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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第52話 深淵に潜むもの

 深層へ続く縦穴は、巨大だった。


 岩肌に沿って螺旋状の通路が下へと続いている。

 発光苔の光は、ここまで来るとずいぶん弱い。


 暗い。


 そして、重い。


 私は一歩、足を踏み出した。


 その瞬間。


 胸の奥に、懐かしい感覚が蘇る。


 ――深層。


 探索者にとって、一つの境界線だ。


 中層までなら、腕のいい探索者なら単独でもどうにかなる。

 だが深層は違う。


 モンスターの強さも、数も、知能も。


 すべてが別物になる。


 私はかつて、ここを主戦場にしていた。


 パーティで。


 最前線で。


 ……そして。


 そのパーティは、もうない。


「鷹宮」


 氷室さんの声が聞こえた。


「大丈夫か?」


 私は振り返る。


「問題ありません」


 少しだけ笑った。


「……久しぶりなだけです」


「深層か」


 氷室さんは肩をすくめた。


「まぁ普通はそうなる」


 アレクサンダーが笑う。


「HAHA」


「久しぶりの職場ってやつだな?」


「そんなところです」


 私は頷いた。


 そして、足を踏み出す。


 ズン――


 空気が変わった。


 深層の瘴気だ。


 中層よりも濃く、重い。


 普通の探索者なら、これだけで呼吸が浅くなる。


 だが。


「……薄い」


 思わず呟いた。


 氷室さんが聞き返す。


「薄い?」


「はい」


 私は周囲を見渡した。


「以前より、瘴気が弱く感じます」


 久遠寺さんが興味深そうに言う。


「耐性が上がっている可能性がありますね」


 アレクサンダーが鼻で笑う。


「HAHA」


「昨日の飯、毒耐性まで付いてたのかもな」


「あり得ますね」


 澪が真面目に頷いた。


「体質変化レベルの強化でしたから」


 私たちはそのまま走り出した。


 深層の通路。


 岩肌は黒く、硬い。


 ところどころに巨大な爪痕が残っている。


 普通の探索者なら、慎重に進む場所だ。


 だが――


「……速い」


 再び思う。


 足が止まらない。


 深層なのに。


 危険地帯なのに。


 体はまるで、平地を走っているような感覚だった。


 久遠寺さんが先導している。


「こちらです」


 彼は迷いなく通路を曲がる。


「このルートが最短です」


 そして。


 モンスターが現れた。


 深層の番兵。


 グレートオーガ。


 三メートルを超える巨体。


 筋肉の塊。


 普通なら、上級パーティでようやく倒せる相手だ。


 だが。


「俺が行く」


 氷室さんが前へ出た。


 手を振る。


 パキン。


 氷が生まれる。


 次の瞬間。


 地面から氷柱が突き上がった。


 ドォン!!


