第46話 飯と氷壁と、生存者キャラバン
海岸線は、思ったよりも静かだった。
波の音。
砕けたコンクリート。
錆びた防波堤。
そして、その合間を縫うように――モンスターの死骸。
「……そりゃ、こうなるよな」
前を行くのが誰かを考えれば、当然だ。
刹那が斬る。
アレクサンダーが殴る。
趙天嵐が踏み潰す。
説明は要らない。
遭遇=殲滅だ。
海岸沿いをなぞるように進軍し、ダンジョンを中心に大きな弧を描く。
正面から押している前線基地の、ちょうど反対側。
地図上では「裏」。
実際には、人が最も近づいていなかった死角だ。
転移組が繋いだ補給ラインも問題ない。
久遠寺の探査も途切れていない。
……正直に言うと。
「俺、いらなくね?」
自分でもそう思った。
守りは過剰。
戦力は飽和。
ヒースも幼体化したまま、警戒する必要すらなさそうだ。
だが――
「店主」
刹那が、不意に足を止めた。
「少し、前を歩いてください」
「……は?」
理由はすぐに分かった。
瘴気の濃い溜まり。
岩陰から、数体の中型モンスターが這い出してくる。
数は――四。
「試すには、ちょうどいい」
刹那は刀に手をかけなかった。
アレクサンダーも肩をすくめて下がる。
趙天嵐は、何も言わない。
全員が、俺を見る。
「……マジかよ」
逃げ道はない。
いや、逃げる理由がない。
俺は、一歩前に出た。
《かくりよの手》は、すでに重ね掛けされた状態だ。
治癒力強化。
身体強化。
精神安定。
そして――永続化。
刹那たちに合わせた調整だが、
“食べた俺自身”も、当然対象に含まれている。
一体目が、突っ込んでくる。
「――遅い」
自分でも驚くほど、体が自然に動いた。
踏み込み。
回避。
手に持った短槍を、喉元へ。
手応えは、確かだ。
二体目、三体目。
挟まれかけるが、視界が妙に澄んでいる。
恐怖がない。
焦りもない。
「あ、これ……」
四体目が飛びかかってきた瞬間、
俺はヒースに視線を送る。
「まだ出るな」
ヒースは動かない。
俺は、最後の一体を――倒した。
息は、少し上がった。
だが、崩れるほどじゃない。
「……なるほどな」
刹那が、静かに言う。
「問題なさそうですね」
アレクサンダーが、にやりと笑った。
「料理人にしちゃ、やるじゃねえか」
趙天嵐は、短く頷くだけ。
俺は、肩で息をしながら、手を見る。
震えていない。
痛みもない。
傷は、もう塞がっている。
「数体程度なら……問題なし、か」
無理はできない。
長期戦も無理だ。
でも――
いざという時に、足手まといにはならない。
それだけ分かれば、十分だった。
ヒースが、俺の足元に寄ってくる。
褒めろ、と言わんばかりに。
「……ああ。悪くなかった」
頭を撫でると、満足そうに鳴いた。
別働隊は、そのまま進む。
海岸線を抜け、
ダンジョンを中心に、反対側へ。
正面の前線と、
俺たちの位置が――少しずつ、噛み合い始めていた。
封鎖は、もう目前だ。
進めば進むほど、人に会った。
瓦礫の陰。
崩れた倉庫。
半壊した住宅街の地下。
――生きていた。
「……まだ、いたのか」
俺の口から漏れた言葉は、驚きよりも実感に近かった。
北部を取り戻したとはいえ、ここは“裏側”。
正面からの掃討が届いていない場所だ。
遭遇するたびに、同じ選択を迫られる。
置いていくか。
連れていくか。
転移能力は、万能じゃない。
回数にも距離にも制限がある。
一度に運べる人数も限られている。
「……同行させるしかない、か」
結果として、そうなった。
守れる戦力がある。
補給も、最低限は回る。
そして――俺がいる。
「これ、食え。無理しなくていい」
配るのは、派手なバフどか盛りじゃない。
疲労回復。
精神安定。
栄養補助。
それでも《かくりよの手》が通った料理だ。
食べた直後、表情が変わる。
「……体、軽い」
「頭が、はっきりする……」
泣き崩れる者はいない。
取り乱す者もいない。
歩ける。
考えられる。
判断できる。
それだけで、人は前に進める。
気づけば、列は長くなっていた。
探索者。
元作業員。
家族連れ。
年寄りも、子どももいる。
