気が吹き飛ぶ。
澪が弾かれる。
「きゃ――」
岩壁に叩きつけられる。
矢が落ちる。
意識が飛ぶ。
「澪!!」
久遠寺が叫ぶ。
その瞬間。
怪物が消えた。
次に現れたのは――
久遠寺の目の前。
「しまっ――」
腕が振られる。
――ドン。
久遠寺の身体が宙を舞う。
岩柱を三本破壊して吹き飛ぶ。
動かない。
念話が消える。
「久遠寺!!」
刹那の声が響く。
怪物がゆっくり振り向く。
視線の先。
残っているのは。
刹那。
氷室。
アレクサンダー。
趙天嵐。
そして。
怪物が言う。
「――弱い」
初めての声。
人間の言葉だった。
「HAHA」
アレクサンダーが笑う。
口から血を吐きながら。
「そうか?」
拳を握る。
「じゃあ――」
足元の岩盤が砕ける。
「本気出すぞ」
次の瞬間。
アレクサンダーが突っ込んだ。
音速突破。
拳が振られる。
――轟。
怪物の頭部が吹き飛ぶ。
岩盤に叩きつけられる。
全員が止まる。
煙。
静寂。
そして。
怪物の首が――
再生した。
氷室が苦笑する。
「……マジかよ」
そして怪物の体表が割れ始める。
内側から――
別の姿が現れようとしていた。
刹那が刀を握り直す。
血が流れる。
だが構える。
「まだ終わっていない」
深淵の獣が。
第二形態へ変わろうとしていた。
――そして戦いは、ここからが本番だった。
怪物の外殻が――
割れた。
音は、氷が砕けるような静かなものだった。
しかし次の瞬間。
――ドゴォッ!!
爆発のような衝撃で装甲が吹き飛ぶ。
黒曜石の殻が周囲に降り注ぐ。
その中心に現れたのは、
まるで別の生物だった。
体長はむしろ縮んでいる。
十メートルほど。
だが密度が違う。
筋肉の繊維一本一本が黒い魔力を帯び、
体表には脈打つ紋様。
そして背中の八枚の翼が、
完全に展開した。
久遠寺の念話がかすかに復活する。
『……聞こえるか……』
『まだ死んでねえ』
氷室が短く答える。
『澪は?』
『気絶。だが生きてる』
『久遠寺さんは』
『俺も同じだ』
呼吸が荒い。
念話のパスは細い。
それでも繋がっている。
久遠寺が言う。
『……気をつけろ』
『魔力反応が変わった』
『あれはもう……』
『さっきまでの怪物じゃない』
その瞬間。
怪物が消えた。
「――速い!」
刹那の声。
同時。
――ドンッ!!
氷室の身体が真横に弾き飛ぶ。
氷壁が十枚以上砕ける。
血が散る。
「氷室さん!!」
刹那が踏み込む。
刀が振られる。
――ガキィン!!
火花。
刹那の刀が止まる。
怪物の指が、刃を摘んでいる。
「……」
刹那の目が見開かれる。
怪物が微笑む。
そして。
握り潰す。
刀が軋む。
刹那が蹴りを叩き込む。
――轟!!
怪物が数メートル吹き飛ぶ。
刹那が距離を取る。
息が荒い。
「硬い……!」
アレクサンダーが笑う。
「HAHA!」
地面を蹴る。
瞬間。
地面が爆発した。
突進。
拳。
――轟音。
怪物の腹に直撃。
岩盤が陥没。
だが。
怪物が腕を振る。
アレクサンダーが吹き飛ぶ。
空中で三回転。
着地。
だが膝が折れる。
「……HAHA」
血を吐く。
「こりゃいい」
趙天嵐が踏み出す。
黒いオーラが剣に集まる。
「退け」
刹那が横に跳ぶ。
天嵐の剣が振られる。
――闇斬。
空間が裂ける。
斬撃が怪物の胸を切り裂く。
黒い血が噴き出す。
初めての有効打。
怪物が後退する。
だが。
その血が宙に浮いた。
黒い液体が蠢く。
「……?」
次の瞬間。
血が戻る。
傷口へ。
再生。
氷室が笑う。
血を吐きながら。
「回復速度……異常だな」
怪物が再び動く。
消える。
次に現れたのは。
澪の前。
気絶している弓使い。
「――させるか」
刹那が踏み込む。
刀が閃く。
怪物の腕が斬れる。
しかし。
怪物の尾が振られる。
――ドゴン!!