 グレートオーガの体を貫く。


 そのまま凍結。


 氷像になる。


 氷室さんは指を鳴らした。


 パリン。


 氷像が粉々に砕けた。


「……弱いな」


 ぼそりと言う。


 アレクサンダーが笑った。


「HAHA」


「お前が強すぎるんだよ」


 その時。


 通路奥から、複数の気配。


 私は自然と刀に手をかける。


 深層のモンスター。


 デスリザードの群れ。


 鋭い牙。


 素早い動き。


 かつての私たちのパーティでも、油断すれば怪我をする相手だった。


 だが。


 私は一歩踏み出した。


「鷹宮?」


 氷室さんの声。


「少し試します」


 そう言って、走る。


 体が軽い。


 空気を裂く。


 デスリザードの群れが一斉に襲いかかる。


 だが。


 ――遅い。


 そう感じた。


 刀を振る。


 シュン。


 また振る。


 シュン。


 視界の端で、影が崩れていく。


 数秒後。


 静寂。


 振り返ると、デスリザードの群れはすべて倒れていた。


 氷室さんが呆れた顔をしている。


「……おい」


 アレクサンダーが笑う。


「HAHAHAHA!」


「やっぱお前ヤバいな!」


 私は少し困った。


「……以前なら、もう少し苦戦しました」


 正直な感想だった。


 深層モンスター。


 それが。


 敵に感じない。


 趙天嵐が静かに言う。


「力の階段を一段飛ばしたな」


 澪が頷く。


「ええ」


 そして、久遠寺さんが前を指した。


「皆さん」


 静かな声。


「原因個体ですが」


 全員の視線が向く。


「……かなり近づいています」


 氷室さんが地図端末を見る。


「どれくらいだ」


「この先」


 通路の奥。


 暗闇。


「直進で、約十分」


 アレクサンダーが拳を鳴らす。


「HAHA」


「ウォーミングアップ終わりだな」


 氷室さんが笑う。


「そうだな」


 刀を軽く回す。


「じゃあ行くか」


 深層の奥。


 イレギュラー個体。


 九州を魔境に変えた元凶。


 私は刀の柄を握り直した。


 胸の奥で、静かに鼓動が強くなる。


 ……深層。


 かつて、私が戦っていた場所。


 だが今は違う。


 あの頃より、強い。


 それを確信できる。


 私は地面を蹴った。


「行きましょう」


 深層の闇の奥へ。


 六人の探索者が、一斉に駆け出した。



――――――


 深層の空気が、さらに重くなった。


 通路はいつの間にか広がり、巨大な空洞へと変わっていた。

 天井は見えないほど高い。

 岩肌は黒く、ところどころに巨大な爪痕が残っている。


 私は足を止めた。


 理由は単純だ。


 気配が、違う。


「……来たな」


 氷室さんが低く呟いた。


 全員が無言になる。


 戦闘前の沈黙ではない。


 本能が警告している沈黙だった。


 私は深く息を吸う。


 肺に入る空気が、重い。


 瘴気の濃度が、ここだけ異常だった。


 久遠寺さんが小さく言う。


「この先です」


 彼の指が示すのは、空洞の中央。


 岩柱が林立している場所。


 だが――


 私は、すでに気づいていた。


 あそこだ。


 岩柱の影。


 暗闇の中に、何かがいる。


 それは、動いていなかった。


 ただそこにある。


 それだけで空気が圧迫されている。


 アレクサンダーが笑った。


 だが、いつもの陽気さはない。


「HAHA……」


 少し低い声。


「でかいな」


 私も同意だった。


 まだ全体像は見えない。


 だが、わかる。


 巨大だ。


 氷室さんがゆっくり前に出た。


「久遠寺」


「はい」


「確定か?」


「はい」


 久遠寺さんははっきり言った。


「原因個体です」


 そして、続ける。


「……ですが」


「なんだ」


「探査が、うまく奥まで届きません」


 その言葉に、空気がわずかに緊張した。


「どういう意味だ」


 氷室さんが聞く。


 久遠寺さんは目を細めた。


「形状が、はっきり把握できない」


「……?」


「まるで」


 言葉を選ぶように言う。


「存在自体が、正常に認識されないような」


 その瞬間。


 岩柱の影が、動いた。


 ズ…………


 巨大なものが、ゆっくりと姿を現す。


 私は思わず息を止めた。


 ――大きい。


 まず、それだった。


 全長は、ざっと二十メートル以上。


 だが単純な巨体ではない。


 体の輪郭が、どこか歪んでいる。


 昆虫のような外殻。


 だが節が多すぎる。


 背中には、折り重なるような棘。


 それぞれが刃物のように鋭い。


 そして。


 頭部。


 そこには――


 顔がなかった。


 あるのは、縦に裂けた巨大な裂け目。


 口なのか。


 それとも別の器官なのか。


 わからない。


 裂け目の奥は、真っ黒だった。


 目は――


 ない。


 少なくとも、私たちの知る生物のような目は存在しない。


 だが。


 見られている。


 そう確信できた。


 全身の皮膚が粟立つ。


 私はこれまで、多くのモンスターを見てきた。


 深層も経験している。


 だが――


 これは、違う。


 氷室さんが低く言った。


「……なんだこりゃ」


 アレクサンダーが、ゆっくり拳を握る。


「HAHA……」


 だが笑っていない。


「今まで殴ってきた奴らと、種類が違うな」


 趙天嵐が静かに言った。


「深淵種」


 その言葉に、私は目を細めた。


 深淵。


 深層のさらに下。


 人類の不可知領域。


 歴代でも、数例しか探索記録がない。


 そのすべてで。


 大量の死傷者が出ている。


 しかも得られた情報は、ほんのわずか。


 「巨大」


 「外殻」


 「理解不能」


 それだけだ。


 澪が小さく呟く。


「……こんなものが、地上近くに」


 久遠寺さんが答えた。


「だからこそ、今回のスタンピートです」


 深淵のモンスター。


 それが深層へ出てきた。


 だから生態系が崩れた。


 そして――


 九州が魔境化した。


 その時。


 モンスターが、動いた。


 ギギギ……


 外殻が擦れる音。


 足が動く。


 六本。


 いや。


 八本。


 いや――


 もっとある。


 影の中に隠れて、正確な数がわからない。


 地面が揺れた。


 ズン……


 その一歩だけで、岩床が軋む。


 私は息を整えた。


 心臓が速い。


 怖い。


 それは、はっきり自覚できた。


 飯のバフ。


 能力強化。


 そんなものとは関係ない。


 生き物としての本能が、危険だと言っている。


 氷室さんが笑った。


 今度は本当に笑っていた。


「……いいじゃねぇか」


 氷魔法使いは肩を回す。


「久しぶりだ」


 アレクサンダーが拳を打ち鳴らす。


「HAHA!」


「やっとボスか!」


 趙天嵐が剣を構える。


 黒い魔力が揺れる。


「深淵の獣」


 低い声。


「確かに格上だ」


 澪が弓を引いた。


 矢が光る。


 久遠寺さんの声が頭に響く。


『皆さん、注意してください』


 念話。


『この個体』


 少し間があった。


『……探査上の魔力密度が、異常です』


 氷室さんが聞く。


「どれくらいだ」


『……比較対象がありません』


 その言葉で、全員が理解した。


 測定不能。


 つまり。


 今まで人類が戦ってきたモンスターの枠にない。


 私は刀を抜いた。


 刃が、かすかに震えている。


 恐怖か。


 それとも興奮か。


 自分でもわからない。


 ただ一つ、わかる。


 この敵は。


 強い。


 昨日の飯を食べた私たちでも。


 明確に。


 格上の脅威だ。


 深淵のモンスターは、ゆっくりと体を起こした。


 空洞いっぱいに広がる影。


 裂けた口が、ゆっくり開く。


 その奥から――


 聞いたことのない音が漏れた。


 鳴き声でもない。


 呼吸でもない。


 何か、理解できない振動。


 空気が震える。


 岩壁にヒビが入る。


 私は思った。


 なるほど。


 これは。


 人類が踏み込んではいけない領域の生き物だ。


 それでも。


 私は一歩、前に出た。


「……店主」


 小さく呟く。


 昨日の料理。


 あの味。


 あの熱。


 体の奥に残っている。


 刀を構える。


 仲間たちの気配が背後にある。


 氷室。


 久遠寺。


 澪。


 アレクサンダー。


 趙天嵐。


 人類最高戦力。


 そして。


 深淵の怪物。


 静寂が落ちた。


 次の瞬間。


 戦闘が始まる。

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