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探索者を辞めた俺は、ダンジョン飯で最強を支える定食屋になる  作者: 悪癖


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第51話 飯バフの恩恵

 ――そして、現在。


 ダンジョン第十八区画。


 巨大な鉄製ゲートを越え、私たちは内部へ突入した。


 地上の光はすぐに消える。

 代わりに、岩肌に張り付いた発光苔が、ぼんやりと通路を照らしていた。


 ダンジョン特有の空気。


 湿り気を帯びた土の匂い。

 どこか生き物の体内のような、重たい気配。


 普通の探索者なら、ここに入った瞬間に体が強張る。


 だが――


「……速い」


 思わず口に出た。


 地面を蹴る。


 その瞬間、景色が後ろへ流れた。


 風圧が頬を撫でる。


 軽い。


 体が、あまりにも軽い。


「おい鷹宮!」


 前方から氷室さんの声が飛ぶ。


「置いてくな!」


 振り向くと、氷室さんも同じ速度で走っていた。


 いや、むしろ少し前にいる。


 氷魔法使いは足元に薄い氷を展開し、スケートのように滑っている。


 地形の凹凸をほぼ無視して進む移動法だ。


「これ、楽だな!」


 氷室さんは笑っていた。


「魔力消費が全然重くねぇ!」


 後ろではアレクサンダーが爆走している。


 文字通りだ。


 地面を蹴るたびに岩が砕けている。


「HAHAHAHA!」


 アメリカ最強探索者は心底楽しそうだった。


「なんだこれ、最高じゃねえか!」


 その声はやたらと陽気だ。


「昨日より身体が軽すぎるだろ!」


 そして。


 気づけば――


 浅層は終わっていた。


 普通なら、ここを抜けるだけでも半日はかかる。


 だが私たちは。


 数分で突破していた。


 中層へ。


 さらに進む。


 モンスターが現れる。


 だが――


 正直、敵にならなかった。


 岩壁から飛び出したオーガ。


 私が刀を抜くより早く。


 ズンッ!


 アレクサンダーの拳がめり込んだ。


 オーガの上半身が消し飛ぶ。


「おっと」


 彼は肩をすくめる。


「ちょっと強すぎたか」


 氷室さんが笑う。


「今のはやりすぎだろ」


「HAHA、仕方ないだろ」


 アレクサンダーは拳を振った。


「軽く殴っただけなんだがな」


 そんな調子で進んでいく。


 そして。


 私たちは、中層の奥。


 深層へ降りる大縦穴の手前で止まった。


 巨大な空洞。


 ここを越えれば、深層だ。


 氷室さんが振り返る。


「……よし」


 腕を鳴らした。


「ここで一回確認する」


 全員が頷く。


 久遠寺さんが言う。


「原因個体は、この先の深層にいます」


 彼は目を閉じる。


「現在も、捕捉継続中です」


 指でダンジョン奥を示した。


「逃げる様子はありません」


 つまり。


 時間の余裕がある。


 氷室さんが笑う。


「なら予定通りだ」


 そして言った。


「能力確認と、連携チェック」


 私たちは広い空洞に散開した。


 まず最初に動いたのは、氷室龍也だった。


「じゃ、俺からだな」


 彼は軽く肩を回す。


「知ってると思うが、俺の基本は氷魔法」


 手を前に出す。


「氷の生成と操作。あと温度制御」


 次の瞬間。


 バキィンッ!!


 地面から氷柱が林立した。


 十本。


 二十本。


 いや――


 百本以上。


 空洞の半分が、一瞬で氷の森になる。


 私は思わず息を呑んだ。


「……すごいですね」


 氷室さんは苦笑した。


「だろ?」


 氷柱が一斉に砕ける。


 粉雪のように消える。


「前はここまで密度出せなかった」


 指を鳴らす。


 次の瞬間。


 氷の刃が空中に浮かぶ。


「操作精度も上がってる」


 刃が高速で飛ぶ。


 遠くの岩壁。


 ズドドドド!!