刹那の身体が吹き飛ぶ。
岩壁に激突。
血が飛ぶ。
それでも。
立つ。
「まだ……」
刀を構える。
怪物が再び迫る。
その瞬間。
氷室が手を掲げた。
「凍れ」
魔法陣が展開する。
今度は。
巨大だった。
半径百メートル。
空間そのものが凍る。
「絶対零度領域」
怪物の動きが止まる。
氷の槍が空間に無数に生成。
「落ちろ」
槍が降る。
――轟轟轟轟轟!!
怪物の身体に突き刺さる。
氷の森。
完全拘束。
氷室が膝をつく。
「……これで」
しかし。
氷の中で。
怪物が笑う。
次の瞬間。
氷が全部砕けた。
「……は?」
氷室の顔が固まる。
怪物の体表に、
黒い紋様が広がっている。
魔力が膨張。
久遠寺が叫ぶ。
『まずい!!』
『魔力が――』
言い終わる前に。
怪物の口が開く。
黒い光。
刹那の背筋が凍る。
「全員、伏せろ!!」
――深淵砲。
黒い光線が放たれる。
空洞が消える。
岩盤が蒸発。
地形が変わる。
衝撃波で全員が吹き飛ぶ。
静寂。
煙。
そして。
氷室が地面に倒れている。
動かない。
アレクサンダーが膝をつく。
腕が折れている。
趙天嵐も膝をつく。
呼吸が荒い。
刹那が立つ。
血だらけ。
それでも刀を握る。
怪物がゆっくり歩く。
そして言う。
「……弱い」
刹那が答える。
「そうか」
刀を構える。
「なら」
足を踏み込む。
地面が砕ける。
「もっと強くなるだけだ」
その瞬間。
刹那の身体から。
新しい魔力が噴き上がった。
悠斗の料理。
深淵食材。
永続バフ。
それが今――
限界突破を始めていた。
そして怪物の身体もまた、
さらに異常な変化を始めていた。
刹那の足元の岩盤が――
砕けた。
ひび割れではない。
粉砕。
彼女が一歩踏み出しただけで、半径数メートルの岩が砂のように崩れる。
アレクサンダーが血だらけの顔で笑う。
「HAHA……」
「ついに来たか」
趙天嵐が低く呟く。
「料理の本当の効果か」
刹那の呼吸が変わる。
ゆっくりと。
深く。
身体の奥で何かが噛み合う感覚。
筋肉。
神経。
魔力回路。
すべてが――
最適化されていく。
悠斗の料理。
深淵食材。
それはただの強化ではない。
人間という器を作り替える料理。
刹那の視界が澄む。
怪物の動き。
筋肉の収縮。
魔力の流れ。
全部が見える。
「……なるほど」
小さく呟く。
「店主」
刀を握り直す。
「とんでもない料理を作りましたね」
怪物が動く。
消える。
だが。
今度は違った。
「見える」
刹那が踏み込む。
――神速。
二つの影が交差する。
キィィン!!
火花が散る。
刹那の刀と怪物の爪がぶつかる。
衝撃波が走る。
岩壁が崩れる。
刹那が笑う。
「速いですね」
怪物の瞳が揺れる。
初めての――
動揺。
次の瞬間。
刹那の刀が振られる。
――ズン。
怪物の胸が裂ける。
黒い血が噴き出す。
怪物が後退。
その隙。
「HAHA!!」
アレクサンダーが突っ込む。
折れた腕を無理やり戻しながら。
拳が振られる。
――轟!!