前を刹那たちが切り開き、
周囲を精鋭が固め、
中央を――俺と、生存者たちが進む。
「……人数、増えすぎじゃねえか?」
アレクサンダーが、後方を見て言った。
「ですが、問題は起きていません」
久遠寺の声が、即座に返る。
「心理状態は安定。
脱落者もなし。
行軍速度も、想定範囲内です」
理由は、分かっている。
俺の飯だ。
腹が満ちる。
体が動く。
頭が静かになる。
恐怖が、必要以上に膨らまない。
「……これ、もう」
ふと、そんな言葉が浮かんだ。
「キャラバンみたいだな」
刹那が、わずかに笑った。
「確かに。
護衛が過剰な、贅沢な隊列ですね」
ヒースは、列の端をちょろちょろと走り回り、
不安そうな子どもの前では、わざと転んでみせる。
笑い声が、少しだけ増えた。
だが、忘れてはいけない。
まだ、半ばだ。
目標地点までは遠い。
補給も、転移も、無限じゃない。
守る人数は、増え続けている。
それでも。
「……行くしかねえか」
俺は鍋を抱え直し、前を見た。
これは、ただの別働隊じゃない。
ただの挟撃部隊でもない。
――人を運ぶ、行軍だ。
ダンジョンの裏側を横切る、
生き残るためのキャラバン。
そして俺は、その真ん中で、
今日も飯を作っている。
目標地点に到達したとき、
正直、俺はまず地形よりも――後ろを振り返った。
「……増えたな」
列は、もはや一つの部隊だった。
いや、部隊というより――集落に近い。
数えるのは、途中でやめた。
前線基地に詰めている後方支援要員より、明らかに多い。
老人もいれば、子どももいる。
負傷者は……いない。
それが、異常だった。
「全員、歩けています」
久遠寺の念話が、淡々と告げる。
「栄養状態、精神状態ともに安定。
深刻な衰弱は確認されません」
俺は鍋を置き、息を吐いた。
「……そりゃ、毎日ちゃんと食わせてりゃな」
刹那が、周囲を見渡しながら頷く。
「この人数を連れて、ここまで来られるとは……」
その言葉に、氷室が一歩前へ出た。
「では、ここを拠点にする」
彼は、躊躇なく杖を地面に突き立てた。
空気が、凍る。
地鳴りのような音とともに、
氷が隆起し、壁となり、塔となる。
前線基地と――同規模。
いや、地形を活かしている分、こちらの方が堅牢かもしれない。
「……相変わらず、規模がおかしいな」
アレクサンダーが、感心半分、呆れ半分で言った。
氷壁が完成したころには、
生存者たちは自然と内側に集まり、
即席の区画ができていた。
人が、人を呼ぶ。
安全が、安全を増やす。
そして、その中心に――俺がいた。
通信が、繋がる。
「こちら、別働隊。
目標地点に到達。
防御拠点、構築完了」
少し間があってから、
低く、重みのある声が返ってきた。
『……状況は把握した』
元帥だ。
『生存者数が、想定を大きく上回っているな』
「ええ。
こちらの後方支援要員より、多いくらいです」
正直に報告する。
隠す意味はない。
しばらくの沈黙。
向こうで、何かが動いている気配。
『よく、連れてきた』
その一言で、場の空気が少しだけ緩んだ。
『指示を出す。
時間をかけて、人員を調整する』
「調整、ですか」
『無理に動かさない。
転移は分割。
補給線を延ばし、段階的に後方へ送る』
つまり――
今すぐどうにかしようとしない、という判断だ。
『その間、拠点は維持。
生存者の安全を最優先にする』
「了解しました」
通信が切れる。
俺は、氷壁の内側を見渡した。
人がいる。
生きている。
不安はあるが、絶望はない。
「……時間をかける、か」
刹那が、俺の隣に立つ。
「正しい判断だと思います。
急げば、また失いますから」
「だな」
氷の壁の向こうで、
ダンジョンの瘴気が、静かに揺れている。
挟撃は、成立した。
封鎖も、ほぼ完了だ。
だが――
俺たちは今、戦っている最中じゃない。
守っている。
人を。
時間を。
そして、この場所を。
俺は鍋に火を入れ直した。
「さて……」
ここからは、
**“前線基地が二つある戦場”**だ。
長くなる。
だからこそ、続けられるやり方でいく。
――次に動くまで、
俺たちは、ここで踏ん張る。