 まるで機関銃みたいに穴が開いた。


「あと移動」


 氷の床が広がる。


「機動力がかなり上がった」


 氷室さんはニヤリと笑った。


「近接連携もいける」


 次に前へ出たのは、早乙女澪だった。


「では私ですね」


 彼女は弓を構える。


「私は弓兵です」


 静かな声。


「魔法補助による長距離狙撃が主戦術」


 弦を引く。


 矢が光る。


「ただ――」


 放たれた。


 ヒュンッ!!


 矢は一瞬で視界から消えた。


 次の瞬間。


 遠くの岩壁が爆発した。


 衝撃波が空洞を揺らす。


 私は目を見開いた。


「……距離」


「多分、今ので二キロ以上届いてます」


 澪は冷静だった。


「魔力補助の効率が段違いです」


 弓を下ろす。


「あと、連射」


 次の瞬間。


 五本の矢が同時に生成される。


 同時射撃。


 ドドドドド!!


 岩壁が蜂の巣になった。


「制圧射撃も可能です」


 次は、アレクサンダーだった。


「よし、俺だな」


 彼は首を鳴らす。


「俺の能力はシンプルだ」


 拳を握る。


「肉体強化」


 一歩踏み出す。


 地面が砕けた。


「スピード」


 次の瞬間。


 彼が消えた。


 ドォン!!


 空洞の端で爆音。


 岩壁がクレーター状に抉れている。


 私の背筋に冷たいものが走った。


「パワー」


 また消える。


 次の瞬間、私の横に立っていた。


「そして耐久力」


 拳を軽く振る。


 衝撃波で岩が砕けた。


 アレクサンダーは笑う。


「HAHA、要するにだ」


 肩をすくめる。


「近づいて殴って殺す」


 ……わかりやすい。


 だが。


 恐ろしく強い。


 次は、趙天嵐だった。


 黒い外套を翻す。


「我は元聖騎士」


 低い声。


「今は堕ちたがな」


 剣を抜く。


 黒い魔力が立ち上る。


「光と闇の混合術式」


 剣を振る。


 黒い斬撃が走った。


 空洞の天井。


 岩が音もなく切断される。


「近接と魔法の中間」


 剣を下ろす。


「対ボス戦特化だ」


 そして。


 最後に、久遠寺恒一。


「私ですね」


 彼は微笑んだ。


「私は支援型です」


 指を立てる。


「まず念話」


 次の瞬間。


 頭の中に声が響いた。


『全員、聞こえていますか』


 私は頷く。


「問題ありません」


「距離無視通信」


 そして手を広げた。


「加えて」


 空中に魔法陣。


「支援魔法の遠隔投射」


 私の体に光が宿る。


 身体能力がさらに上がる感覚。


「そして」


 久遠寺さんは目を閉じた。


「探査」


 静かに言う。


「原因個体」


 ダンジョン奥を指す。


「現在も捕捉中です」


 そして微笑んだ。


「つまり――」


 氷室さんを見る。


「私は案内役ですね」


 全員の視線が、最後に私へ向いた。

 氷室さんが腕を組んだまま顎をしゃくった。


「さて」


 視線がこちらへ向く。


「鷹宮」


「最後はお前だ」


 空洞の中央に立つ私を、全員が見ていた。


 私は刀の柄に手を置く。


 深く息を吸う。


 静かに吐く。


 それだけで、体の内側を巡る魔力の流れがはっきりとわかる。


 昨日までは、ここまで鮮明ではなかった。


 血管の中を流れる血のように、魔力が体を巡っている。


 私はゆっくり口を開いた。


「……私の戦い方は、単純です」


 刀を少しだけ抜く。


 金属音が、静かに空洞へ響いた。


「自己強化」


 魔力を巡らせる。


 瞬間。


 体の奥で、何かが弾けたような感覚があった。


 軽い。


 信じられないほど。


 重力が弱くなったみたいだ。


「身体能力を魔力で底上げし」


 刀を完全に抜く。


「近接戦闘で斬る」


 それだけ。


 本当に、それだけだ。


 私は一歩踏み込んだ。


 次の瞬間。


 視界が跳ねた。


 自分でも少し驚くほどの速度だった。


 ズンッ!