怪物の頭が地面に叩きつけられる。
岩盤が陥没。
趙天嵐が跳ぶ。
剣が闇を纏う。
「斬」
――闇牙斬。
斬撃が怪物の背を裂く。
三方向からの猛攻。
怪物が吹き飛ぶ。
初めて。
完全に押し返した。
氷室が笑う。
血を吐きながら。
「……いいね」
手を掲げる。
「なら」
巨大魔法陣。
「氷獄城塞」
地面から氷の柱が立ち上がる。
無数の氷刃。
空間全体が罠になる。
怪物が氷に絡め取られる。
その瞬間。
久遠寺の念話が強くなる。
『今だ!!』
『魔力反応が一瞬落ちた!!』
刹那が踏み込む。
刀が振られる。
必殺の軌道。
だが。
その瞬間。
怪物が笑った。
「……?」
刹那の直感が叫ぶ。
危険。
次の瞬間。
怪物の胸が開いた。
肉が裂ける。
その内側から――
巨大な魔力核が露出した。
久遠寺が絶叫する。
『逃げろ!!』
『それは――』
言い終わる前に。
核が光る。
爆発。
――深淵爆裂。
空洞全体が吹き飛ぶ。
氷城が蒸発。
岩盤が崩壊。
衝撃波が全員を飲み込む。
刹那の身体が宙を舞う。
視界が回る。
地面に叩きつけられる。
意識が揺れる。
煙。
静寂。
そして。
刹那がゆっくり顔を上げる。
仲間を見る。
氷室――倒れている。
アレクサンダー――動かない。
趙天嵐――膝をついている。
久遠寺――再び意識を失っている。
澪――まだ倒れたまま。
刹那が立ち上がる。
身体が悲鳴を上げる。
骨が軋む。
それでも。
立つ。
煙の向こうから。
怪物が現れる。
しかし。
姿が変わっていた。
肉が剥がれ落ち。
骨格が露出。
魔力の塊のような存在。
久遠寺の声がかすかに届く。
『……第三形態』
『……最終形態だ……』
怪物がゆっくり歩く。
その体から溢れる魔力。
ダンジョンが震えている。
刹那が刀を構える。
血が滴る。
呼吸が荒い。
だが目は死んでいない。
怪物が言う。
「……なぜ」
「まだ立つ」
刹那が答える。
「簡単です」
刀を静かに構える。
「ここで倒れたら」
一歩踏み出す。
「店主に怒られますから」
怪物が咆哮する。
空間が震える。
そして。
最後の戦いが始まった。
怪物が――消えた。
空気が歪む。
刹那の神経が悲鳴を上げる。
見える。
だが、速すぎる。
右。
上。
背後。
全部同時に来ている。
「っ……!」
刹那が刀を振る。
――キィィン!!
爪と刃がぶつかる。
火花が散る。
だが完全には止めきれない。
衝撃が腕を貫く。
骨が軋む。
怪物の尾が振られる。
――ドゴン!!
刹那の身体が弾き飛ぶ。
地面を滑る。
十メートル。
二十メートル。
岩壁に叩きつけられる。
肺から空気が抜ける。
「……ぐっ」
血が口から溢れる。
視界が揺れる。
だが。
立つ。
怪物がゆっくり歩く。
その体はもはや肉体というより――
魔力の塊。
骨のような外殻の中で、黒いエネルギーが渦巻いている。
「……理解できない」
怪物が言う。
声はさっきよりも低く、重い。
「弱い生物」
「なぜ抗う」
刹那は息を整える。
刀を構える。
「簡単です」
怪物が首を傾げる。
刹那が言う。
「あなた」
「美味しくなさそうですから」
一瞬の沈黙。
そして。
アレクサンダーの笑い声が響いた。
「HAHAHAHA!!」
瓦礫の中から立ち上がる。
全身血まみれ。
片腕はまだ折れたまま。
それでも拳を握る。
「いいねえ!」
「そのセンス好きだ!」
怪物が振り向く。
その瞬間。
氷が走った。
「……俺もな」
氷室が立っている。
半身が血で濡れている。
魔力が揺らいでいる。
それでも。
魔法陣を展開する。
「料理の後で死ぬのは」
「ちょっともったいない」
――氷鎖。
無数の氷の鎖が怪物に絡みつく。
拘束。
完全ではない。
だが一瞬止まる。
その瞬間。
趙天嵐が踏み込む。
剣に黒い炎。
「この一撃」
低く呟く。
「魂を裂く」
――滅魂斬。
剣が振られる。
怪物の胸を深く裂く。
魔力が噴き出す。
怪物が咆哮する。
刹那が動く。
地面が爆ぜる。
踏み込み。
神速。
刀が振られる。
――ズバン。
怪物の右腕が落ちる。
しかし。
腕が蠢く。
再生。
怪物の体から魔力が爆発する。
氷鎖が砕ける。
衝撃波。
氷室が吹き飛ぶ。
天嵐が膝をつく。
アレクサンダーが壁に叩きつけられる。
そして。
怪物が刹那の前に立つ。
腕が振られる。
――ドン。
刹那の腹に直撃。
骨が軋む。
体が浮く。
岩壁に叩きつけられる。
血が噴き出す。
刀が手から離れかける。
怪物が近づく。
「終わり」