 岩壁の前に立つ。


 刀を軽く振る。


 ――スッ。


 空気を撫でる程度の一閃。


 だが。


 数秒遅れて。


 ズズズズ……


 岩壁が斜めに滑り落ちた。


 氷室さんが口笛を吹く。


「おいおい」


「今の、全然力入れてなかっただろ」


「はい」


 私は正直に答えた。


「本当に軽く振っただけです」


 アレクサンダーが豪快に笑った。


「HAHA! やっぱりな!」


 腕を組みながら言う。


「昨日の飯を食ったあと、お前の動き変だったからな」


「変……ですか」


「速すぎて見えなかったって意味だ」


 アレクサンダーはニヤニヤしている。


「HAHA、安心しろ。褒めてる」


 私は少しだけ息を吐いた。


 刀を構え直す。


「それと」


 私は続ける。


「自己強化の効率が、かなり上がっています」


 軽く地面を蹴る。


 体が跳ねる。


 十メートルほど、簡単に移動した。


「魔力消費が以前の半分以下です」


 久遠寺さんが頷く。


「なるほど」


「つまり、長時間戦闘でも維持できると」


「はい」


 私は答える。


「それと」


 少し迷った。


 だが、正直に言う。


「……感覚が、違います」


 氷室さんが眉を上げる。


「感覚?」


「はい」


 私は目を閉じた。


 耳を澄ます。


 空洞の音。


 風。


 岩の軋み。


 仲間の呼吸。


 全部、聞こえる。


「周囲の情報が、以前より鮮明です」


 目を開く。


「反応速度も上がっています」


 その時。


 岩陰からモンスターが飛び出した。


 中層のリザードマン。


 普通なら、それなりに厄介な敵だ。


 だが。


 私は動かなかった。


 考えるより先に体が動く。


 刀が閃く。


 ――シュン。


 それだけ。


 リザードマンの胴体が、音もなく二つに分かれた。


 私は刀を振って血を払う。


 鞘へ戻す。


 氷室さんが笑った。


「今の見たか?」


 アレクサンダーが腕を組む。


「HAHA、見えなかったな」


 趙天嵐が低く言う。


「斬撃の軌道すら見えん」


 私は肩を落とした。


「……やりすぎましたか」


「いや」


 氷室さんは首を振る。


「むしろ安心した」


「安心?」


「お前、昨日の飯食ってから」


 ニヤリと笑う。


「どう見ても一番強くなってるからな」


 私は少し困った。


「店主の料理は、私向けに最適化されていましたから」


「だろうな」


 氷室さんは地図端末を取り出す。


「さて」


 久遠寺さんを見る。


「ナビ、頼む」


「了解しました」


 久遠寺さんは目を閉じた。


 数秒。


 そして、ダンジョン奥を指差す。


「原因個体」


 静かな声。


「現在位置は変わっていません」


 深層の奥。


 一直線の方向。


「最短ルートで進めば」


 少し計算する。


「……三十分程度です」


 アレクサンダーが笑う。


「HAHA」


「散歩だな」


 氷室さんが肩を回す。


「途中で少し遊ぶか」


「遊ぶ、ですか」


「能力確認だよ」


 氷室さんはニヤリと笑った。


「どうせモンスター山ほどいる」


 刀を肩に担ぐ。


「せっかくだ」


「昨日の飯の成果、思いっきり試そうぜ」


 アレクサンダーが拳を鳴らす。


「HAHA! 賛成!」


 趙天嵐も静かに頷く。


 早乙女澪が弓を持ち直す。


「では」


 久遠寺さんが歩き出す。


「案内します」


 ダンジョン奥。


 深層へ続く通路。


 その先に。


 今回のすべての原因――


 イレギュラー個体がいる。


 私は刀の柄を軽く握った。


 胸の奥で、静かに火が灯る。


 店主の料理。


 この体。


 この仲間。


 なら。


 負ける理由はない。


 私たちは、深層へ向けて再び走り出した。

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