腕を振り上げる。
刹那が、ゆっくり笑う。
「……店主」
小さく呟く。
「すみません」
「ちょっと」
刀を握り直す。
「食べすぎました」
その瞬間。
刹那の身体から――
魔力が爆発した。
悠斗の料理。
深淵食材。
永続バフ。
それは今。
限界の先。
もう一段階、進化する。
神経が焼ける。
筋肉が裂ける。
それでも。
刹那の視界が完全に澄む。
怪物の動きが――
止まって見える。
刹那が一歩踏み出す。
音が消える。
世界が静かになる。
怪物の爪が振り下ろされる。
だが。
刹那はもうそこにいない。
怪物の背後。
刀を構える。
静かに言う。
「――終わりです」
刃が振られる。
しかし。
その瞬間。
怪物の背中が裂けた。
中から――
もう一つの顔が現れた。
「……!?」
刹那の瞳が見開かれる。
新しい腕。
新しい翼。
魔力が爆発的に膨張する。
久遠寺の念話が絶叫する。
『待て!!』
『それは――』
だが遅い。
怪物の第四の力が解放されようとしていた。
そして戦いは――
最後のどんでん返しへ突入する。
怪物の背中が――
裂けた。
骨の装甲が内側から押し広げられる。
嫌な音が響く。
肉が裂け、黒い魔力が溢れ出す。
そこから現れたのは――
もう一つの頭部だった。
刹那の背筋が凍る。
「……二重核」
趙天嵐がかすれた声で呟く。
「最悪だ」
背中の頭がゆっくりと目を開く。
その瞳は、
今までの怪物とは違う。
知性の色。
そして。
背中の口が開く。
「……ようやく」
声。
はっきりとした日本語。
「器が整った」
刹那の瞳が細くなる。
「……器?」
怪物の二つの頭が同時に笑う。
「人間」
「いい素材だ」
魔力が膨張する。
刹那の直感が叫ぶ。
まずい。
久遠寺の念話が震える。
『刹那!!』
『そいつは――』
『寄生型だ!!』
『さっきまでの身体は殻だ!!』
刹那の目が見開かれる。
怪物の背中の頭が笑う。
「理解したか」
その瞬間。
本体だった頭が――
崩れた。
骨が砕ける。
肉が落ちる。
残ったのは、
背中から出てきた真の本体。
細い身体。
人型に近いシルエット。
だが。
背中には巨大な翼。
全身に走る魔力の紋様。
怪物が言う。
「この身体」
「なかなか悪くない」
刹那が刀を握る。
「……」
怪物が一歩踏み出す。
その瞬間。
音が消えた。
刹那の身体が吹き飛ぶ。
――ドゴォォン!!
岩盤を三枚突き破る。
肺の空気が全部抜ける。
視界が白くなる。
「……がっ」
血を吐く。
怪物の声が響く。
「速さ」
「力」
「魔力」
「すべて」
「今までとは次元が違う」
アレクサンダーが立ち上がろうとする。
だが。
怪物が指を振る。
――衝撃。
アレクサンダーが壁に叩きつけられる。
動かない。
氷室も動けない。
天嵐も膝をつく。
全員限界だった。
怪物が刹那の前に立つ。
「終わり」
腕を振り上げる。
刹那の視界が揺れる。
体が動かない。
骨が悲鳴を上げている。
だが。
刹那の頭に浮かぶのは、
一つの光景だった。
カウンター席。
湯気の立つ定食。
ぶっきらぼうな声。
『冷めるぞ』
刹那が小さく笑う。
「……店主」
指が動く。
刀を握る。
怪物の腕が振り下ろされる。
その瞬間。
刹那の身体が――
消えた。
怪物の瞳が揺れる。
次の瞬間。
刹那は、
怪物の真上にいた。
天井の岩を蹴っている。
重力落下。
全身の力を刀に込める。
悠斗の料理。
深淵の食材。
積み重ねてきた戦闘。
全部。
全部。
この一撃に乗せる。
刹那が叫ぶ。
「――これで」
刀が振り下ろされる。
怪物が腕を上げる。
だが。
遅い。
刹那の刃が光る。
完全な一閃。
――斬。
空間が裂ける。
静寂。
怪物の身体が止まる。
時間が止まったような一瞬。
そして。
怪物の体に、一本の線が走る。
頭。
胴。
魔力核。
全部。
次の瞬間。
怪物が――
真っ二つに割れた。
黒い魔力が噴き出す。
空間が震える。
そして。
怪物の身体が崩れる。
魔力が霧のように消えていく。
完全沈黙。
戦闘終了。
刹那が地面に着地する。
刀が地面に刺さる。
体が揺れる。
膝が落ちる。
視界が暗くなる。
最後に見えたのは、
瓦礫の中で動く仲間たち。
全員生きている。
刹那が小さく笑う。
「……店主」
小さく呟く。
「勝ちました」
そのまま、
刹那の意識は静かに落ちた。
ダンジョン深層。
深淵の獣は討伐された。
しかし――
この戦いの余波は、
これから地上世界を大きく揺るがすことになる。




